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人物編集

大学卒業後、テレビ局の内定を蹴って正道会館の職員となり、その後プロに転向した。

格闘技イベント「K-1」の創成期を盛り上げた立役者。1990年代空手、K-1の他リングスをはじめとした格闘プロレスに参戦する傍ら、映画やテレビ・ラジオのバラエティ番組等でも活動。

正道会館を離れた後、京都にて総合打撃道 佐竹道場を開設する。

2008年現在は「平成武師道」という人間活学塾を設立し、同塾の総長を務める。2013年には参院選に自民党から比例代表で出馬するも落選。

自分で思いついた言葉「闘志天翔」(運命を己で切り開き、人生という闘いを通して更なる高みを目指す意味だと本人は主張)を座右の銘とする。

来歴編集

中学時代に大山倍達の著書に感銘を受け空手の道を志す。17歳時に大阪天満にある正道会館総本部に入門し、2年で黒帯を取得した。正道会館入門前に福島区にあった極真会館関西本部に入門していたが、「道場の空気が肌に合わない」という理由で1か月で退会している。

大学在学中に全日本空手道選手権大会に出場し、4回生時(1987年)に初優勝。(その後3連覇、通算4度の優勝)

  • 1992年1月12日 - 体重無差別グローブによる顔面パンチあり、肘打ちあり、掴みありの空手大会「第1回トーワ杯カラテ・ジャパン・オープン」で優勝。
    • 3月26日 - 格闘技オリンピックⅠWKA世界ヘビー級王者 モーリス・スミスと特別ミックスルールで対戦。キックルールではスミスに一方的に攻められるが判定決着無しのルールの為ドロー。
    • 10月4日 - 格闘技オリンピックIII〜'92カラテワールドカップのスペシャルマッチでピーター・アーツとキックルールで対戦し引き分け。
    • 10月29日 - リングスMEGA-BATTLE TOURNAMENT '92に出場し、1回戦で長井満也にKO勝ちしたものの、練習中に右胸骨を骨折し、2回戦を欠場。1992年11月13日のリングス大会でリング上から挨拶を行った。これを最後にリングス参戦は終了。その後正道会館が立ち上げた格闘技イベントや「K-1」の旗揚げに関わり、中心選手として精力的に活動する。
  • 1993年1月31日 - 「第2回トーワ杯カラテ・ジャパン・オープン」を制し二連覇。
    • 4月30日 - 8選手による無差別級トーナメント『K-1 GRAND PRIX '93』に出場。準決勝でブランコ・シカティックに3RKO負け。
    • 6月25日 - ドン・中矢・ニールセン(アメリカ)との王座決定戦で再戦、1R2分30秒でTKO勝ちし、UKF世界ヘビー級王者のタイトルを獲得。
    • 9月4日 - 佐竹の持つUKF世界ヘビー級タイトルとスタン・ザ・マンの持つWKA世界スーパーヘビー級タイトルのダブルタイトル戦で3-0判定勝ち(WKAルールではなかったため、タイトルは移動せず)。
    • 10月3日 - カラテワールドカップ'93決勝戦でアンデイ・フグと対戦し、試し割り判定で勝利。
    • 12月19日 - 東京・両国国技館で行なわれた「K-2 GRAND PRIX '93 風林火山 "山の章"」に参戦。スペシャルマッチ(3分5R)KICK世界スーパーヘビー級&ISKAオリエンタル世界ヘビー級王座決定戦でジェフ・フォーランスを2R1分28秒TKO勝ちし、両王座獲得。
  • 2000年1月30日 - PRIDEに参戦。マーク・コールマンに1R、ネックロックで敗れる。
  • 2003年1月19日 - WRESTLE-1でアブドーラ・ザ・ブッチャーと再戦し、またしても毒針エルボーからの体固めで敗退した。
  • 2007年 - 京都の企業・会社・医院などの経営者を対象に「平成武師道」(へいせいぶしどう)なる人間活学塾を立ち上げる。人材育成・企業社員育成のほか、「平成武師道」を内容とした講演を各地・各企業で展開している。

参議院議員選挙出馬編集

2013年5月24日、自由民主党参議院全国比例区公認を受け第23回参議院議員通常選挙に立候補したが、7月21日の同選挙にて自民党圧勝の中で落選[1][2]。得票数27582票(得票率0.6%)

