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ダウンタウンのごっつええ感じ

ダウンタウンのごっつええ感じ』(ダウンタウンのごっつええかんじ、ラテン文字表記:Gottsu "A" Kanji)は、フジテレビ系列で放送されていたお笑いバラエティ番組。通称『ごっつええ感じ』または『ごっつ』。フジテレビ系列局では1991年12月8日から1997年11月2日まで、毎週日曜日 20:00 - 20:54 (JST)に放送されていた。

ダウンタウンのごっつええ感じ
Gottsu "A" Kanji
ジャンル バラエティ番組 / お笑い番組
放送時間 日曜日 20:00 - 20:54(54分)
放送期間 1991年12月8日 - 1997年11月2日(245回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
演出 竹島達修
プロデューサー 佐藤義和
小須田和彦
大崎洋
出演者 ダウンタウン
浜田雅功松本人志
今田耕司
東野幸治
130R
板尾創路蔵野孝洋
YOU
西端弥生
松雪泰子
篠原涼子
伊藤美奈子
吉田ヒロ
山田花子ほか
ナレーター 若本規夫
牧原俊幸ほか
音声 モノラル放送
オープニング テーマ曲を参照
ダウンタウンのごっつええ感じ
マジでマジであかんめっちゃ腹痛い
放送時間 木曜日 14:45 - 16:25(100分)
放送期間 1991年1月3日(1回)
火曜ワイドスペシャル版
放送時間 火曜日 19:30 - 20:54(84分)
放送期間 1991年5月28日・1991年7月23日(2回)
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番組開始当初からお台場移転前の1996年まで番組収録を行っていたフジテレビ旧社屋(新宿区河田町

目次

概要編集

前身として1991年正月の夕方に『ダウンタウンのごっつええ感じ マジでマジでアカンめっちゃ腹痛い』というタイトルのSP番組があったが、内容的にはあまり関連性がない。その後タイトルを縮めゴールデンタイムの『火曜ワイドスペシャル』の枠で行われた2度のトライアル放送で内容のひな形が構築され、1991年12月8日にレギュラー番組としてスタートした[1]ダウンタウンの冠番組であり、彼らにとっては『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ)と並ぶ最も代表的な出演番組である。また、今田耕司、東野幸治、130R(板尾創路・蔵野孝洋)、YOU、篠原涼子といったレギュラー出演者にとっても、一躍その名を全国区に知らしめた番組となった。

初回の視聴率は18.2%だった。番組全体の平均視聴率は15.8%で、最高視聴率は1995年11月12日に記録された24.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。平均視聴率がもっとも高かった年は1995年の18.9%。

レギュラー編集

  • ダウンタウン
    • 浜田雅功
    • 松本人志
  • 今田耕司 - ダウンタウン以外で、1991年の正月特番及び『火曜ワイドスペシャル』版も含めて全期間に出演している唯一のレギュラー。
  • 東野幸治(1991年正月特番、火曜ワイドスペシャル版、1994年10月23日 - ) - 『火曜ワイドスペシャル』版にはメンバーとしてコント等に出演していたが、レギュラー放送開始では130Rの出演に変更となった。理由は、浜田から「東野は協調性がないからアカン」の一言があったため。レギュラー復帰は板尾の降板によるテコ入れがきっかけだが、最終的に板尾も復帰した。
  • 130R
    • 板尾創路 - 1994年5月1日から12月25日まで活動自粛。
    • 蔵野孝洋 - 現:ほんこん
  • YOU(1991年正月特番 - 1997年4月(妊娠のため降板)、2001年)
  • 西端弥生(火曜ワイドスペシャル版 - 1994年5月29日) - 産休のため休業したが、そのまま芸能界を引退。
  • 松雪泰子(1991年12月8日 - 1992年3月22日) - 1993年末のスペシャル「私が選んだまた見たいランキングBEST100」で再登場している。
  • 篠原涼子(1991年12月8日 - 1997年4月) - 1994年ソロ歌手としてブレイクしてから、コント出演が減少していった。
  • 伊藤美奈子(1991年12月8日 - 1992年3月22日)- 「おんなは度胸」に出演が決まったため、松雪とともに卒業。
  • 吉田ヒロ(火曜ワイドスペシャル版 - 1992年9月27日) - 降板の挨拶などは一切なく、そのまま番組を離れていった。
  • 山田花子(1992年11月1日 - 1993年3月21日) - レギュラー入りする以前に『火曜ワイドスペシャル』時代の「知っておこう」のコーナーにリポーターとして出演していた。プロレスラーに転身するため卒業(その後芸能界復帰、末期の企画にメイン出演)。

準レギュラー・コーナーレギュラー編集

  • 爆風スランプ(1991年12月 - 1992年3月)
    • サンプラザ中野
    • パッパラー河合
      • コントの合間に、持ち歌の「ちゃんちゃらおかぴー音頭」などを二人で炬燵の上で披露するブリッジ的コーナーで、詩は毎回新作が用意された。
  • ユニコーン(火ワイ版 - 1993年9月)
    • 奥田民生(末期の企画「芸能人マリオカート王決定戦」ではPUFFYと共に登場した。)
    • 阿部義晴
      • 爆風スランプと同じく、持ち歌の「風」の節に、毎回違う歌詞をのせた歌ネタを披露。のち「民生くんとアベくん」という1コーナーに独立し、二人があちこちの学校などに出向き、ご当地的に作詞された「風」を歌うというものになった。
  • ジミー大西(何をされたかツアーなど主にリアクション系の企画に数回出演し、画家転向後も1度出演した。)
  • Mr.オクレ
  • オスマン・サンコン
  • 若杉茂樹(浜田の高校生時代の恩師。一時期「ラブラブファイヤー」やコントにドッキリで出演していた。)
  • 木村祐一
    • 1991年の正月特番に出演した後、本番組後期の放送作家を務めキャリー東野などの企画に出演することも多かった。
  • 福井謙二(浜田雅功 完全試合に挑戦 / 浜ちゃんの剣道がんばるぞ!ほか、フジテレビアナウンサー)
  • 川端健嗣(浜ちゃんのスポーツがんばるぞ! / PAINTING QUIZ SHOW 俺ならこう描く!!ほか・進行、フジテレビアナウンサー)
  • 三宅正治(キャリー東野のアイドル虎の穴 / 草野球王 ~芸能界最強を目指して~・実況、フジテレビアナウンサー)
  • 西山喜久恵(草野球王 ~芸能界最強を目指して~・ベンチリポーター / 力也ちゃんと遊ぼう・進行、フジテレビアナウンサー)
  • 富永美樹(草野球王・ベンチリポーター、フジテレビアナウンサー)

