鈴木大地

日本の元水泳選手

鈴木 大地(すずき だいち、1967年3月10日 - )は、日本体育学者、元水泳選手、元国家公務員学位体育学修士順天堂大学大学院1993年)、医学博士順天堂大学大学院2007年)。順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科・特任教授[2]。有限会社ダイチイン ターナショナル・代表取締役社長[2]日本水泳連盟・会長(2021年6月 - )。千葉県習志野市出身。

日本の旗 日本の官僚
鈴木 大地
すずき だいち
Daichi Suzuki.png
生年月日 (1967-03-10) 1967年3月10日(54歳)
出生地 日本の旗 日本 千葉県習志野市
出身校 船橋市立船橋高等学校
順天堂大学体育学部
順天堂大学大学院
前職 スポーツ庁長官
称号 医学博士
公式サイト 鈴木大地 オフィシャルブログ

在任期間 2015年10月1日 - 2020年9月30日
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鈴木大地 Swimming pictogram white.svg
選手情報
フルネーム 鈴木大地
国籍 日本の旗 日本
泳法 背泳ぎ
獲得メダル
競泳
日本の旗 日本
オリンピック
1988 ソウル 男子 100m背泳ぎ
ユニバーシアード
1987 ザグレブ 男子 100m背泳ぎ
1987 ザグレブ 男子 200m背泳ぎ
アジア競技大会
1986 ソウル 男子 100m背泳ぎ

[1]

1986 ソウル 男子 400mメドレーリレー
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1988年ソウルオリンピック100m背泳ぎ金メダリスト[1]バサロ泳法で有名な選手である。

国際水泳連盟理事(2017年 -)、アジア水泳連盟副会長(2016年 -)。元日本水泳連盟会長(2013年 - 2015年)。スポーツ庁長官(初代)[3]。などを歴任。

経歴編集

競泳選手時代編集

小学2年生で地元の千葉アスレティックセンタースイミングスクール(CAC)で水泳を始める。全国SC大会にて100メートル背泳ぎで銀メダルを獲得する。中学時代にスポーツクラブのセントラルスポーツ鈴木陽二に出会い、以後引退まで指導を受けることになる。船橋市立船橋高等学校に進学。陸上競技指導者としてリクルート積水化学にて有森裕子高橋尚子らを育てることになる小出義雄が市立船橋高等学校の保健体育教師として鈴木が在学中に在職しており、鈴木は小出の授業を受けたことがある[4]。高等学校3年次在学中の1984年ロサンゼルスオリンピック代表に選ばれて出場。100m背泳ぎ11位、200m背泳ぎ16位、400mメドレーリレーは決勝で失格という結果であった。1985年、市立船橋高校卒業とともに順天堂大学体育学部(現・スポーツ健康科学部)体育学科に進学する。

1986年ソウル・アジア大会では100m背泳ぎ、400mメドレーリレーで金メダルを獲得。1987年には第14回ユニバーシアードザグレブ)で、100m背泳ぎ、200m背泳ぎで金メダルを獲得。400mメドレーリレーの第1泳者として、100mで1987年の世界最高記録をマークした。

1988年、ソウルオリンピックの100m背泳ぎに優勝し、日本競泳陣16年ぶりの金メダルを獲得した[1]。決勝戦は、世界記録保持者で予選を1位で通過したアメリカデビッド・バーコフ、200m金メダリストで予選を2位で通過した元世界記録保持者のソ連のイゴール・ポリャンスキーとの接戦となった(3人はいずれもバサロ泳法を使用)。最後は弧を描かず水面すれすれをリカバリーしてゴールタッチし、バーコフに0.13秒差をつけて優勝した。男子100m背泳では、1932年ロサンゼルスオリンピック清川正二に次ぐ、日本人2人目の金メダリストであり、表彰式では当時IOC委員だった清川からメダルを授与された。この決勝で樹立した55秒05の日本記録は、その後の度重なるルール改正にもかかわらず、15年間、更新されることがなく、国内の選手にとって大きな壁となった。ソウルでは200m背泳ぎでは15位、400mメドレーリレーで5位に入賞している。

ソウルオリンピック金メダル獲得が評価され、日本スポーツ賞など多くの賞を受賞する。

1989年に順天堂大学卒業後、大学院体育学研究科体育学専攻に進む。1992年4月に現役を引退した[5]。現役時代は公式な世界記録は樹立できなかったが、FINA競泳ワールドカップの50m背泳ぎで短水路世界最高記録(その当時はまだ公式種目ではなかった)を2回更新した経歴を持つ。また、1988年度の日本選手権水泳競技大会(兼オリンピック選考会)の100m自由形に出場して52秒35で優勝したことがあるほか、短水路ながらバタフライ50メートルや200m個人メドレーでも日本記録を樹立するなど得意としていた。

