宮原健斗

日本の男性プロレスラー

宮原 健斗(みやはら けんと、1989年2月27日 - )は、日本男性プロレスラー福岡県福岡市出身。全日本プロレス所属。血液型はA型。

宮原 健斗
宮原 健斗の画像
2018年
プロフィール
リングネーム 宮原 健斗
本名 宮原 健斗
ニックネーム 満場一致で最高の男
ブレイクハート
身長 186cm
体重 102kg
誕生日 (1989-02-27) 1989年2月27日(33歳)
出身地 福岡県福岡市
所属 全日本プロレス
スポーツ歴 柔道
トレーナー マサ斉藤
佐々木健介
中嶋勝彦
デビュー 2008年2月11日
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経歴編集

生い立ち編集

父と母、4歳年上の姉と2歳年上の兄の元に生まれる。宮原の父がプロレスファンで週刊プロレス週刊ゴングを毎週読んでいるような人物であったため、プロレスの影響を受けて育った。小学2年生の頃に父がレンタルしたWWFのビデオを見て、ハルク・ホーガンに魅了された[1]。幼少期の宮原は線が細かったため、体の大きい人間へのあこがれが強く、一時期は大相撲の第65代横綱・貴乃花を応援する時期もあったが、基本はホーガンが一番の憧れであった。ホーガン以外に好きであったレスラーは、ランディ・サベージアルティメット・ウォリアーである。小学4年生頃から、父親のついでではなく自らが見たくてビデオを毎週借りていた。小学校卒業の前には、いつも行っているビデオ屋のものは全て見終わったので、他のビデオ店まで行ったほどである[2]

プロレス好きの原点がホーガンであることから、最初はWWFやWCWなどのアメリカン・プロレスのビデオばかり見ていたが、いつしか日本の団体にも興味を持つようになり、深夜のプロレス中継もビデオに録画して見ていた。プロレスを初めて生で観戦したのは小学3年生の頃であり、博多スターレーンへ全日本プロレスを観に行ったとき、入場してくるスタン・ハンセンに触れてロープで殴られたことを本人は覚えている。プロレス観戦の際には、試合よりプロレスラーを間近で見られることを楽しみにしていた[2]

そんな宮原は、小学校時代はあまり勉強をしておらず、家に帰ると部活ではないが草野球を行っていた。ランドセルを置いてグラウンドに直行したり、夏休みであれば朝6時に集まったりするなど、遊びの範疇を超えて練習なども熱心に行い、家族といるより友達と野球をしている時間の方が長かったというほどである[2]

福岡市立原中央中学校時代は野球部に所属し、選手層の厚いチームであったので宮原いわく「みんなうまかったから出たり出なかったり」であった。野球と並行してこの頃の宮原は柔道を行っていた[2]

福岡市立福翔高等学校時代は柔道部に所属し、痩せていた体は柔道のおかげで徐々に逞しくなった[2]

健介オフィス編集

2006年の秋、プロレス専門誌を見ていると健介オフィスの新人募集の記事が目に飛び込み、宮原はすぐに履歴書を健介オフィスに出した。宮原は、それまでプロレスラーになりたいと公言しているわけでもなく、その意思を他の誰にも伝えていなかった宮原であったが、入門テストに際して両親にプロレスラーになりたいと伝えた。すると両親はほとんど無反応であった[2]

夢に向かってひた走る宮原は入門テストを受けたが、基礎体力が不足していたため惨憺たる結果に終わり入門テストの疲労から帰りは歩けなかったほどである。高校3年生の在学中での受験ということで、この時は合格・不合格という結果は出されず「やる気があるなら、もっと練習してまた受けなさい」と諭された。宮原はこの結果を受けて猛トレーニングを積むことに決め、知人のあまり来ない近所のトレーニングジムで、1日にプッシュアップスクワットを1000回こなすなどして体を徹底的に鍛えた[2]

2007年1月12日、3ヶ月前はまるでできなかった入門テストの課題をしっかりこなし、成長が認められたのかテストに合格し健介オフィスに入門。同期には、Xリーグ出身の起田高志がいた[2]2008年2月11日に、真田聖也戦でデビューを果たす[2]