番組の歴史編集

1991年12月 - 1993年3月編集

『火曜ワイドスペシャル』時のメンバーだった今田、YOU、西端、ヒロ、ユニコーンの2人に加え吉本の若手お笑いコンビ・130R、東京パフォーマンスドールの篠原、前身番組の『夢で逢えたら』から伊藤、そして爆風スランプのサンプラザ・パッパラー、『夢逢え』の最終回ドラマに出演していた松雪といった陣営でレギュラー番組としてのごっつええ感じはスタートした。しかし当初はまだ基本内容が定まっておらず、『火ワイ』時代のコーナーや単発企画で凌いだ。年明けには「ハマダ芸能社」「なんなんなあに何太郎君」「ラブラブファイヤー」などのレギュラーコーナーがスタート、番組のフォーマットが確立された。その年の春にはミラクルエースやオジンガーZなどの人気キャラクターも登場し、番組の人気は過熱していったが、93年春に一斉終了した。なお、松本のケガの影響により、VTR不足になり急遽生放送を行ったことがある。

1993年4月 - 10月編集

『夢で逢えたら』の路線を引きずっていたオープニング枠が撤廃し、スタジオでの公開収録がメインになるなど番組構成に変化が起こる。「トラゴロウとゆかいな仲間たち」「木瓜の花」「カスタムひかる」「ボディコンかあちゃんコンテスト」「鼻リーグ」がこの時期の主なコーナーであったが、いずれも短命に終わった。「カスタムひかる」「木瓜の花」の終了によって連続コントドラマ枠も途絶え、ユニコーンの解散で奥田・阿部も番組を去って行った。

1993年11月 - 1995年3月編集

それまでの『夢で逢えたら』の派生的雰囲気からダウンタウン色濃厚なお笑い番組へと方向転換し始めた。初期キャラの生き残りでメインコーナーを与えられた「おかんとマーくん」も姿を消し、「かけめぐるジャッキーとマキ」「こんにさわ!!園長先生」「AHOAHOMAN」などバイオレンスさ・下品さの度を増したコントが量産されていく。さらに、この頃からコント以外のコーナーが増え、ゲームコーナー「ザ・対決」をはじめ、ドッキリやロケといった「緊急企画」が実施されるようになる。そして翌1994年には板尾が後述の騒動で番組を去り、西端も産休のため降板。ダウンタウン+今田、蔵野、YOU、篠原という少人数体勢での番組進行を余儀なくされる。この時期には「きょうふのキョーちゃん」というアニメコーナーが登場したが、その放送コードスレスレの過激描写は話題となった。そしてこの年の秋には「火曜ワイドスペシャル」版のメンバーだった東野を迎え、年明けには板尾も復帰し、8か月ぶりに8人になったレギュラーで番組は新たな方向性を模索していくことになる。

1995年4月 - 12月編集

番組内容はスポーツ系アトラクションコーナー「THE TEAM FIGHT」を皮切りに、コントでは「Mr.BATER」「世紀末戦隊ゴレンジャイ」「キャシィ塚本シリーズ」「こづれ狼」「やすしくん」「産卵」「みすずちゃん」「殺人事件シリーズ」「放課後電磁波クラブ」など番組を代表するヒット作をどんどん生み出していく。それに伴うように視聴率もうなぎ昇りで、この年は平均視聴率18.9%とかなり高い数字で推移、番組はいわゆる「絶頂期」へと突入する。男性メンバーのみで開始した「ボケましょう」もロケ企画としては久々のシリーズものとなり、このコーナーは板尾の独擅場であった。

1996年1月 - 1997年3月編集

前年から続いていた人気コントシリーズが1995年秋 - 1996年中盤あたりで軒並み終了。それに伴い新たに始まったシリーズコントは「たとえ警視」「とみよしさん」「サニーさん」「香川さん」「BOKE BOKE ヒノックン」「龍としのぶ」など特定の人物をモデルにしたものや、内輪ウケ、楽屋オチ、芸能ネタなどがコントの内容のほとんどを占めるものとなってしまった。それに加えて初見の人には世界観などが理解しがたい玄人向けのコントが量産された。またこの時期は「オジャパメン」、「マウヤケソ」などの歌もの、「10万円分食べよう」や「草野球王」、「ビチクメーナーコンテスト」、「頭突きコンテスト」と芸人やタレントが単発ゲストとして出演する回数が頻繁にあり、よりダウンタウン色が色濃く反映されていった。そんな中、年明け早々、対決コーナーの安全確認をスタッフが怠るトラブルが発生して松本が激怒し、収録をボイコットする事件が起こり、急遽5周年突破企画として「公式ガイドブック」と称した総集編が4週にわたり放送された。

1997年4月 - 11月編集

YOU、篠原が降板し、番組内容は「藤岡弘と遊ぼう」「ごっつええレギュラースカウトキャラバン」「山田花子愛の告白めっちゃ好きやねん」などのロケ企画がメインに。番組の土台であったコント枠が撤廃となるも、7月からのオープニング・エンディングに突如登場した「エキセントリック少年ボウイ」がCDオリコン初登場5位を記録し、ライブイベントまで行われるほどの人気を確保したものの、皮肉にもそのイベントの模様を放送する事になっていた「“お母様もぜひお子様にすすめてあげてください”スペシャル」が放送打ち切りへの引き金となってしまった。

