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ジブチ共和国
République de Djibouti(フランス語)
جمهورية جيبوتي (アラビア語)
ジブチの国旗 ジブチの国章
国旗 (国章)
国の標語:なし
国歌ジブチ
ジブチの位置
公用語 アラビア語フランス語
首都 ジブチ市
最大の都市 ジブチ市
政府
大統領 イスマイル・オマル・ゲレ
首相 アブドゥルカーディル・カミール・ムハンマド英語版
面積
総計 23,000km2146位
水面積率 0.1%
人口
総計(2016年 900,000人(158位
人口密度 38人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2013年 2,587億[1]ジブチ・フラン
GDP (MER)
合計(2013年 15億[1]ドル(168位
GDP (PPP)
合計(2013年27億[1]ドル(168位
1人あたり 2,916[1]ドル
独立
 - 日付
フランスより
1977年6月27日
通貨 ジブチ・フラン (DJF)
時間帯 UTC (+3)(DST:なし)
ISO 3166-1 DJ / DJI
ccTLD .dj
国際電話番号 253

ジブチ共和国(ジブチきょうわこく)、通称ジブチは、アフリカ北東部に位置する共和制国家。首都はジブチ市。公用語はアラビア語アラビア半島に極めて近くアラブ連盟の加盟国であるため、中東に含まれる場合もある。エリトリアエチオピアソマリアと接し、紅海アデン湾に面する。

国名編集

正式名称はフランス語で、République de Djibouti(レピュブリク・ドゥ・ヂブティ)。通称、Djibouti(ヂブティ)。アラビア語で、جمهورية جيبوتي(jumhūrīyat jībūtī; ジュムフーリーヤ・ジーブーティー)。

公式の英語表記は、Republic of Djibouti(リパブリック・オヴ・ヂブーティ)。通称、Djibouti(ヂブーティ)。

日本語の表記は、ジブチ共和国。通称、ジブチ

歴史編集

スエズ運河建設編集

1859年フェルディナン・ド・レセップススエズ運河会社によるスエズ運河の建設が始まると、ヨーロッパへの短絡路として紅海の重要性は増大し、その入り口を扼するタジュラ湾地域にフランスが進出した。1859年に第二帝政下のフランスはタジュラ湾口のオボック港を租借し、1862年にはダナキル族からオボック港を購入した。1881年にフランスはオボックにフランス・エチオピア通商会社を設立した[2]1884年にイギリスがイギリス領ソマリランドを建設し、1889年にはウッチャリ条約によってエチオピア帝国がイタリア王国へイタリア領エリトリア英語版を割譲したことで、フランスの勢力圏はタジュラ湾周辺の狭い地域に限定されることとなった。

フランス領ソマリ編集

 
植民地時代(1908年)のアフリカ北東部。緑色のフランス領ソマリランドが現在のジブチである。

エチオピア帝国の皇帝メネリク2世は、イタリア離れと軍事力増強のためにフランスに接近を試み、1894年ジブチ市からエチオピアのハラールまでの鉄道敷設権をフランス企業に与えた[3]。1896年にはフランス領ソマリフランス語版英語版が成立し、同年オボックからタジュラ湾の南側に位置するジブチ市への遷都が行われた[4][5]

上記の鉄道もジブチ・エチオピア鉄道として1894年に着工され、1902年にはディレ・ダワまでが開通し、1917年アディスアベバまで全通した[6]。オボック時代にはこの植民地はさほどの重要性を持たなかったが、鉄道建設と港湾整備によってジブチ港はエチオピアの海への窓口となり、植民地の重要性は高まった。

1947年の時点でフランス領ソマリの総人口は96,100人であり、内24,500人がアファル人であった[7]1945年第二次世界大戦終結後、「アフリカの年」こと1960年頃を境に、アフリカ諸国の独立が進んだが、フランス領ソマリでは独立を支持するソマリ系イッサ人と、フランス領にとどまることを望むエチオピア系のアファル人の対立のために独立問題は進まず、フランスの海外県に留まっていた。

1967年には独立を問う住民投票が実施され、引き続きフランス領であることを選択した後、フランス領アファル・イッサと改称された[8]。その後、議会選挙でアファル人の進歩党が圧勝。また、イッサ人を基盤とする独立アフリカ人民同盟も勢力をのばし独立を要求した。1975年にはアファル人に有利だった市民権法が改正されイッサ人の政治参加が拡大した結果、1977年の住民投票においては独立派が多数を占め、同年6月27日にジブチ共和国は独立を宣言した[9]

