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風の谷のナウシカ (映画)

日本のアニメ映画作品

風の谷のナウシカ』(かぜのたにのナウシカ)は1984年に公開されたトップクラフト制作の日本アニメーション映画宮崎駿監督の長編アニメーション映画第2作。『アニメージュ』に連載していた宮崎の同名漫画(『風の谷のナウシカ』)を原作とする。原作の単行本全7巻から見ると、序盤に当たる2巻目の途中まで連載された時点での作品であり、映画公開後に連載を再開した漫画とは内容が異なる(後述)。

風の谷のナウシカ
Nausicaä of the Valley of the Wind
Kaze no Tani no Naushika original.png
監督 宮崎駿
脚本 宮崎駿
原作 宮崎駿
製作 高畑勲
製作総指揮
出演者
音楽 久石譲
撮影 白神孝始
編集
  • 木田伴子
  • 金子尚樹
  • 酒井正次
制作会社 トップクラフト
製作会社
配給 東映
公開
  • 日本の旗 1984年3月11日
  • アメリカ合衆国の旗 1985年6月13日
  • オーストラリアの旗 1984年3月11日
  • 大韓民国の旗 2000年12月30日
  • ドイツの旗 2005年9月5日
  • フランスの旗 2006年5月18日
  • トルコの旗 2007年7月6日
  • ロシアの旗 2007年7月26日
  • エストニアの旗 2008年4月11日
  • フィンランドの旗 2008年9月26日
上映時間 116分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 7億4000万円[1]
次作 天空の城ラピュタ
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アニメージュを発行する徳間書店広告代理店博報堂による製作委員会方式[2]映画化され、宮崎自身が監督・脚本を手がけた。高畑勲鈴木敏夫久石譲ら、のちのスタジオジブリ作品を支えるスタッフが顔を揃えている。

上映データ編集

公開日 / 上映時間 1984年(昭和59年)3月11日 日本 116分27秒05コマ
サイズ カラー ワイド
上映スクリーン数 東映洋画系90館
制作期間 1983年5月31日 - 1984年3月6日
作画枚数 5万6078枚
使用色数 263色
キャッチコピー 少女の愛が奇跡を呼んだ[注 1]
同時上映 名探偵ホームズ」「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」[注 2]

あらすじ編集

千年前の「火の七日間」と呼ばれる最終戦争により、巨大産業文明は崩壊し、錆とセラミック片におおわれた荒れた大地に「腐海(ふかい)」と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森に世界は覆われていた。人類は生き残るが衰退し、腐海が放つ猛毒と、そこに棲む巨大な虫たちに脅かされていたが、辺境にある「風の谷」は、酸の海から吹く風によって森の毒から守られ、のどかな農耕生活を送っていた。族長の娘であるナウシカは、住民から深く敬愛されており、人々から恐れられている腐海の虫とも心を通わせる優しい少女である。

ある夜、大国トルメキアの輸送機が風の谷に墜落する。輸送機には、千年前に世界を焼き尽くしたという巨大人型兵器の「巨神兵(きょしんへい)」のが積まれていた。トルメキア軍は撃墜されたと案じ、風の谷に向けて侵攻するが、ユパの説得により和解する。しかしその成り行きで、風の谷の長を殺害してしまうのだった。司令官である皇女クシャナは、巨神兵で腐海を焼き払うことを目論んでいた。クシャナは、本国へ運ぶつもりだった巨神兵の輸送を諦め、未完成の巨神兵を風の谷で完成させることにする。

失意から捕虜となったナウシカらはトルメキアに護送される途中、突然現れた戦闘機の攻撃により大きな損害を受ける。護衛機がその戦闘機を撃墜するものの、ナウシカが乗る輸送機も被弾し落下する。ナウシカは、クシャナとともに輸送機から脱出するが、腐海に不時着したナウシカらは、敵の戦闘機に乗っていた少年が虫に襲われていることに気づき、少年を助ける。

少年はトルメキアと敵対するペジテ市のアスベルだった。風の谷にある巨神兵は、このペジテで発掘されたのちにトルメキアが奪ったものだった。ペジテの仲間たちは、風の谷にある巨神兵を奪還するために王蟲の大群を風の谷に誘導し、風の谷のトルメキア軍を全滅させる計画を企てていた。

そのころ風の谷では、住民達がトルメキア軍に反旗を翻し、谷から離れた遺跡の中に立て篭もって膠着状態が続いていた。そこに王蟲の群れが近づいているという知らせが入り、クシャナは巨神兵を未完成のまま目覚めさせ、王蟲を焼き払おうとするが、巨神兵はすぐに体が崩れて死に、王蟲の群れの暴走を止めることができなかった。

暴走する王蟲の群れの前方に、この暴走のきっかけとなった王蟲の幼生とともにナウシカが空から降り立つ。ナウシカと幼生は王蟲に跳ね飛ばされてしまうが、間もなく王蟲の暴走が止まり、王蟲の群れはナウシカを囲むようにして動きを止める。倒れているナウシカは死んでいるかのように見えたが、王蟲の触手がナウシカを包むとナウシカが立ち上がる。その光景は、風の谷に古くから伝わる救世主伝説を具現するかのようであった。

全てが終った後、ナウシカはクシャナに歩み寄る。その後、王蟲の群れとトルメキア軍は風の谷から去り、風の谷には平和な生活が戻る。

原作との違い編集

映画の制作準備のため、原作漫画の連載は『アニメージュ』1983年6月号にて一時中断された。この時点では単行本第3巻のはじめの部分(住民が全滅した集落で、ナウシカが蟲に襲われる場面)までが描かれていた。映画版では単行本第2巻途中、王蟲の群れが暴走するエピソードまでを扱い、設定や展開を脚色している。