後述のプロ野球中継の差し替え事件の為(詳細は#突然の放送終了参照)、松本がフジテレビの出演全番組の収録ボイコットをすると言い、松本とフジとの間の関係が悪化(ただし松本本人は「フジに恨みはない」としており、その後の他番組の変動はなかった)。これを機に、手打ちとして「ごっつ」の打ち切りが決定。ダウンタウン不在のまま急遽作られた2週にわたるコントの傑作選を最後に、番組は6年の歴史に終止符を打った。この番組で6年間に作ったコント本数は1304本だった。

放送内容編集

主なコント編集

最初のスペシャル一作目においてはコントは特に設けられておらず、二作目から登場した。当初は「夢で逢えたら」の流れを汲んだ安いセットと短い時間ですむショートものが多く、シリーズものにおいてもその都度暫定のタイトルを使っていたが、1993年の11月以降はタイトルパターンを一新、内容も過激さを増していった。

主なコーナー編集

※ 量が多いため、伸縮型のメニューとして掲載する。右にある[表示]をクリックすると一覧表示される。

緊急企画編集

※ 量が多いため、伸縮型のメニューとして掲載する。右にある[表示]をクリックすると一覧表示される。

その他の企画編集

日帰りの戦士 ブーメラン君
レギュラー第2回目でOA。浜田博士によって造られたニューヒーロー・ブーメラン君(松本)。どこへ飛ばされても、ブーメランのごとく必ず戻ってくるという性質を試すため、河田町から飛ばされた先は札幌の羊ケ丘展望台だった。一人寒いロケをやさられていることに気付き、怒りモードに変化しつつ浜田博士の研究室に戻ってきたブーメラン君は浜田博士に八つ当たりした。
男の美学 ハードボイルド入門
レギュラー第3回目でOA。ハードボイルド作家・松本謙三(北方謙三のパロディ)作のショートストーリー「探偵マッツ事件ファイル」を紹介。
ごっつ時代劇スペシャル
レギュラー第4回目でOA。設定・ストーリーは至って正統派だが、桃太郎侍風のコンビ・おめでたブラザーズ(ダウンタウン)とちびっこ侍軍団との奇妙な対決がメイン。
ごっつ入れ歯スペシャル
レギュラー第6回目でOA。「ズラリンピック」の内容を入れ歯に置き換えた競技企画。後にオジンガーZとして出演し続けることになる橋爪光男が、出場者の一人として出演。ラストでは、出場者が入れ歯の織り交ぜたファッションを着こなしながら登場するファッションショー風のパートがあった。
第1回ごっつええ感じ杯争奪「明日のオジンガーは君だ!!」
「ラブラブファイヤー」のコーナーの人気キャラクター・オジンガーZの二代目候補を出場者の老人たちから選抜するコンテスト企画。
なぜなぜ?子供相談室 私がホンモノダ~!!
7人の子供たちが疑問に思っていることを、栗本慎一郎塩田丸男、ドクターアホ松(松本)の3人がそれぞれの見解で回答。それを子供たちがジャッジして、票数の多かった回答者に1ポイントが入る。最終的にポイントの一番多かった回答者は「初代子供だまし王」の称号を得る。結果として栗本が「初代子供だまし王」となったが、2回目は行われなかった。
男前!!床運動選手権
芸能界の男前が集まり、あらゆるシチュエーションによる床運動を披露する。参加者は加納竜、本郷直樹草川祐馬団時朗といずれも70年代から活躍している二枚目俳優ばかりであった。10人のオバサンが採点を行い、100点満点を取った団が優勝となった。
第1回 長~い助走路ボウリング大会 IN 京浜蒲田商店街
京浜蒲田商店街あすとの100メートルもある路を助走路に見立てて、走りながらボーリングを投球するゲーム企画。ごっつチーム(今田・板尾)とゲストチーム(高橋ジョージ田中美奈子)の対戦。二度もストライクを決めた田中の活躍もあり、ゲストチームの圧勝に終わったが、勝負に不満を持った高橋の提案でダウンタウンと直接対決となった。しかしダウンタウンはガーターを連発で出し、結局ゲストチームの二連勝となり、公約としてダウンタウンはTHE 虎舞竜のコンサートで前説をやらされるはめになった。
男の料理
普段から包丁を手に料理をしたことがないダウンタウンが巨大鮪や巨大鮟鱇の捌きに挑戦する。また、ダウンタウンが羊の毛刈りに挑戦する「男の手仕事」というコーナーもあった。
SEPPUN DOJO
男性タレント同士、口付けを交わしあいそしてどちらがより良いキスをできたか松本に判定してもらい、トーナメント方式で優勝者を決定するコーナー。当然勝ち残り方式なので勝者は次の対戦相手と接吻を交わさなければならないので、勝者にとってかなり地獄のコーナーである。毎回男性同士のキスに会場からは悲鳴が上がっていた。この企画に出川哲朗黒田アーサー等が登場した。

特別編編集

ダウンタウンのものごっつええ感じ 私が選んだまた見たいランキングBEST100
1993年暮れにOA。「CDTV」風のCGキャラ2人が進行役で、番組レギュラーやスタッフが選んだこれまでのコント・コーナーをランキング形式で紹介。合間には森口博子、藤井フミヤラモス瑠偉、松雪泰子のお気に入りによるコント・コーナーに対するコメントや、企画に登場した素人出演者のその後を取り上げたコーナーもあった。
ダウンタウン大全集'94
1994年暮れの昼枠にOA。
ダウンタウンのごっつええ感じのものごっつええとこどりスペシャル
1996年と1997年に正月特番として昼枠にOA。
5周年突破記念 公式ガイドブック
1997年1月から4週連続でOA。全編に渡って過去5年間の番組で起きた事を、上・中・下・別巻に分けてキーワード別に紹介。またレギュラーメンバーのステータスから特に突出した部分を重点的に紹介した。この企画をOAしている間は出演者等の新規の出番は一切なく、スタッフロールも割愛されていた。