その後、宮原は起田とともに全日本プロレス、プロレスリング・ノアのシリーズに参加。ノアのジュニア・タッグリーグ戦には丸藤正道とのタッグで出場した。負け試合が続き、丸藤からも多数のダメ出しをされたが、団体の先輩でもある中嶋勝彦との試合ではリングアウトながら中嶋から勝ちを収めた。

中嶋に次ぐ団体期待のホープだったが、2013年2月に突如VOODOO-MURDERSへ加入。ダイヤモンド・リングに反旗を翻し、ヒールに転向した。

2013年8月の全日本プロレス後楽園ホール大会に来場。観客への挨拶と王道トーナメントへの参加、そして秋山準への宣戦を布告。9月9日にダイヤモンド・リングを退団した[3]。以降はフリーランスのレスラーとして全日本プロレスを主戦場としていくこととなる。11月14日にVOODOO-MURDERSから懲罰なしの特例措置で脱退が決定し[4][5]潮崎豪に共闘を求めて11月21日、潮崎の作ったユニットXceedに加入した。

全日本プロレス編集

2014年1月1日付けで全日本プロレスに入団。

同年2月11日、宮原は同ユニットの潮崎と組んで&吉江豊組と世界タッグ王座次期挑戦チーム決定戦を行うが敗北。2月23日の沖縄大会では、大森隆男とのシングルマッチを新兵器の「スネークリミット」で制し、その日のメイン後に三冠ヘビー級王者の曙に平身低頭で挑戦表明をした。新兵器のスネークリミットを「7色のスネークリミット」とし、ヨコヅナ・インパクトからも切り返せるように改良を施したが、元横綱で現三冠ヘビー級王者曙の牙城を崩すまでにはいかず、10分足らずで敗れた。

同年のチャンピオン・カーニバルにエントリー、結果は1勝3敗1両者リングアウトで終わった。唯一の勝利は西村修からであった。

7月シリーズでは銘打たれてはいないものの、全日本プロレスのトップ勢とのシングルマッチ5番勝負が組まれた。諏訪魔、大森、KENSO金丸義信、秋山ら5人と対戦し、結果は3勝2敗(大森、KENSO、金丸から勝利)であった。最終戦の7月27日後楽園ホール大会では、アジアタッグ次期挑戦者決定戦(パートナーは鈴木鼓太郎、相手チームは秋山&金丸)にて前日に敗れた秋山からギブアップを奪い、壁を越えると同時にアジアタッグ王座再戦の切符を手にし、翌8月16日に見事自身初となるベルトを獲得した。

12月14日、新人の青柳優馬のデビュー戦の相手を務める。

2015年、飛躍 - NEXTREAM結成編集

2015年5月6日、曙&吉江組の保持する世界タッグ王座に潮崎と組んで挑戦。吉江の巨体をジャーマン・スープレックスで投げ飛ばし王座奪取に成功する。試合後には珍しくマイクパフォーマンスを敢行し、全日本プロレスに対する想いを打ち明け、エボリューションに対し宣戦布告した。そして5月21日青木篤志とのシングルマッチでニーリフトにて青木をKO。試合後にまたもや諏訪魔を挑発し、6月4日にEvolution対Xceedのキャプテンフォールマッチに宮原がキャプテンとして出場した。試合はニーリフトで相手のキャプテンである諏訪魔からピンフォールを奪い勝利し、さらに三冠ヘビー級王座へ挑戦表明をしたが、またも曙には届かず時代を創ることはできなかった。

しかし9月28日、宮原のパートナーの潮崎が全日本プロレスを退団 (潮崎は、のちに古巣であるノアに再入団した。) 。合わせて保持していた世界タッグのベルトを返上することになり、宮原は「誰かに負けてなくて返上するのは悔しい」とコメントしている。前々日の後楽園ホール大会では、潮崎の退団を知っていたため潮崎のタッチを拒否し諏訪魔を援護する行動を見せた[6]