現役引退後(指導者時代)編集

1993年に順天堂大学大学院体育学専攻を修了。1994年よりコロラド大学ボルダー校にて客員研究員となる。1998年からは、日本オリンピック委員会から派遣される形でハーバード大学水泳部のゲストコーチを務めた。

2000年3月、日本に帰国し、母校である順天堂大学講師および水泳部監督を務める。この年、ジャパンオープンウォータースイムで順天堂大の東翔が優勝したことにより、日本一の監督となった。2006年、順天堂大学スポーツ健康科学部助教授に就任 2007年、順天堂大学医学部より健康関連イベント参加者の生活習慣と健康状態に関する研究をテーマにした分析で博士号を取得した(学位論文は白石安男東京理科大学経営学部教授)との共同執筆)。オリンピック金メダリストで博士(医学)の学位を授与されたのは、鈴木と同じソウルオリンピックでレスリングフリースタイル52kg級に優勝した佐藤満に次いで日本では2人目である。

2009年、日本水泳連盟の理事に選出される。同年4月より、競泳委員会の委員に加え、オープンウォーター、生涯スポーツ、及び日本泳法の統括責任者となる。

2010年1月、世界アンチ・ドーピング機構のアスリート委員会委員に選出される。

2013年、 順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科コーチング科学コース教授に就任。学外では日本オリンピック委員会アスリート委員会委員を退任する一方、日本水泳連盟会長、日本オリンピアンズ協会会長に就任した。

他に、世界オリンピアン協会 (WOA)理事、日本アンチドーピング機構理事を務めていた。公職以外ではオリンピック世界水泳選手権などで解説者、講演者、執筆者として、また水泳教室での指導者としても活動していた。

2014年、日本選手権水泳競技大会(競泳)の大会ポスターに起用される。金メダルの瞬間、水面でガッツポーズをする写真に「うれしいに決まってます」という当時の優勝コメントを添えた図柄であった[6]

初代スポーツ庁長官編集

2015年、スポーツ庁長官、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事に就任[7]。スポーツ庁長官は副業禁止の国家公務員にあたるため、他の役職は全て辞任している。

2016年10月、アジア水泳連盟副会長に就任[8]。2017年7月、国際水泳連盟理事に選出された[8]

2020年9月11日、鈴木大地・スポーツ庁長官が5年の任期満了に伴い、9月末で退任することが閣議で決まった[9]。後任は2004年アテネオリンピックハンマー投金メダリストで、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会スポーツディレクターの室伏広治が務める[9]。退任を控えた9月25日に記者会見を開き、「5年後、10年後にスポーツ庁をつくって良かったと言われるよう努めてきた」と述べる一方、本来なら2020年東京オリンピック・パラリンピックの終了後の退任となるはずだったが叶わなかったことを「何となく心残りもある」と表現した[10]。最終登庁日となった9月30日には職員向けの挨拶をおこない、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を見ずに退任することを「これもまた人生ということで前向きにとらえていきたい」と述べた[11]

なお、退任と前後して、故郷の千葉県で2021年3月に行われる知事選挙に鈴木を擁立させることを自由民主党千葉県連が検討しており、鈴木自身も一時立候補に意欲を見せていた。しかし、地元選出議員の石井準一を始め、スポーツ庁長官就任の際に尽力した森喜朗などから反対や難色を示す声があった。これらを受けて、同選挙への出馬を断念することを2020年10月に明らかにした[12][13]

スポーツ庁長官退任後編集

2020年、有限会社ダイチインターナショナル代表取締役社長及び順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科特任教授に就任[14]

2021年、「世界を驚かせた。鈴木氏は、困難と考えられていた金メダルを獲得した」と選考され、国際水泳殿堂に殿堂入りした[15]

バサロ泳法について編集

「黄金の足を持つ」と言われた、バサロキックのパイオニアである。鈴木のバサロは25m潜行(21回キック)であったが、ソウルオリンピックの決勝では30m潜行(27回キック)とした[16]。鈴木が30m潜行のバサロキックをしてからは、潜行距離は10m(鈴木が引退してからは12.5m(スタートとターンを合わせると25m))までという制限がルールの中に付け加えられた。その代わり、更なるルール改正で背泳ぎにクイックターンを認めることになり、次の1992年バルセロナオリンピックまでに、100mで1秒5近く、200mで3秒ほど、競技全体としては記録が大幅に短縮した経緯がある。なお、その後、さらなるルール改正があり、現在では潜行距離は15m(スタートとターンを合わせると30m)まで認められている。