オープニング編集

1991年5月28日・7月23日・12月8日 - 1992年3月22日・1997年11月2日 「恋のマジックポーション」(すかんち
冒頭でコント数本やゲストとのトークを流したあとにオープニングとして流れた。ダウンタウンが美術館に飾ってあるレギュラーメンバー(とその回のゲスト1人。ただし末期は大ちゃん伯爵の恰好をした原田大二郎で固定される。)の肖像を見て回る。メンバーをディフォルメ化したアニメが随所に挿入された。
1992年4月19日 - 9月27日 「恋のミラクルサマー」(すかんち)
このバージョン以降は番組開始早々からオープニングとなった。
ゲームセンターでダウンタウンの二人がゲームを楽しむ他のレギュラー陣を見て回った後に、UFOキャッチャーで二人のディフォルメ人形を取ろうとする。
1992年11月1日 - 1993年3月31日 「きらいだよ」(FAIRCHILD
一軒の家を舞台にレギュラー陣とFAIRCHILDのメンバーがパーティの準備に勤しむ。なおこの時期レギュラーだった山田花子はこのオープニングには不参加。
1993年4月18日 -
開始早々のコーナーのAパート終了もしくはコントが終わった直後に番組名が映る簡素な構成に。1994年6月5日OA分からタイトルCGとBGMが変更。
1997年7月6日 - 11月2日 「エキセントリック少年ボウイのテーマ」(エキセントリック少年ボウイオールスターズ)
番組冒頭に流された。初期ではエンディングでも流された。末期では歌いだしだけで終わるようになった。

エンディング編集

先述の「今週のエンディング」コーナーの終了後は、その回の最後にOAされたコントの終了直後などを中心としたメニューの未放送部分ダイジェストやコントの終わりかけの方でスタッフロールが流れ出したりしていたが、以下の歌をエンディングに充てていた時期もあった。

  • 日曜日よりの使者(THE HIGH-LOWS) エンディングテーマとして使用される。
  • 神様のご褒美リビドー) エンディングテーマとして使用される。リビドーとは、構成担当の倉本美津留が結成したバンド。
  • オジャパメン(オジャパメン) オリジナルはソバンチャ。(1996年1月28日 - 6月2日・1997年2月9日)
  • マウヤケソ(オジャパメン) オリジナルはトゥルコヤンイドゥル。盆踊りのセットで歌った。(1996年7月21日 - 9月22日)
  • ああエキセントリック少年ボウイ(エキセントリック少年ボウイオールスターズ)(1997年8月17日 - 10月26日)
    • このバージョンのみ、スタッフロールは従来とは異なる形で表記された。

エンドカード編集

エンディング後の提供テロップの後CMを挟んで5秒だけ流れていた。時期によって以下の変動があった。

1991年12月8日 - 1992年9月27日
提供クレジット同様にディフォルメ化した無数の松本・浜田が行進するアニメーション。BGMはその時期のオープニング曲に乗じていた。
1992年11月1日 - 1993年3月31日
オープニングテーマ「きらいだよ」のラストカット部分。
1993年4月18日 - 10月31日
エンディングのコーナーもしくは「カスタムひかる」視聴後のフリートークの一部分。
1993年11月7日 - 1994年3月20日
「今週のエンディング」のセットで松本もしくは浜田が「また来週」と挨拶。(回によっては番組休止などの告知あり。)
1994年4月17日 - 1994年7月17日
その回からの厳選された、おまけシーン。なおこれ以降は「この後の番組」を告知するクロスプログラムを充てるようになった関係で、エンドカードは廃止された。

突然の放送終了編集

番組改編期でもない1997年11月2日、突然放送打ち切りとなった。発端は9月28日に放送予定だった“お母様もぜひお子様にすすめてあげてください”スペシャルであった。前日の土曜日にプロ野球ヤクルトが優勝までのマジックナンバーが「1」となり、その為、フジテレビ側は急遽スペシャルの放送を翌週に変更しセ・リーグ優勝決定試合の中継放送に差し替えたのであった。しかし、番組はスペシャル放送の日に合わせて番組の人気キャラクター「エキセントリック少年ボウイ」のCD発売が行なわれ、エキセントリック少年ボウイのライブイベントの模様など、番組内にもそのCDに関係させた内容が作られていたため、松本からすれば「このスペシャルはその日に放送しなければ意味がない」ものだったのだ。番組差し替えに関しての事前連絡がなかった事や[4]、これ以前にもスタッフの怠慢によるトラブルがあった事なども加わり、番組出演に嫌気が差した松本がフジテレビの出演全番組の収録ボイコットをすると主張、松本とフジテレビとの関係が悪化した。これをきっかけに、手打ちとして「ごっつ」の打ち切りが決定した。翌週に放送するとした“お母様もぜひお子様にすすめてあげてください”スペシャルは10月19日に放送し、ダウンタウン不在のまま急遽作られた2週にわたるコントの傑作選を最後に番組は6年前後の歴史に終止符を打った。この時、スポーツ紙等ではダウンタウンや松本が出演するフジテレビの全番組が終了すると報じられたが、松本はフジに恨みは無い為、他番組の変動はなかった。

打ち切り決定後最終回(とその前の回)のコント総集編の編集を担当した小松純也は番組がいつか復活することを願い、最終回エンディングの映像を放送第一回のオープニング「恋のマジックポーション」とした[5]。オープニング映像の最初と最後の間に歴代レギュラーの名場面を挟み込み、最後に再び第1回のオープニング映像に戻るという構成で本番組のレギュラー放送は幕を閉じた[6]。ちなみに歴代レギュラー名場面の順番は以下の通りである。