10月23日、宮原は後楽園ホール大会にて諏訪魔と電撃的握手をし、タッグ結成を意思表明する。これは、10月頭の潮崎の退団をうけて諏訪魔が「今の全日本の閉塞感を打開するにはお前の力が必要だ!」と宮原にラブコールを送られ続けていたためであり、宮原も当初は拒否姿勢を示していたが23日の3WAYマッチ(対戦相手は諏訪魔、ゼウス)の試合後、宮原はマイクで「俺はお前の下に着くつもりはない、すなわち、エボリューションに入る気もない。けどな、オマエ(諏訪魔)にだけは興味がある。オマエだけを利用させてもらう!」と宣言し、諏訪魔とのタッグ結成となった。さらに11月16日、鼓太郎が11月いっぱいで退団することを受けXceedを解散[7]。同年の世界最強タッグ決定リーグ戦では諏訪魔とのコンビで優勝を飾るが、直後握手を求める宮原に諏訪魔がジャーマンを決めて裏切った。その後、ジェイク・リーが宮原と共闘を呼びかけ、NEXTREAMを結成。

2016年、歴代最年少の三冠王者 - 宮原イヤー編集

 
2016年4月24日、チャンピオン・カーニバルでの入場時

2016年2月12日、第54代三冠ヘビー級王者の諏訪魔に挑戦する予定だったが諏訪魔がアキレス腱断裂により欠場・王座返上となったため、急遽開催された三冠ヘビー級王座の王座決定戦でゼウスと対戦し勝利する。宮原は史上最年少、または平成生まれ初の三冠ヘビー級王座戴冠となった。

3月21日、沖縄・豊見城市民体育館大会にて大森を挑戦者として初防衛に成功。

同年のチャンピオン・カーニバルでは三冠ヘビー級王者として出場したが、関本大介、秋山に破れ、真霜拳號と引き分けたため7点で終了し、優勝決定戦に駒を進める事はできなかった。5月25日後楽園ホール大会で宮原は関本を相手に防衛し、週刊プロレス誌の表紙を飾った。その後は6月に真霜、7月秋山、8月崔領二と防衛を重ね、三冠王者として王道トーナメントに挑む。だが、品川ステラボール大会での1回戦にて諏訪魔の渾身のレボリューションボムをまともに受け、敗退となった。その王道トーナメントを優勝した諏訪魔と11月27日両国国技館で三冠防衛戦を行い、宮原も自身の得意技であるブラックアウトをパワーボムで返されるなど苦しい展開が続いたが、諏訪魔のフェイバリットホールドでもあるラストライドを3度切り返し、とどめのシャットダウン・スープレックスで3カウントを取った。試合後、宮原は満員の国技館でも最高マイクで締め、翌週の週刊プロレス誌の表紙を飾り「宮原イヤー」と評された。

その宮原イヤーを象徴するかのように、宮原は12月14日プロレス大賞において単独ノミネートかつ棄権者無しの満場一致で殊勲賞に選ばれた。全日本プロレスの所属選手が選ばれるのは4年ぶりで、本年は唯一の全日本勢の受賞であった。

2017年 - 2019年、宮原健斗時代宣言編集

 
入場時の決めポーズ

2017年に入っても宮原は三冠王座の防衛を重ねたが、5月21日の後楽園ホール大会で石川修司に敗れ、王座から陥落した。なお、宮原の連続防衛8回は三沢光晴(第17代)、小島聡(第33代)と並ぶ歴代2位タイ記録。その後、8月27日の両国国技館大会で三冠王者の石川に挑戦。24分39秒、シャットダウン・スープレックスで石川からフォール勝ちを納め、第57代三冠王者に返り咲いた[8]。ところが、10月9日の後楽園ホールでの諏訪魔との初防衛戦で30分を超える激闘の末に敗れ、再び王座を手放した。

同年の世界最強タッグは、同年王道トーナメントより全日本に参戦していたヨシタツとのタッグ「ヨシケン」で出場。決勝進出はできなかったものの、2018年2月3日横浜文化体育館大会で暴走大巨人に勝利して世界タッグ王座奪取に成功する。世界タッグは一度も防衛できず2月25日にわずか22日天下でザ・ビッグガンズに敗れ手放したが、以降もヨシタツはNEXTREAMの共闘メンバーとなる。