逸話編集

  • 中学時代は生徒会会長だった。
  • 1986年1月の吹田市の成人式の際は、新成人代表として壇上で挨拶をした。
  • 1992年から1994年にかけて、佐竹本人を主人公とした実録漫画『となりの格闘王』が、週刊少年チャンピオンで連載された。
  • トレーディングカードゲームであるマジック:ザ・ギャザリングをプレイしていたことがあり、関口宏の東京フレンドパークII出演時にダーツの景品としてBlack LotusとAncestral Recall(共に高額なレアカード)をリクエストしたことがある[1]
  • ゲーム雑誌「ゲーメスト」「メガストア」でコラムを連載していたことがある。内容には上記のマジック・ザ・ギャザリングの話題が多かった。
  • 1992年、みうらじゅん筋肉少女帯人間椅子のメンバーで構成されたロックバンド『大日本仏像連合』のメンバーとして加入。佐竹は筋骨隆々の肉体を生かしたパフォーマーとして参加した。
  • 前田日明を慕っており、1999年2月の前田の引退試合での対戦相手であったアレクサンドル・カレリンが来日しないという噂が事前に流れた時、対戦相手に立候補していた。試合は予定通りカレリンを相手に行なわれている。
  • 引退後、自著『まっすぐに蹴る』で、石井和義による搾取の横行、正道会館の後輩が死亡事故に見舞われた事例(死亡者の実名が挙がっている)、角田信朗に人望が全くなく常に後輩から苦情を出されているという人物評、後輩である武蔵のリングネームを命名した経緯も記述されているが「やっぱり彼に『武蔵』はもったいない。僕の中ではやっぱり『タケゾウ』です」と辛辣な評を下しており、武蔵については概して「出来の悪い後輩」と、所属していた正道会館の内幕を語っている。
  • 得意技のひとつであるローキックの威力は多くの選手からも恐れられており、ピーター・アーツアーネスト・ホーストにも「K-1選手の中でもトップクラスの破壊力」と言わしめた。
  • K-1創成期当時、佐竹以外にヘビー級で戦える日本人がほとんどおらず、同じ階級の選手とスパーリングをするには海外に出張稽古に行くなど、ヘビー級選手としてまともにトレーニングができる環境ではなかった。そのため、自分のスパーリングパートナーを自ら育て上げなければならないという状況であった。
  • 基礎知識が無いまま中山猛夫と見よう見まねでキックボクシングの練習を続けた事、かわさずに正面から受ける空手の癖が抜けなかった事、そしてK-1(ヘビー級)での連戦によりパンチドランカーの症状を患う。
  • 第一回『筋肉バトル!スポーツマンNo.1決定戦』で佐竹は腕立て伏せを200回やり遂げたが、佐竹の腕立て伏せが視聴者から疑惑をもたれ、現在の腕立て伏せレースではあごをきちんとつけないとカウントされないというルールになっている。
  • 人気バラエティ番組『超天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にもレギュラーメンバーとして出演していたが、後年ビートたけしからは『北野ファンクラブ』内で「ああいう奴が一番面白くない」と酷評されていた。
  • 正道会館時代、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』に何度か出演しているが、現在発売されているDVD版では佐竹の登場シーンはほぼ削除されており、仕方なく顔が映るようなカットも体格等で判別可能ではあるがすべてモザイク処理が施されて映らないようになっている。

戦績編集

総合格闘技編集

総合格闘技 戦績
10 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
1 1 0 0 0 1 0
8 2 3 3 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×   吉田秀彦 1R 0:50 フロントネックロック INOKI BOM-BA-YE 2002 2002年12月31日
×   クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン 1R 7:07 KO(スラム) PRIDE.20 2002年4月28日
  サム・グレコ 3分5R終了 時間切れ INOKI BOM-BA-YE 2001 2001年12月31日
×   セーム・シュルト 1R 2:18 TKO(スタンドパンチ連打) PRIDE.17 2001年11月3日
×   イゴール・ボブチャンチン 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE.15 2001年7月29日
×   安田忠夫 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 PRIDE.13 2001年3月25日
×   小川直也 2R 2:01 スリーパーホールド PRIDE.11 2000年10月31日
  村上一成 1R 6:58 TKO(マウントパンチ) PRIDE.10 2000年8月27日
×   ガイ・メッツァー 10分2R終了 判定0-3 PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦 2000年5月1日
×   マーク・コールマン 1R 1:14 ネックロック PRIDE GRANDPRIX 2000 開幕戦
【1回戦】
2000年1月30日