独立編集

ジブチの初代大統領にはイッサ人出身のハッサン・グレド・アプティドンが就任した。グレド大統領は首相には必ずアファル人を任命したものの、与党・進歩人民連合の一党独裁制を敷き、多数派であるイッサ人の優位は続いたため民族対立はおさまらず、1991年には北部でアファル人の統一民主回復戦線 (FRUD)が蜂起し、ジブチ内戦英語版が勃発した[10]。この内戦は主にアファル人の多い北部で戦われたが、経済の要であるジブチ港への影響はほとんどなかった[11]。グレド大統領は脱部族政策を打ち出すとともに複数政党制と大統領の直接選挙制を導入したものの、野党各党がボイコットを行ったため進歩人民連合の全議席独占は変わらなかった[12]。野党の非難の中グレドは1993年に4選され、1994年には統一民主回復戦線の穏健派と政府の和平が実現して両党連立政権が発足した[13]

その後、グレド大統領の後継であるイスマイル・オマル・ゲレ1999年に大統領に当選、統一民主回復戦線急進派との和平も2001年に成立して内戦が終結した[14]。ゲレ自身は安定した長期政権を築き、2005年の大統領選では唯一の候補として100%の支持で再選され、強権的な政治手法も用いており、欧米日本中国から軍事的な保護を受けるも人権団体などから独裁者と非難されている[15]。2016年の大統領選でゲレは4選された[16]

国境を巡って隣国エリトリアと対立しており、1990年には二度の軍事衝突が起きている。停戦が成立したが、国境線を巡る緊張は続いた。2008年6月10日ジブチ・エリトリア国境紛争英語版で再び両軍の間で戦闘が起きた。ジブチ政府はエリトリアが再び国境線に軍を増強しているとして非難し、国際社会の介入を求めた。

政治編集

ジブチは共和制大統領制をとる立憲国家である。現行憲法1992年9月4日に制定されたもの。

国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出され、かつては任期は6年で3選が禁止されていたが、2010年に大統領の任期を5年に短縮する代わりに再選制限が撤廃された。首相閣僚は大統領が任命する。

議会一院制で、定数65議席。議員は国民の直接選挙で選出され、任期は5年である。

ジブチは1992年の新憲法制定以来、複数政党制を導入しているが、2013年の選挙までは進歩人民連合 (RPP)を中心とする与党連合が全議席を独占し、事実上の一党支配が続いていた。同年の選挙で初の与野党対決が実現し、進歩人民連合を中心とし、統一民主回復戦線 (FRUD)や国民民主党 (PND)などを含む大統領多数連合が55議席を獲得、民主共和同盟 (ARD)や民主改革開発運動 (MRDD) などを中心とする野党連合である国民解放連合が9議席を獲得した。2018年の選挙では、大統領多数連合が57議席、野党連合が7議席を獲得した[17]

最高司法機関は最高裁判所である。

地方行政区分編集

 
ジブチの地図。

ジブチは、5つの州と1つの市に分かれている。そして、さらに15の地区に区分される。

主要都市編集

主要な都市はジブチ市(首都)、アリ・サビエタジュラがある。ジブチ市は総人口90万人の国家で52万人(2014年)の人口を抱え、国内では突出した大都市となっている[18]

地理編集

 
ジブチの衛星写真。
 
アッサル湖近くを行くラクダの列。湖で採れる塩は古代から貴重な資源である。

狭義のアフリカ大地溝帯の北端に位置する。アデン湾に望み、海沿いは平野が広がり、西部には高原が広がる。最高地点は北部のエリトリアおよびエチオピアとの国境三重会合点に位置するムーサ・アリ山 (標高2028m) である。最低地点はアッサル湖の標高マイナス170mで、アフリカで最も低い。国土の全域が乾燥帯気候であり、沿岸部や内陸低地は砂漠気候、山岳地帯はステップ気候となっている。年間降水量は130mm程度しかないが、一方で特に沿岸部において湿度は非常に高くなっている[19]