3月25日さいたまスーパーアリーナコミュニティアリーナ大会ではジョー・ドーリングをシャットダウンジャーマンで下し、3度目の三冠王座に輝く。

4月のチャンピオン・カーニバルには3年連続三冠王者として出場し、Aブロック代表として決勝戦まで駒を進めるが、Bブロック代表の丸藤正道に負けて初優勝を逃す。1か月後の5月24日に丸藤の挑戦を受けるが雪辱を果たし三冠王座初防衛。そして試合後挑戦アピールをしたディラン・ジェイムスを6月12日に迎え撃ち、2度目の防衛に成功。丸藤戦後には、「ジェイク・リー、野村直矢、青柳優馬、早く俺のところまで来いよ」「こんな三冠チャンピオンが似合う人っていないでしょう。俺の中でも2人目くらい。(中略)(ベルトが似合う1人目は)三沢光晴さん」など今までにない大胆なコメントを残した。しかし、7月29日大阪府立体育会館第1競技場大会で、ゼウスに敗れ防衛に失敗した。

9月には王道トーナメント優勝。デビューしてから初のリーグ戦・トーナメントの栄冠となる。

2019年2月19日、関本と組み棚橋弘至・ヨシタツ組との試合で「ジャイアント馬場没20年追善興行〜王者の魂〜」メインイベントに出場[9]。入場時には、2013年に馬場家に返還されて以来世に出ていなかった、オリジナルの三冠ヘビー級王座のベルト3本を携えた[10]。試合後、宮原は棚橋と声を合わせ「プロレスを最高に」「愛してま〜す!」と絶叫した[10]

3月19日、NEXTREAMを脱退して挑戦を表明した野村を相手に三冠防衛戦を行い防衛に成功。試合後、宮原はマイクで野村・ジェイク・青柳の3人を「新時代」としたうえで、自身を「俺は新時代ではない。宮原健斗時代だ!」と宣言した[11]

2019年チャンピオン・カーニバルにおいてはAブロックを制し、Bブロック1位のジェイクと4月29日に優勝決定戦を行い、勝利。自身としての初優勝を飾るとともに三冠ヘビー級王者としては18年ぶり7人目の優勝という快挙を達成した[12]。試合後のマイクで宮原は「令和のエース」を宣言し、翌々日発売の週刊プロレス誌にて令和最初の表紙を飾った。一方で、同年の王道トーナメントでは順当に勝ち抜くが決勝でジェイクに敗れ、宮原の2年連続優勝はならなかった。

2020年 - 2021年、三冠陥落 - NEXTREAM再興編集

その後も宮原は防衛を重ね、2020年2月11日の青柳戦でV10を達成し、川田利明の持つ歴代最多連続防衛記録に並ぶ[13][14][15][16]。なお同試合をもって青柳をNEXTREAMから「卒業」させた。記録更新を目指し、3月23日に諏訪魔の挑戦を受けるも敗れ王座から陥落[17][18][19]、新記録樹立はならなかった。

失冠後は新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、試合数が激減した。メディア出演や数少ない無観客試合への出場にとどまっていた。宮原もアジアタッグ王座挑戦を表明していたフランシスコ・アキラのパートナーを買って出るも[20]、4月30日に挑戦するが敗れる[21]。しかし、アキラと前年の王道トーナメントを通じて意気投合した黒潮"イケメン"二郎の3人で新ユニット結成を宣言[22]、さらにユニットへの加入を希望したライジングHAYATOが加わり、7月25日に正式にユニット「ケントとイケメンとアキラとハヤトの大冒険」が発足した[23]

8月31日、宮原はイケメンとのタッグで諏訪魔&石川の暴走大巨人タッグの持つ世界タッグ王座に挑むが、敗れた[24]。秋に仕切り直され開催されたチャンピオン・カーニバルでは、Bブロックを勝ち抜き決勝戦に進出するもゼウスに敗れ、準優勝にとどまった。大会終了後に青柳が宮原のもとに歩み寄り、「NEXTREAM」を再興させ世界最強タッグへの出場を決める一方、イケメンが表舞台から姿を消し(イケメンは、後にWWEに移籍。)、前述のユニットも解散する[25]。世界最強タッグでは2連敗ののち5連勝を記録し、因縁の大会となった2015年以来5年ぶりの優勝を飾った。

2021年1月2日、宮原は青柳とのタッグで諏訪魔&石川組を破り、世界タッグ王座を獲得、4回防衛する。同月10日には青柳亮生とHAYATOをNEXTREAMに引き入れた[26]。一方、三冠ベルトは6月26日のジェイク・青柳との巴戦に敗れ[27]、さらに10月16日にジェイクに挑んだ選手権試合では60分時間切れ引き分けで宮原のベルト奪取はならなかった[28]。同年の世界最強タッグでは、再び青柳とのコンビで出場し練習と試合以外では会わない「ビジネスタッグ」を自称[29]しながらも優勝を飾り、1998年・1999年大会を連破した小橋健太&秋山準組以来22年ぶりとなる史上5組目の2連覇を達成した[30]