以下に原作と映画版のおもな相違点を記す。登場人物に関しては「風の谷のナウシカの登場人物」を参照。

勢力図
原作ではトルメキアと土鬼(ドルク)諸侯連合の二大勢力の紛争(トルメキア戦役)に、風の谷やペジテ市などの小国が巻き込まれる構図。映画版に土鬼は登場せず、トルメキアがこれらの小国に侵攻する構図となっている。
トルメキア
原作では風の谷の東方に位置し、風の谷やペジテ市などの辺境諸国と同盟を結んでいる王国だが、映画版では国号もトルメキア帝国で、遥か西方に存在する強大な軍事国家であり、ペジテ市で発掘された巨神兵を奪取しに来た侵略者として描かれる。王族同士の権力争いは描かれず[注 3]、辺境諸国統合の司令官となったクシャナのみ登場する。また、突撃砲や「大型船」など、原作には無かった技術を有している。トルメキア兵のうちコルベットに乗りこんでいる軽装強襲隊は、原作の蟲使いと似た形状のヘルメットと仮面を装着している。
風の谷
原作ではトルメキアとの盟約に従い、ナウシカがクシャナの部隊の南下作戦に従軍する。その後は物語にほとんど登場しない。映画版ではトルメキア軍によって占領され、巨神兵の卵の培養地となったため、ペジテ市の残党により王蟲の暴走の標的とされる。
ペジテ市
原作・映画版とも、地下で発掘された巨神兵を狙うトルメキア軍に侵攻され大半の市民が虐殺されている。原作では、避難民を乗せた輸送機が墜落してアスベル以外の住民は全滅する。映画版では、生き残りの避難民達がトルメキア同様に巨神兵を使った腐海の焼却を目的に行動し、まずペジテ市に駐留するトルメキア軍を壊滅させるために人工的に王蟲の暴走を起こし、自らの手でトルメキア軍もろとも街を腐海に飲み込ませ滅ぼした。さらに風の谷にも王蟲を暴走させようとしており、ナウシカの抵抗にあう。
巨神兵
原作では知性を持つ巨大人工生命体として描かれるが、映画版では生体兵器としての面が強調され、単なる兵器、あるいは腐海を焼き払うための道具として使われようとする。詳細は「巨神兵」を参照。絵コンテの段階では巨神兵と王蟲の戦闘場面が描かれていた[3]
腐海
人類によって汚染された大地を再生するためにこの星が生みだした生態系という仮説は、原作序盤でも語られている。しかし、原作の終盤では、腐海は自然発生したものではなく旧文明の科学力により創出された浄化装置の一種であることが明かされる。
オウムの幼生
原作・映画版共に王蟲の幼生を捉えて王蟲の群れをおびき寄せることは共通しているが、原作では実際にはその王蟲は幼生ではあるものの、人間が捉えることができないレベルにまで成長しており、以降の展開への伏線となる。
ラストシーン
傷つけた王蟲の幼生を囮にして、王蟲の群れを怒らせて暴走させるという作戦は、原作では土鬼軍がクシャナの部隊の宿営地に対して仕向ける。その後、ナウシカが暴走を停止した群れの前に降り立ち幼生を帰し、ナウシカは感謝する王蟲たちの触手によって空中へと持ち上げられる。 映画版ではペジテ残党が風の谷(巨神兵を擁するトルメキア軍の駐留地)に対してこの作戦を行い、ナウシカが幼生とともに暴走する群れの前に立ちはだかり、身を犠牲にして王蟲の怒りを鎮める。暴走を止めた王蟲の群れの中で倒れていたナウシカに、幼生やその他の王蟲たちが金色の触手を集中させ、ナウシカは蘇る。
ナウシカは原作では土鬼のマニ族の服、映画版ではペジテの青い服を着ている。「青き衣の者」伝説の具現と呼ぶのは、原作ではマニ族僧正、映画版では風の谷の大ババである。
宮崎の絵コンテでは、ラストシーンは突進してくる王蟲の前にナウシカが降り立つ場面で終わっていた[4]高畑勲鈴木敏夫は娯楽映画としてカタルシスが足りないと考え、一旦死んだ後甦るという案を提案し、公開間近で焦っていた宮崎はこれを受け入れた[4](ほかに「ナウシカが死んで永遠の伝説になる」という案も検討された[5])。これについて宮崎は、映画を宗教的な画面にしてしまったことへの想いから、宿題が残った映画であると振り返っている[6]。鈴木は「いまだに宮さんはあのシーンで悩んでいますね」[4]と述べている。
押井守は演出で強引にラストへと持っていったことに関して「あそこは納得できません」としている[7]。後年には「宮さん流の『宇宙戦艦ヤマト』なんですよ。色々粉飾をこらしているけど、特攻隊精神が充満している」[8]とも述べている。

制作編集

映画化までの経緯編集

宮崎はアニメージュ編集部の依頼を受け、同誌1982年2月号から『風の谷のナウシカ』の連載を開始したが、11月にテレコム・アニメーションフィルムを退社してフリーとなり、一時『ナウシカ』の漫画連載が唯一の仕事となる。この状況を知った尾形英夫編集長から、同誌主催のイベント「アニメグランプリ」で上映する10分程の短編としてアニメ化する事を提案され、主人公ナウシカの幼少期を描くプランを提示したが、結局実現しなかった[9]。次にOVAの企画があがり、70分程度ならばと受諾したが、採算が合わないという理由でこの件も消滅した[10]。最後に長編アニメ映画案が上がり、尾形編集長が徳間康快徳間書店社長から共同出資するパートナー企業をつけることを条件に承諾を得た[10][11]

