ティエリー・ヌービル

ティエリー・ヌービルThierry Neuville1988年6月16日 - )は、ベルギーザンクト・フィート出身のラリードライバーコ・ドライバーはマルティン・ヴィダーフ。

ティエリー・ヌービル
2014年
2014年
基本情報
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
生年月日 (1988-06-16) 1988年6月16日(34歳)
WRCでの経歴
活動時期 2008 - 2010
2012 -
コ・ドライバー ベルギーの旗 ニコラ・ジルスール
フランスの旗 ニコラ・クリンガー
ベルギーの旗 マルタイン・ヴァイダエヘ
所属チーム シトロエンフォードヒュンダイ
出走回数 131
チャンピオン回数 0
優勝回数 15
表彰台回数 50
ステージ勝利数 292
通算獲得ポイント 1515
初戦 2009年 ラリー・カタルーニャ
初勝利 2014年 ラリー・ドイチュラント
最終勝利 2021年 ラリー・カタルーニャ
最終戦 2022年 ラリー・スウェーデン
テンプレートを表示

略歴編集

ヌービルはセバスチャン・オジェと同じくプジョー・シトロエングループ (PSA) の育成プログラムで頭角を現した。2010年に、ジュニア世界ラリー選手権 (JWRC) でシトロエン・C2 S1600を駆り、ブルガリアで優勝を飾った。2011年、インターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ (IRC) でプジョー・207 S2000を駆り、年間2勝を挙げてランキング5位になった。

2012年世界ラリー選手権 (WRC) へとステップアップし、シトロエンジュニアチーム(11戦)とカタールワールドラリーチーム(2戦)からフル参戦。シトロエン・DS3 WRCを駆り、フランスで自己ベストの4位に入賞した(年間ランキング7位)。

2013年フォード[注 1](Mスポーツ)へ電撃移籍。セカンドチームのカタールワールドラリーチームに所属し、フォード・フィエスタ RS WRCをドライブした。メキシコで3位初表彰台を獲得すると、ドイツではシトロエンのダニ・ソルドと終盤まで優勝争いを繰り広げたが、最終SSのミスで初勝利を逃した[1]。このシーズンは中盤戦以降の4戦連続2位を含めて年間7度の表彰台をものにして、フォルクスワーゲンセバスチャン・オジェに次ぐ年間ランキング2位を獲得。次世代チャンピオン候補のひとりとして注目された。

 
2014 ラリー・ドイツでWRC初優勝

2014年はWRCに復帰するヒュンダイのワークスチームへエースドライバー待遇で移籍。メキシコでヒュンダイ・i20 WRCを初の3位表彰台に導いた。ドイツでは本番前日のシェイクダウンでマシンを大破してしまうが、上位ドライバーの自滅に助けられ最終日に首位に浮上。チームメイトのソルドとワンツーフィニッシュを果たし、自身とヒュンダイのWRC初優勝を達成した[2]。この年の年間ランキングは6位。

2015年もヒュンダイから参戦するが、シーズン中盤以降は低迷が続き、セカンドチームに所属する同世代(1987年生)のヘイデン・パッドンの成績を下回る。ヒュンダイとシトロエンのマニュファクチャラー部門2位争いが懸かった最終戦イギリスでは、パッドンと交代でセカンドチームに降格された[3]

2016年はチームの方針でノミネートドライバー[注 2]から外されたが[4]イタリアで2年ぶりの2勝目を獲得[5]。後半戦は5戦連続表彰台を重ね、最終戦で年間ランキング2位を決めた。

2017年は開幕戦モンテカルロと第2戦スウェーデンで大差のリードを築きながら、2戦続けてクラッシュを喫した[6]。その後、第4戦コルシカ、第5戦アルゼンチン(0.7秒差の逆転勝利)、第8戦ポーランドの勝利によってポイントを挽回し、フィンランド終了時にはセバスチャン・オジェに並んでランキング首位に立った。しかし、再び2戦連続無得点に終わったことが響き、オジェに5年連続チャンピオンを決められた。最終戦オーストラリアを制して全ドライバー中最多のシーズン4勝と最多ステージ勝利を記録したが、3度目の年間ランキング2位でシーズンを終えた。