リングス編集

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×   ヘルマン・レンティング 不戦敗(右胸骨骨折) リングス MEGA-BATTLE TOURNAMENT '92 2nd Round
【トーナメント 2回戦】
1992年11月13日
  長井満也 1R 1:24 KO リングス MEGA-BATTLE TOURNAMENT '92 1st round
【トーナメント 1回戦】
1992年10月29日
  ロブ・カーマン 3分5R終了 時間切れ リングス MEGA BATTLE SPECIAL 礎~ISHIZUE【グローブマッチ】 1992年8月21日
  ピーター・ウラ 4R 1:02 KO リングス MEGA BATTLE 6th. 颯~HAYATE【グローブマッチ】 1992年7月16日
  ウィリー・ピータース 3分5R+延長R終了 時間切れ リングス MEGA BATTLE 5th. 獅子吼~SHI SHI KU 1992年6月25日
  バート・コップスJr 2R 2:09 KO リングス MEGA BATTLE 4th. 光臨~KOHRIN リングス旗揚げ1周年記念大会 1992年5月16日
  ヘルマン・レンティング 7:29 KO リングス MEGA BATTLE 3rd. 雷~IKAZUCHI 1992年4月3日
  フレッド・オーストロン 6:22 KO リングス MEGA-BATTLE 2nd. 息・吹~IBUKI 1992年3月5日
  ジェラルド・ゴルドー 2R 2:13 反則 リングス MEGA-BATTLE 1st. 回天~KAITEN 1992年1月25日
  ハンス・ナイマン 2分5R終了 引き分け リングス ASTRAL STEP FINAL BLAZE UP 炎上
【正道会館空手ルール】
1991年12月7日