  • 今田耕司(コント『西日本番長地図』)
  • 板尾創路(『シンガーソングライダー板尾創路』(1))
  • 蔵野孝洋(コント『トカゲのおっさん第二部・修行篇』(2))
  • 東野幸治(『キャリー東野のアイドル虎の穴』・対T-BACKS戦)
  • YOU(『ご存知!ハマダ芸能社物語・アイドルスカウト騒動!の巻』)
  • 篠原涼子(コント『電撃パフォーマンスドール』)
  • 西端弥生(『熱血AD宣言!ウエストサイドストーリー・スポンサー接待はツライ!の巻』)
  • 山田花子(コント『親方』)
  • 吉田ヒロ(コント『たまにはヒロくん』)
  • 伊藤美奈子(『ブリッジ・女子高生編』)
  • 松雪泰子(コント『ラッキー!』)
  • ダウンタウン(『SEPPUN DOJO』)

浜田は1998年11月19日放送分のNHKBS2新・真夜中の王国』内で「やめるって決めたんは2人でやったんですよ」「松本のワガママでやめたわけでもなんでもないです」と語り、「松本の身勝手で番組が打ち切りになった」とする新聞や雑誌の報道により松本ばかりが槍玉に挙げられてしまっていたことに対して、松本への同情とメディアへの怒りを示し、浜田もまたスタッフへの数年間にわたる不信を持っていたことも語った。対決コーナーでスタッフが安全確認を怠ったことがあり一度目は松本が激怒、二度目は浜田が(松本が怒ってどうしようもなくなると判断し)怒りながら鉄扉を蹴った。そのため足を骨折し、視聴者はいきなりギプス松葉杖姿の浜田を見ることになった。

東野はゲストで出演した読売テレビ制作・日本テレビ系列『HAMASHO』内で本番組の打ち切り事件について語り、「説明全く受けておらず、知らない間に番組が1本終わったんです。ある日突然スケジュールの月・火が消えた。情報は全てスポーツ新聞で知ったんですよ」などと話した。

さらに松本はこの件でプロ野球関係者や野球ファンの芸能人などから多くの批判を受け、その中でも松本に対して最も怒りを露わにしていた人物が豊田泰光萩本欽一の二人だった。豊田は『週刊ベースボール』のコラムで実名こそ出さなかったが「野球関係者に対する侮辱ですよ」と遠回しに松本のことを批判した。芸能界でも屈指の野球好きで、後に球団を主催することになる萩本欽一も「野球中継への差し替えは当然のこと、松本君のような行動を取ったら笑われるよ」と名指しで松本を非難した[7]。一方で大沢啓二は萩本のコメントに対し、自分の仕事にプライドを持つ松本の姿勢を高く評価していた。この件のしばらく後、松本は他番組で古田敦也らヤクルト選手と共演し、この件をネタにトークを展開し、互いに個人的なわだかまりはもうないことを強調していた。

その後、騒動後に初めて収録された同局の『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』では松本が冒頭で「一時は番組の存続が危ぶまれましたけども」とネタにし、他のフジテレビ番組にも何事もないように出演していたが、『ごっつええ感じ』に関してはわだかまりが消えず、2000年大みそか放送の『FNS年末スペシャル フジテレビにしか出来ない20世紀の黄金バラエティ大全集!』では紹介が除外されていた。2009年2月28日放送の『フジテレビ開局50周年 バラエティルーツの旅』でも「オジャパメン」・「エキセントリック少年ボウイ」の映像は放送されたものの、他のコントのキャラクターは放送されなかった。ただし、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』や『ダウンタウンなう』では時々本番組の映像を流すことがあった。

本番組の構成作家であり、松本の友人である高須光聖も小松との対談で打ち切り事件発生前後の制作現場の状況を語っている。当時番組を大幅にリニューアルするプランが実行されようとしており、それは松本自身が提案していた模様。しかし、小松は「ビジョンが見えない」とあまり賛成ではなく、騒動で番組打ち切りが決まった時は「これはこうなる運命だったのか」と思ったという。 松本が番組を辞めると言い出した時、高須は辞めたら駄目だと説得。「『ごっつ』を辞めれば、吉本的にもえらいことになるし、多分俺らが思ってる以上にこれは大きなことで、それは松本自身の怒りを使っての駆け引きをするとか交渉ができるとか、そんなレベルの事じゃないと。なにより、俺はもうこれ以上週刊誌とかにあること無いことダウンタウンが叩かれるための要因を作りたくなかったのよ。」と語っている。しかし松本は「その場の感情だけで言うてるんちゃうから」、「俺がお笑いに対して、どれだけ強い想いを持って毎週『ごっつ』を作っていたか。それを、今辞めることで伝えられるはず」と固辞。「きっと何年後かには、この事件が過去のものになって、『あぁ、あの時、だからこんな決断をしたんだ』って、思ってもらえるようになる日が必ず来る。だから、今辞めることは、必要やねん。これから何年かはどうなるか分からんけど、でも、今、必要悪やと思うから」と高須に語ったという[8]

本放送終了後、DVDは発売されているものの番組の再放送はBSフジやCSも含めて行われていない。理由として上述の打ち切り騒動や、放送コードスレスレの過激描写が現在の放送基準に耐えることが可能な回が少ないためとされる。なお横浜市の放送ライブラリーにはレギュラー放送の第1回が収蔵されており、こちらは無料で視聴可能である。

2004年1月から同じ日曜20時台で浜田司会の『ジャンクSPORTS』が枠移動のかたちで放送開始され、2010年3月まで続いた。そして、特別番組として3回放送したダウンタウン司会の『爆笑 大日本アカン警察』が、2011年春改編より日曜日20時台でレギュラー放送されることになり、浜田にとっては1年ぶりに、松本にとって、およびダウンタウンとしてはおよそ13年半ぶりに同枠へ復帰することになった[9]。そのためか2011年7月9日に放送された『テレビを輝かせた100人』において本番組の映像が放送され、「エキセントリック少年ボウイ」、「キャシィ塚本」、「放課後電磁波クラブ」などが紹介された。