2018年は開幕戦モンテカルロのSS1で、アイスバーンに滑らせてトップ争いから陥落したが、第2戦ラリー・スウェーデンでは非北欧人としてオジェ、ローブに続く3人目の優勝者となった。その後、第6戦ポルトガル、第7戦サルディニア(0.7秒差の逆転勝利)で連勝し、ドイツ終了時にはセバスチャン・オジェに23ポイント差をつけてランキング首位に立った。しかし終盤のトルコGB、カタルニアで失速、オジェにランキング首位を明け渡してしまった他、3連勝で挽回を決めたトヨタのタナクにもポイント差を詰められる。3ポイント差で迎えた最終戦オーストラリアでは、三つ巴の緊迫する状況の中最終日にリタイアを喫し、またしてもオジェに6年連続チャンピオンを決められた。この年もオジェを圧倒するスピードを見せチャンピオン最有力と期待されたが、終盤での失速が響き、4度目の年間ランキング2位となった。

2019年も引き続き同じ体制で参戦。2019年から固定ナンバー制度が導入され、フォード時代に使っていた「11」を選んだ。 シーズン序盤から、前年度と同様にタナク、オジェと三つ巴の体制を形作った。開幕戦から2戦連続の表彰台の後に第4戦コルシカでシーズン初優勝を果たしてランキングトップに立った。第5戦アルゼンチンでも優勝し好調に見えたが、第6戦チリで大クラッシュを喫してしまう。これによりランキングトップをオジェに明け渡してしまう。後半戦は絶好調のタナクの後塵を拝してしまうが第12戦GBでタナクに次ぐ2位、第13戦カタルーニャでアルゼンチン以来の勝利を挙げるが、2位に入ったタナクがチャンピオンに決定したためヌービルは5度目の年間ランキング2位となった。

2020年は前年チャンピオンのタナクがチームメイトとなる。開幕戦モンテカルロではトヨタのエバンス、オジェと接戦を繰り広げ、最終日は2人を圧倒するスピードを発揮し3位から逆転し念願であったモンテカルロ優勝を果たした。またベルギー人によるモンテカルロ優勝はWRC以前の1924年のジャック・エドワール・レドゥア以来の快挙となった。この年もチャンピオン最有力と期待されていたが、中盤からミスが響き始め、年間ランキングはタナクを下回る4位に終わった。

2021年も同チームから参戦するが、長年コ・ドライバーを努めてきたジルスールとのコンビを解消し、若手のマルティン・ヴィダーフと新たにコンビを組む[7]。WRC初開催で母国のイープル・ラリーで優勝を飾り、最終ステージのスパ・フランコルシャンでドーナツターンを披露した[8]。その後第11戦スペインでも勝利したが、またしてもチャンピオン争いに敗れ年間ランキング3位に終わる。

人物編集

  • 細ぶちの眼鏡がトレードマーク。青色、黄色、オレンジ色などカラフルなフレームが特徴。
  • 弟がいる。
  • 2014年メキシコでは、最終SSからサービスパークへ向かうリエゾン区間でラジエターの液漏れが発生。ヌービルは応急措置としてイベントスポンサーのコロナビールから贈られたビールをラジエターに注ぎ足しながら完走し、ヒュンダイに3位初表彰台をもたらした[9]
  • 2019年TCRドイツのニュルブルク戦にヒュンダイ・i30 N TCRでスポット参戦し、いきなりレース1でハットトリックを決める離れ業をやってのけた。

