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吉川光夫

日本のプロ野球選手

吉川 光夫(よしかわ みつお、1988年4月6日 - )は、福岡県福岡市東区出身のプロ野球選手投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。

吉川 光夫
yoshikawa
北海道日本ハムファイターズ #56
Giants yoshikawa21.jpg
巨人時代
(2017年3月11日 ほっともっとフィールド神戸にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県福岡市東区
生年月日 (1988-04-06) 1988年4月6日(31歳)
身長
体重
178 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2007年5月17日
年俸 7,500万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴編集

プロ入り前編集

1988年に福岡県で生まれる。東区の香椎第三中学校時代に所属していたボーイズリーグで全国大会3位まで勝ち進む。県内の高校からの誘いもあったが、熟考の末に広陵高等学校へ進学する。広陵では入学当初から期待されて2年生の春から背番号1を付ける。制球難で四死球を出すことが多かったが素材は高く評価され、同野球部監督の中井哲之は、吉川について「入学当初から、『こういう子がプロに行くのだろうな』と思った」と後に雑誌のインタビューで言っている。甲子園出場経験はなく、3年生での全国高等学校野球選手権広島大会では、一学年下の野村祐輔小林誠司らを擁して優勝候補に挙げられたが、準決勝で制球を乱し井上晴哉らのいた崇徳高等学校に敗れている[2][3]

9月25日の2006年度高校生ドラフト会議にて、田中将大の交渉権獲得に失敗した北海道日本ハムファイターズから外れ1巡目として指名を受けた[4]

日本ハム時代編集

 
日本ハム時代(2009年)

2007年5月17日に初めて一軍に昇格し、同日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(東京ドーム)に中継ぎでプロ初登板。6月8日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ初勝利。この試合は雷雨で降雨コールドゲームとなったため、「カミナリ王子」と呼ばれた。また、この試合のヒーローインタビューはベンチ内で行われた。その後、八木智哉金村曉が故障で離脱したことで、その穴を埋める形で先発ローテーションに定着し4勝。2007年の日本シリーズでも高卒新人としては中村大成稲尾和久堀内恒夫石井一久以来となる先発登板した。

2008年は開幕から先発ローテーションに入ったものの、7試合で2勝4敗・防御率6.23と調子の上がらないままセ・パ交流戦前に登録抹消、そのまま一軍に戻ることはなかった。

2009年も開幕を二軍で迎える。7月7日に年上の歯科衛生士と結婚。9月に1軍昇格すると、投球回数を上回る奪三振数を記録したものの、シーズン未勝利に終わる。

2010年も4月に登板した試合で炎上し、当時のチームメイトだったダルビッシュ有twitterで名指しで批判された。その後、9月以降は中継ぎとして登板して、4試合4回2/3を失点0に抑えるなど復活の兆しを見せた。

2011年は開幕を二軍で迎える。5月末に昇格したものの最少失点で抑えた試合でも打線の援護がないなどの不運も重なって3年連続のシーズン未勝利に終わった。一方、二軍では好投を続け、イースタン・リーグ投手四冠王に輝いた。

2012年は開幕から先発ローテーション入りし、4月1日の埼玉西武ライオンズ戦では黒星を喫したが8回1失点と好投を見せ[5]、4月8日の千葉ロッテマリーンズ戦では1438日ぶりの勝利を挙げた[6]。交流戦では内海哲也と並ぶトップタイの4勝を挙げ、防御率1.42と安定した内容でセ・パ交流戦優秀選手賞(パシフィック・リーグ)を受賞した[7]。なお6月5日の広島東洋カープ戦では3回に東出輝裕の頭部に当て危険球による退場処分を受けた。8月11日の西武戦では、新人以来5年ぶりとなる完封勝利を自身初の無四球で飾る[8]と、次の登板である8月17日のロッテ戦では自身初の2桁勝利をマークした[9]。最終的にはリーグ2位の14勝を挙げ、自身初のタイトルとなる最優秀防御率を獲得し、パ・リーグMVPに選ばれチームの優勝の原動力となるなど、前年までの不振を全て払拭したシーズンとなった。しかし、巨人との対戦となった日本シリーズでは一転して肘の痛みと変化球の制球に苦しみ、第1戦、第5戦と先発するが、レギュラーシーズンで3本塁打だったジョン・ボウカーに両試合ともに本塁打を打たれ、いずれも敗戦投手になった。