復活編集

2001年10月12日、当時のレギュラーの一部に新メンバーを加えて『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』として復活した。内容は往年の人気コントの続編、新作コント、出演者にアドリブで歌を歌わせるドッキリ等。フジテレビの自社制作であったレギュラー放送時とは違い、ダウンタウンと太いパイプで繋がっている読売テレビ系列の映像制作会社のワイズビジョンが同特番の制作を担当した。このスペシャルの未公開を含む全編が2003年に発売されたDVD『THE VERY BEST OF ごっつええ感じ 4』に収録されている。2人がキャラを紹介する時に「ダウンタウンのごっつええ感じキャラクター図鑑」を使っていた。

しかしこの特番は視聴率が9.0%とあまり伸びず、松本はこれ以降2010年にNHKの特番『松本人志のコントMHK』で制作するまで、テレビで本格的なコントを作っていなかった。構成作家だった高須も「松本はテレビ向けにコントをする事を諦めたんです」とコメントした。コントが復活したのは後にも先にもこの一度きりだった。

2014年3月28日、同月26日発売の再編集版DVD『THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ』の発売に合わせて深夜26時05分 - 28時05分の関東ローカル深夜枠で『ダウンタウンのごっつええ感じ DVD発売記念スペシャル』 が放送され、後日一部系列局でも放送された。進行役として番組レギュラーだった板尾・東野が出演し、当時のレギュラーだったYOU、木村、ユニコーンや当時視聴者だったタカアンドトシブラックマヨネーズチュートリアル笑い飯、西川貴教、松岡充SOPHIA)などのVTRゲストと共にリクエストコントや当時の想い出トークを放送する内容となった。

評価編集

肯定的評価編集

  • 前述の通り漫才の評価の高かったダウンタウンであるが、コントの実力も高いことを証明することができた番組であり、その才能を高く評価する者も多い。また、YOUのようにこの番組およびダウンタウンに感謝の念を述べている者も存在する[10]

ネット局編集

系列は放送終了時点(打ち切り時はネット打ち切り時点)のもの。
放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 フジテレビ フジテレビ系列 制作局
北海道 北海道文化放送 同時ネット
青森県 青森テレビ TBS系列 遅れネット 1993年4月から
岩手県 岩手めんこいテレビ フジテレビ系列 同時ネット
宮城県 仙台放送
秋田県 秋田テレビ
山形県 山形テレビ 遅れネット[11] 1993年3月打ち切り
さくらんぼテレビ 同時ネット 1997年4月開局から
福島県 福島テレビ
山梨県 テレビ山梨 TBS系列 遅れネット
新潟県 新潟総合テレビ フジテレビ系列 同時ネット
長野県 長野放送
静岡県 テレビ静岡
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
近畿広域圏 関西テレビ
島根県
鳥取県
山陰中央テレビ
岡山県
香川県
岡山放送
広島県 テレビ新広島
山口県 山口放送 日本テレビ系列 遅れネット
テレビ山口 TBS系列 山口放送から放映権移行
愛媛県 テレビ愛媛 フジテレビ系列 同時ネット
高知県 テレビ高知 TBS系列 遅れネット
高知さんさんテレビ フジテレビ系列 同時ネット 1997年4月開局から
福岡県 テレビ西日本
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎
熊本県 テレビ熊本
大分県 テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット[12] 1993年9月までテレビ朝日系列とのトリプルネット局
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット[13]
1994年3月まで日本テレビ系列とのクロスネット局
沖縄県 沖縄テレビ 同時ネット