キックボクシング編集

キックボクシング 戦績
40 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
24 17 7 4
12 8 4
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
×   武蔵 5R終了 判定0-3 K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦
【1回戦】
1999年10月5日
  ゲーリー・グッドリッジ 3R 2:47 KO(左ローキック) K-1 SPIRITS '99 〜魂の戦い〜 1999年8月22日
  ヨッキ・オバーホルツァー 3R 2:19 TKO(右ローキック) K-1 BRAVES '99 〜グランプリへの道〜 1999年6月20日
×   マイク・ベルナルド 5R終了 判定0-3 K-1 REVENGE '99 1999年4月25日
×   ピーター・アーツ 1R 2:40 TKO(左膝蹴り) K-1 GRAND PRIX '98 決勝戦
【準々決勝】
1998年12月13日
  グラウベ・フェイトーザ 5R終了 判定2-0 K-1 GRAND PRIX '98 開幕戦
【1回戦】
1998年9月27日
  中迫剛 3R終了 判定2-0 K-1 BUSHIDO '98
【JAPAN GP 決勝】
1998年8月28日
  大石亨 2R 2:03 KO(左ミドルキック) K-1 BUSHIDO '98
【JAPAN GP 準決勝】
1998年8月28日
  安生洋二 2R 1:02 TKO(右ハイキック) K-1 BUSHIDO '98
【JAPAN GP 1回戦】
1998年8月28日
×   マット・スケルトン 1R 2:06 TKO(左ストレート) K-1 DREAM '98 1998年7月18日
  武蔵 5R終了 判定0-0 K-1 BRAVES '98 1998年5月24日
  モーリス・スミス 5R終了 判定0-0 K-1 KINGS '98 1998年4月9日
×   アンディ・フグ 1R 0:15 KO(左ハイキック) K-1 GRAND PRIX '97 決勝戦
【準々決勝】
1997年11月9日
  ジャン・リビエール 再延長R終了 判定3-0 K-1 GRAND PRIX '97 開幕戦
【1回戦】
1997年9月7日
  鈴木政司 4R 1:17 TKO(タオル投入) K-1 DREAM '97
【JAPAN GP 決勝】
1997年7月20日
  阿部修司 3R終了 判定3-0 K-1 DREAM '97
【JAPAN GP 準決勝】
1997年7月20日
  清原定一 1R 1:33 TKO(右ストレート) K-1 DREAM '97
【JAPAN GP 1回戦】
1997年7月20日
  カークウッド・ウォーカー 5R終了 判定3-0 K-1 FIGHT NIGHT '97 〜THE DECISION〜 1997年6月7日
×   マイク・ベルナルド 2R 1:24 TKO(右フック) K-1 KINGS '97 1997年3月16日
×   アンディ・フグ 5R終了 判定0-3 K-1 STAR WARS '96 1996年10月18日
×   ジェロム・レ・バンナ 3R 2:32 KO(左フック) K-1 GRAND PRIX '95
【準々決勝】
1995年5月4日
  キモ 2R 2:27 TKO(左ミドルキック) K-1 GRAND PRIX '95 開幕戦
【1回戦】
1995年3月3日
×   サム・グレコ 2R 1:27 KO(右フック) K-1 LEGEND 乱 1994年12月10日
  ギャリー・サンドランド 2R 2:28 TKO(左ミドルキック) KARATE WORLD CUP '94
【スペシャルワンマッチ】
1994年10月2日
  デニス"ハリケーン"レーン 2R 1:38 TKO(右ローキック) K-1 REVENGE
【WKA世界スーパーヘビー級タイトルマッチ】
1994年9月18日
×   ピーター・アーツ 3R終了 判定0-3 K-1 GRAND PRIX '94
【決勝】
1994年4月30日
  ブランコ・シカティック 3R終了 判定2-0 K-1 GRAND PRIX '94
【準決勝】
1994年4月30日
  マイケル・トンプソン 3R 0:34 TKO(左膝蹴り) K-1 GRAND PRIX '94
【1回戦】
1994年4月30日
×   アーネスト・ホースト 2R 2:45 KO(左ハイキック) K-1 CHALLENGE 1994年3月4日
  ジェフ・フォーランス 2R 1:28 TKO(パンチ連打) K-2 GRAND PRIX '93 風林火山 "山の章"
【KICK世界スーパーヘビー級王座決定戦
&ISKAオリエンタル世界ヘビー級王座決定戦】
1993年12月19日
  スタン・ザ・マン 5R終了 判定3-0 K-1 ILLUSION 風林火山 "林の章"
【UKF世界ヘビー級タイトルマッチ】
1993年9月4日
  ドン・中矢・ニールセン 1R 2:30 TKO(右フック) 聖戦 〜SANCTUARY III〜 風林火山 "風の章"
【UKF世界ヘビー級王座決定戦】
1993年6月25日
×   ブランコ・シカティック 3R 0:45 KO(左フック) K-1 GRAND PRIX '93
【準決勝】
1993年4月30日
  トド"ハリウッド"ヘイズ 2R 0:45 KO(右ローキック) K-1 GRAND PRIX '93
【1回戦】
1993年4月30日
  クリス・ブランネル 2R 1:39 KO(右フック) 聖戦 〜SANCTUARY I〜 1993年3月30日
  ピーター・アーツ 5R終了 引き分け 格闘技オリンピックIII 〜カラテワールドカップ '92〜 1992年10月4日
  ロブ・カーマン 3分5R終了 時間切れ リングス MEGA BATTLE SPECIAL 礎~ISHIZUE【グローブマッチ】 1992年8月21日
  アマッド・モハメッド 1R KO 格闘技オリンピックII 1992年7月30日
  ピーター・ウラ 4R 1:02 KO リングス MEGA BATTLE 6th. 颯~HAYATE【グローブマッチ】 1992年7月16日
  ドン・中矢・ニールセン 1R 2:07 KO(頭突き→右ストレート) 全日本キックボクシング連盟「INSPIRING WARS HEAT」 1990年6月30日

