中本 健太郎(なかもと・けんたろう、1982年12月7日 - )は、日本陸上競技選手。専門は長距離走マラソン

中本 健太郎
Kentaro NAKAMOTO
Portal:陸上競技
Kentaro Nakamoto (Japan) - London 2012 Mens Marathon.jpg
2012年ロンドンオリンピックの中本
選手情報
フルネーム 中本 健太郎
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走
所属 安川電機
生年月日 (1982-12-07) 1982年12月7日(34歳)
生誕地 山口県下関市菊川町
身長 172cm
体重 57kg
自己ベスト
5000m 14分04秒31
10000m 28分54秒59
ハーフマラソン 1時間2分29秒
マラソン 2時間8分35秒
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主な実績に、2012年ロンドンオリンピック6位入賞、2013年世界陸上モスクワ大会5位入賞、2011年世界陸上大邱大会9位[1]2017年世界陸上ロンドン大会10位、2017年別府大分毎日マラソン優勝など(各男子マラソン種目)。

目次

人物編集

学生時代・箱根駅伝出場編集

1982年12月7日山口県豊浦郡菊川町(現:下関市)出身[2]

菊川中学校組合立菊川中学校(現:下関市立菊川中学校)時代は野球部に所属していた。同中学校卒業後の1998年4月、山口県立西市高等学校へ入学し、野球部から陸上競技部へ転向。同高校卒業後の2001年4月、拓殖大学に入学、拓殖大学陸上競技部へ入部する。

西市高校時代は全国レベルの選手ではなく、拓殖大学時代も大きな実績は残していない[3]が、2005年第81回東京箱根間往復大学駅伝競走では、拓大のメンバーとして7区走者で出場(1時間7分24秒/16位)している[4]。なお拓大陸上部の1年先輩には、のちに男子マラソンで共にオリンピック代表に選出される藤原新(現・富山陸協)がいた[5]

世界陸上大邱大会・9位編集

拓大卒業後の2005年4月に安川電機に入社し、同社陸上競技部選手として活動。駅伝では力が出せず、陸上部監督の山頭直樹に勧められマラソンに転向[6]。初マラソンは2008年延岡西日本マラソンで3位だった。同年8月の北海道マラソンでは、優勝した高見澤勝佐久長聖高校)に次ぐ2位と健闘したが、その後フルマラソンでは暫く不本意な結果が続いていた。

2011年3月のびわ湖毎日マラソンでは、日本人トップで3位の堀端宏行旭化成)に次いで日本人2番目の4位に入り、自身初めてサブテン(2時間10分未満)の記録でゴールイン。この成績で世界陸上大邱大会男子マラソン代表に初選出された。その2011年9月の世界陸上大邱大会男子マラソン本番では、再び堀端(6位)に先を越され僅かに入賞は成らなかったが、日本人2着の9位[1]と健闘した[7][8]

ロンドン五輪男子マラソン・6位入賞編集

2012年ロンドンオリンピック男子マラソン日本代表を目指して、同年3月のびわ湖毎日マラソンに出場。38Km付近で堀端宏行を追い越し一時日本人トップを走ったが、ゴール手前の皇子山陸上競技場のトラックで山本亮佐川急便)に抜かれて、2時間8分台の記録を出しながら日本人2着の総合5位となった。しかしこのレース及び安定感が評価され[9]、ロンドン五輪男子マラソン日本代表に最後の3番手で初選出された[10]

同年8月、ロンドン五輪男子マラソンに出場。レース前半からアフリカ勢らの高速な展開に無理してつかず、自身のイーブンペースを守った。中間点辺りからレース後半にかけて徐々に追い上げて数人の選手を追い抜いた結果、日本選手でトップとなる6位入賞を果たす。なおオリンピックの男子マラソン種目で日本人の入賞は、2004年アテネオリンピック油谷繁中国電力・5位)と諏訪利成日清食品・6位)の同時入賞以来、2大会ぶりの好成績だった(なお山本は40位、藤原は45位に終わった)[11][12]

別大マラソンで惜しくも準優勝・世界陸上モスクワ大会5位入賞編集

2013年2月、同年8月開催の世界陸上モスクワ大会男子マラソン選考会・別府大分毎日マラソンへ3年ぶり2回目の出場に。28Km地点辺りから公務員ランナー・川内優輝埼玉県庁)との激しいデッドヒートを繰り広げたが、40Km過ぎの給水所で川内のラストスパートについていけず2位に甘んじ、自己ベスト記録を18秒更新するも自身念願のマラソン初優勝はならなかった。川内に惜しくも敗れて準優勝だった中本は「とにかく悔しさで一杯だが、彼のおかげで良いタイムが出た。次はリベンジしたい」とコメント[13]。それでも4月25日に世界陸上選手権へ、川内らと共に2大会連続2度目の日本代表選出となった。

