世界ラリー選手権

FIA 世界ラリー選手権FIA World Rally Championship、通称:WRC(ダブリュアールシー))は、国際自動車連盟 (FIA) が主催するラリー世界選手権である。ヨーロッパを中心としてアフリカ中南米アジアオセアニアなどの地域でも開催されている。ここでは下位カテゴリであるWRC2、WRC3、JWRCについても述べる。

世界ラリー選手権
カテゴリ ワールドラリーカー
国・地域 インターナショナル
開始年 1973年
ドライバー 12[注 1]
チーム 4[注 1]
タイヤ
サプライヤー
ミシュラン
DMACK
ドライバーズ
チャンピオン
フランスの旗 セバスチャン・オジェ2016年
マニュファクチャラーズ
チャンピオン
ドイツの旗 フォルクスワーゲン(2016年)
公式サイト wrc.com/
Motorsport current event.svg 現在のシーズン
2006年 ラリー・オーストラリア

目次

概要編集

1973年、それまで世界各地で単独に開催されていたイベントを組織化し、ラリー競技の最高峰に位置する世界選手権としてスタートした。FIAが主催する自動車競技の世界選手権の中ではF1世界選手権1950年創設)に次ぐ歴史を持つ[注 2]。選手権タイトルは競技者(ドライバー部門とコ・ドライバー部門)および自動車メーカー(マニュファクチャラー部門)に懸けられる。また、下位のサポート選手権としてWRC2、WRC3、ジュニア世界ラリー選手権 (JWRC) が併催されている。

ラリーの種類としては、公道競技場などに設けられたスペシャルステージ (SS) でタイムアタックを行い、その所要時間の合計で順位を決める「スペシャルステージラリー」である。SS間の移動は「リエゾン」または「ロードセクション」と呼ばれ、一般車に混じり現地の交通法規に従って走行する。現行の標準的なスケジュール(アイテナリー)では、木曜日から日曜日にかけての3-4日間に20本前後のSSを走行する。SSの合計距離は300-400km、リエゾンを加えた総走行距離は1,000-2,000km程度である。競技時間は基本的に日中だが、早朝や夜間に行われることもある。

競技車両は一定数生産された市販車をベースとして、公認範囲内で改造を加えたラリーカー。性能別に数段階にグループ分けされているが、選手権タイトルを賭けた最高峰クラスは、マニュファクチャラーの直営組織(ワークスチーム)が開発したワールドラリーカー(WRカー)で競われる。競技車両にはドライバーコ・ドライバーの2名が乗車し、コ・ドライバーがコース上のコーナーや路面状況などを記載したペースノートを読み上げ、ドライバーはそれに従い運転操作を行う。

主な特徴編集

   
市販車両
競技車両
 
4連補助灯

競技車両は市販車両をベースに製作することと規定されているため外観はベースモデルと大差無いが、特に最上位のWRCクラスが使用するWRカーは、エンジンや各パーツ、駆動方式の変更など、内部は別物となっている[注 3]ECUにはSS用の“ステージモード”[注 4]、リエゾン用で低燃費となる“リエゾンモード”の2種類が設定されており、走行状況に合わせて切り替える仕様となっている。

競技ライセンス“国際C級レース除外”を取得し、規定に合致した車両を用意して抽選に通れば、実際にプライベーターとして出場することも可能である[注 5]。ワークスの車両と同じコースを走りタイムを争い、時にはプライベーターがランキングの上位に食い込むということもある。尚、コ・ドライバーもドライバーと同等の競技ライセンスが必要である。

 
興奮する観客
(2011年 アクロポリス・ラリー)

サーキットで行われる周回競技と異なり、一般道路や林道などを一時的に閉鎖して行われるため、設営された観客席は少ない。観客はコースを間近で見られることもあり、熱心なファンは足繁く観戦ポイントに出向く。しかし、車両がコースオフし客席に飛び込む恐れもあるために観戦には危険も伴い、過去には死亡・負傷事故も起こっている[3]