国土のかなりの部分は岩石砂漠であるが、中央部には大バラ砂漠と呼ばれる土砂漠が存在する[20]。地表の流水はほぼ存在せず、植生は基本的にワジの周辺やわずかなオアシスなどに限られるが、タジュラ市の北の標高1,500mほどの地帯にはダイの森(Forêt de Day)と呼ばれる森林地帯が[21]タジュラ湾沿いの海岸にはマングローブ林が存在する[22]1991年11月から東京農業大学ジブチ農業省と共にジブチ国内で砂漠緑化事業を行っていた[23]塩湖としては国土中央部のアッサル湖のほかに、国土の西南端にはアッベ湖が存在する。周辺のアファル人はキャラバンを組んでこれらの塩湖から採取されるを交易し、貴重な現金収入を得ていた[24]

経済編集

IMFの推計によると、2013年のジブチのGDPは14億5千万ドルである。一人当たりのGDPは1,593ドルで世界平均の約15%に留まるが、隣接するエチオピアエリトリアが500ドル台なのと比べると高い水準にある[1]。通貨のジブチ・フランアメリカ合衆国ドルと完全固定相場制を取っており、また外貨規制が存在せず交換が自由であることはジブチ経済の強みの一つとなっている[25]

貿易編集

ジブチは、ジブチ港の貿易とジブチ・エチオピア鉄道の収益に依存する典型的な中継貿易国家である。ジブチ港はエチオピアの海上貿易のほとんどを担っている。かつてエリトリアがエチオピア領だった時代は同国内のアッサブ港が貿易港として開発されたためジブチの重要性はやや減じていたが、それでも1991年の時点でエチオピアの輸出の50%、輸入の25%はジブチを経由していた[26]。さらに1998年に勃発したエチオピア・エリトリア国境紛争によって両国の国交は断絶し、再びジブチ港の重要性は高まった。エチオピア貿易以外でも、紅海の入り口に存在する要衝であるため港湾サービスの需要は大きい。長年自由港として機能しており、2006年以降は湾岸諸国や中国からの多額の投資が流入した[27]。2010年代に入ってから中国の経済的進出が著しく、2016年には老朽化が進んでいたジブチ・エチオピア鉄道が電化の上アディスアベバ・ジブチ鉄道として開業し[28]、2018年にはアフリカ最大の自由貿易区であるジブチ国際自由貿易区英語版が一部完成した[29]

軍事基地編集

その他、建国以前からフランス軍が大規模な基地を置いており、この駐留による利益も経済の大きな部分を占めている[30][31]。要衝にあり、インフラがある程度整っている上に政治的にも周辺諸国に比べれば比較的安定しているために、周辺で国際的な軍事介入が必要となった場合の拠点として使用されることが多く、1991年の湾岸戦争や1992年-1995年の国連ソマリア活動などでは輸送拠点となった[32]ソマリア沖の海賊が活発化すると、フランス以外の国家も続々とジブチに基地を設け、その利用料収入もジブチ経済にとって重要なものとなった[33]

その他産業編集

第一次産業の従事者は多いものの、自然環境の厳しさなどの要因から、農業は未発達で食料自給率は極めて低い。農業人口は約12万人、国民の25%程を占めるものの、可耕地面積は国土の0.5%に当たる100,60ヘクタールほどであり、食料自給率も約3%しかない[34]。鉱業はほぼ存在せず、わずかにアッサル湖などの塩湖やタジュラ湾で生産される塩と、わずかな石灰が存在するのみである[35]。2013年度の輸出は1.2億ドル、輸入は5.6億ドルであり、貿易相手国としては輸出はエチオピアが最も大きく総輸出の35%を占め、フランスの20%が続く。輸入はフランスが30%を占め、アラブ首長国連邦が18%で続く[36]

交通編集

交易立国であるジブチにおいて、ジブチ港はまさしく国の基礎であり、多額の投資が行われ整備されている[37]。2017年にはジブチ港の10km西側に新港区であるドラレ多目的港が開港した[38]