当時、徳間グループ傘下には映画会社の大映があったが、アニメへの理解とノウハウがなかったため製作に関わらず、徳間書店自らが製作を行っている。条件だった共同出資社は、『テレビランド』誌でつきあいのあったバンダイが浮上するも出資は実現せず、広告代理店大手の博報堂の社長と徳間康快がトップ会談で出資が決定[12]。博報堂には宮崎の弟が勤めていたことも幸いし、映画化と全国ロードショー公開が実現することになった。

配給する東映にとっては当初マイナー作品の扱いで宣伝に熱が入ってなかったが[13]、徳間康快が親しかった岡田茂東映社長に「もっと力を入れて欲しい」と頼み、岡田が現場に尻を叩いた[13]。公開前には徳間康快指揮の下、徳間ジャパンなども含めたグループ総動員で宣伝活動がなされた。

宮崎はアニメーションにならない世界を描くつもりで『ナウシカ』を執筆しており、実際に映画化が決まると困惑したという[14]。それでも「アニメーションをやるには『ナウシカ』しかないって言うんだったらやってみよう」[14]という思いで制作作業に取り組んだ。

制作体制編集

映画は1983年になって始動し、同年5月、プロデューサーに高畑勲が選ばれる。長年宮崎と仕事を組んで来た仲間であり、宮崎の指名によるものだった。当初、自分はプロデューサー向きではないと渋ったものの、アニメージュの鈴木敏夫副編集長の説得により受諾し[15][注 4]、8月から作画に取りかかる。

制作拠点となったのは、宮崎や高畑の東映動画時代の同僚である原徹たちが運営し、主に海外合作を手がけていたトップクラフト。ここに宮崎らはフリーで参加するという形を取る。当初、宮崎らはテレコム・アニメーションフィルム日本アニメーションを制作母体とすることを考えていた[16]。テレコムは長編アニメーション制作を目的に設立された会社で『ルパン三世 カリオストロの城』もここで制作された。宮崎や高畑は籍を離れたとはいえ、大塚康生などかつての仲間たちも在籍している。宮崎の考える制作環境としてはうってつけだったが、同社は『NEMO/ニモ』の準備に忙しく、一部スタッフが手伝い程度に参加するに留まった[17]

鈴木によれば、宮崎・高畑コンビが在籍した会社はそのあとダメになるという通説のため、制作拠点探しは難航し、本作の成功後も状況は変わらなかったという[18]。次作『天空の城ラピュタ』ではトップクラフトを改組する形でスタジオジブリを設立し、以降の宮崎と高畑の長編アニメーション映画を制作する拠点となった。

本作には、それまで宮崎と付き合いのなかった新しい顔ぶれのスタッフも多数参加している。宮崎や高畑が要求する高いレベルのスタッフがトップクラフト内だけでは不十分だったこともあり、2人が過去に関係した人材のみならず、尾形英夫ら「アニメージュ」関係者も、取材を通じて知った人材などをスカウトしてスタッフが集められた[19]。本作で原画で参加したトップクラフトのアニメーターは4、5人程度で、原画マンも動画として参加させるほどスタッフを淘汰していたという[20]

作画監督はテレビ時代の東映動画の中心アニメーターであるOH!プロダクション小松原一男。美術監督の中村光毅は、神秘的な腐海の背景制作を担当した。原画にはタツノコプロ系のなかむらたかしや、「金田パース」という独特の作画で人気だった金田伊功、後に『新世紀エヴァンゲリオン』で名を馳せる庵野秀明などが集結している。金田は宮崎アニメを支える有力スタッフとなり、1997年の『もののけ姫』まで連続して参加した。

本作の制作協力を担った主なアニメ制作会社の内、現在もTVアニメなどの制作に関わる会社は動画工房スタジオ雲雀AICオープロダクションなどである。

制作技法編集

王蟲の登場シーンでは巨大さと重量感を表現するためにハーモニー処理[注 5]が用いられ、さらに体節の動きを再現する為に、パーツをゴムで繋いで伸縮させるゴムマルチという方法で撮影している[21]。王蟲の鳴き声は当時BOØWY[注 6]に在籍していた布袋寅泰によるギターの音が使われた[22]

劇中の防毒マスク装着時の会話シーンの収録は、様々な試行錯誤の末、紙コップにゴムをつけた特製マスクを声優が装着して行われた[23]

音楽編集

映画公開前に「ナウシカガール・コンテスト」と銘打ちイメージガールを募集し、7600人あまりの応募者から後に女優となる安田成美がグランプリを獲得。当初、安田が歌う『風の谷のナウシカ』を主題歌にする旨が発表されたが、宮崎と高畑が本作の内容と楽曲の乖離等を理由に反対し、劇中本編で使用されることはなかった。しかし、予告編やテレビCMなどの映画プロモーション用のシンボルテーマソングとして使用され、エンディングタイトルにもクレジットが刻まれている[24]