観客達が大きくコースオフした車両をコースに戻したりすることも多々あるが、本来ドライバー、コ・ドライバー以外の人間が競技車両に触れることはルール違反なため、ドライバーはペナルティを受けてしまうことが多い[注 6]。逆に観客が競技の妨害を行うこともあり、開催中にコース上の冊が閉められたこともある[4]。運営側が観客をコントロール出来ないと判断された場合はSSそのものがキャンセルとなり、実際にラリー・ポルトガルがこの理由で一時WRCから外された。

広大なエリアでは、時に観客がプロに代わるカメラマンとして活躍することがある。2005年のキプロス・ラリーでは、フランソワ・デュバルがコースオフ・車両炎上のシーンにおいて、観客が撮影した映像が国際映像として放映された。また近年はドローンも撮影に投入されている。

イベント編集

各々の国で開催される競技をイベントと呼ぶ。年間のイベント数は1990年代中頃まで8~10戦程度であったが、増加を望むFIAの意向により各ラリーの開催日数・走行距離の短縮やサービス (車両整備) 回数の制限等、イベントの簡素化が進められたことに対応するようにイベント数が徐々に増やされ、2007年には全16戦、2008年は全15戦となっていたが、2009年と2010年は2年間で24戦を隔年で開催するという年間12戦のローテーション制となり[注 7]、2011年からは全13戦となっている。

F1のオフシーズンであるストーブリーグが4ヶ月-5ヶ月近くであるのに対して[注 8]WRCは1ヶ月前後しかないが[注 9]、シーズンオフが短い分、6月上旬から7月終わり又は8月始めまで約2ヶ月間の休息期間となるインターバルを設けている。

これまでに開催されたWRCイベント編集

開催地 イベント名 開催都市 開催年度
  アルゼンチン ラリー・アルゼンチン ビジャ・カルロス・パス 1983年 -
  ブラジル Marlboro Rallye do Brasil サンパウロ 1981年 - 1982年
  オーストラリア テルストラ・ラリー・オーストラリア パース 1988年 - 2006年 2009年,2011年,2013年 -
  カナダ Criterium Molson du Quebec モントリオール 1977年 - 1979年
  キプロス キプロス・ラリー リマソール 2000年 - 2006年
  フィンランド 1000湖ラリー ユバスキュラ 1951年 - 1996年
ネステ・ラリー・フィンランド ユバスキュラ 1997年 -
  フランス ラリー・ド・フランス-アルザス ストラスブール 2010年 - 2014年
  ドイツ OMV ADAC ラリー・ドイチェランド トリーア 2002年 -
 イギリス RACラリー カーディフ 1933年 - 1997年
ウェールズ・ラリー・オブ・グレートブリテン カーディフ 1998年-
  ギリシャ アクロポリス・ラリー・オブ・グリース ラミア 1973年 - 2013年
  アイルランド ラリー・アイルランド スライゴ 2007年 -
  イタリア ラリー・サンレモ サンレモ 1973年 - 2003年
スーパーマグ・ラリー・イタリア・サルディニア ポルト・チェルヴォ 2004年 -
  ポーランド Rally Poland[注 10] ミコワイキ 2014年 -
  コートジボワール Rallye Cote d'Ivoire アビジャン 1976年 - 1992年
  日本 ラリー・ジャパン 帯広市 2004年 - 2007年
札幌市 2008年 - 2010年
  ヨルダン ヨルダン・ラリー アンマン 2008年、2010年 - 2011年
  ケニア (及びウガンダタンザニア) イースト・アフリカン・サファリ 1960年 - 1973年
サファリラリー ナイロビ 1974年 - 2002年
  モロッコ Rallye du Maroc カサブランカ 1971年 - 1976年
  メキシコ コロナ・ラリー・メキシコ レオン 2004年 -
  モナコ ラリー・オートモービル・モンテカルロ モンテカルロ 1911年 -
  ノルウェー ラリー・ノルウェー ハーマル 2007年 - 2009年
  ニュージーランド プロペシア・ラリー・ニュージーランド ハミルトン 1985年 - 2008年 2010年,2012年
  ポルトガル ラリー・ポルトガル ポルト 1967年 - 2001年
ボーダフォン・ラリー・デ・ポルトガル アルガルヴェ 2007年 -
  スペイン ラリー・ラック・カタルーニャ - コスタ・ドゥラダ サロウ 1991年 -
  スウェーデン Rally to the Midnight Sun カールスタッド 1950年 - ?
ウッデホルム・スウェディッシュ・ラリー カールスタッド 2002年 -
  トルコ ラリー・オブ・ターキー ケメル 2003年 - 2010年
  アメリカ合衆国 オリンパス・ラリー 1985年 - 1988年

