コント漫才
概要編集
わかりやすいものは、「わたし、◯◯の役やるからあなた、××の役やってくれ」などとネタを振り、2人で(まれにボケのみで)何かしらの役を演じるコントが進行してゆく。衣装や小道具を必要とせず、場面設定や状況もしゃべりだけで表現する。ネタを振ってコントに切り替えることを、芸人の符牒でコントインと呼ぶ。このコントインをスムーズに行えることは、漫才の技術が高いことの1つの指標ともされる。また、途中までしゃべくり漫才で進行し、中盤になってからコントインするパターンや、コント進行中にツッコミを入れコントを一端終わらせ、途中しゃべくり漫才を挟み再びコントに入る、を繰り返すといったパターンもある。
1966年結成の横山やすし・西川きよしは、コンビを組んで初のネタが「自動車教習所」で教官役と生徒役に扮したコントであり[1]、これ以前からのコント漫才の存在が窺える。また、現在の漫才の原型を作ったと言われている横山エンタツ・花菱アチャコの漫才にも、ピンポイントにコントインする場面が見られる(早慶戦をテーマとしたネタの、ラジオ中継を再現するシーン)[2]。
1980年代にはダウンタウンらがコント漫才を得意とし、バラエティ番組で台頭した。サンキュータツオの分析によると、テレビ放映用の漫才の尺が平均5分程度に短縮化された影響から、スキーマを利用して設定の前振りを短くする方法として編み出され、またその設定によって喚起される常識を崩すだけで笑いになることが発見された[3]。また、ユウキロックによると、2007年にサンドウィッチマンがコント漫才でM-1グランプリの優勝を達成して以降、コント漫才を行う若手が増えたとされる[4]。コント漫才の普及に伴い、従来のしゃべくり漫才は「正統派」としての役割が与えられるようになった。M-1グランプリやTHE MANZAIなど、漫才専門のコンクールに参加するためにコント用の脚本を漫才に転用するケースや、逆にコント漫才の脚本をベースにセットや小道具を加えてコント化するケースもある。
関連項目編集
脚注編集
- ^ 西川きよしは喜劇役者の石井均に師事している。「漫才」と「コント」の違い、言えますか?
- ^ niponpolydor1, 横山エンタツ・花菱アチャコ 早慶戦 上.下 万才 2018年12月24日閲覧。
- ^ てれびのスキマ「M-1グランプリ」で戦うために
- ^ “あのM-1初代準優勝者が語る「歴代M-1王者でサンドウィッチマンが一番支持される理由」”. 文春オンライン: p. 2. (2019年12月21日) 2021年3月16日閲覧。