音楽は、後の宮崎作品にも関わっていく久石譲が初めて参加している。当初、久石は映画に先行して発売されたイメージアルバムのみの担当で、映画の劇伴音楽は安田成美の歌うシンボルテーマソングを作曲した細野晴臣が担当する予定であった。細野以外には坂本龍一高橋悠治林光が候補だったという[25][26]。しかし、宮崎と高畑が久石のイメージアルバムを気に入ったため、本編の音楽にも起用され、テーマソングのみが存在することになった[27]。久石のイメージアルバムへの起用は徳間グループ系列のレコード会社で過去にアルバムを出していたことから関係者の推薦で[25][26]、それまで宮崎も高畑も久石の予備知識は何もなかったとされる。映画で使われている「遠い日々」は、当時4歳だった久石の娘、麻衣が歌っている。

本編のサウンドトラックは50名編成のオーケストラ[28]プロフェット5、リン・ドラム、MC4、DX7などの機材を中心に制作された[29][30]。「ナウシカ・レクイエム」などに使用されたフェアライトCMI矢島賢、矢島マキ夫妻がスタジオで所有していた物を借りて作られた。久石はナウシカの仕事が終わるとすぐにフェアライトを注文した[31]。宮崎はロシア民謡の雰囲気を持つシャンソンを主題歌に使用したいと考えていたが、版権の問題で使用することが出来なかったという[32]

反響編集

1984年度のアニメグランプリ日本アニメ大賞の作品部門をダブル受賞。また、映画雑誌ではベストテンに選出され、新聞のコラムでは「女性原理の主張」や「自然との共生」という視点を賞賛される[33][34]など、アニメの枠を越える評価を受けた。国内外で複数の映画賞を受賞し、アニメーション作家としての宮崎駿の知名度を引き上げる作品となった(受賞・推薦節を参照)。

観客動員は約91万5千人、配給収入は約7.4億円。当時のアニメ映画としては大ヒットとはいえず[注 7]、この作品が多くの人に知られるには翌年のテレビ放映以降まで待たねばならなかったが、その後のソフト販売・レンタルでは一般映画に並ぶ売上げを記録した。オリコンランキングでは、1997年発売のVHS版[35]、2003年発売のDVD版[36]、2010年発売のBlu-ray版[37]が各部門1位を獲得しており、史上初の同一作品による3部門制覇を成し遂げている。

サウンドトラック『風の谷のナウシカ〜はるかな地へ〜』はオリコンアルバムチャートで最高8位[38]安田成美が歌うシンボルテーマソング『風の谷のナウシカ』は同シングルチャートで最高10位[39]を記録した。

宮崎は興行的成功については「ものを作るチャンスがまた巡ってくるかもしれないと思って、ほんっとにホッとしたんですよ。運が良かったと思って」[40]と語っている。映画としては原作漫画の途中までしか描かれていない不完全な作品とし、自身ではあまり評価していない[41]。原作完結後の1997年に公開された『もののけ姫』は、テーマが本作の延長線上にあり比較されることもある。

宮崎は映画のラストが予定調和であることを認めており、力が足りずにああせざるをえなかったと語っている。二時間では他の収め方がなく、ああいうものを作りたかったこともたしかで、否定はしないけれどクリスマスの奇跡映画のようなものを作ってしまったという後ろめたさもあるという。映画の続編を作らない理由は、マンガで結論が出なかったのに、映画になったらもっとわからないからだと説明している[42]

備考編集

スタジオジブリ作品としての扱い編集

前述のように、この作品の制作会社はトップクラフトであり、厳密にいえば、制作・公開後に設立されたスタジオジブリの作品ではない。しかし、『金曜ロードショー』にてテレビ放送される際には冒頭でトトロの描かれているブルースクリーンが表示されているほか、スタジオジブリが販売したVHSビデオ「ジブリがいっぱいコレクション」シリーズにも含まれていることなどから、社会一般からもスタジオジブリ作品の一つとして幅広く認知されている[注 8]

例として『もののけ姫』が公開される際、テレビCMにおいて大々的に宣伝がなされたが、そのナレーションにおいて「『風の谷のナウシカ』から13年(以下略)」という文句から始まっていたことからジブリの歴史が当作を起点としていることが証明されている。また、2016年9月公開の『レッドタートル ある島の物語』の公開を記念して過去の長編作品を劇場にて上映する企画がなされ、過去の作品の中から1作選んで投票する総選挙が開催され、投票可能な該当作品の中にも当作が含まれている。以上のことから、スタジオジブリ側も同社のシリーズ作品の一つとして公式に扱っている。

海外版編集

アメリカでは『Warriors of the Wind(風の戦士たち)』という英題を付けられ劇場公開された。これはロジャー・コーマンが創立したニューワールド・ピクチャーズ社の配給であり、腐海の浄化作用などの設定やナウシカの過去に関する描写は省かれ、日本で116分だった上映時間は95分に短縮されている。またナウシカが「ザンドラ姫」となっているなど、登場人物の名前も多くが改変されている。このバージョンを知らなかった宮崎は、朝日新聞1985年9月17日夕刊「いまアニメの時代」の連載3回目を読んで初めて知り、無断で改変されたことに激怒した[43]

『Warriors of the Wind』は同年にVHSビデオで発売されている。その後南アメリカやヨーロッパに二次輸出され、アルゼンチン、イギリス、スペイン、フランス、ドイツなどで改変された内容のままVHSがリリースされた。フランスではVIP Internationalから『Le Vaisseau Fantome(幽霊船)』の題で、Blue Kid's Videoから『La Princesse des Etoiles(星のプリンセス)』の題で発売された[44]

