黒潮 二郎(くろしお じろう、1992年9月19日 - )は、日本男性プロレスラーWRESTLE-1所属。東京都足立区出身。

黒潮 二郎
Jiro Kuroshio
プロフィール
リングネーム 黒潮"イケメン"二郎
黒潮 二郎
本名 樋口 壮士朗[1]
ニックネーム 空飛ぶイケメン
身長 180cm
体重 80kg
誕生日 (1992-09-19) 1992年9月19日(24歳)
出身地 東京都足立区
所属 WRESTLE-1
トレーナー TAJIRI
AKIRA
船木誠勝
近藤修司
デビュー 2011年12月30日
土肥孝司
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来歴編集

両親共にプロレスファンで幼い頃よりプロレスが好きな父に連れられてプロレス会場に通っていた。プロレス会場にてTAJIRIの兄と黒潮の父とが知り合いになり、それが縁でTAJIRI本人とも縁が出来てハッスルの練習生への推薦を得るきっかけとなった[2]そして14歳でハッスルの練習生になるが、ハッスルでのデビューに向けての具体的なプランが決まらなかった事や学業などプロレス以外の物事に接した所からプロレスラーへの情熱が薄れ一度はプロレスの道から遠ざかる。練習生を辞め日中はアルバイト、夜は定時制高校に通うプロレスファンに戻っていた。また練習生時代にはタイガー・ジェット・シンに蹴飛ばされたことがあるという[3]。その後進路に悩んだ末SMASHトレーニング・キャンプに参加を決意、在学中同キャンプ第2号レスラーとしてデビューが決まる。

2011年12月30日のSMASH.24にて、同キャンプ出身第1号・土肥孝司相手にデビュー[4]

2012年4月5日、TAJIRI以下元SMASH所属全選手、レフェリー、練習生とともに、新団体「Wrestling New Classic」に移籍[5]。2012年8月30日、後楽園ホール大会で、野崎渚から奪った竹刀で土肥を滅多打ちして、大原はじめに弟子入りすることを宣言。大原らのユニット「DQN」に加入。

しかし、現在は大原がWNCを退団したうえ野崎が欠場で一人となってしまったため本隊のメンバーとして行動した。

2013年よりイケメンを押し出し黒潮"イケメン"二郎に改名し、イケメンキャラを押し出して活動。手鏡を持って入場したり非常に長い入場などを見せるようになる。

2014年WRESTLE-1後楽園ホール大会とDRAGON GATE三重大会に初参戦。

2014年7月1日よりTAJIRI、AKIRA児玉裕輔、土肥孝司、藤原ライオンとともにWRESTLE-1に移籍[6]

8月31日、初代WRESTLE-1チャンピオンシップ初代王者決定トーナメント出場者決定戦でアンディ・ウーとのシングルに勝利しトーナメント出場を決めた。

11月1日、WRESTLE-1タッグチャンピオンシップ初代王者決定戦に船木誠勝とのタッグ「イケメン侍」で参戦することを表明してその後も船木とタッグを結成して活躍したが、船木の退団により2015年6月いっぱいで解散。

5月30日、武藤敬司とのシングルマッチを行えるRoad to KEIJI MUTOトーナメントで優勝。6月18日の後楽園ホールでシングルで対戦するも敗れる。会場には父も応援に来ていた。

2015年後半より吉岡世起中之上靖文と新ユニットジャケッツを結成。吉岡と中之上もジャケットを着用して試合を行っている。

2016年1月10日、自ら「試練をください」と志願し七番勝負が決定。第三戦の高木戦終了後にスーパーJカップに出たい旨を明かす。署名活動などを行うものの参戦はできなかった。第五戦を終えた後ムタに弟子入りを志願しムタにより拉致されたのちに黒潮の化身武・殺忌苦として登場しムタとのタッグでKAI&稲葉大樹と対戦した。第六戦終了後には最後の対戦相手として師匠であり現在はフリーの船木誠勝を指名した。

10月9日、「今の自分には王道が足りない」と発言し、全日本プロレスに参戦。吉岡とのタッグでSUSHI&中島洋平組と試合をする。内容は、バトルモードのSUSHIに攻め込まれるも、一瞬の隙を突いて中島を丸め込み、勝利した。

11月21日、新木場1stRingにて黒潮が全面プロデュースによる樋口壮士朗アワー「みんながもっとイケメンを好きになる☆」を開催。全3試合すべてに参戦し第1試合では黒潮二郎名義でTAJIRIと組みバラモン兄弟と対戦し敗北。第2試合では黒潮"イケメン"二郎のリングネームでアンディ・ウー&吉岡世起と組みIWA熱波軍を相手に対戦し勝利。第3試合では本名の樋口壮士朗の名で黒潮の父が大好きだったスペル・デルフィンを相手に対戦し勝利。第3試合のみ特別リングアナウンサーも黒潮の父が担当した。