路面とタイヤ編集

   
グラベル
ターマック

イベントで使用されるコースの路面環境は様々だが、大きな分類では未舗装路のグラベルとアスファルト舗装路のターマックの2種類で、積雪路のスノーや凍結路のアイスは、土台となる基礎路面で分類される[注 11]。ターマックとグラベルが混在するミックスサーフェイスのイベントも有る[8]

概ね、ターマックでは車高を下げて大径の18インチホイールを装着するのに対して、路面変化の大きいグラベルではサスペンションのストロークを確保するために車高を上げて小径の15インチホイールを装着する。全イベントの2/3を占めるグラベルも地質や砂利の割合などそれぞれ特性が異なり一括りに出来ない難しさがあるため、ターマック、グラベル共に路面状況や天候を読みながらのセッティング、タイヤ選択がタイムに大きな影響を与えることも少なくない[注 12]

タイヤの制限編集

 
左: ターマック用
右: グラベル用
(2007年 ラリー・ポルトガル)

かつてはタイヤの種類や使用本数に制限は無かったが、コスト低減などを目的としたコントロールタイヤ制度 (ワンメイク) の導入[注 13]と同時に様々な制限を行った[10]。タイヤの種類は、トレッドパターンがブロック状のグラベル用[注 14]、ターマック用のグルーブ (溝) が少ないスリック[注 15]のほか、冬期イベント用にスノーとスタッド付きスノーがある[注 16]。レギュレーションにより、イベントで使用可能なトレッドはグラベル、ターマック共に1種類、コンパウンド[注 17]は2種類まで認められているが[11]、例外として、ターマックの冬期イベントで路面のコンディションが多種多様に変化するモンテカルロでは4種類まで認められている[12]

車両へ搭載されるスペアタイヤの本数は2本まで、新品タイヤへの交換は“サービスパーク”への入庫時のみ、交換本数も4本までとなっている[注 18]。限られたタイヤ本数で如何に早いタイムを出すことが求められるため、特に近年はタイヤマネージメントの重要性が増した。前後左右のタイヤ選択、前後のローテーション、内圧設定のほか、勝負所となる重要なSSを見極めタイヤを温存するなど様々な戦略が取られている[14]。イベント毎に使用出来るタイヤの総本数は異なるが、2014年のラリー・イタリアではシェイクダウンに4本、競技では35本となっている[15]

タイヤメーカー編集

2014年現在でFIAに認定されている公式サプライヤー (供給メーカー) は、ミシュラン[注 19]DMACKハンコックピレリ[注 20]の4社である。2008年から2011年までは独占契約を結んだ1社が全てのマシンにタイヤを供給するワンメイクとなったが、2011年からはタイヤメーカーの選択が自由となり、各チームがそれぞれのタイヤメーカーと契約する形となっている[20]

スケジュール編集

3日間又は4日間で行われる[注 21]。各日はDAY (デイ) で表し、1日目は「DAY1 (デイワン)」と呼称する[注 22]。DAYは、実質的な競技区間のSS (Special Stage: スペシャルステージ、通称: エスエス) と計測地点のTC (Time Control: タイムコントロール)、公道を走行する移動区間 (ロードセクション) のリエゾンに分けられ、SSの合計タイムが最も少ないドライバーが優勝となる。

競技はアイテナリーと呼ばれるタイムスケジュール表に沿って進められる。通常のスタート間隔は2分だが、グラベルで無風状態になると前車走行後の土煙が2分以内に収まらず、後にスタートしたマシンが視界を遮られて影響を受けるため、その場合は間隔を1分延長し、状況次第では更に1分延長される事も有る[注 23]。このためサーキットレースとは異なり、トラブルで減速・停車した場合を除きコース上での抜きつ抜かれつはほぼ生じない。