2013年8月、世界陸上モスクワ大会男子マラソンに出場。日本勢が次々に脱落する中で中本一人が粘ったが、30Km地点を過ぎた後先頭集団のペースアップについていけず徐々に後退。メダル獲得にはあと一歩届かなかったものの、日本人では首位となり自身世界大会(オリンピック・世界陸上)では最高順位の5位入賞でゴールイン[14][15]。尚、五輪に出場した翌年の世界選手権にも出走し、男子マラソンの種目で連続入賞を果たすのは、日本人で中本が初めての快挙となった[16][17]

リオデジャネイロ五輪選出ならず編集

2014年2月の東京マラソンにエントリーしていたが、体調不良の為欠場。同年12月、世界陸上北京大会男子マラソン選考会の福岡国際マラソンへ、1年4か月ぶりにフルマラソン出場するも、30Kmを過ぎて日本人トップで4位・藤原正和ホンダ)らの争いから脱落し、結局12位に終わった。翌2015年2月の別府大分毎日マラソンにも出走予定だったが、左足の痛みと痺れにより出場を辞退した。

2016年リオデジャネイロオリンピック男子マラソン国内最終選考会の同年3月のびわ湖毎日マラソンに出場、30Km地点迄は日本人首位争いに加わるも、その後ペースアップについていけず脱落。最後は、陸上競技場のトラックで川内(7位)に追い越され総合8位(日本人6着)に終わり、ロンドン五輪に続くニ大会連続のオリンピック日本代表選出は成らなかった[18]。なお、中本と同じ安川電機所属でびわ湖毎日マラソンへ一般参加出場の北島寿典が総合2位(日本人首位)に入り[19]、 リオ五輪男子マラソン日本代表入りが決定。尚安川電機の所属選手としては、2大会連続の五輪日本代表選出となった[20]

別大マラソンで悲願の初優勝編集

2017年世界陸上ロンドン大会男子マラソン選考会を兼ねた、同年2月の別府大分毎日マラソンに出場(中本自身、4年ぶり3回目)。30Km地点で中本のほか、デレジェ・デベレエチオピア)、フェリックス・ケニーケニア)、伊藤太賀スズキ浜松AC)、大石港与トヨタ自動車)の5人が先頭集団に。33Km過ぎで中本とデベレが抜け出し、優勝争いは2人に絞られる。35Km地点の登り坂で中本がロングスパートを仕掛けると、デベレは何とか食らいていたものの、38キロ付近で遅れ始め、その後中本の独走状態となる。この結果、マラソン自己記録に約1分及ばなかったものの、中本は通算14回目のマラソンで悲願の初優勝を達成した[21][22]

同じ世界陸上国内選考会で、同年2月の東京マラソン2017において日本男子2着(総合10位)だった、山本浩之コニカミノルタ)のゴールタイムよりも20秒遅かったが、中本のマラソン実績と日本男子で唯一の優勝等が加味され、同年3月17日に世界陸上・男子マラソンの日本代表へ、正式に2大会ぶり3度目の選出と成る[23]。他ロンドン世界陸上・男子マラソン日本代表は、川内優輝(2大会振り3度目)と井上大仁三菱日立パワーシステムズ長崎・初出場)の2名が抜擢された[24]

世界陸上ロンドン大会・10位編集

2017年8月6日開催の世界陸上ロンドン大会では、中間点を過ぎて先頭争いのロングスパートに対応出来ず、徐々に後退。レース終盤の39Kmで9位に浮上したが、ゴール地点1Km手前付近で川内に逆転されてしまい10位、世界陸上で2回目の入賞・日本人首位は果たせなかった[25][26][27]

自己記録編集

  • 5000m:14分04秒31(2011年)
  • 10000m:28分54秒59(2012年)
  • ハーフマラソン:1時間2分29秒(2009年)
  • フルマラソン:2時間8分35秒(2013年)

マラソン全成績編集

年月日 大会 順位 記録 備考
2008年2月24日 延岡西日本マラソン 3位 2時間13分54秒 初マラソン
2008年8月31日 北海道マラソン 2位 2時間15分21秒 .
2009年3月22日 東京マラソン2009 9位 2時間13分52秒 世界陸上ベルリン大会選考レース
2010年2月7日 別府大分毎日マラソン 8位 2時間11分42秒 .
2010年10月17日 アムステルダムマラソン 9位 2時間12分38秒 .
2011年3月6日 びわ湖毎日マラソン 4位 2時間09分31秒 世界陸上大邱大会選考レース
2011年9月4日 世界陸上大邱大会 9位[1] 2時間13分10秒 団体戦日本男子銀メダル獲得
2012年3月4日 びわ湖毎日マラソン 5位 2時間08分53秒 ロンドン五輪選考レース
2012年8月12日 ロンドンオリンピック 6位 2時間11分16秒 五輪入賞・日本男子最高位
2013年2月3日 別府大分毎日マラソン 2位 2時間08分35秒 自己ベスト記録・世界陸上モスクワ大会選考レース
2013年8月17日 世界陸上モスクワ大会 5位 2時間10分50秒 日本男子最高位
2014年12月7日 福岡国際マラソン 12位 2時間11分58秒 世界陸上北京大会選考レース
2016年3月6日 びわ湖毎日マラソン 8位 2時間12分06秒 リオデジャネイロ五輪選考レース
2017年2月5日 別府大分毎日マラソン 優勝 2時間09分32秒 マラソン初優勝・世界陸上ロンドン大会選考レース
2017年8月6日 世界陸上ロンドン大会 10位 2時間12分41秒 日本男子では川内優輝に次ぎ2位