空手編集

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
  アンディ・フグ 試し割り判定9-8 カラテワールドカップ '93 風林火山 "火の章"
【決勝】
1993年10月3日
  金泰泳 延長0:43 左上段膝蹴り カラテワールドカップ '93 風林火山 "火の章"
【準決勝】
1993年10月3日
  アダム・ワット 再延長判定3-0 カラテワールドカップ '93 風林火山 "火の章"
【準々決勝】
1993年10月3日
  パトリック・スミス 本戦1:16 右中段突き カラテワールドカップ '93 風林火山 "火の章"
【1回戦】
1993年10月3日
  西良典 ドロー K-1 GRANDPRIX前哨戦 聖戦~SANCTUARY Ⅱ
フルコンタクトカラテ エキシビジョンマッチ
1993年3月30日
  金泰泳 判定  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【決勝】
1993年1月31日
  後川聡之 判定  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【準決勝】
1993年1月31日
  内田弥 KO  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【準々決勝】
1993年1月31日
  疋田芳浩 KO  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【4回戦】
1993年1月31日
  石川雄規 KO  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【3回戦】
1993年1月31日
  作本真二 KO  第2回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【2回戦】
1993年1月31日
  稲葉紀之 再延長 KO  第1回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【決勝】
1992年1月12日
  阿部健一 判定  第1回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【準決勝】
1992年1月12日
  村上竜司 KO  第1回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【準々決勝】
1992年1月12日
  坂爪武史 判定  第1回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【3回戦】
1992年1月12日
  秋山文生 KO  第1回トーワ杯争奪 KARATE JAPAN OPEN TOURNAMENT
【2回戦】
1992年1月12日
×   ジェラルド・ゴルドー 試し割判定 カラテワールドカップ '91 第10回全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1991年10月10日
  ウィリー・ウィリアムス 判定5-0 USA大山空手vs正道空手5対5マッチ 1991年6月4日
  柳澤聡行 判定 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3位決定戦】
1990年9月30日
×   後川聡之 体重差判定 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1990年9月30日
  川地雅樹 判定 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1990年9月30日
  渡辺正彦 一本 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3回戦】
1990年9月30日
  丸尾和広 一本 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1990年9月30日
  ピーター・スミット 延長1回判定 第9回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1990年9月30日
  田上敬久 判定 第8回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【決勝】
1989年10月1日
  松本栄治 判定 第8回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1989年10月1日
  今西靖明 一本 第8回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1989年10月1日
  竹澤伸光 判定 第8回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1989年10月1日
  岸川新 判定 第8回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1989年10月1日
  南豪宏 判定 '89格闘技の祭典第2回カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【決勝】
1989年7月2日
  玉城厚志 判定 '89格闘技の祭典第2回カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【準決勝】
1989年7月2日
  村上竜司 判定 '89格闘技の祭典第2回カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【2回戦】
1989年7月2日
  西田操一 判定 '89格闘技の祭典第2回カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【1回戦】
1989年7月2日
  深井英樹 一本 士道館 第8回ストロングオープントーナメント全日本空手道選手権大会
重量級【決勝】
1988年10月29日
  向井田春也 判定 士道館 第8回ストロングオープントーナメント全日本空手道選手権大会
重量級【準決勝】
1988年10月29日
  イリュース・ダイミテリウス 判定 士道館 第8回ストロングオープントーナメント全日本空手道選手権大会
重量級【2回戦】
1988年10月29日
  アブドル・ラシーデ 判定 士道館 第8回ストロングオープントーナメント全日本空手道選手権大会
重量級【1回戦】
1988年10月29日
  柳沢聡行 判定 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【決勝】
1988年9月18日
  角田信朗 一本 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1988年9月18日
  中川敬介 判定 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1988年9月18日
  藤田実 判定 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3回戦】
1988年9月18日
  シアマク・マハタビ 判定 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1988年9月18日
  中村政博 判定 第7回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1988年9月18日
×   柳沢聡行 判定 梶原一騎追悼大会 格闘技の祭典'88カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【決勝】
1988年4月2日
  松井宣治 判定 梶原一騎追悼大会 格闘技の祭典'88カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【準決勝】
1988年4月2日
  青柳政司 一本 梶原一騎追悼大会 格闘技の祭典'88カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【2回戦】
1988年4月2日
  山崎勝美 一本 梶原一騎追悼大会 格闘技の祭典'88カラテリアルチャンピオン決定トーナメント
【1回戦】
1988年4月2日
  川地雅樹 判定 第6回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【決勝】
1987年9月6日
  柳澤聡行 判定 第6回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1987年9月6日
  福岡賢一 判定 第6回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1987年9月6日
  清原定一 一本 第6回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1987年9月6日
  松永光弘 一本 第6回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1987年9月6日
×   川地雅樹 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【決勝】
1986年12月14日
  今西靖明 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1986年12月14日
  玉城厚志 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1986年12月14日
  玉城健治 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3回戦】
1986年12月14日
  池之内宏 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1986年12月14日
  木村啓二 判定 第5回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1986年12月14日
×   川地雅樹 判定 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【決勝】
1985年12月8日
  今西靖明 試し割り判定 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1985年12月8日
  東雅美 不戦勝 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1985年12月8日
  松本保則 一本 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3回戦】
1985年12月8日
  井上真路 判定 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1985年12月8日
  栗原弘 一本 第4回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1985年12月8日
×   木村成克 体重判定 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3位決定戦】
1984年9月8日
×   今西靖明 一本 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準決勝】
1984年9月8日
  野村卓 判定 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【準々決勝】
1984年9月8日
  本田元彦 判定 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【3回戦】
1984年9月8日
  国井明方 判定 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【2回戦】
1984年9月8日
  木村啓二 一本 第3回ノックダウンオープントーナメント全日本空手道選手権大会
【1回戦】
1984年9月8日