2013年はチームトップの160.1回イニングを投げ2年続けて先発ローテーションを守るも7勝止まりで、黒星もリーグワーストの15敗を喫した。

2014年は自身初となる開幕投手に指名された[10]ものの、4試合で3敗と打ち込まれ二軍降格、シーズン初勝利は5月までずれ込んだ。この年は若手の上沢直之中村勝らのローテ定着もあってわずか3勝に留まり、規定投球回にも到達しなかったが、クライマックスシリーズでは福岡ソフトバンクホークス戦に登板し6回3失点で勝利投手となった[11]

2015年は開幕から勝ち星を重ねるなど好調で7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された事が発表された[12]。8月28日のソフトバンク戦では5回1/3を1失点の好投で3年ぶりの2桁勝利を挙げた[13]。最終的に11勝8敗、防御率3.84。

2016年は8月まで先発ローテーションを守っていたが不調で二軍落ちした。その後抑えのマーティンが負傷離脱したことでリリーフへ転向しプロ初セーブ、27試合で7勝6敗3S・防御率4.19。クライマックスシリーズ日本シリーズでも登板しなかった。

巨人時代編集

2016年11月2日に大田泰示公文克彦との交換トレードで石川慎吾と共に読売ジャイアンツへ移籍し、同日に巨人、日本ハム両球団より発表された[14]。これまで使用していた背番号34金田正一永久欠番のため使用できず、21となった。チームには同姓の吉川大幾が居り、またルーキーで吉川尚輝が入団したことから、スコアボードなどでは「吉川光」と表記される。

2017年は開幕から先発ローテーションに入ったが、4月13日の広島東洋カープ戦に先発すると1回1/3を投げて4失点と乱調で、4月17日に一軍登録を抹消された[15]。5月24日に一軍登録されると同日の阪神タイガース戦では5回に阪神の鳥谷敬に対して頭部(顔面の右側部分)へのデッドボールを起こして負傷させ、自身2度目の危険球退場となった[16]。その後は、先発で勝ち星がないまま中継ぎへと回り7月に左肩痛のため二軍落ちした。一軍再昇格後の9月13日の阪神戦(甲子園)で先発し6回無失点で移籍初白星をマークした[17]。シーズンでは12試合の登板で1勝3敗・防御率5.87を記録した。

2018年も開幕から先発ローテーションに入りし、4月25日の中日ドラゴンズ戦に先発(5回2失点)してシーズン初勝利を挙げ、セ・リーグ全6球団から白星を挙げた。また、この試合では巨人は63年ぶりに1試合20得点を入れた[18]。シーズンでは先発と中継ぎを兼任し6勝を記録した。

2019年は背番号を47に変更し左のセットアッパーとして期待されたが9試合で防御率9.95と散々な成績に終わる。巨人での最後の登板となった6月5日の楽天戦では、同点の8回裏に登板したが1球もストライクがとれず四球を与え即降板となった。

日本ハム復帰編集

2019年6月26日に鍵谷陽平藤岡貴裕との交換トレードで宇佐見真吾と共に北海道日本ハムファイターズに移籍し、同日に日本ハム、巨人両球団より発表された。これは令和における日本プロ野球(NPB)初のトレードによる移籍だった。背番号は交換相手の藤岡が着用していた56となった。

選手としての特徴編集

オーバースローから平均球速約144km/h[19]、最速152km/h[20]ストレートと落差のあるスライダーパワーカーブとも呼ばれるが、本人はスライダーと認識している[21])、縦に割れるカーブを投げ分け[22]、稀にフォークチェンジアップも混ぜる[23]。ストレートを生命線としており、打者のタイミングを崩すことで取れる奪三振を重視するよりも、ボールの勢いでファウルを取れるような強いボールを投げることを意識しているという[24]

2011年までは通算与四球率4.70と制球難に苦しんでいたが、2012年には与四球率2.33と改善。制球難を気にしすぎる余りに無駄な四死球を出して崩れるパターンが多かったが、2012年に監督に就任した栗山英樹からオープン戦終了時に「(吉川は)いい投手だから厳しくいく。1年間は褒めない。今年ダメだったら(自分が)ユニホームを脱がせる」など厳しい言葉をかけられた他[25][26]、「フォアボールは出しても良いから思い切り腕を振って投げろ」という言葉を実践することでその持ち前の球威が活き、「四球を出しても別にいい」と開き直ることや抑えることで身に付いた自信が制球力改善の要因になったと語っている[24]