得意技編集

常に派手さを全く問わず、情熱溢れるファイトが最大の見せ場。基本的には各種スープレックスやブラックアウトなど試合のペースを作り、同世代のライバル達とは違って技が多彩なのが特徴的で、そのスタイルからは『最高男』とも呼ばれている。この他にも、タッグでの連携プレーも見せることもある。

フィニッシュ・ホールド編集

シャットダウン・スープレックス・ホールド
現在の宮原のフィニッシャー。背後から相手の両腕をたたみ込みながら自身の両手でクラッチし、ジャーマン・スープレックスの要領で持ち上げた後に一旦タメを設けてから一気に反り投げ、ブリッジを決めてフォールを奪うスープレックス技[31]
初公開は2015年5月6日の吉江豊戦(決めた相手は吉江)で、披露当初は「パッケージ・ジャーマンスープレックスホールド」と称されていた[32]。宮原曰く「自分のプライドが詰まった技」で、体の柔らかさを利用した綺麗なブリッジによって自身より体格の大きな相手に対しても仕掛けることができ、三冠ヘビー級王座世界タッグ王座に初戴冠した時の決め手ともなった[31]。技名は「決まったら完全にそこから先はない」「暗闇のイメージ」[31]から、コンピューターシステムを停止させるシャットダウンの名を冠した。
ブラックアウト
打撃技の主なフィニッシャー。
2015年より宮原の代名詞となっているニーバット。丸藤の使用する虎王と同型であるが、宮原のブラックアウトは背中で着地するほど高くジャンプするのが特徴。
助走をつけて二段蹴りのモーションで軽く宙に舞上がり、振り上げた右膝で相手の顔面や顎に下から突き上げるような膝蹴りを叩き込む。スタンディングの相手だけではなく、倒れこんでいる相手に対しても使用される。このニーパットは、あの青木や曙をもKOするほどの切れ味を誇っている。大舞台の試合では、この技で勝利することは少なくシャットダウン式ジャーマンへ繋げる布石ともなっている。
エンドロール
巻き投げからの丸め込み。
2019年のチャンピオン・カーニバルから使用している。

投げ技編集

ジャーマン・スープレックス・ホールド
宮原が使用するジャーマンは、2段式を得意としている。これは宮原がデビュー以前に相手がいない状態で技のイメトレをしていた際に、「一回相手をつま先で持ち上げることを意識しろ!」という教えを受けたことが影響しており、それが自然と技を仕掛ける時に滞空時間の長いこの形に落ち着いたとされている[31]
ブレイクハート
高角度のFFF。
リバース・フルネルソンの体勢から相手を逆さまに担ぎ上げ、前方へ投げ落とすと同時に両膝からシットダウンし、顔面からマットに叩きつける高角度のダブルアーム式フェイスバスター。
VOODOO-MURDERSに加入した直後から使用を始める。全日本プロレス参戦・入団後は使用していなかったが2014年7月13日の大森戦にて解禁し、見事前三冠王者からの勝利を収めた。
ノーザンライト・スープレックス・ホールド

打撃技編集

エルボー
エルボー・スタンプ
逆水平チョップ
張り手
フロント・ハイキック
流れを変える際に多用する。
ドロップキック
宮原の場合は長身から繰り出される打点の高いドロップキックを仕掛ける。フロントハイキックと同じく、流れを変える際に使用する。
低空ドロップキックを放ち、相手がひざまずいたところを顔面にドロップキックを放つ連携を得意とする。
ヘッドバット
実況中継の鍵野アナウンサー曰く、「宮原は見た目では考えられないくらい頭が硬い」。
延髄斬り
バイシクルキック
2段蹴り
コーナー ハイニー・アタック
コーナーにもたれかかっている相手の顔面に駆け上がって膝を叩き込む技。相手の蹴り足をキャッチして、そのままコーナーに押し込んで使用するパターンもある。
石川殺し
石川が狙ったジャイアントスラムを踏ん張り、腕を捕まれたままヒザ蹴りを叩き込む技。
ラリアット
ジェイク・リーとの三冠戦(2021年10月16日、2022年6月19日)で使用。