ミックスルール編集

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
  ポドリャチン・デニス 3分3R終了 判定3-0 ULTIMATE BOXING 旗揚げ戦 2000年6月11日
  モーリス・スミス 4R終了 判定なし 硬派er 〜格闘技オリンピックI〜 1992年3月26日

獲得タイトル編集

  • フルコンタクト空手
    • 第3回全日本空手道選手権大会 第4位(1984年)正道会館主催(関西外語大学一回生時・初出場)
    • 第4回全日本空手道選手権大会 準優勝(1985年)正道会館主催(関西外語大学二回生時)
    • 第5回全日本空手道選手権大会 準優勝(1986年)正道会館主催(関西外語大学三回生時)
    • 第6回全日本空手道選手権大会 優勝(1987年)正道会館主催(関西外語大学四回生時・初優勝)
    • 第7回全日本空手道選手権大会 優勝(1988年)正道会館主催(2連覇)
    • 第8回全日本空手道選手権大会 優勝(1989年)正道会館主催(3連覇)
    • 第8回ストロングオープントーナメント重量級 優勝(1988年)士道館主催
    • 第1回リアル空手トーナメント 準優勝(1988年)
    • 第2回リアル空手トーナメント 優勝(1989年)
    • 第1回トーワ杯カラテジャパンオープントーナメント選手権大会 優勝(1992年)
    • 第2回トーワ杯カラテジャパンオープントーナメント選手権大会 優勝(1993年)
    • カラテワールドカップ'93 優勝(1993年)
  • キックボクシング
    • ISKAオリエンタル世界ヘビー級王座
    • 初代UKF世界ヘビー級王座(1993年)
    • KICK世界スーパーヘビー級王座
    • K-1 GRAND PRIX '94 準優勝
    • K-1 JAPAN GP '97 優勝
    • K-1 JAPAN GP '98 優勝

芸能活動編集

映画編集

  • 1・2の三四郎(主演)東宝(1995年7月15日)
  • 極道甲子園(映画)RIKIプロジェクト(2004年4月25日)

テレビドラマ編集

テレビアニメ編集

バラエティ編集

佐竹雅昭をモデルにしたオモチャ編集

特撮編集

ラジオ編集

音楽編集

  • 覇王咆哮(佐竹雅昭with林原めぐみ名義)CDアルバム。全9曲中6曲ボーカル、1曲林原めぐみとのデュエット。エース清水聖飢魔II)プロデュース。
  • 闘志天翔 -覇王 佐竹雅昭のテーマ- (伊福部昭提供「怪獣大戦争マーチ」の新編曲バージョン)

CM編集

その他編集

  • 天使万歳(1992年 - 1998年、1993年からは「天使万歳 ふたたび」、ゲーメスト連載コラム)
  • ゴジラ海を渡る 世界制覇へのシナリオ(1998年)

書籍編集

脚注編集

関連項目編集

選手データ編集

外部リンク編集

前優勝者
初大会
第1回トーワ杯カラテジャパンオープン優勝
1992年1月30日
次優勝者
佐竹雅昭
前優勝者
佐竹雅昭
第2回トーワ杯カラテジャパンオープン優勝
1993年1月31日
次優勝者
後川聡之