ソウル五輪優勝とその影響編集

ソウルオリンピックの決勝では「優勝はまず難しいだろう。なんとかメダルを獲得してくれれば」という大方の予測・悲観的希望を覆した[17]。1960年代 - 1980年代の日本の競泳界は、外国勢が飛躍的な記録の更新を続けたのに対し、水没泳法の禁止といった国際ルールの壁に苦戦を強いられるなど、まさに冬の時代にあった(平泳ぎでは高橋繁浩長崎宏子ら、世界のトップクラスに入る選手はいたが、オリンピックでのメダル獲得はならなかった)。かつての水泳王国は影をひそめ、オリンピックでは決勝はもとよりコンソレーションファイナル(順位決定戦(現在で言うところの準決勝に相当する。準決勝を開催しない代わりにコンソレ方式が採用されていた時期がある))進出さえ困難な状況が続き、長らく低迷・沈滞し続けていた。そのような中で、鈴木がソウルオリンピックで金メダルを獲得したことは、1972年ミュンヘンオリンピック青木まゆみ田口信教以来16年ぶりの金メダル獲得(メダルとしても16年ぶり)の快挙となり、日本の競泳を復活させる大きなきっかけになった。古橋廣之進(当時、日本水泳連盟会長)は、鈴木の金メダルに「もう一度日本の水泳を復活させたい」と涙していた[17]

人物編集

私生活では離婚と再婚を経験している[18]。2児の父親[5]

2016年7月31日投開票の東京都知事選挙に際し、一部で出馬が取り沙汰されたが、「やりかけのプロジェクトがあるし、途中で投げ出すわけにはいかない」と否定し、ソウル五輪での自身の優勝タイム55秒05を引き合いに「出馬は5505%ない」と発言した[19]

幼少期は相撲が好きであり、輪島北の湖の熱戦を祖父とともにテレビで見ては、「どうしたらあのような巨体になれるのか」と、力士と自分とでは住む世界が違うように感じていた[20]

中学時代までは競泳選手であった貴ノ花利彰とは交流があり、二子山時代に会食をした際に「あなたは実業家になったらいい。水泳じゃ食っていけないだろう」と言われた[20]

2017年に行われた、経営コンサルタントで相撲記事の執筆も行っている斎藤ますみとの対談では、「相撲が子供たちのいじめ防止に繋がるのでは?」という意見に対して「顔を張られて鼻血を出して土俵を降りる大相撲力士の姿が暴力的なイメージに見えるので、正直子供に相撲を勧めたい気持ちは起こりにくくなる」と返している[20]

野球の始球式では、左投げ(2016年の横浜DeNAベイスターズ主催試合[21])と右投げ(2018年の第90回記念選抜高等学校野球大会開幕試合[22])の両方を経験している。

近視であるため、1988年のソウル五輪で優勝した際には、掲示板に近づいて、優勝したのがやっと分かったという[23]

著作編集

著書編集

  • 『スイミング・エクササイズ―スイミングを科学するエクササイズ・ブック 』大泉書店、1997年
  • 『スイミング入門』大泉書店、1998年
  • 『日本人の誰でも泳げるようになる本』中経出版、2000年(藤本秀樹と共編著)
  • 『スイミングQ&A教室(背泳ぎ編)お悩み解決』ベースボール・マガジン社、2004年
  • 『誰もがすいすい泳げる本』中経出版、2007年(藤本秀樹と共編著)
  • 『保健衛生と健康スポーツ科学』篠原出版新社、2006年(稲葉裕、白石安男丸山克俊、白石安男、高橋卓也、松葉剛、助友裕子、高井茂、元永拓郎、安松幹展との共著)
  • 『鈴木大地メソッド』毎日新聞社、2014年
  • 『僕がトップになれたのは人と違うことをしてきたから』マガジンハウス、2014年