約一週間後の11月27日、全日本プロレス両国国技館大会にて、GAORA TV王座に挑戦。王者の中島洋平を破り、自身初のシングルタイトルを戴冠する。

2017年1月8日の試合で左ヒザを負傷。後十字じん帯を損傷の疑いで以後の試合を欠場[7]。GAORA TV王座も防衛せぬまま2月15日に返上した。

5月4日近藤修司とのシングルマッチで復帰したが敗戦。その際に生じた因縁がきっかけで近藤とのジャケット・コントラ・ファンサービスマッチ(黒潮が負けたらジャケットはく奪、近藤が負けたら普段行わないファンサービスをする)が決定し、翌月の6月6日後楽園ホール大会で近藤に勝利してジャケットを死守した。試合後には近藤に自らを鍛えてほしいと志願した結果、今後もジャケットを着て闘い続けることを条件に許可をもらうことに成功し、近藤に師事するようになる。

7月12日、後楽園ホール大会にてWRESTLE-1 GRAND PRIX 2017に優勝し、9月2日の横浜文化体育館大会メインイベントにて芦野祥太郎が保持するWRESTLE-1チャンピオンシップへのタイトル挑戦が決定した。

人物編集

  • 実家はTAJIRI行きつけの「鍋屋 黒潮」という料理店で、リングネームもその屋号に由来する[4]
  • 父はスペル・デルフィンの大ファンで、実家にもプロレスのマスクがたくさんある。母は新日本プロレスタイガー服部レフェリーと親戚関係。TAJIRIの兄と父親が知り合いで、黒潮もTAJIRIとは幼少期から顔見知りだった[8]
  • 大原&野崎とのチーム「株式会社DQN」入りしてからは、水泳帽に競泳用ゴーグルを着用し、試合中技を掛ける時も受ける時もホイッスルを吹き鳴らすキャラクターに変身した。
  • 現在イケメンを押し出している理由は小林香萌がWNC時代に「WNCってイケメンがいませんよね?」とTAJIRIに発言してから自らがイケメンになったのが理由だと言う。
  • イケメンキャラになってから特徴的な柄のジャケットの着用にこだわりを持っている。イケメンキャラになった初期に着ていた水色のジャケットは実家の鍋屋に来店した演歌歌手が鍋屋にプレゼントした物で、黒潮が試合などで着用する姿を見て喜んでいたとのこと。また、「もっと自分自身が浸透するまでは、今のスタイルで、ジャケットを着続ける」と答えつつ「でもいつかジャケットを脱いで勝負したい気持ちもあります」とも答えていていつかジャケットを脱ぎキャラクターに捕らわれない選手になりたいと誓っている。[9]

タイトル歴編集

得意技編集

リングネームを改名後にイケメン殺法として様々な技を使用している。

イケメンサルト
ムーンサルトプレスと同型の技。
イケメンスパイラル
スワントーン・ボムの体勢で飛んで体を半捻りにして決めるムーンサルトプレスで、ジミー・神田の使うトルナド・デ・アカプルコと同型の技。
イケメンクラッチ
デルフィンクラッチと同型の技。
IKEMEN COASTER
トップロープから相手に決める飛びつき回転エビ固め。命名者はかつてW-1にいたタイ人のリングスタッフ。
IKEMEN SPHERE
通常の飛びつき回転エビ固め。技の公開はIKEMEN COASTERが先。
IKEMEN FLASH
カバーに入られたところを切り返してフォールを狙う技。命名者はこれもまたタイ人のリングスタッフ。
イケメンラナ
ドロップキック
スワントーンボム
その場飛びムーンサルト

入場テーマ編集

出演編集

舞台編集

  • 撃弾☆ボディプレス『イキザマ』(2015年12月25日 - 27日、北千住シアター1010) - 樋口壮二郎 役[10]

脚注編集

  1. ^ 『週刊プロレス』2014-9-24 pp80
  2. ^ 『週刊プロレス』2014-9-24 pp80「母親がタイガー服部レフェリーと遠い親戚」の節より
  3. ^ 『週刊プロレス』2014-9-24 pp80 - 81「タイガー・ジェット・シンにいきなり蹴飛ばされる!」の節より
  4. ^ a b 12・30『SMASH.24』追加カード決定! フィンレー攻略に向けて日本人大物レスラーを投入か!?”. SMASH. 2012年1月24日閲覧。
  5. ^ TAJIRI新団体発表「若手を海外に」 - 日刊スポーツ・2012年4月6日
  6. ^ TAJIRI、児玉らW-1所属に”. デイリースポーツ (2014年6月18日). 2014年6月18日閲覧。
  7. ^ 黒潮が1・8後楽園大会で左ヒザを負傷、1・10名古屋大会を欠場”. ぼくらのプロレス (2017年1月8日). 2017年1月10日閲覧。
  8. ^ 『週刊プロレス』2014-9-23 pp80 欄外掲載の写真
  9. ^ 『週刊プロレス』2014-9-24 pp82
  10. ^ W-1のAKIRAが主宰する「撃弾ボディ☆プレス」の旗揚げ公演に向け、大和や征矢らが“役者”として意気込みを語る”. バトルニュース (2015年11月11日). 2015年12月28日閲覧。

参考文献編集

  • 『週刊プロレス』2014年9月24日号(通刊1757号)pp79 - 82 掲載「レスラーヒューマンストーリー」第211回
  • 『週刊プロレス』2015年2月18日号(通刊1778号)pp37 掲載「21世紀の技解説・イケメン殺法」第159回

関連項目編集

外部リンク編集