大規模な港湾に比べ、陸上交通は整備が進んでいない。主要貿易相手国であるエチオピアとの間には国道と鉄道が1本ずつ走っている。主要ルートとなっている国道はジブチ市から南西に走り、ムールドで北西へと向きを変えてガラフィでエチオピアへと抜けるが、整備されたエチオピア国内の道路と異なりジブチ国内の国道は荒れた状態となっており、アディスアベバ・ジブチ間の所要時間は20時間程度となっている[39]。これに対し鉄道は、1902年に開通したジブチ・エチオピア鉄道がジブチ市からまっすぐ南西に、アリ・サビエを通ってデウェレでエチオピアへと抜けており、長らくメインの輸送ルートとなっていたものの老朽化が進んで道路輸送がメインとなっていた[40]。これを改善するため、2016年には完全電化のアディスアベバ・ジブチ鉄道が開業し、両国首都間の所要時間は8時間にまで短縮された[41]

航空に関しては、ジブチ市のジブチ国際空港から周辺諸国に航空便が発着しているほか、オボック空港など地方都市にいくつかの小規模な空港が存在する。

軍事編集

現在もフランス軍が駐留している[42]。ジブチ港にフランス海軍基地を設けるとともに、フランス陸軍は、第5海外混成連隊1個連隊を派遣し、フランス空軍ミラージュ2000戦闘機及び、ごく少数の輸送機・ヘリコプターを派遣することによりジブチの防空任務を行っている。

対テロ戦争の一環として、ドイツシュトゥットガルトに司令部を持つアメリカ地域統合軍であるアメリカアフリカ軍隷下のCJTF HOAアフリカの角共同統合任務部隊 (Combined Joint Task Force - Horn of Africa)) の司令部及び隷下の各部隊が駐留しており、これはアフリカで唯一の恒久的な米軍基地である。また、第150合同任務部隊の拠点の一つになっている。

このほかイタリア軍も基地を設けている[43]

海賊問題と日中の海外基地編集

近年、ソマリア沖・アデン湾で急増・多発している「ソマリア沖の海賊」問題は国際社会にとって重大な脅威となっている。海賊行為の対処のための活動では、日本の自衛隊も「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」に基づき、2017年2月時点でP-3C哨戒機2機と隊員約170人が派遣されている。当初は米軍、欧州連合(EU)部隊の協力を得て活動していたが、2011年7月7日、自衛隊の海外拠点がジブチ国際空港近くに開設された。自衛隊にとっては事実上初の海外基地となる。この拠点は海賊対策のほか、ジブチ軍駐屯地に出向いての兵士への道路整備重機の操作指導などアフリカ諸国との軍事交流にも使われている。警備強化のため2017年度、施設敷地は15haと3ha拡張される計画である[44]

2015年1月18日、現地を訪問した防衛大臣中谷元が海賊対策だけでなくテロ対策など幅広い活動が出来るように法整備を進める考えを示した。

2015年2月末には、これらの国際的な海賊対策を行う国連加盟国合同軍第151合同任務部隊の司令官として、日本人(海自)が着任する事が発表された。戦前の旧日本海軍時代を含めても日本国籍の人物が欧米諸国やアジア各国が参加する多国籍艦隊の指揮を任された事はほとんどなく、事実上史上初の日本人国際部隊司令官だといえる。

かねてからセーシェルなどアフリカに軍事拠点を設けることを検討し[45][46]、国のシンボルであるジブチ人民宮殿英語版と大統領府[47][48]やアフリカ最大の自由貿易区であるジブチ国際自由貿易区英語版アディスアベバ・ジブチ鉄道などを建設してジブチと強い関係を構築してきた中華人民共和国も海賊対策(中華人民共和国のソマリア沖海賊対策)やアフリカにおけるPKOの補給・休息を理由として、ジブチに中国人民解放軍初の海外基地を開設した[49]。この「ジブチ保障基地」開設を宣言した2017年7月11日に、駐留部隊を載せた揚陸艦「井崗山」半潜水艇「東海島」の2隻が広東省湛江を出港。8月1日にジブチ国防相らを招いて進駐式を開いた[50]。中国の基地は約36haと自衛隊より広く、高さ10m程度のや監視塔で防備されている[51]。基地に隣接するドラレ港英語版では中国企業が開発に携わっており[52]、同港の親会社の株式は招商局集団が所有することから隣接する基地と同様の中国の対アフリカ戦略を担ってるとする見方もある[53]

中国と日本もアメリカと同様に基地を恒久化している[54]

国際関係編集

日本との関係編集

  • 在留日本人数 - 32人(2018年1月現在)[55]
  • 在日ジブチ人数 - 11人(2017年6月現在)[56]

