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広島県立呉宮原高等学校

広島県立呉宮原高等学校(ひろしまけんりつくれみやはらこうとうがっこう)は、広島県呉市に所在する公立高等学校

広島県立呉宮原高等学校
Kure-Miyahara highschool.JPG
広島県立呉宮原高等学校の位置(広島県内)
広島県立呉宮原高等学校
過去の名称 呉市中學校
廣島縣立呉第二中學校
広島県真畝高等学校
広島県呉宮原高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 広島県の旗 広島県
校訓 自主自律
設立年月日 1924年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 34124A
所在地 737-0024
広島県呉市宮原3-1-1

北緯34度14分8.62秒 東経132度33分46.2秒 / 北緯34.2357278度 東経132.562833度 / 34.2357278; 132.562833座標: 北緯34度14分8.62秒 東経132度33分46.2秒 / 北緯34.2357278度 東経132.562833度 / 34.2357278; 132.562833
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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概要編集

歴史
1924年大正13年)に開校した「呉市立中学校」(旧制中学校)を前身とする。2009年平成21年)に創立85周年を迎えた。
教育方針
「国民としての正しい自覚をもち、平和で民主的な社会の発展に貢献する有為な人材を育成する」ことをめざす
  1. 自主性を高め、明朗闊達の気風を養う
  2. 個性を伸ばし、好学向上の態度を養う
  3. 社会性を培い、友愛連帯の精神を養う
校章
現在の校章は1949年昭和24年)5月に制定された。当時の在職教員によって図案化された。伸び行く若葉をモチーフとしており、中央に「高」の文字(旧字体)を置いている。
校歌
作詞は西本篤武、作曲は川原浩による。歌詞は2番まであり、校名の「宮原」は1番の途中に登場する。
同窓会

沿革編集

旧制中学校編集

  • 1924年(大正13年)
    • 3月25日 - 「呉市立中学校」の設立が認可される。校長事務取扱に伊藤裕が任命される。
    • 4月18日 - 呉市今西通一丁目の元・海城中学校跡を仮校舎として授業を開始。
    • 5月2日 - 初代校長に清水芳徳が就任。
  • 1925年(大正14年)4月6日 - 仮校舎を二河町の呉高等小学校(現・呉市立呉中央中学校)に移転。
  • 1926年(大正15年)9月30日 - 呉市宮原通三丁目に新校舎が完成し移転。
  • 1929年昭和4年)4月1日 - 広島県への移管により、「広島県立呉第二中学校[1]」と改称。
  • 1937年(昭和12年)10月2日 - 校舎が半焼。
  • 1942年(昭和17年)3月4日 - 広島県立第二夜間中学(修業年限5ヶ年)を併置。(定時制課程の前身)
  • 1943年(昭和18年)7月27日 - 併置の夜間中学校が広島県立呉第五中学校と改称される。
  • 1945年(昭和20年)9月17日 - 水害により、正門南側の煉瓦塀が崩壊。

新制高等学校編集

  • 1948年(昭和23年)5月3日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により、呉第二中学校は廃止され、新制高等学校「広島県呉真畝[2]高等学校」が発足。
    • 同年3月時点で旧制中学校の3・4年であった生徒を、それぞれ新制高校1・2年生として編入。旧制中学校卒業生のうち希望者を新制高校3年生として編入。
    • また、暫定措置として新制中学校(以下・併設中学校)を設置し、同年3月時点で旧制中学校2年生の生徒を新制中学校3年生として収容。
  • 1949年(昭和24年)4月30日 - 高等学校再編により、学区制を導入し、総合制高等学校「広島県呉宮原高等学校」に改称。男女共学となる。
    • 全日制課程3学科(普通科・家庭科・商業科)と定時制課程1学科(普通科)を設置。
  • 1950年(昭和25年)12月24日 - 呉宮原高校同窓会を結成。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 家庭科を生活科に変更。
  • 1957年(昭和32年)
  • 1959年(昭和34年)
    • 3月31日 - 商業科を廃止。
    • 11月6日 - 開学35周年・創立10周年を記念し、校舎を増築し完成。
    • 11月15日 - 同窓会が一本化し、「九嶺宮原同窓会」と改称。
  • 1961年(昭和36年)9月1日 - 広島県教育委員会規則第11号により学区を小学区制から中学区制に変更し、翌1962年(昭和37年)4月1日から実施することとなる。
  • 1962年(昭和37年)11月5日 - 生活科の募集を停止し、普通科の中に普通型家庭型を設置。
  • 1963年(昭和38年)
  • 1964年(昭和39年)10月31日 - 一号館(第一期工事)が完成。
  • 1968年(昭和43年)10月1日 - 「広島県立呉宮原高等学校」(現校名)に改称(県の後に「立」が加えられる)。
  • 1972年(昭和47年)4月 - 定時制課程の募集を停止。
  • 1975年(昭和50年)3月31日 - 定時制課程を廃止。
  • 1976年(昭和51年)3月 - 呉地区県立普通科高校3校(呉宮原・呉三津田)での総合選抜入試を開始。
  • 1977年(昭和52年)8月31日 - 四号館の1・2階(化学教室・物理教室)が完成。
  • 1987年(昭和62年)3月23日 - 部室が完成。
  • 1989年(平成元年)10月17日 - 新体育館が完成。
  • 1991年(平成3年)3月30日 - 生徒ホールが完成。
  • 1992年(平成4年)11月26日 - トレーニングルーム・部室・女子更衣室・体育準備室が完成。
  • 1998年(平成10年)4月 - 総合選抜制度が廃止され、単独選抜を開始。自由選択制(単位制)を導入。
  • 1999年(平成11年)8月20日 - 実習棟(五号館)が完成。
  • 2004年(平成16年)6月1日 - 全教室に空調設備に導入。
  • 2010年(平成22年)
    • 3月 - この時の入学生から自由選択制(単位制)を廃止。
    • 4月 - 六号館が完成。
  • 2012年(平成24年)
    • 1月 - 一号館の建て替え工事が開始。
    • 4月 - 3学年が完全に学年制となる。

部活動編集

  • 近年の野球部の代表的な活躍には平成18年度春季広島県大会では優勝を果たし、翌平成19年度春季広島県大会では準優勝という成績を挙げた。
  • 狭いグラウンドなど練習環境の克服や文武両道が評価され、第81回選抜高校野球大会では「21世紀枠」の中国地区候補に選ばれた。

著名な出身者編集

脚注編集

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  1. ^ 広島県立呉第一中学校は広島県立呉三津田高等学校の前身。
  2. ^ 読みは「まうね」。

関連項目編集

外部リンク編集