その後ディズニー配下のブエナ・ビスタ・インターナショナルがビデオ配給の権利を得て、改変が施されていないオリジナルバージョンが各国に配給されるようになった。後に2005年にナウシカの完全英語版がDVDで発売された[45]。この英語版では、ペジテ市長役でマーク・ハミルが出演している。

ディズニー製作の英語版は、アメリカでGKIDSファゾム・イベンツが行うイベント上映により[46][47]、2017年と2019年に字幕版と併せて劇場公開された[48][49]

実現しなかった続編と外伝編集

1986年の『天空の城ラピュタ』特別試写会の際、挨拶に立った製作者の徳間康快はナウシカの続編映画を依頼しているが、宮崎が期待に応えてくれないことを明かし、今後も会う度にしつこく頼んだり手紙を出していくと語った[50]。漫画作品の連載がクライマックスを迎えた1993年頃には映画会社内で続編が企画されていたが、続編を作らない主義の宮崎駿の意向により企画は立ち消えとなった[51]

原画として参加した庵野秀明は、後に作中の登場人物クシャナを主人公にした外伝を作りたいと申し出るが、宮崎駿は庵野の企画を「戦争ごっこをやりたいだけなのだ」とし、「くだらない最低のものになるのが決まっているから」と却下していた[52]。しかし2011年頃になって宮崎がアニメ映画『風立ちぬ』制作中に体調不良で病院で検査することになり、その際に死を覚悟して心変わりを起こす。庵野が『風の谷のナウシカ』をやることを許す気になり、宮崎は自分も亡くなった人の作品を原作にやりたいようにやったのだから、庵野もやるのなら原作通りではなく好きなようにやることを希望した[53]。自身で続編を制作することについては2013年9月の引退会見で明確に否定している[54]

声の出演編集

スタッフ編集

製作
協力製作 原徹
企画 山下辰巳
音楽 久石譲
作画監督 小松原一男
原画
動画チェック
動画
  • 佐々木よし子
  • 高橋幸江
  • 田口裕美子
  • 斉藤喜代子
  • 水谷貴代
  • 矢野順子
  • 渡部由加里
  • 祝浩司
  • 飯田馬之介
  • 坂元大二郎
  • 長井和久
  • 中村美子
  • 谷沢泰史
  • 讃岐平
  • 前田真宏
  • 多田幸子
  • 華房泰堂
  • 近藤方子
  • 池田和洋
動画協力
美術監督 中村光毅
背景
ハーモニィ処理 高屋法子
特殊効果 水田信子
色彩設計 保田道世
色指定 鈴木福男
仕上検査 荻原穂美
仕上
  • 近江妙子
  • 石井恵美子
  • 古谷由実
  • 菅野わか子
  • 長嶺浩美
  • 水間千春
  • 山内真紀子
  • 吉田政代
  • 清水理智子
  • 山室智弘
仕上協力
  • イージーワールドプロ
  • スタジオロビン
  • IMスタジオ
  • はだしプロ
  • 新生プロ
  • 遊民社
  • スタジオ2001
  • スタジオ雲雀
  • ホクサイ
  • ヤマトプロ
  • AIC
  • スタジオマリーン
撮影監督 白神孝始
撮影
  • 首藤行朝
  • 清水泰宏
  • 杉浦守
    高橋プロダクション
    宮内征雄
    平山昭夫
    小林武男
撮影協力
  • アニメフレンド
  • スタジオ35
音響制作 オムニバスプロモーション
音響監督 斯波重治
整音 桑原邦男
音響効果制作 E&Mプランニングセンター
音響効果
音楽制作 ワンダーシティ
音楽プロデューサー
  • 三浦光紀
  • 渡辺隆史
音楽ディレクター 荒川勝
エンジニア マスタリング / レコーディング 大川正義
アシスタント
  • 林雅之
  • すずきたけお
合唱 久石麻衣
録音スタジオ 音楽収録
台詞収録 新坂スタジオ
CD制作
タイトル 高具秀雄
リスマーク 高具アトリエ
編集
  • 木田伴子
  • 金子尚樹
  • 酒井正次
演出助手
制作担当 酒井澄
制作デスク 鈴木重裕
制作進行
宣伝プロデューサー 徳山雅也
「風の谷のナウシカ」製作委員会
徳間書店
小金井道宏
和田豊
小原健治
鈴木敏夫
亀山修
大塚勤
博報堂
佐藤孝
中谷健太郎
宮崎至朗
現像 東映化学工業
アニメーション制作 トップクラフト
プロデューサー 高畑勲
チーフプロデューサー
  • 奥本篤志
  • 森江宏
エグゼクティブプロデューサー 尾形英夫
原作 / 脚本 / 監督 宮崎駿
配給 東映

シンボルテーマソング編集

風の谷のナウシカ[55]
作詞 - 松本隆 / 作曲 - 細野晴臣 / 編曲 - 萩田光雄 / 歌 - 安田成美
安田のファーストシングルとして、1984年1月25日に徳間ジャパンコミュニケーションズより発売された。

カバー編集

受賞・推薦編集

日本編集

ここまでの出典[10]

海外編集

  • 第14回パリ国際SF&ファンタジー・フェスティバル 特別審査委員賞(準グランプリ)
  • ザグレブSF&ファンタジーフィルムフェスティバル 第1位
  • ローマ・ファンタジー&SFフィルムフェスティバル 第1位

ここまでの出典[10]