スタッフ編集

火曜ワイドスペシャル / レギュラー放送時代編集

  • 構成:廣岡豊(#パイロット版 - 156)、清水東(#パイロット版 - 156)、鈴木しゅんじ(#1 - 135)、藤沢めぐみ(#1 - 135)、和泉光晴(#1 - 135)、乙川恒樹(#1 - 135)、内村宏幸(#パイロット版 - 156)、高須光聖、小笠原英樹、植竹英次(#1 - 135)、柏田眞志(#1 - 135)、松井洋介、小山協子(#1 - 135)、倉本美津留(#81 - )、かわら長介(#94 - )、福原太(#94 - )、木村祐一(#137 - )、三木聡(#150 - )、長谷川朝二岩崎夏海、三浦亜矢、奥山尚実、松谷喜久/松本人志、浜田雅功
  • アドバイザー:島武実
  • 音楽:増田俊郎
  • スタイリスト:上杉典子(パイロット版)、高堂のりこ、北田あつ子
  • 振付:南流石(#1 - 14)、ラッキィ池田
  • 美術プロデューサー(#1 - 14)→美術制作(#15 - 最終回):永本允・村野三郎・重松照英・須藤康弘(以上フジテレビ、永本→#1 - 29・村野→#30 - ・重松→)
  • デザイン:水上啓光・雫石洋治(以上フジテレビ)
  • 美術進行:小野秀樹(パイロット版)、末松隆(パイロット版)、林勇(#1 - 212、217 - 243)
  • 大道具:黒木一行、比留間正幸、西村幸也
  • 装飾:藤間広美(#1 - 14)、福田健治(#15 - )、加川功
  • 持道具:栗原美智代(#1 - 14)、田中マキ(#15 - 32)、市橋理恵(#33 - )
  • 衣裳:木村直美
  • メイク:牧瀬典子(#1 - 212、217 - 243)、松浦緑、興石昌美、市裏美香
  • かつら:石川享一(#1 - 32, 36 - )、波形安一(#33 - 35)
  • アクリル装飾:川島正義
  • 電飾:谷口雅彦(#16 - 最終回)
  • 視覚効果:中溝雅彦
  • 特殊美術:CAVIN(#15 - )、大橋泰三(CAVIN、#36 - )、矢吹秀徳
  • 特殊効果:水尾一雄
  • タイトル:岩崎光明
  • CG:岩下みどり
  • アニメ:山本晋士(#1 - 14)
  • CG協力:ネバーランド(#1 - 14)
  • TD:島本健司(パイロット版)、佐々木信一(#1)、石黒義満(#2 - 53)、藤本敏行(#54 - 212、217 - 243)
  • カメラ:田中祥嗣(パイロット版)、中島浩司(パイロット版)、高島洋雄(#1 - 14)、小川経一(#15 - 53)、花島和弘(#54 - 212、217 - 243)、遠山康之
  • VE:大坪裕二(パイロット版)、品田正人(#1 - 14)、島田祐司(#15 - 53)、斉藤雄一(#54 - )、西脇貴美孝
  • 音声:杉山直樹(パイロット版)、間野目正孝(パイロット版)、斉藤哲史(#1 - 14)、仙田俊一(#15 - 53)、森田篤(#54 - 212、217 - 243)
  • 照明:春日叔之(パイロット版)、北沢正樹(#1 - 212、217 - 243)、小井手正夫
  • 音響効果:志田博英(#1 - )、田中寿一(#16 - 212、217 - 243)
  • 編集:石附順一・太田友康・永吉敬文・岩崎秀徳(以上IMAGICA、石附→パイロット版、太田→#1 - 212、217 - 243)
  • MA:植松巌・円城寺暁(以上IMAGICA、植松→パイロット版/#1 - 52、円城寺→#53 - 212、217 - 243)
  • スキャニメイト:大沢宏二郎・後藤和夫(以上IMAGICA、大沢→#1 - 52、後藤→#53 - )
  • ペイント:菊池大介・山口由紀子(以上IMAGICA)
  • TK:久保田有紀子
  • アクションアドバイザー:山田一善
  • 広報:小笠原恵美子、中島良明、為永佐知男
  • スチル:笠井新也、安藤潤一郎
  • ナレーション:八木亜希子(めっちゃ腹痛い「ことわざ講座」)、若本規夫(結婚前提戦士ラブラブファイヤー)、北浜晴子(木瓜の花)、是永洋(鼻リーグ募集告知ほか)、政宗一成(「彦龍ラーメンシリーズ」)、牧原俊幸(「新ドッキリカメラ」「5周年突破記念公式ガイドブック」「ごっつレギュラーメンバースカウトキャラバン」)、森山周一郎(「芸能界ビリヤード王決定戦」)、TERRY.T(THE TEAM FIGHT)、宝亀克寿(「出動!!メカライオン」)、石井康嗣松野太紀、他(八木亜希子、森山周一郎以外はノンクレジット。)
  • 協力:ヒットユニオン、JOYSOUNDTOWER RECORDS、スタジオ・ネコマンマ、シュラトン・グランデ・トーキョー・ベイ・ホテル&タワーズ、佐藤動物プロ 3年B組金八先生ほか
  • 技術協力:ニユーテレス(パイロット版/#54 - 212、217 - 243)、共同テレビ(#1 - 53)
  • 照明協力:FLT(#44 - 212、217 - 243)
  • 制作協力:吉本興業NCV(#94 - 212、217 - 243)
  • AP(プロデューサー補):小須田和彦・徳光芳文(以上フジテレビ、小須田→#15 - ・徳光→)、岡本昭彦(吉本興業)
  • ディレクター:星野淳一郎・小須田和彦・清水淳司小松純也(以上フジテレビ、星野→#1 - 93・小須田→#1 - 14・清水→#54 - ・小松→#94 - 212、217 - 243)、山口将哉(CRUSH OUT)、林田竜一(NCV、#94 - 212、217 - 243)、北沢健一、村田泰介
  • 演出:竹島達修(#94 - 243)
  • プロデューサー:佐藤義和・小須田和彦(以上フジテレビ、佐藤→#1 - ・小須田→#)、大崎洋(吉本興業)
  • 制作:佐藤義和(フジテレビ、(# - 135)
  • 制作:フジテレビ第二制作部
  • 制作著作:フジテレビ

2001年「ものごっつええ感じスペシャル」編集

  • 構成:かわら長介、倉本美津留、三木聡、高須光聖、木村祐一、川野将一
  • 技術:森野憲俊
  • SW:藤本敏行
  • カメラ:河西純
  • VE:齋藤雄一
  • 音声:森田篤
  • 照明:北澤正樹
  • 音響効果:田中寿一
  • 編集:太田友康、斎田秀幸
  • MA:円城寺暁
  • 美術制作:小須田和彦
  • デザイン:棈木陽次
  • 美術進行:林勇
  • 大道具:松本達也
  • 装飾:門間誠
  • 持道具:小林加代子
  • 衣裳:寺田泉
  • スタイリスト:高堂のりこ、北田あつ子
  • ヘアメイク:牧瀬典子、長谷川亜依
  • かつら:矢津田一寛
  • 視覚効果:中溝雅彦
  • 電飾:中尾学
  • アクリル装飾:川島正義
  • 生花装飾:安藤岳
  • 植木装飾:広田明
  • タイトルデザイン:岩崎光明
  • 広報:谷川有季(フジテレビ)
  • スチルカメラ:安藤潤一郎
  • 制作デスク:北詰由賀、中野英美
  • AP(アシスタントプロデューサー):原武範(アズバーズ)、斉藤勅之(吉本興業)
  • ディレクター:西田二郎・高橋純(ワイズビジョン)
  • 協力プロデューサー:江間浩司(NET WEB
  • 監修:小松純也(フジテレビ)
  • プロデューサー:清水宏泰(フジテレビ)、武野一起(ワイズビジョン)、岡本昭彦(吉本興業)
  • オーガナイザー:白岩久弥(ワイズビジョン)
  • 技術協力:ニユーテレス、FLT、J-WORKS、IMAGICA、CRAZY TV、Avid Symphony
  • 協力:ワイズビジョン
  • 制作協力:吉本興業
  • 制作著作:フジテレビ