関節技、絞め技編集

スネークリミット
三角絞めからの腕ひしぎ逆十字固め。2014年2月23日の大森戦で初披露。
三角絞め
腕ひしぎ十字固め
ボストンクラブ
ハーフボストンクラブ

フォール技編集

スクールボーイ
逆さ押さえ込み
スモール・パッケージホールド
ジャパニーズ・レッグロール・クラッチ
2018年から使用。

合体技編集

青柳優馬
  • 仕事納め
青柳が相手をゴリー・スペシャルで捕えたところに、宮原がフェイス・クラッシャーで飛びつく[33]。2021年最強タッグの初戦でエル・リンダマンを相手に初公開。
ヨシタツ
  • ヨシケンサンバ
ヨシタツのCBJを受けた相手にジャーマンスープレックスをかける。2018年最強タッグの前哨戦にて初公開し、技の名前をTwitterにて公募した。
潮崎豪
  • SHIN-SEKAI
宮原が2段式ジャーマンで相手を持ち上げ、潮崎がジャンピングラリアットを打ち込みそのままジャーマンスープレックスで相手を落とす。2014年世界最強タッグ決定リーグ戦に合わせて開発された技。

タイトル歴編集

全日本プロレス
プロレスリング・ノア
プロレス大賞
  • 2016年度プロレス大賞 殊勲賞
  • 2019年度プロレス大賞 殊勲賞

入場テーマ曲編集

BREAK HEART
2013年2月より使用[34]。2019年4月4日より、曲をバージョンアップしている[35]

人物編集

  • 入場は時間を掛けて行う[34]
    • 選手権試合の王者側であっても、必ず先に入場する。
    • テーマ曲「BREAK HEART」に合わせて花道に登場、花道でガウンをはだけながら大きくのけぞり、肉体やチャンピオンベルトを誇示。さらに場外を一周し、リングに入るとコーナーに登って2回胸を叩き、天を指さす「top of heart」と呼ぶパフォーマンスを行う[36]。そしてテーマ曲が終わると同時にリング中央でポーズを決める。
    • この間、観客は「KENTO CLAP」と呼ばれる両手を大きく動かす手拍子と、「ケントコール」をしながら迎え入れる。これは宮原自身が観客に要求している[34][37]
  • 新型コロナウイルス感染症の流行のため観客が歓声を送れなくなって以降は、三三七拍子を応援に要求している[38]
  • 決め台詞は「全日本プロレス、最高でしたか!?」。「まだまだ(声量が)足りない」と言い、2 - 3回繰り返すことも。また、ビッグマッチのメインイベント後などでは、最後の決め台詞でマイクを床に置き、地声で絶叫したこともある。ブログでは「最高のマイク説明書」として本人が詳しく書き上げている[39]。2019年頃からはさらに磨きがかかり、マイクが15分以上にも及ぶこと[40]や、藤原喜明から「お前マイクなげぇーよ」と苦言を呈されることも[41]
  • NEXTREAMから脱退者が相次いだことを受け、「人望がない」と自虐している[42][43]。ついには自身がナビゲーターを務めるテレビ番組『全日本プロレスアーカイブス「サイコー宣言」』#18にて、「宮原健斗の人望特集」が組まれるに至った[44]
  • レフェリーの和田京平とは犬猿の仲で、宮原が対戦相手と場外戦を繰り広げている時に、和田レフェリーが宮原の髪をつかみ執拗に叱責するのは全日本名物となった。
  • 2015年3月週刊プロレスの企画で小橋建太と対談した際に、「若大将」の異名襲名を許可されている。なお、青柳優馬からは「大将」と呼ばれている。
  • 宮原はプロレスラーで「唯一リスペクトしている選手」として、棚橋弘至の名を挙げている。その棚橋は、宮原を「宝」「僕を超える存在になるんじゃないかな」と非常に高く評価している[10]
  • 小学生時代にジャイアント馬場スタン・ハンセンに会ったことがある[45]
  • 健介オフィス入門テストの際、審査員を務めていた北斗晶と佐々木健介からは「線が細く(体重が軽い)失格だ」と思われていたが、まだ年齢的にも若いことに加えて186cmの長身であることと、そして名前の「健斗」に北斗と健介2人の文字が入っており、さらに出身地が健介と同じ福岡県であるため北斗が何かの縁を感じ、じっくり育てていくという方針で合格が決まった、という逸話がある。
  • Twitterの投稿では、つぶやくごとに自撮り写真を一緒にアップロードしており、サムライTVに出演したときに「自撮り王子」の異名をつけられた。また、同番組で自撮り棒をプレゼントされ、一時期活用していた。
  • 2017年より週刊プロレス誌において、コラム「宮原健斗の最高ですか?聞こえないなぁ〜」を隔週連載している。
  • 2020年の最強タッグでの敗戦を「汚点」と語るなど、アブドーラ・小林に嫌悪感を露わにしている[46]