打者としては、バントの技術が非常に高い。2018年8月11日の広島東洋カープ戦では延長10回に代打として起用され、送りバントを成功させた。投手が代打として起用されたのは、ジャイアンツでは桑田真澄以来16年ぶり[27]

人物編集

ドラフト指名後の記者会見で、目標とする選手を聞かれ「金本さん二岡さん福原さん(3人とも広陵高校のOB)を足して2で割った選手」と答え、翌日の新聞で記者に「とぼけている」とのニュアンスで報道された。真意は「3人の力を3で割るよりも2で割ったくらいの力を併せ持つ選手になりたい」で、吉川なりの高い志が込められていた。

ゲーマーを自称しており、キャンプの持ち物にはゲームソフトを必需品としているという[23]。チームメイト内で几帳面と言われる榊原諒に「自分よりも几帳面」と言われた[28]

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2007 日本ハム 19 15 1 1 0 4 3 0 0 .571 400 93.1 83 6 46 1 5 52 6 0 39 38 3.66 1.38
2008 7 7 0 0 0 2 4 0 0 .333 158 34.2 39 7 22 1 0 23 5 0 24 24 6.23 1.76
2009 3 3 0 0 0 0 2 0 0 .000 77 16.1 19 2 10 0 0 18 0 0 17 12 6.61 1.78
2010 9 5 0 0 0 0 4 0 0 .000 122 26.0 35 7 11 0 1 20 2 0 21 20 6.92 1.77
2011 7 7 0 0 0 0 5 0 0 .000 175 38.0 45 4 20 1 1 25 1 0 20 20 4.74 1.71
2012 25 25 5 3 2 14 5 0 0 .737 668 173.2 108 6 45 1 4 158 3 1 35 33 1.71 0.88
2013 26 26 1 0 0 7 15 0 0 .318 686 160.1 150 10 57 0 5 125 3 0 72 59 3.31 1.32
2014 13 13 0 0 0 3 4 0 0 .429 329 72.0 79 7 36 0 2 49 3 0 45 39 4.88 1.60
2015 26 26 2 0 0 11 8 0 0 .579 684 159.1 151 16 57 0 11 93 3 0 72 68 3.84 1.31
2016 27 20 0 0 0 7 6 3 0 .538 494 109.2 125 9 52 0 5 65 1 0 53 51 4.19 1.61
2017 巨人 12 8 0 0 0 1 3 0 0 .250 181 38.1 51 4 15 0 4 28 2 0 28 25 5.87 1.72
2018 22 18 0 0 0 6 7 0 0 .462 431 101.1 93 16 39 0 4 76 3 0 49 48 4.26 1.30
2019 9 0 0 0 0 0 1 0 3 .000 35 6.1 12 2 6 0 0 4 0 0 7 7 9.95 2.84
日本ハム 4 3 0 0 0 0 3 0 0 .000 50 10.2 11 2 7 0 0 8 0 0 8 8 6.75 1.69
'19計 13 3 0 0 0 0 4 0 3 .000 85 17.0 23 4 13 0 0 12 0 0 15 15 7.94 2.12
通算:13年 209 176 9 4 2 55 70 3 3 .440 4490 1040.0 1001 98 423 4 42 744 32 1 490 452 3.91 1.37
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル編集

表彰編集

記録編集

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2013年5月30日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回表に今井啓介から中前適時打
節目の記録
  • 1000投球回:2018年8月29日、対広島東洋カープ21回戦(東京ドーム)、3回表2死目に九里亜蓮を二ゴロで達成 ※史上351人目
その他の記録

背番号編集

  • 34 (2007年 - 2016年)
  • 21 (2017年 - 2018年)
  • 47 (2019年 - 2019年6月27日)
  • 56 (2019年6月28日 - )