関連商品編集

映像ソフト
  • 風の谷のナウシカ VHS - 徳間書店/徳間ジャパン/徳間コミュニケーションズ 148AH-3 1984年3月21日発売
  • 風の谷のナウシカ Beta - 徳間書店/徳間ジャパン/徳間コミュニケーションズ 148AB-5003 1984年3月21日発売
  • 風の谷のナウシカ LD - 徳間書店/徳間ジャパン/徳間コミュニケーションズ 98LX-1 1984年4月21日発売
  • 風の谷のナウシカ VHD - 徳間書店/徳間ジャパン/日本エイ・ブイ・シー 98HD-1 1984年4月21日発売
  • 風の谷のナウシカ VHS - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 1997年9月19日発売
  • DVD(通常版) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売
    • DVD(ナウシカ・フィギュア セット) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売
    • DVD(コレクターズBOX) - ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント 2003年11月19日発売
    • DVD(宮崎駿監督作品集) - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 2014年7月2日発売
  • Blu-ray Disc[59] - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 2010年7月14日発売
    • Blu-ray Disc(宮崎駿監督作品集) - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 2014年7月2日発売
出版
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 1(1983年8月25日)ISBN 4-19-773581-2
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 2(1983年8月25日)ISBN 4-19-773582-0
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 3(1985年1月20日)ISBN 4-19-775514-7
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 4(1987年5月1日)ISBN 4-19-777551-2
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 5(1991年6月30日)ISBN 4-19-771061-5
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 6(1993年12月20日)ISBN 4-19-773120-5
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 7(1995年1月15日)ISBN 4-19-770025-3
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻セット(2002年8月25日)ISBN 4-19-210002-9
  • アニメージュコミックス ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻セット トルメキア戦役バージョン(2003年10月31日)ISBN 4-19-210010-X
  • 風の谷のナウシカ―絵コンテ(1)(アニメージュ文庫)(1984年3月31日)ISBN 4-19-669522-1
  • 風の谷のナウシカ―絵コンテ(2)(アニメージュ文庫)(1984年3月31日)ISBN 4-19-669523-X
  • 講談社アニメコミックス61 風の谷のナウシカ 1(1984年4月11日)ISBN 4-06-174461-5
  • 講談社アニメコミックス62 風の谷のナウシカ 2(1984年4月25日)ISBN 4-06-174462-3
  • 講談社アニメコミックス63 風の谷のナウシカ 3(1984年5月18日)ISBN 4-06-174463-1
  • 講談社アニメコミックス64 風の谷のナウシカ 4(1984年5月30日)ISBN 4-06-174464-X
  • ジ・アート・オブ 風の谷のナウシカ(1984年6月20日)ISBN 4-19-814560-1
  • アニメージュ文庫 「風の谷のナウシカ」より 巨神兵を倒せ!(1987年7月15日)ISBN 4-19-669563-9
  • 風の谷のナウシカ(上)(徳間アニメ絵本)(1988年3月31日)ISBN 4-19-703624-8
  • 風の谷のナウシカ(下)(徳間アニメ絵本)(1988年3月31日)ISBN 4-19-703625-6
  • 風の谷のナウシカ―フィルムコミック(1)(1990年10月30日)ISBN 4-19-770101-2
  • 風の谷のナウシカ―フィルムコミック(2)(1990年11月20日)ISBN 4-19-770113-6
  • 風の谷のナウシカ―フィルムコミック(3)(1990年11月20日)ISBN 4-19-770114-4
  • 風の谷のナウシカ―フィルムコミック(4)(1990年12月20日)ISBN 4-19-770120-9
  • スタジオジブリ作品関連資料集 型録Ⅰ(1996年6月30日)ISBN 4-19-860525-4
  • 風の谷のナウシカ―宮崎駿水彩画集(ジブリTHE ARTシリーズ)(1996年9月5日)ISBN 4-19-810001-2
  • 風の谷のナウシカ 豪華装幀本(上巻)(1996年11月30日)ISBN 4-19-860561-0
  • 風の谷のナウシカ 豪華装幀本(下巻)(1996年11月30日)ISBN 4-19-860562-9
  • 豪華装幀本「風の谷のナウシカ」セット 2巻セット(1996年11月30日)ISBN 4-19-869901-1
  • 風の谷のナウシカ―ロマンアルバム (2001年5月1日)ISBN 4-19-720155-9
  • 風の谷のナウシカ(スタジオジブリ絵コンテ全集1)(2001年6月30日)ISBN 4-19-861376-1
  • フィルムコミック 風の谷のナウシカ4巻セット「トルメキア戦役バージョン」(2003年10月31日)ISBN 4-19-210011-8
  • 風の谷のナウシカGUIDE BOOK復刻版(ロマンアルバム)(2010年7月15日)ISBN 4-19-720309-8
  • ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ(文春ジブリ文庫)(2013年4月10日)ISBN 978-4-16-812000-8
  • シネマコミック1 風の谷のナウシカ(文春ジブリ文庫)(2013年4月10日)ISBN 978-4-16-812100-5
音楽
  • 風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人…(カセット 25AN-13/LP ANL-1013) 徳間ジャパンコミュニケーションズ (1983年11月25日)
  • 風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人…(CD TKCA-72716)徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版2004年8月25日)(オリジナル盤CD/1983年11月25日))
  • 風の谷のナウシカ シンフォニー編 〜風の伝説〜 (CD TKCA-72718)徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版2004年8月25日)(オリジナル盤CD/1984年2月25日))
  • 風の谷のナウシカ ドラマ編 (CD TKCA-70135)徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版1993年7月21日)(オリジナル盤CD/1984年2月25日))
  • 風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ… (CD TKCA-72717)徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版2004年8月25日)(オリジナル盤CD/1984年3月25日))
  • 風の谷のナウシカ BEST (CD) 徳間ジャパンコミュニケーションズ(1986年11月24日)
  • 風の谷のナウシカ ハイテックシリーズ (CD TKCA-72719)徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版2004年8月25日)(オリジナル盤CD/1993年7月21日))
  • (シンボルテーマソング)風の谷のナウシカ (CD) 安田成美、C/W「風の妖精」徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版CD/2004年10月)(オリジナル盤レコード/1985年6月))
  • ピアノ曲集 風の谷のナウシカ イメージアルバム&サウンドトラック ケイ・エム・ピー 菊倍版(2008年6月)
  • スタジオジブリ 宮崎駿&久石譲 サントラBOX [Box set, Limited Edition] (CD) 徳間ジャパンコミュニケーションズ(2014年7月16日)
玩具・模型他
  • 1980年代中期当時、TEACなどが発売し、オーディオマニアなどで人気だった、オープンリール似のハブを使ったノーマルポジションのカセットテープを560円にて販売していた。C-46(往復46分/片道23分)のみの販売。