国民編集

民族編集

民族構成(ジブチ)
イッサ人ソマリ人
  
60%
アファル人(エチオピア系)
  
35%
その他
  
5%

構成民族は、ソマリ人系のイッサ人が60%、エチオピア系のアファル人が35%であり、フランス人アラブ人イタリア人やアファル人以外のエチオピアの民族など、その他が5%となっている[57]。イッサ人はジブチ市をはじめとする南部に、アファル人はタジュラ市をはじめとする北部に主に居住する[58]。イッサ人とアファル人の対立から、1990年代に内戦が起こった。

宗教編集

人口の94%がムスリムイスラム教)、6%がキリスト教となっている[57]

言語編集

フランス語アラビア語公用語であるが、現地住民の間においてはソマリ語アファル語が、それぞれ広く使われている[59]

教育編集

2003年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は67.9%(男性:78%、女性:58.4%)である[57]。2007年の教育支出はGDPの8.4%だった[57]2007年のジブチの就学率は男性が29.0パーセント、女性が21.9パーセントと世界的に見ても低い水準である[60]。2016年の就学率は男女とも約80%である[61]。教育制度は小学校5年・中学校4年・高校が3年または4年・大学が4年であり、義務教育は小学・中学校の9年間である[62]

また、高等教育機関は近年まで存在していなかったが、2006年ジブチ大学が開学した[63]

文化編集

 
伝統的な帽子を被ったソマリ人の男性。

ソマリア系のイッサ人やエチオピア系のアファル人等各民族にそれぞれ独自の文化や習慣がある。

カットを噛む習慣がある[64]

食文化編集

街のレストランではフランスパンが出される[65]。食料自給率が低いため、農産物や青果のほとんどをエチオピアやソマリアから輸入している[66]

祝祭日編集

西暦に基づく祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日
5月1日 メーデー Fête du Travail
6月27日 独立記念日 Fête de l'Indépendance
イスラム暦に基づく祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
ムハッラム1日 ヒジュラ暦新年
ラビーウ=ル=アウワル12日 ムハンマド生誕祭
ラジャブ27日 ムハンマド昇天祭
シャウワール1日 断食明けの祭り
ズー=ル=ヒッジャ10日 犠牲祭

官公庁はこれらの祝日のほか毎週金曜日が休日となる[67]