訳書編集

  • E.W.マグリシオ『スイミング・ファステスト』ベースボール・マガジン社、2005年(高橋繁浩と共訳)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c “興奮覚めやらぬ地元 100背で金の鈴木選手宅 祝いの電話相次ぐ”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 29. (1988年9月26日) 
  2. ^ a b 国家公務員法第106条の25第1項等の規定に基づく国家公務員の再就職状況の報告(令和2年10月1日~同年12月31日分)
  3. ^ “鈴木大地氏「泳ぎは後ろ向きだけど」スポーツ庁長官決定”. 朝日新聞. (2015年9月11日). http://www.asahi.com/articles/ASH9C5G19H9CUTQP022.html 2016年6月20日閲覧。 
  4. ^ “鈴木長官、市船高時代に小出氏から授業「やる気引き出すのが上手」”. サンケイスポーツ. 産業経済新聞社. (2019年4月24日). https://www.sanspo.com/sports/news/20190424/ath19042421470022-n1.html 2019年4月25日閲覧。 
  5. ^ a b “【私の失敗(1)】鈴木大地、女子中学生に負け引退決意(2/2ページ)”. サンケイスポーツ. (2015年5月19日). http://www.sanspo.com/sports/news/20150519/swi15051911000001-n2.html 2016年6月20日閲覧。 
  6. ^ “水泳:大会ポスターに鈴木大地会長 「五輪教育」効果狙う”. 毎日新聞. (2014年4月12日). オリジナルの2014年4月13日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140413032941/http://mainichi.jp/sports/news/20140412k0000e050226000c.html 2016年6月20日閲覧。 
  7. ^ “鈴木大地長官と平岡英介氏を新理事に選出 五輪組織委評議員会”. スポーツニッポン. (2015年10月1日). オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20160304111001/http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/10/01/kiji/K20151001011242600.html 2016年6月20日閲覧。 
  8. ^ a b “鈴木長官が国際水連理事に”. 時事通信社. (2017年7月22日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2017072200580&g=spo 2017年9月3日閲覧。 
  9. ^ a b “スポーツ庁長官に室伏氏を起用 ハンマー投げ金メダル”. 日本経済新聞. (2020年9月11日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63717510R10C20A9MM8000/ 2020年10月4日閲覧。 
  10. ^ “スポーツ庁の鈴木長官「心残りも」 今月限りで退任”. 時事通信. (2020年9月25日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020092500881&g=soc 2020年10月4日閲覧。 
  11. ^ “スポーツ庁 初代長官の鈴木大地長官 任期満了で退任”. 日本放送協会. (2020年9月30日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200930/k10012642151000.html 2020年10月4日閲覧。 
  12. ^ 鈴木大地氏が一転、県連に出馬断念を伝える 千葉知事選”. 朝日新聞 (2020年10月29日). 2021年3月22日閲覧。
  13. ^ 千葉知事選断念の鈴木大地氏「支えてくれた人たちが反対」 森田知事の去就焦点に”. 産経新聞 (2020年10月29日). 2021年3月22日閲覧。
  14. ^ 国家公務員法第106条の25第1項等の規定に基づく国家公務員の再就職状況の報告(令和2年10月1日~同年12月31日分)令和3年3月 2 6 日 内 閣 官 房 内 閣 人 事 局
  15. ^ 【競泳】鈴木大地氏が国際水泳殿堂入り「水泳人生を支えてくれた全ての人に感謝したい」”. 東京スポーツ (2020年4月22日). 2021年4月22日閲覧。
  16. ^ 人生には金メダルよりも大事なものがある ソウル五輪金メダリスト・順天堂大学准教授 鈴木 大地
  17. ^ a b 日刊スポーツ 1988年9月26日 2-3面記事 など
  18. ^ “スポーツ庁初代長官 鈴木大地氏に白羽の矢が立つ本当の理由”. 日刊ゲンダイ. (2015年9月6日). http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/163449/3 2016年5月21日閲覧。 
  19. ^ “鈴木大地スポーツ庁長官、出馬否定「5505%、ない」”. 産経新聞. (2016年6月16日). http://www.sankei.com/politics/news/160616/plt1606160027-n1.html 2016年8月22日閲覧。 
  20. ^ a b c 『大相撲中継』2017年11月18日号 pp.76-77.
  21. ^ “鈴木大地スポーツ庁長官、センバツ開幕戦で始球式へ”. スポーツ報知. (2018年3月21日). http://www.hochi.co.jp/baseball/hs/20180321-OHT1T50009.html 2018年3月23日閲覧。 
  22. ^ “【センバツ】鈴木大地長官、始球式に登場”. スポーツ報知. (2018年3月23日). http://www.hochi.co.jp/baseball/hs/20180323-OHT1T50087.html 2018年3月23日閲覧。 
  23. ^ 三上孝道『これだけは知っておきたい(11) オリンピックの大常識』株式会社ポプラ社、2004年、87ページ、ISBN 4-591-08135-4

外部リンク編集