登場曲編集

脚注編集

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  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球. 日刊スポーツ. 2018年12月19日閲覧。
  2. ^ 97校、16日間の軌跡 広島大会振り返って - 朝日新聞デジタル
  3. ^ 2013年プロ野球ドラフト 井上 晴哉”. スポニチ Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 2014年2月17日閲覧。
  4. ^ 田中は抽選で楽天に交渉権 プロ野球高校生ドラフト”. 共同通信 (2006年9月25日). 2012年6月27日閲覧。
  5. ^ “吉川好投も無援…日本ハム 50年ぶり快挙ならず”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年4月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/02/kiji/K20120402002957750.html 2013年4月25日閲覧。 
  6. ^ ““斎藤世代”吉川1438日ぶり白星!連敗12で止めた”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年4月9日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/09/kiji/K20120409003007190.html 2013年4月25日閲覧。 
  7. ^ “吉川 100万円ゲット!6年目 1軍で初の表彰”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年6月22日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/06/22/kiji/K20120622003518910.html 2013年4月25日閲覧。 
  8. ^ “吉川 1857日ぶり完封!吹っ切れた栗山監督の言葉”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年8月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/08/12/kiji/K20120812003888440.html 2013年4月25日閲覧。 
  9. ^ “吉川 初の10勝 制球苦しみ6回110球も粘投”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年8月18日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/08/18/kiji/K20120818003925960.html 2013年4月25日閲覧。 
  10. ^ “日本ハム開幕投手は吉川!栗山監督、1年前に通告していた”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年2月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/02/25/kiji/K20140225007659110.html 2014年12月14日閲覧。 
  11. ^ “ハム吉川 意地の好投6回を3失点「普段通りの投球ができた」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年10月18日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/10/18/kiji/K20141018009122760.html 2014年12月14日閲覧。 
  12. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  13. ^ 日本ハム田中賢介が満塁弾、吉川3年ぶり2桁10勝日刊スポーツ.2015年8月29日
  14. ^ “日本ハム移籍の巨人・大田、公文がコメント「北海道で活躍する姿見て」”. スポニチアネックス. (2016年11月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/02/kiji/K20161102013648620.html 2018年12月19日閲覧。 
  15. ^ 巨人・吉川が二軍落ち、先発登板のチャンスを生かせず…17日のプロ野球公示livedoorNEWS.2017年4月17日
  16. ^ 巨人・吉川光、セ今季初の危険球退場…「抜けてしまった」SANSPO.COM.2017年5月25日
  17. ^ 巨人吉川光6回0封で移籍後初勝利「遅くなって…」日刊スポーツ.2017年9月13日
  18. ^ 【巨人】2イニング連続打者一巡 63年ぶり20得点 吉川光、今季初勝利…中日戦経過日刊スポーツ.2018年4月25日
  19. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2013年、108頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  20. ^ 吉川10K8勝! 102球目に自己最速152キロマーク”. スポニチ Sponichi Annex (2012年8月5日). 2012年8月6日閲覧。
  21. ^ 吉井理人「斎藤佑樹は二軍に落とすべきではなかった」Sportiva、2012年11月25日
  22. ^ 吉川、初対戦でG斬り ハム交流戦逆転Vへ望み残った”. スポニチ Sponichi Annex (2012年6月15日). 2012年8月6日閲覧。
  23. ^ a b 『週刊プロ野球データファイル』2012年85号、ベースボール・マガジン社、雑誌27203-12/19、5-6頁。
  24. ^ a b 真剛腕伝説II 吉川光夫『週刊ベースボール』2012年29号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-7/2、14-16頁。
  25. ^ Yahoo Japan ニュース 【プロ野球】防御率No.1、吉川光夫(日本ハム)『6年目の覚醒』のワケ
  26. ^ アスリートファイル 「ユニフォーム脱がせる」監督の言葉に奮起 日本ハム・吉川光夫投手”. MSN産経west (2012年7月23日). 2012年8月6日閲覧。
  27. ^ 巨人、桑田以来投手16年ぶり代打吉川光夫”. 日刊スポーツ (2018年8月12日). 2012年8月12日閲覧。
  28. ^ FFFFFのひちょりのキャンプ日記より
  29. ^ 交流戦、巨人内海投手がMVP 表彰選手発表”. 共同通信 (2012年6月21日). 2012年6月27日閲覧。[リンク切れ]

関連項目編集

外部リンク編集