著名な出身者編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d e World Economic Outlook Database, October 2014” (英語). IMF (2014年10月). 2014年10月26日閲覧。
  2. ^ 吉田昌夫『アフリカ現代史II──東アフリカ』山川出版社〈世界現代史14〉、東京、1990年2月10日、2版1刷発行、55頁。
  3. ^ 吉田昌夫『アフリカ現代史II──東アフリカ』山川出版社〈世界現代史14〉、東京、1990年2月10日、2版1刷発行、64-65頁。
  4. ^ 「東部・南部アフリカ」(ベラン世界地理体系10)p35 田辺裕・竹内信夫監訳 朝倉書店 2019年6月10日初版第1刷
  5. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.267、朝倉書店 ISBN 4254166621
  6. ^ 岡倉登志「コラム16 アジス・アベバ=ジブチ鉄道」『エチオピアを知るための50章』岡倉登志編著、明石書店〈エリア・スタディーズ68〉、東京、2007年12月25日、初版第1刷、363頁。
  7. ^ 岡倉登志「第49章 内戦回避のための独立――ジブチの独立とアファル人」『エチオピアを知るための50章』岡倉登志編著、明石書店〈エリア・スタディーズ68〉、東京、2007年12月25日、初版第1刷、352頁。
  8. ^ 岡倉登志「第49章 内戦回避のための独立――ジブチの独立とアファル人」『エチオピアを知るための50章』岡倉登志編著、明石書店〈エリア・スタディーズ68〉、東京、2007年12月25日、初版第1刷、352-354頁。
  9. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.267、朝倉書店 ISBN 4254166621
  10. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.268、朝倉書店 ISBN 4254166621
  11. ^ 「ビジュアル データ・アトラス」p395 同朋舎出版 1995年4月26日初版第1刷
  12. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.267、朝倉書店 ISBN 4254166621
  13. ^ 「データブック オブ・ザ・ワールド 2016年版 世界各国要覧と最新統計」p279 二宮書店 平成28年1月10日発行
  14. ^ 「データブック オブ・ザ・ワールド 2016年版 世界各国要覧と最新統計」p280 二宮書店 平成28年1月10日発行
  15. ^ "The world's enduring dictators". CBS News. May 16, 2011.
  16. ^ https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/djibouti/data.html 「ジブチ基礎データ」日本国外務省 令和元年7月8日 2019年10月6日閲覧
  17. ^ http://archive.ipu.org/parline-f/reports/1089.htm 2019年10月6日閲覧
  18. ^ 「データブック オブ・ザ・ワールド 2016年版 世界各国要覧と最新統計」p279 二宮書店 平成28年1月10日発行
  19. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.265、朝倉書店 ISBN 4254166621
  20. ^ 「ジブティの砂漠緑化100景――もうひとつのアフリカガイド」p16 東京農大沙漠に緑を育てる会編 東京農業大学出版会 2000年5月18日第1版第1刷
  21. ^ 「ジブティの砂漠緑化100景――もうひとつのアフリカガイド」p24 東京農大沙漠に緑を育てる会編 東京農業大学出版会 2000年5月18日第1版第1刷
  22. ^ 「ジブティの砂漠緑化100景――もうひとつのアフリカガイド」p45 東京農大沙漠に緑を育てる会編 東京農業大学出版会 2000年5月18日第1版第1刷
  23. ^ 東京農大 砂漠に緑を育てる会(2000:2-3)
  24. ^ 岡倉登志「コラム1 アファル人の塩の隊商」『エチオピアを知るための50章』岡倉登志編著、明石書店〈エリア・スタディーズ68〉、東京、2007年12月25日、初版第1刷、34-35頁。
  25. ^ http://djiboutiembassy.jp/djibouti-info/ 「ジブチについて」駐日ジブチ共和国大使館 2019年10月6日閲覧
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  27. ^ http://djiboutiembassy.jp/djibouti-info/ 「ジブチについて」駐日ジブチ共和国大使館 2019年10月6日閲覧
  28. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3103487「エチオピアにアフリカ初の電気鉄道が開通、中国が出資・建設」AFPBB 2016年10月6日 2019年10月7日閲覧
  29. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3181478?cx_part=search 「ジブチに「アフリカ最大」の自由貿易区が一部完成、翻る中国国旗」AFPBB 2018年7月6日 2019年10月7日閲覧
  30. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.269、朝倉書店 ISBN 4254166621
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  33. ^ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44406 「米国が危機感、アフリカの小国に中国が軍事基地設置」JPpress 北村淳 2015.7.30 2019年10月7日閲覧
  34. ^ 高橋(2000:32-33)
  35. ^ 田辺裕、島田周平、柴田匡平、1998、『世界地理大百科事典2 アフリカ』p.270、朝倉書店 ISBN 4254166621
  36. ^ 「データブック オブ・ザ・ワールド 2016年版 世界各国要覧と最新統計」p280 二宮書店 平成28年1月10日発行
  37. ^ https://www.phaj.or.jp/distribution/lib/world_watching/Africa/Africa008b.pdf 「world watching 110 紅海地域のロジスティクス拠点を目指すジブチ港」井上聰史「港湾」2009年7月号 2019年10月7日閲覧
  38. ^ http://djiboutiembassy.jp/2017/06/inauguration-of-modern-multipurpose-port/ 「現代式の多目的港の開業」2017/06/28 駐日ジブチ共和国大使館 2019年10月7日閲覧
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参考文献編集

  • 岡倉登志「第49章 内戦回避のための独立――ジブチの独立とアファル人」『エチオピアを知るための50章』岡倉登志編著、明石書店〈エリア・スタディーズ68〉、東京、2007年12月25日、初版第1刷、351-356頁。ISBN 9784750326825
  • 高橋悟『砂漠よ緑に甦れ――ジブティ共和国十年の熱き戦い』東京農業大学出版会、2000年5月18日、初版。
  • 東京農大 砂漠に緑を育てる会編『ジブティの砂漠緑化100景――もうひとつのアフリカガイド』東京農業大学出版会、2000年11月1日、第2版。
  • 吉田昌夫『アフリカ現代史II──東アフリカ』山川出版社〈世界現代史14〉、東京、1990年2月10日、2版1刷発行。ISBN 4-634-42140-2

関連項目編集

外部リンク編集