売上記録編集

(日本国内)

内容 記録 補足
興行収入 約14.8億円[62] 推測
配給収入 約7.42億円[62]
全国動員 91万4767人[62]
『イメージアルバム〜鳥の人〜』
  • 6万枚出荷(1983年発売のLP)[63]
  • 5万本出荷(1983年発売のCA)[63]
  • 4万枚出荷(1985年発売のCD)[63]
  • 3万枚出荷(1993年発売の再発CD)[63]
  • 0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[63]
『サウンドトラック〜はるかな地へ〜』
  • 9万枚出荷(1984年発売のLP)[63]
  • 10万本出荷(1984年発売のCA)[63]
  • 9万枚出荷(1984年発売のCD)[63]
  • 11万枚出荷(1993年発売の再発CD)[63]
  • 1万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[63]
『風の谷のナウシカ』 (1984年発売のレーザーディスク)
徳間コミュニケーションズ
CLV 116分 MONO (音声)98LX-1
『ドラマ編〜風の神さま〜』
  • 4万枚出荷(1984年発売のLP)[63]
  • 4万本出荷(1984年発売のCA)[63]
  • 1.2万枚出荷(1989年発売のCD)[63]
  • 1万枚出荷(1993年発売のCD)[63]
『シンフォニー編〜風の伝説〜』
  • 6万枚出荷(1984年発売のLP)[63]
  • 5万本出荷(1984年発売のCA)[63]
  • 4万枚出荷(1984年発売のCD)[63]
  • 3万枚出荷(1993年発売の再発CD)[63]
  • 0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[63]
『ハイテックシリーズ』
  • 2万本出荷(1989年発売のCA)[63]
  • 6万枚出荷(1989年発売のCD)[63]
  • 2万枚出荷(1993年発売の再発CD)
  • 0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[63]
『BEST COLLECTION』 5万枚出荷(1986年発売のCD)[63]
シンボルテーマソング
『風の谷のナウシカ/風の妖精』
  • 4万枚出荷(1986年発売のシングルCD)[63]
  • 9万枚出荷(1988年発売の再発シングルCD)[63]
  • 0.5万枚出荷(2004年発売の再々発シングルCD)[63]
VHS・ベータ(徳間版) 12万本出荷[64] 1989年7月時点
VHS(ブエナビスタ版) 90万本出荷[64] 2003年6月時点
DVD 75万枚出荷[64] 2005年3月時点
Blu-ray Disc 2.0万枚売上(発売初週) 2010年7月時点

テレビ放送編集

日本テレビでの初回放送は、1985年4月6日(土曜日)。19時30分-21時50分に特別枠を設けて、ノーカットで放送した[65]。日本テレビ系列の『金曜ロードショー』では、ほぼ2年に1度の割合で放送されており、放送回数は当枠最多の15回を数える。2013年12月27日放送分では、石丸博也による副音声による解説放送も行われた。

テレビ放送の視聴率
回数 放送日 視聴率 備考
1 1985年04月06日(土) 16.5% [66]
2 1986年07月25日(金) 16.4% [67]
3 1988年07月22日(金) 17.5%
4 1990年09月28日(金) 18.2%
5 1992年07月17日(金) 21.4%
6 1994年03月25日(金) 16.6%
7 1996年03月08日(金) 19.3%
8 1997年07月04日(金) 19.0%
9 2000年02月11日(金) 23.3%
10 2002年01月11日(金) 19.8%
11 2004年01月16日(金) 19.4%
12 2006年02月03日(金) 15.3% [68]
13 2008年06月06日(金) 15.3% [69]
14 2010年02月19日(金) 17.5% [70]
15 2012年05月11日(金) 14.6% [71][72]
16 2013年12月27日(金) 12.9% [73]
17 2017年01月13日(金) 12.7% [74]
18 2019年01月04日(金) 10.4% [75]

関連番組・作品編集

ラジオ特番編集

オールナイトニッポン 風の谷のナウシカスペシャル
アニメ映画公開前日の1984年3月10日深夜(日付は3月11日)にニッポン放送オールナイトニッポン」で映画を宣伝する「風の谷のナウシカスペシャル」が生放送された。ゲストは監督の宮崎駿やナウシカガールの安田成美。この特別番組内では、約30分のラジオドラマが流された。
当時の同種のアニメ映画のオールナイトニッポンスペシャルでは生のラジオドラマも多かったが、本作では事前に収録が行なわれていた。宣伝という性格上、ストーリーと声優のキャスティングはアニメ版に準拠し、途中までをドラマ化し、続きを映画館で見せるとの趣向だった。脚色は藤井青銅、演出はドン上野こと上野修[76]

