なすび (タレント)

日本のタレント

なすび1975年8月3日 - )は、日本タレント俳優。本名・浜津 智明(はまつ ともあき)。福島県立福島東高等学校専修大学法学部卒業。劇団「なす我儘(がまま)」主宰、劇団丸福ボンバーズ参加中。所属事務所は オフィスケイ。血液型はO型。

なすび
本名 浜津 智明
(はまつ ともあき)
生年月日 (1975-08-03) 1975年8月3日(45歳)
出身地 福島県福島市
言語 日本語
コンビ名 覇王樹(サボテン)〔活動時期不明〕
相方 ルンルン金城 [1]
事務所 オフィスケイ
配偶者 未婚
公式サイト http://office-k-nasubi.jimdo.com/
テンプレートを表示

来歴・人物編集

芸名は、茄子のような30cmの長い顔に由来。家族は普通の大きさの顔であり両親とは血が繋がってないのかと疑っていた時期もあった。かつては覇王樹(さぼてん)というお笑いコンビを組んでおり、当時は本名の「浜津智明」名義で活動していた。また、コンビ時代に「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演したこともある。元の所属事務所ワタナベエンターテインメント

後述する『進ぬ!電波少年』への出演で一躍有名になったが、この番組でのイメージが強すぎたこともあり、お笑い芸人としては売れなかった。『電波少年』への出演後は、出身地である福島で冠番組を持ち、ローカルタレントとして活動。一方で、憧れの存在の渥美清を目指しての志望だった喜劇俳優としての活動を本格化させ、2002年に劇団「なす我儘(がまま)」を立ち上げ、座長をつとめる。以後は舞台を中心に活動。

2005年の『電車男』出演をきっかけに、テレビドラマ等で俳優としての出演も増えている。

趣味はお菓子作り。父は警察官であり、自身も俳優になれなかったら警察官を目指そうと考えていた。

サッカーの元日本代表の高原直泰とは親友で、一緒にテレビゲームなどをする仲だった。本人達曰く、「無理せず気も使わずずっと一緒に居れる」との事。

懸賞生活編集

日本テレビ系列で放映されていたバラエティー番組『進ぬ!電波少年』で開催された「運だけが頼りの企画」のオーディションでくじ引きを当て合格。「人は懸賞だけで生活をしていけるか」をテーマに掲げて放送された「電波少年的懸賞生活」のチャレンジャーとなった。アパートの一室に監禁され、文字通り裸一貫からスタートして、様々な懸賞に応募。日本と韓国を舞台に1998年から1999年の1年3ヶ月にわたってそれぞれの目標商品総額(日本では100万、韓国では日本までの片道飛行機代の81万6000ウォン)をクリアした[注 1]

懸賞生活をテレビ放映していた事は本人には知らされておらず、本人の知らぬ間に有名人になっていた。懸賞生活の日々を綴った書籍『懸賞日記』も出版され、ベストセラーとなった。また、「世界で最も長く懸賞生活を続けた人」としてギネスブックにも掲載された[2]

ちなみに、企画終了後に行われた記者会見で、「また同じような企画があったらやってみたいですか?」との質問に「懸賞生活につきましては、もう金輪際二度とやりたくありません」とはっきりと答えている。懸賞生活終了後は、有名にはなったものの「自分のやりたいことと世間のイメージとのギャップに悩んだ」とも語っている。

また懸賞生活開始当時は専修大学法学部の4年生だったが、企画参加のため留年せざるを得なくなった。しかし、担当教授がたまたまテレビでなすびの懸賞生活を目にし、休学扱いにしてくれたため企画終了後に改めて通い直し卒業したという[3]

ちなみに開始から終了まで髪・髭・爪が伸び続けていたが、爪は1998年7月に当たった裁縫セットのハサミで切っている。

第二日本テレビの企画で、小島よしおが「電波少年的懸賞生活2009」に挑んだときに、ドロンズ有吉弘行(元・猿岩石)など『電波少年』に出演したタレントが出演し、プロデューサーの土屋敏男と当時の裏話で盛り上がったが、なすびは出演せず、土屋によると「出演依頼をしたが『今は土屋さんと会う気になれない』と拒否された」と語っている[注 2]

「電波少年」での1年3ヶ月の経験は、現在の活動にも強く影響を与えており、「精神力が鍛えられて、タフになりました。底が深くなったと思います。あの時はずっと一人でいて、同じ作業の繰り返しがつらかった。あの時の苦労を思えば、何でもできます。番組が終わって、精神的におかしくなった時期があって。何度も死のうと思いました。そんなこともあり、『やりたいことをやらなければ損』と思うようになりました。今は、やりたいことをやっています。舞台中心に役者活動ができていますし、幸福を追求しています」等と述べている。

2020年新型コロナウイルスの感染拡大を受けた外出自粛ムードの中で、1年3ヶ月の経験で培ったことをツイートし[4]、反響を呼んだ[5]