関連商品編集

クレーンゲームぬいぐるみ
第一弾 ノーマルダウンタウン・何太郎くんとお兄さん・アキラファイヤー、メグッペファイヤー、オジンガーZの7種類。
第二弾 カスタムひかる(服の色が赤、青、黒)、極キラー・おかんとマー君・トラゴロウとイマダ君の8種類。いずれも発売元はタカラ。他に景品用としてTシャツキャップ腕時計等もあった。
VHS
『ダウンタウンのごっつええ感じ コント傑作集』HISTORY1 - 10、『幻のコント傑作集 HISTORY0』の計11巻が発売された。発売元はフジテレビ映像企画部、販売元はポニーキャニオン。VHSには「火曜ワイドスペシャル」の傑作選も収録されているが、現時点で火曜版がビデオ化された唯一の事例である。
エキセントリック少年ボウイオールスターズ(CD)
シングル『エキセントリック少年ボウイ』(1997年9月25日発売)、アルバム『ダウンタウンのごっつええ感じ 音楽全集』(1997年12月15日発売)がある。発売元はイーストウエスト・ジャパン
DVD
『THE VERY BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ』(全5巻、各3枚組)が2003年6 - 12月に発売。1000本を超える作品からダウンタウンの2人が自ら厳選した傑作コント等を収録。大ヒットを記録した。発売元はフジテレビ映像企画部、吉本興業。販売元はR and C
『THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ』(3巻ずつ、全6巻、各4枚組)。こちらは放送年代別のコントやコーナー等を収録。また当時の雰囲気を再現するために放映当時のCMも収録されている。1991-92・1993・1994の3巻が2014年3月26日に発売、1995・1996・1997の3巻が2014年9月10日に発売。発売元はフジテレビジョン、よしもとアール・アンド・シー。

このほか番組放映当時に、コントに登場したキャラクターのシールがおまけに付いた激辛カレー味のスナック菓子、コントキャラクターを辞典式に掲載した番組公式本(コラムや松本が語るキャラのその後が書かれている)などが発売されていた。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 高齢の一般人女性。同名の俳優とは無関係。

出典編集

  1. ^ 改編期でもないこの時期に番組が開始したのは、前番組の『世界の常識・非常識!』が『たけし・逸見の平成教育委員会』放送開始等による逸見政孝のスケジュール調整により、ワールドカップバレー'91の前週で打ち切られたことによる。
  2. ^ 後のネプチューン
  3. ^ ボクらの時代』11月19日放送分より
  4. ^ 吉本興業側の連絡不徹底が原因ともいわれているが、真相は一切不明である。
  5. ^ http://www.mikageya.com/uta/04/index4.html
  6. ^ この映像は現在DVD『THE VERY BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ』3(レンタル版7巻)の最初に収録されている。
  7. ^ 萩本は同じフジテレビでのレギュラー番組である『欽ドン!』がほぼ同様の状況になったことがあり、差し替えを快く行っている。1982年10月18日放送分においてセ・リーグ優勝がかかった「横浜大洋×中日」戦の中継が延び、番組開始の21:00になっても決着が着かなかったため急遽本番組を生放送に切り替え、OP抜きで萩本と息子(番組レギュラーメンバー)が登場した。萩本が息子に「お前たち、どうするんだ?」と問い掛けると、息子たちはそれぞれ「野球が見たいですねえ」と返事したため、映像を横浜スタジアムに変えて中継を続行し、結果は「中日の勝利→優勝」まで放送された。
  8. ^ 「ごっつえぇ感じ」終焉の真実 高須光聖公式HPより
  9. ^ ダウンタウン、フジ系日8に帰ってくる!-芸能-sanspo.com Archived 2011年2月17日, at the Wayback Machine.(2011年2月16日サンケイスポーツ)
  10. ^ 【エンタがビタミン♪】YOUの人生を変えたのはダウンタウン。「あれが無ければテレビの仕事をしなかった」
  11. ^ 山形テレビの1980年4月から1993年3月までの日曜20時台は、当時日本テレビ系列テレビ朝日系列とのクロスネット局だった山形放送テレビ朝日系同時ネット枠だった関係で、フジテレビ系列局にもかかわらず日本テレビ系列の番組を同時ネットしていた。そのため、1980年3月まで同時ネットで放送されていた『オールスター家族対抗歌合戦』は同年4月から遅れネットに変更されてからは、フジテレビ系日曜20時台の番組は本番組まで遅れネットが続いた。山形テレビは1993年4月にテレビ朝日系列にネットチェンジしたため、本番組も1993年4月からさくらんぼテレビ開局まで山形県では未ネットだった。ただし、ケーブルテレビなどで近隣のフジテレビ系列局を受信できた場合は1993年4月以降も引き続き視聴可能だった。
  12. ^ テレビ大分とテレビ宮崎はクロスネット局
  13. ^ 鹿児島テレビは1994年3月までは日本テレビ系列とのクロスネット局のため、日本テレビ系列番組を同時ネット。1992年4月5日から日曜13時の時差ネットで放送開始。2年後、鹿児島テレビがフジテレビ系列フルネット化されたのに伴い、1994年4月3日より同時ネットへ変更された。
フジテレビ系列 日曜20時台
前番組 番組名 次番組
世界の常識・非常識!

ワールドカップバレー'91中継
ダウンタウンのごっつええ感じ
フジテレビ系列 日曜19:58 - 20:00枠
ダウンタウンがやってくる!
(1996年10月 - 1997年11月2日)
日曜リトルウェーブ