特撮短篇作品編集

コンピュータゲーム編集

劇場アニメ版とのタイアップとして、1984年に徳間書店からテクノポリスソフトのブランド名で、当時の8ビットパソコン用にナウシカを素材としたコンピュータゲームが発売された。

『風の谷のナウシカ』
PC-8801用。徳間書店、アドベンチャーゲーム、6,800円。
『ナウシカ危機一髪』
PC-6001mkII用。シューティングゲーム。土鬼の飛行ガメを撃ち落としていく。
『忘れじのナウシカ・ゲーム』
MSX用。シューティングゲーム。ストーリー的には漫画版をベースにしている。風の谷へ侵攻する土鬼を最終的には交渉して引き返させるのが目的。ガンシップ、メーヴェ、パージの連結・切り離し、土鬼の浮砲台、飛行ガメ、王蟲、ストロボ光弾など原作の要素が含まれている。飛行している蟲は撃ち落とすことはできず、接触すると減点となる。

「ナウシカのゲームが、ナウシカが腐海の蟲たちを撃ち殺してスコアを稼いでゆくというもので、このゲームに宮崎や高畑が激怒したため、以降の作品がゲーム化されなくなった」という説があり、宮崎駿がコンピューターゲーム嫌いになったのはこのゲームが原因という記述が井坂十蔵の『宮崎駿のススメ。』にもあるが、実際にはこのような内容のゲームは存在しない。

その他編集

徳間書店アニメージュ文庫から『巨神兵を倒せ! 風の谷のナウシカ』というゲームブック[77]が発売された。

ツクダホビーからは、『風の谷のナウシカ』というボードウォー・シミュレーションゲームが発売されている。頭、胴、右腕、左腕、右足、左足、盾、手持ち武器がそれぞれ駒になっており(長剣などは2ヘクスの駒)、1対1の剣格闘で剣を振りかぶって斬りつけるなどの動作を再現している。

脚注編集

注釈編集

  1. ^ キャッチコピー「少女の愛が奇跡を呼んだ」は映画宣伝会社メイジャーの宣伝プロデューサー徳山雅也によるもの(叶 (2006)、p.63)。
  2. ^ 『名探偵ホームズ』は宮崎がテレコム・アニメーションフィルム在籍時に演出として参加していながらお蔵入りになっていたもので、宮崎の手がけた短編6作品のうちの2作品。後のテレビシリーズとは声優など細部で異なる点がある。
  3. ^ クシャナが巨神兵移送を命じる本国に対し、バカ共達の玩具にさせる気はないと触れる程度。
  4. ^ 最初に高畑にプロデューサー就任を断られたとき、宮崎は酒席で「高畑に全青春を捧げたのに」と涙を流したという(鈴木(2008)、p.41)。
  5. ^ 「ハーモニー」とはセル画にセルカラーをベタ塗りするのではなく、グラデーションを付けて絵画的に表現する技法。出崎統の演出法として知られる。動画ではなく止め絵に用いるのが一般的。本作でも王蟲の動きの多いカットでは通常の動画処理している。
  6. ^ BOØWYは当時、徳間ジャパンと契約していた。
  7. ^ 1984年公開の長編アニメ映画では、『ドラえもん のび太の魔界大冒険』の配給収入16.5億円がトップ(日本映画製作者連盟)。
  8. ^ 実際に、DVD等の映像作品のジャケットにも「スタジオジブリ作品」と表記されている。ただ、ジャケット裏側の「制作」のクレジットはトップクラフトである。

出典編集

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  2. ^ 梶山寿子『ジブリマジック――鈴木敏夫の「創網力」――』 講談社、2004年、p.33。
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  5. ^ 鈴木 (2008) 、p.49。
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  7. ^ 『映画 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK』、p.201。
  8. ^ 叶(2006)、p.71(キネ旬臨時増刊『宮崎駿・高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』 キネマ旬報社、1995年より引用)。
  9. ^ アニメージュ編集部編 「ナウシカへの道」『ジ・アート・オブ・ナウシカ』 徳間書店、1984年、p.182。
  10. ^ a b c d 叶(2006年)。
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  12. ^ 尾形(2004)、p.178。
  13. ^ a b 金澤誠『徳間康快』文化通信社、2010年、130-131頁。
  14. ^ a b 宮崎(2002)、pp.243 - 244。
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  16. ^ 叶 (2006)、p.42。
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  65. ^ 朝日新聞1985年4月6日
  66. ^ この当時に放送されていた「水曜ロードショー(「金曜ロードショー」の前身番組)」ではなく「土曜トップスペシャル」枠での放送。所謂「金曜ロードショー枠」以外での放送はこの初回放送のみ。
  67. ^ 「金曜ロードショー」枠での放送はこの回から。
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参考文献編集

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  • スタジオジブリ責任編集『ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。-ジブリの新聞広告18年史』徳間書店スタジオジブリ事業本部、2002年7月。ISBN 4-19-861538-1
  • 高畑勲『映画を作りながら考えたこと-1955〜1991』徳間書店、1991年8月。ISBN 4-19-554639-7
  • 宮崎駿『風の帰る場所-ナウシカから千尋までの軌跡』ロッキング・オン、2002年7月。ISBN 4-86052-007-6

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