エベレスト挑戦編集

2013年東日本大震災で被災した故郷・福島県の復活と再生を祈願しエベレスト登山を実行、5月20日に登頂への最終アタックを行うも、山頂から100メートル下で無念の撤退となりエベレスト登頂はならなかった[6]

2014年にも募金で数百万円を集めエベレストに再挑戦するが、大規模な雪崩発生によりシェルパが登山をボイコットしたため登頂を断念。

2015年に再び募金で数百万円集め、みたびエベレストに挑むが、4月25日に発生した大地震と、ベースキャンプで起きた氷河崩落事故の影響で断念[7][8]

2016年5月19日、4度目の挑戦にして遂に登頂に成功した[9]

出演編集

テレビドラマ編集

バラエティ編集

ラジオ編集

ドキュメンタリー編集

  • 報道の魂「なすび、残された100メートル〜ふるさと・福島を応援するということ〜」(2014年3月16日、TBS)
  • This American Life英語版529: Human Spectacle」(2014年6月27日、WBEZ シカゴ公共ラジオ)
  • JNN報道特別番組「Nスタ3.11震災5年 記憶を未来に伝える力」(2016年3月11日、TBS) - 福島県南相馬市から中継出演

CM編集

  • うまかっちゃんハウス食品) - このCMは「電波少年的懸賞生活」でなすびが日本でのゴールをした時にご褒美として食べていたラーメンがハウス食品の製品であったため、この時の映像とタイアップされたものである。
  • 超ひもQ(明治

映画編集

ゲーム作品編集

DVD編集

  • 電波少年 BEST OF BEST 雷波もね!(電波少年的懸賞生活、2010年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.1 DVD(2008年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.2 DVD(2009年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.3 DVD(2010年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> TheFinal DVD(2012)

書籍編集

舞台編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 韓国に行くきっかけになったのは日記に「焼肉が食べたい」と言ったためであり、韓国で骨付きカルビを舌鼓を打った後にアパートに連れて来られ、懸賞生活をする羽目となった。
  2. ^ その後、土屋とは2014年10月19日放送の『SKE48 エビカルチョ!』内の企画『SKE48的懸賞生活』にて共演を果たしている(但し、なすびはその時何の説明もなく土屋に呼び出されたため、初めのうちは極度に怯えた様子を見せていた。)。

出典編集

  1. ^ “再会”. ルンルン金城のブログ. (2019年4月16日). https://ameblo.jp/lunkin/entry-12454912422.html 2020年4月30日閲覧。 
  2. ^ 『ギネスブック2001』ティム・フットマン(編)、田中孝顕(日本語版監修)、きこ書房、2001年、101頁。ISBN 4-87771-510-X
  3. ^ “なすび エベレスト挑戦は“監禁生活”の経験があったから”. THE PAGE (ワードリーフ株式会社). (2014年6月29日). オリジナルの2014年7月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140707024014/thepage.jp/detail/20140629-00000005-wordleaf 2020年4月17日閲覧。 
  4. ^ なすび [@hamatsutomoaki] (16 April 2020). "要するに、懸賞生活を御覧になっていた皆様に告ぐ!幾ら何でも一年三ヶ月とは言いません、願わくは一ヶ月、でも流石に一般的に一ヶ月も無理としても、一週間や十日位、試しに家に閉じ籠ってみませんか?私が出来たんだから、貴方にだって出来ます!!" (ツイート). Twitterより2020年5月13日閲覧
  5. ^ “「懸賞生活」のなすびが外出自粛を呼びかけ ネット「ものすごい説得力」「すげぇ納得」”. イザ! (産経デジタル). (2020年4月17日). https://www.iza.ne.jp/kiji/entertainments/news/200417/ent20041711290022-n1.html 2020年5月13日閲覧。 
  6. ^ 小泉カツミ (2017年4月24日). ““自殺も考えた”懸賞生活のなすびがエベレストに登頂するまで (4)”. 週刊女性PRIME. http://www.jprime.jp/articles/-/9527?page=4 2017年4月24日閲覧。 
  7. ^ なすび、エベレスト登頂断念「慙愧の念に堪えない」大地震と氷河崩落事故の影響”. ZAKZAK (2015年5月8日). 2015年5月8日閲覧。
  8. ^ 小泉カツミ (2017年4月24日). ““自殺も考えた”懸賞生活のなすびがエベレストに登頂するまで (5)”. 週刊女性PRIME. http://www.jprime.jp/articles/-/9527?page=5 2017年4月24日閲覧。 
  9. ^ “なすび 4度目挑戦でエベレスト登頂成功「山頂です!青空!」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年5月19日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/05/19/kiji/K20160519012616970.html 2016年5月19日閲覧。 
  10. ^ “なすび:20年ぶり懸賞に挑戦 「電波少年」のトラウマでハガキ書く手が震え…”. まんたんウェブ (株式会社MANTAN). (2018年11月6日). https://mantan-web.jp/article/20181105dog00m200068000c.html 2020年4月17日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集