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薩摩郡

日本の鹿児島県の郡
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鹿児島県薩摩郡の位置(緑:さつま町 薄緑・水色:後に他郡から編入した区域)

薩摩郡(さつまぐん)は、鹿児島県薩摩国)の

人口20,665人、面積303.9km²、人口密度68人/km²。(2019年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、薩摩川内市の大部分(川内川以北かつ湯田町、陽成町、高城町、国分寺町、大小路町以西および城上町・運動公園町・原田町・東大小路町の各一部、祁答院町各町・上甑町各町・里町各町・鹿島町各町を除く)にあたる。

歴史

近世以降の沿革

  • 明治初年時点では全域が薩摩鹿児島藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での村は以下の通り[1]。全域が現・薩摩川内市。(33村)
    • 入来郷 - 浦之名村、副田村
    • 樋脇郷 - 倉野村、塔之原村、市比野村、久住村、中村、楠元村
    • 百次郷 - 百次村、田崎村
    • 山田郷 - 山田村
    • 平佐郷 - 平佐村、天辰村
    • 隈之城郷 - 東手村、西手村、宮里村
    • 高江郷 - 高江村、久見崎村、寄田村
    • 中郷 - 中郷村
    • 東郷 - 田海村、宍野村、南瀬村、山田村、鳥丸村、白浜村、藤川村、斧淵村、船倉村[2]
    • 串木野郷(一部) - 羽島村
    • 山崎郷(一部) - 白男川村[3]、二渡村[3]、泊野村[3]
  • 明治2年(1869年) - 百次郷と山田郷が合併し永利郷となる。樋脇郷の久住村・中村・楠元村が平佐郷へ移管される。
  • 明治3年(1870年) - 中郷が東郷に編入される。
  • 明治4年7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により鹿児島県の管轄となる。
  • 明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての薩摩郡が発足。「宮之城郡役所」が管轄。
  • 明治14年(1881年7月28日 - 「隈之城郡役所」の管轄となる。
  • 明治10年代(2町33村)
    • 東手村の一部が分立して向田町となる。
    • 平佐村の一部が分立して白和町となる。

町村制以降の沿革

 
1.隈之城村 2.永利村 3.入来村 4.高江村 5.平佐村 6.樋脇村 7.下東郷村 8.上東郷村 11.東水引村・西水引村 12.高城村 21.山崎村 22.宮之城村 23.鶴田村 24.大村 25.佐志村 26.永野村 27.黒木村 28.藺牟田村 31.上甑村・里村 32.下甑村(紫:薩摩川内市 桃:さつま町)

変遷表

脚注

  1. ^ 郷については「角川日本地名大辞典」による。
  2. ^ 「旧高旧領取調帳データベース」には記載なし。
  3. ^ a b c 記載は伊佐郡。
  4. ^ 鹿兒島縣下國界竝郡界變更及郡廢置(明治29年法律第55号、  原文
  5. ^ 字五色・宇都川原・枇杷宇都・溝下・枇杷野・石原田・安之木川原・野坂・村友・立花・六地蔵・山下川原・松野・戸川内・川越・時吉・大浦・塩水流・亀割・阿手の木・喜藤田。
  6. ^ 字大中口・井川・賀崎・井川口・大久保・赤崩・寺川内。

参考文献