脚注編集

  1. ^ a b c 当初、中本の同大会男子マラソンは10着だったが、後年のドーピング再検査で4着のモロッコ代表選手に違反・失格と見なされ、9位へ繰り上がった。
  2. ^ 中本健太郎選手が男子マラソン日本代表に(山口県) 日テレNEWS24 2012年3月12日閲覧
  3. ^ "6位中本底力" 2012年8月13日付朝日新聞朝刊(大阪本社13版)13面
  4. ^ 選手詳細情報 中本健太郎 - 箱根駅伝公式サイト
  5. ^ 藤原 中本と“拓大共闘”宣言も「後輩には負けない」 スポニチ 2012年5月12日閲覧
  6. ^ “第3の男「中本は影薄い地味な選手」”. 日刊スポーツ. (2012年3月13日). http://www.nikkansports.com/sports/athletics/news/p-sp-tp0-20120313-916598.html 2012年3月14日閲覧。 
  7. ^ 当世界陸上大邱大会・男子マラソンで、公務員ランナー・川内優輝と初対決。なお川内と中本のマラソン直接対戦は合計5度有り、中本の2勝3敗。
  8. ^ 同マラソンでほか日本人は川内・17位、尾田賢典(トヨタ自動車)28位、北岡幸浩NTN)37位。
  9. ^ 安定感評価も…中本「違った自分を見せたい」ロンドン五輪マラソン代表発表(スポニチ・3月12日)
  10. ^ 尾崎「みなさんを喜ばせたい」五輪代表がロンドンへ向け意気込む=マラソン スポーツナビ 2012年3月14日閲覧
  11. ^ 中本6位!日本2大会ぶり入賞/陸上 日刊スポーツ 2012年8月13日閲覧
  12. ^ 中本 大健闘の6位!男子マラソン2大会ぶり入賞 スポニチ 2012年8月13日閲覧
  13. ^ 中本 自己最高タイムで2位も「悔しい お返ししたい」 スポニチ 2013年02月04日閲覧
  14. ^ 男子マラソン 世界陸上実況 スポーツナビ 2017年09月12日閲覧
  15. ^ 中本5位 日本の入賞守った/世界陸上 日刊スポーツ 2013年08月18日記事 2017年09月12日閲覧
  16. ^ コラム「川内優輝に負けない中本健太郎の“常識破り”」(初の五輪&翌年世界陸上の連続入賞)スポーツナビ 2017年09月12日閲覧
  17. ^ ほか日本男子選手は藤原正和・14位、前田和浩九電工)17位、川内・18位、堀端・途中棄権。
  18. ^ びわ湖マラソン:中本…スタミナ切れ 川内…思い残しなし毎日新聞 2016年03月06日閲覧
  19. ^ 北島寿典が日本勢最高2位、リオ代表に名乗り びわ湖毎日マラソンスポニチ 2016年03月06日閲覧
  20. ^ 陸上:マラソン 安川電機・北島選手にリオ切符 同僚ら大歓声/福岡毎日新聞 2016年03月18日閲覧
  21. ^ 中本健太郎がマラソン初V「こんなに気持ちいいとは」4年前は川内と死闘 デイリースポーツ 2017年02月05日記事 2017年09月12日閲覧
  22. ^ 中本健太郎が初優勝/別府大分毎日マラソン詳細 日刊スポーツ 2017年02月05日記事 2017年09月12日閲覧
  23. ^ 瀬古リーダー、マラソン男子3枠目「完成度で中本」日刊スポーツ 2017年03月17日記事 2017年09月12日閲覧
  24. ^ 世界陸上マラソン日本代表が意気込み 中本「経験があるので、自分からしたら相性がいい」スポーツナビ 2017年03月20日記事 2017年09月12日閲覧
  25. ^ 日本人トップは川内が9位、井上は26位に終わった。
  26. ^ 世界陸上ロンドン大会 男子マラソン実況スポーツナビ 2017年08月06日記事
  27. ^ 中本健太郎悔し10位「競技を続けるか分からない」日刊スポーツ 2017年08月07日記事

外部リンク編集