プロフィール編集

台湾台北市生まれ。東京芸術大学を卒業後、東映動画株式会社に入社、様々な制作会社を経て、1974年に放映されたテレビアニメアルプスの少女ハイジ』にキャラクターデザイナーとして参加する。その後も多くの作品に携わるも、退社しフリーの活動を開始する。

1985年、東映動画時代の同期だった、当時の任天堂株式会社情報開発部長池田宏から誘いを受け[1]、開発アドバイザーとして入社、アニメーションのノウハウをテレビゲームに取り入れる。ファミリーコンピュータソフト『スーパーマリオブラザーズ』において、宮本茂が生み出したマリオシリーズのキャラクターデザインを更に磨き上げ、以降一連のシリーズにおいてキャラクターの公式イラストをデザイン(および監修)し続けた。2007年に任天堂を退社、再びフリーでの活動を開始する。

妻のアニメーター・銅版画家の奥山玲子(2007年逝去)と2人だけのスタジオ「アトリエ羚」を主宰。東京デザイナー学院アニメーション科や東映アニメーション研究所で講師を務める教育者としての顔も持つ。奥山玲子との共通ペンネームとして「あんていろーぷ」を使用している。

2017年には病気で入院生活を送り、高畑勲から「大丈夫、治るから」と励ましを受け、小田部は言葉通りに復帰したが高畑は翌2018年4月に死去し、5月15日に三鷹の森ジブリ美術館で開かれた高畑の「お別れの会」では「納得できません。これはあべこべです」「他にかけがいのないパクさん。だから戻ってほしいのです。どうか戻ってきてください。心からのお願いです。」と述べて別れを惜しんだ[2]

略歴編集

主な作品編集

アニメ編集

ゲーム編集

参考文献編集

脚注編集

外部リンク編集