準備編集

イベントが開催される週の水曜日からレッキと呼ばれる、競技で使用されるコースの下見走行を行い、ドライバーとコ・ドライバーはコース状況を把握してペースノートの製作を行うが、使用車両は競技車両ではなく一般車両となる。水曜日の夕方から木曜日に掛けてはシェイクダウンと呼ばれる、実際に競技車両を使用して最終チェックを行った後[注 24]車検を受けて規定外のパーツの装着が無いか確認が取れると、競技車両はパルクフェルメと呼ばれる車両保管所に置かれ、ドライバーを含め全ての関係者は競技開始まで触れることが出来ないようになっている。

リエゾン編集

 
リエゾンを走行する車両 (2012年 ラリー・フランス)

一般道路を使用する移動区間。スタートした車両はリエゾンを通りTCへ向かう。SSと異なり閉鎖されていないため、現地の交通法規に従い一般車両に混じって走行する。リエゾンを走行することも競技の一部であり、主催者から示されるコマ図に従って走行するというラリー競技当初の姿が現在も残っている[注 25]。TCに入る時間は車両毎に指定され[注 26]、指定時刻に遅れた場合は1分につき10秒のペナルティが総合タイムに加算される[13]。スピード違反や一時停止義務違反で現地の警察に検挙されることもあり、ドライバーが免許停止などの処分を受けた場合は、代わりにコ・ドライバーがステアリングを握ってドライバーがナビをする[25]。また、各国の法律[注 27]に定められた保安基準を満たしていない場合は走行を止められることがあり、特にSS区間でのトラブルで車が破損した場合などに問題となる。

SS編集

一般道路を一時的に閉鎖して作られた区間で、スタート地点はTC内に設置され、1台ずつ一定間隔でスタートしてタイムを競う。イベントによっては一般道路を閉鎖して使用するSSとは異なり、人工的に作られたサーキットコースのような特設会場で、2台の車両が仕切りのあるコースを同時にスタートするスーパースペシャルステージ (Super Special Stage: スーパーSSSSS) も存在する[注 28]

 
スーパーSS
(2006年 ラリー・アルゼンチン)

スピード感のある走行シーンが見所であるため、メディア中継が行われるのもSSであることが多い。SSの数はイベントにより異なるが概ね20前後で、各SSの距離は2km前後から50km以上まで存在し[注 29]、合計距離は300-400km程度となっている[注 30][注 31]。2011年からはパワーステージ[注 32]が導入された。タイトル争いでは僅かなポイントが結果を大きく左右する場合があるため、DAYリタイアやトラブルで上位進出の可能性が無くなった場合はパワーステージでのポイント獲得に切り替える事が多い。

 
破損した車両
 
サービスパーク
(2012年 ラリー・フィンランド)

タイムは速いほど良いためドライバーは全力で挑むが、時にはスピンやパンクによるタイムロスも発生する。また、事故や機器のトラブルなど、車両が深刻なダメージを受けて走行不能となった場合は、リタイアしたSSと、同日に行われる全てのSSがリタイア扱いとなるDAYリタイアとなる。全損で無い場合、指定の時刻までに車両を走行可能な状態にして認定を受けた場合は翌日の出走が可能となる救済措置のラリー2規定が適用され、ペナルティとしてリタイアしたSSと走行出来なかった残りのSSのトップタイムに5分加算されるが総合成績は有効となる。但し、最終日にリタイアした場合は同規定が適用されないため未完走扱いとなり総合成績は残らない[13]

DAYリタイアの時点で、優勝やポディウム争いからは脱落してしまうが、以降のイベントに向けてのテストやセッティングと割り切って走行する事が多い。2014年からは、シードドライバーがDAYリタイアし翌日出走する場合、前年のドライバーズポイント順である、ゼッケンナンバーが15番までのシードドライバーの最下位に組み入れることと規定された。これは、余りにも下位の出走順にしてしまうと、技量の高いシードドライバーがタイムの遅い前走者に追い付き、危険と判断されたものである[21][13]

スタート順は、グラベルのイベントに於いては重要なファクターとなる。最初にスタートするドライバーは堆積する土砂を掻き分ける掃除役となり不利を被ることが多いため、これまでも様々な対策が取られてきたが根本的な解決策は定まっていない。2013年までは事前に行われる予選でタイム順に上位のドライバーから自由に決めることが出来たが、2014年からは予選が廃止された。新方式は、初日のDAY1はドライバーズポイントが高い順、DAY2以降はスーパーSSを除く前日の最終ステージを終えた時点での総合成績順となっている。