メディア出演編集

スポーツ
バラエティ
ドラマ
映画
ドキュメンタリー
舞台

書籍編集

写真集

脚注編集

  1. ^ 桝田朗 (2018年4月17日). “宮原健斗を支えるプロレス愛 ホーガン参考に高みへ” (日本語). 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). https://www.nikkansports.com/battle/column/ring/news/201804160000528.html 2020年7月26日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g h i ベースボールマガジン社『レスラーヒューマンストーリーII プロレスラー男の履歴書』p40-47
  3. ^ 健介オフィスの宮原健斗がフリー契約に”. スポーツナビ (2013年9月9日). 2013年9月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年9月9日閲覧。
  4. ^ “宮原健斗まさかのVM無血脱退”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2013年11月16日). http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/204963/ 2020年7月26日閲覧。 
  5. ^ ブードゥーマーダーズ 宮原健斗オフィシャルブログ「IT'S MY LIFE」 2013年11月14日付
  6. ^ 9/28【全日本】潮崎退団に伴い世界タッグ返上 諏訪魔との共闘否定も宮原「10月から動く」(写真あり)”. プロレス格闘技DX (2015年9月28日). 2020年4月26日閲覧。
  7. ^ 鈴木鼓太郎が11月30日で全日本プロレスを退団!世界ジュニア王座は返上、Xceedは解散することが決定”. バトル・ニュース (2015年11月16日). 2020年3月20日閲覧。
  8. ^ 週刊プロレス2017年9月13日号pp.10-11.
  9. ^ “棚橋弘至、馬場さん追善興行メインで3冠王者・宮原健斗と対戦…2・19両国国技館”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2019年1月31日). https://www.hochi.co.jp/fight/20190131-OHT1T50085.html 2019年2月17日閲覧。 
  10. ^ a b c ジャイアント馬場没後20年追善興行に猪木、初代タイガー、新間寿、坂口征二、ハンセンらが集結!76歳のマスカラスが空を舞い勝利!新日本vs全日本の全面対抗戦は全日本に軍配?!”. バトル・ニュース (2019年2月20日). 2019年2月20日閲覧。
  11. ^ 宮原健斗が新時代の挑戦者・野村直矢を退け王座防衛!「俺は新時代ではない。宮原健斗時代だ」”. バトル・ニュース (2019年3月20日). 2019年5月6日閲覧。
  12. ^ 全日本CC・宮原 天龍以来18年ぶり三冠王者で初V!「令和のエースはオレ」”. デイリースポーツ (2019年4月30日). 2019年4月30日閲覧。
  13. ^ “宮原健斗がV10達成「まぎれもなく歴史上最高」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2020年2月12日). https://www.nikkansports.com/battle/news/202002110001350.html 2020年7月26日閲覧。 
  14. ^ “【全日本】宮原がV10 最多連続防衛記録に並んだ”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2020年2月12日). https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/ajpw/1736379/ 2020年7月26日閲覧。 
  15. ^ “三冠ヘビー級王者・宮原健斗がV10!川田に並ぶ最多記録 諏訪魔とエース戦が決定的”. デイリースポーツ (デイリースポーツ). (2020年2月12日). https://www.daily.co.jp/ring/2020/02/12/0013108852.shtml 2020年7月26日閲覧。 
  16. ^ 全日本不動のエース宮原健斗を育てた後楽園ホール ときに恐怖も今は「財産」続くプロレスの足跡”. 日刊スポーツ (2022年4月16日). 2022年4月16日閲覧。
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関連項目編集

外部リンク編集