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野並

名古屋市天白区の地名

地理編集

野並一〜四丁目名古屋市天白区西南部に位置し[7]、東は天白町大字野並、西は中坪町井の森町、南は古川町および緑区古鳴海一丁目・鳴子町、北は福池二丁目に接する。

野並駅から西へ徒歩5分程度で天白川、野並地区東側には里山風景が残り、ヒメボタル等が観察できる相生山が広がり自然が多く残る地区である。

歴史編集

 
昭和41年の野並地区(1966年)

愛知郡野並村を前身とする。もともとは沼地であり、タンチョウも目にすることができた。

1560年永禄3年)千秋季忠は、織田信長に従って桶狭間の戦いに出陣し討死するものの、信長は季忠の妻の胎内にあった千秋季信に14年後の1574年天正2年)に引見し、刀一振りとともに野並村を領地として与えた。この時、織田信長から「千秋家は大宮司職という高貴な職につきながらも3代に渡り戦死してしまい、血脈が絶えるおそれがある。今後は軍事に携わらず神職を全うせよ」と言われ、これ以降は神職に専念し、血脈絶えることなく今もなお野並地区に千秋家の末裔は住んでいる[8]

江戸幕末までは熱田神宮領であり、大宮司を代々務めてきた「藤原千秋家」の墓所もある[9]

1728年享保13年)野並地区の南方で天白川の氾濫が度々起き、田畑が流され尾張藩への年貢が納まらないこともあったため、野並の笹原あたりで西流させ山崎川へ合流させる工事が行われた。しかし、今度は山崎川での氾濫が14年間で17回も起きたことから、1741年元文6年/寛保元年)に元の川筋に戻された[10]。天白川が山崎川に合流していた14年間にできた新田を「天白古川新田」と言われ、現在の野並地区にその名残の古川町という町名がある[11]

山崎川 上ニテ川名川ト云、是ハ末森村猫洞七ツ釜大藪池ノ水落来レリ、下ハ紀左衛門新田道徳新田ノ間ニテ海ヘ落ツ。山崎橋長十二間幅三間アリ、大道奉行修造ヲ掌ル。享保十三戊申年、天白川ヲ此山崎川ヘ一旦瀬違有之シカ、十四年ノ間ニ天白川十七度決壊シ、処々砂入ナリシニヨリ、元文六酉年天白川元川ヘモトリ山崎川如今ナレリ。(郡村徇行記

町名の由来編集

『尾張国地名考』に、「鳴海野に並ぶゆへに野並といふなり」とある[12]

沿革編集

天白町大字野並編集

野並一〜四丁目編集

  • 1974年(昭和49年)11月15日 - 昭和区天白町大字野並の一部により、同区野並一丁目から同四丁目が成立[1]
  • 1975年(昭和50年)2月1日 - 天白区成立に伴い、同区所属となる[1]
  • 1978年(昭和53年)9月23日 - 天白町大字野並および緑区鳴海町の各一部を野並三丁目へ編入[1]
  • 2000年(平成12年)9月11日 - 東海豪雨により名古屋市内で最も甚大な水害を受ける。

野並の梅と聖松編集

天白区野並四丁目、鳴海町、古鳴海、相川付近はかつて、上野山(鳴海丘陵)と呼ばれ、一帯が梅林であった。その梅林の頂上に大きな奇異な形をした松があり聖松とされた。

江戸時代に 東海道が整備されるまでは、京都〜鎌倉を結ぶ道は鎌倉街道と呼ばれ、陸上ルートは天白区島田〜天白区野並〜緑区鳴海であった。それに対し、海上ルートは南区呼続〜天白区野並〜緑区鳴海を渡っていた[16]。その際、呼続台地方面から野並に海上から渡る目印を『上野の聖松』としていた。しかし、昭和初期頃に枯れてしまった。

現在、聖松が立っていた頂上辺りには梅野公園がある(野並駅近くの八劔社辺りに松があったという説もあるが、上野山の頂上とされているため梅野公園辺りのほうが海抜が高く有力)。

世帯数と人口編集

2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[3]

丁目 世帯数 人口
野並一丁目 525世帯 1,094人
野並二丁目 733世帯 1,354人
野並三丁目 679世帯 1,339人
野並四丁目 554世帯 1,260人
2,491世帯 5,047人

学区編集

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[17]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[18]

丁目 番・番地等 小学校 中学校 高等学校
野並一丁目 全域 名古屋市立野並小学校 名古屋市立南天白中学校 尾張学区
野並二丁目 全域
野並三丁目 全域
野並四丁目 全域

主な施設編集

交通編集

 
地下鉄野並駅付近(2009年8月)

野並の市街地は名古屋市営地下鉄桜通線野並駅を中心としている。

鉄道など編集

道路編集

その他編集

日本郵便編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 名古屋市計画局 1992, p. 872.
  2. ^ 愛知県名古屋市天白区の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2019年2月11日閲覧。
  3. ^ a b 町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)” (日本語). 名古屋市 (2019年1月23日). 2019年1月23日閲覧。
  4. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
  5. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
  6. ^ 天白区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月10日閲覧。
  7. ^ a b c 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1475.
  8. ^ 天白区史跡散策路”. 2016年3月10日閲覧。
  9. ^ 名古屋を歩こう”. 2016年3月4日閲覧。
  10. ^ 山崎川水系ー愛知県”. 2016年3月10日閲覧。
  11. ^ 天白区の天白川”. 2016年3月10日閲覧。
  12. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 691.
  13. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 862.
  14. ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 863.
  15. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 873.
  16. ^ なごやの鎌倉街道”. 2016年3月4日閲覧。
  17. ^ 市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
  18. ^ 平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
  19. ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年02月10日閲覧 (PDF)

参考文献編集

  • 角川日本地名大辞典 23 愛知県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1989年3月8日(日本語)。ISBN 4-04-001230-5
  • 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年(日本語)。全国書誌番号:93012879
  • 郡村徇行記』「尾張徇行記」愛知県図書館、愛知県図書館、1822年(日本語)。

外部リンク編集

  •   ウィキメディア・コモンズには、野並に関するカテゴリがあります。