各DAY最後のSS終了後はTCに移動してリエゾンを通り、サービスパークと呼ばれる各チームの本部に戻る。サービスパークでは競技中の整備や給油などの各種作業が許されるが制限時間があり[注 33]、制限時間をオーバーしたり、SSを欠場してマシンの修復を行う場合[注 34]はペナルティとしてタイムが加算される[注 35]。その後、車両は再びパルクフェルメに保管されて次のDAYの競技開始を待つ。サービスパーク以外で簡単な整備が出来る場所、リモートサービス[注 36]を設ける場合もある。

ポイントシステム編集

ドライバー選手権編集

最終日のSS終了後の表彰式で1位から10位までに25-18-15-12-10-8-6-4-2-1ポイントが与えられるほか、WRCのみイベントの最終SSをパワーステージと呼称し、総合成績に関係なく1〜5位までにそれぞれ5-4-3-2-1ポイントが与えられ[29]、年間で最も多くのポイントを獲得したドライバーがドライバーズチャンピオンとなる。なおWRC2、WRC3、JWRCといった下位クラスは別にポイントが設けられているが、最高峰のWRCのドライバーだけはクラスでは無く総合順位からポイントが決定する[注 37]。JWRCのみステージポイントと言って、各SSで最速タイムを記録するたびドライバーに1ポイントが与えられる。 また全クラスにコ・ドライバーの選手権もあるが、パワーステージなども含めドライバー選手権と完全に同じポイントシステムとなっている。

マニュファクチャラー選手権編集

製造者が該当する[注 38]。エントリー出来るのは自動車メーカー毎に1チーム3台までで、2チーム目以降はマニュファクチャラーズポイントは与えられない。[30][注 39]。各マニュファクチャラーの上位2名の順位が加点対象となる。またドライバーズタイトルと異なり、下位クラスのマシン・各マニュファクチャラーの最下位1名・リタイア者を取り除いた順位でポイントを決める。つまり4マニュファクチャラー12台が参戦している状態で仮に全車が順位を問わず完走した場合、マニュファクチャラーズ選手権内の最低順位は12-(各メーカーの最下位者×4)=8位となるため、最低でも6+4=10ポイントは獲得できる計算になる。そして年間最も多くのポイントを獲得したメーカーがマニュファクチャラーズチャンピオンとなる。 WRC2とWRC3ではマニュファクチャラーズ選手権の代わりにチームズタイトルが設定されているが、各チーム1台しかエントリーできず、2台体制の場合はそれぞれ別チーム扱いとなる。

車両クラス編集

テクニカルクラス(技術的な区分)編集

2014年にFIAにおける地域選手権も含めたラリーカーの規定は、以下の6つのクラスに再編された[13]。グループRのR3D以外は全てガソリン車となる。2017年現在の車両の区分は以下の通り[31]。なおグループA・グループN・スーパー2000に関しては既に新規ホモロゲーションの受付は終了している。

RC1
WRカー (1600ccターボ+36mm径 エアリストリクター)
RC2
S2000(1600ccターボ+28mm径 エアリストリクター、または2000cc NA)
グループR5/VR5
グループR4/VR4(N4の規制緩和版、2015年以降はヨーロッパ圏外イベントのみ可)
グループN /NR4(2000cc超、旧N4)
RGT
RGT(GT車両をベースにしたラリーカー。FIA RGT選手権用の規定)
RC3
グループA (1.6L-2.0L未満)
スーパー1600 (1.6L NA)
グループR2/VR2C(自然吸気は1600cc超-2000cc以下、ターボは1067cc超-1333cc以下)
グループR3/VR3C(自然吸気は1600cc超-2000cc以下、ターボは1067cc超-1333cc以下)
グループR3T/VR3T(1600cc超-2000cc以下のターボ)
グループR3D (ディーゼル 2000cc以下のターボ)
RC4
グループA (1.600cc未満)
グループR2 (自然吸気は1.390cc-1.600cc、ターボは927cc-1067cc)
キットカー (1600cc以下)
グループN (1600cc超-2000cc以下)
RC5
グループN (1.600cc以下)
グループR1 (自然吸気/・ターボともに1.600cc未満)