WRCでの年度別成績編集

 
2017年ラリー・ド・ポルトガルでのヌービル
エントラント 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 WDC ポイント
2008 ティエリー・ヌービル フォード・フィエスタST MON SWE MEX ARG JOR ITA GRC TUR FIN
DNS
GER NZL ESP FRA JPN GBR NC 0
2009 ティエリー・ヌービル シトロエン・C2 Max IRE NOR CYP POR ARG ITA GRE POL FIN AUS ESP
Ret
GBR NC 0
2010 ティエリー・ヌービル シトロエン・C2 S1600 SWE MEX JOR TUR
Ret
NZL POR
Ret
BUL
12
FIN GER
Ret
JPN FRA
27
ESP GBR NC 0
2012 シトロエン・ジュニアチーム シトロエン・DS3 WRC MON
Ret
SWE
12
MEX
13
POR
8
ARG
5
GRE
6
FIN
16
GER
12
GBR
7
FRA
4
ESP
12
7th 53
カタール・ワールドラリーチーム NZL
5
ITA
18
2013 カタール・ワールドラリーチーム フォード・フィエスタ RS WRC MON
Ret
SWE
5
MEX
3
POR
17
ARG
5
GRE
3
ITA
2
FIN
2
GER
2
AUS
2
FRA
4
ESP
4
GBR
3
2nd 176
2014 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20 WRC MON
Ret
SWE
28
MEX
3
POR
7
ARG
5
ITA
16
POL
3
FIN
Ret
GER
1
AUS
7
FRA
8
ESP
6
GBR
4
6th 105
2015 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20 WRC MON
5
SWE
2
MEX
8
ARG
Ret
POR
38
ITA
3
POL
6
FIN
4
GER
5
AUS
7
FRA
23
ESP
8
6th 90
ヒュンダイ・モータースポーツN GBR
Ret
2016 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20 WRC MON
3
SWE
14
MEX
Ret
ARG
6
POL
4
FIN
4
GER
3
CHN
C
FRA
2
ESP
3
GBR
3
AUS
3
2nd 160
ヒュンダイ・モータースポーツN POR
29
ITA
1
2017 ヒュンダイ・シェル・モービスWRT ヒュンダイ・i20クーペWRC MON
15
SWE
13
MEX
3
FRA
1
ARG
1
POR
2
ITA
3
POL
1
FIN
6
GER
44
ESP
Ret
GBR
2
AUS
1
2nd 208
2018 MON
5
SWE
1
MEX
6
FRA
3
ARG
2
POR
1
ITA
1
FIN
9
GER
2
TUR
16
GBR
5
ESP
4
AUS
Ret
2nd 201
2019 MON
2
SWE
3
MEX
4
FRA
1
ARG
1
CHL
Ret
POR
2
ITA
6
FIN
6
GER
4
TUR
8
GBR
2
ESP
1
AUS
C
2nd 227
2020 MON
1
SWE
6
MEX
16
EST
Ret
TUR
2
ITA
2
MNZ
Ret
4th 87
2021 MON
3
ARC
3
CRO
3
POR
36
ITA
3
KEN
Ret
EST
3
BEL
1
GRE
8
FIN
Ret
ESP
1
MNZ
4
3rd 176
2022 ヒョンデ・シェル・モービスWRT ヒョンデ・i20N ラリー1 MON
6
SWE
2
CRO
3
POR ITA KEN EST FIN BEL GRE NZL ESP JPN 2nd* 47*

* シーズン進行中

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 欧州フォードは2012年限りでWRCのワークス活動を終了し、2013年はMスポーツが支援継続されたセミワークスとして参戦した。
  2. ^ マニュファクチャラー部門に参戦するチームは、年間最低10戦に出場するドライバーを事前登録する。通常はチーム内で最も実力のあるエースドライバーがノミネートされる。

出典編集

  1. ^ ダニエル・ソルドがキャリア初優勝をマーク! タイヤ性能が一層シビアに問われた一戦でミシュランユーザーがトップ14を独占!”. 日本ミシュランタイヤ (2013年8月26日). 2017年2月7日閲覧。
  2. ^ 波乱の展開を経てティエリー・ヌービル&ヒュンダイがWRC初優勝を飾る!”. 日本ミシュランタイヤ (2014年8月25日). 2017年2月8日閲覧。
  3. ^ “ヒュンダイ、WRC最終戦でもパッドンをワークス起用”. AUTOSPORTweb. (2015年10月13日). http://archive.as-web.jp/news/info.php?c_id=3&no=68749 2017年2月8日閲覧。 
  4. ^ “ヒュンダイ、“ノミネート”にダニ・ソルド選出”. (2016年1月13日). http://archive.as-web.jp/news/info.php?c_id=3&no=70474 2017年2月8日閲覧。 
  5. ^ “WRCイタリア:ヌービルが逃げ切り、22カ月ぶり2度目の総合優勝”. AUTOSPORTweb. (2016年6月13日). http://www.as-web.jp/rally/22311 2017年2月8日閲覧。 
  6. ^ “WRC:2戦連続クラッシュのヌービルにヒュンダイ代表が怒り。「いら立ちしか感じない」”. AUTOSPORTweb. (2017年2月16日). http://www.as-web.jp/rally/91363?all 2017年11月19日閲覧。 
  7. ^ “ティエリー・ヌービル、コ・ドライバーを若手に変更”. rallyplus.net. (2021年1月16日). https://www.rallyplus.net/75469 2021年1月16日閲覧。 
  8. ^ “母国優勝のヌービル「大きなプレッシャーとともに自信もあった」/WRC第8戦ベルギー デイ3後コメント”. AUTOSPORTweb. (2021年8月16日). https://www.as-web.jp/rally/728182?all 2021年8月17日閲覧。 
  9. ^ “ヌービル、ラジエターにビールつぎ足し初ポディウム死守”. Rallyplus.net. (2014年3月10日). http://www.rallyplus.net/2757 2017年2月8日閲覧。 

外部リンク編集