実際にWRCに参戦可能な車両編集

車両の詳細は競技クラスを参照。

WRC
WRC2
WRC3
JWRC

競技クラス編集

換算排気量とグループによって4分類されている。最上位クラスのWRCのほかに下位のカテゴリーの車両を使用して行われる、3つのサポート選手権が存在する。2013年、各チームのコストダウンの一環としてサポートカテゴリーの再編と共にクラス毎の規定が適用された。2012年までのサポートカテゴリーと違い、WRC全13戦はWRC2やWRC3が併催され、JWRCを除き、サポートカテゴリーは全てイベントの参加が可能になっている[注 40]

WRC編集

 
フォード・フィエスタ RS WRC
 
トヨタ・ヤリス WRC

選手権の名称ともなっているWRCの最上位クラス。ワークス(マニュファクチャラー)として参戦するチームは全13戦で2台以上のエントリーが義務付けられている。ポイントは全戦有効。

また型落ちのWRカーで参戦するプライベーター向けに「WRCトロフィー」が設定されており、こちらは7戦中6戦の有効ポイント制となっている。

WRカーはベース車両から大幅な改造や変更が認められている。エンジンはWTCCと共通の直列四気筒1.6LターボGREで、最高出力は約380PS、最大トルクは約425Nm。また2014年のみシーケンシャルシフトが用いられていたが、現在はパドルシフトの使用が許可されている。2010年まではグループA・クラス8規定、2011年からS2000規定を基にエンジンを1.6LターボにしたものがWRカーとされた。また、車幅も2009年規定の1,800mmから1,820mmに拡大されたが変更点はS2000にも適用されるため、差別化として改造範囲が拡大されている。2017年にはグループBを意識した規約改訂がなされ、改造範囲が大幅に拡大されてサーキットマシンの様な派手な空力パーツが見られる様になり、平均速度もアップした。

なお動力をハイブリッドにすることも検討されていたが、2022年までは導入しないと決定されている[32]

1998 - 2010年の主な車種編集

2011年以降の主な車種編集

WRC2編集

 
プジョー・207 S2000

2013年にSWRCとPWRCを統合して誕生。全13戦中、7戦がWRCと併催されている。7戦以上の参戦が義務付けられており、ポイントは最初に参加した7戦 (全13戦も選択可能) の内、上位6戦分のポイントが有効となる。ただし、選手権を争う全競技者がエントリーしなければならないイベントも数戦存在する。 使用車両は全て4WDで、グループR規定のR5、グループN規定のN4、2013年までの規定が適用されたスーパー2000が参戦できるが、現在はほぼR5のみで争われている。SWRC・PWRCからの移行期間中、N4が対象の「プロダクションカーカップ」が設定されていた[33]

R5はS2000に代わる規定で、アップライト (車軸とハブ) は4輪全ての共用が義務付けられるほか、空力面やリストリクター径が異なり、トランスミッションも6速→5速となるが、最低重量は以前のWRカーと同じ1,200kgでエンジンも同じ1.6LターボのGREで開発費を抑えられることから多くのマニファクチャラーから支持されており、フォードやシトロエン、シュコダ、ヒュンダイなどがR5マシンの開発を行っている[注 41][35][36]。最大価格は18万ユーロで規制されている。絶対的な速さこそ劣るが、ステージやドライバーによってはWRカーを上回るパフォーマンスを見せることもあり、[注 42]現状WRカーに最も近い規定である。その人気は、かつてR5規定をWRカーとする構想があったほどであったが、WRカーがさらに改造範囲を拡大したことで立ち消えとなっている。

主な車種編集

WRC3編集

2013年に設定された、WRCの二輪駆動部門。全13戦中6戦がWRCと併催されている。WRC6戦で併催6戦以上の参戦が義務づけられており、最初に参加した6戦の内上位5戦分のポイントが有効となる。使用車両は二輪駆動のグループR、つまりR1、R2、R3である。

主な車種編集

世界ジュニアラリー選手権 (JWRC)/WRC アカデミー編集

 
スズキ・スイフト S1600 '05モデル。
奥は2004年チャンピオンマシンのスーパーイグニス (先代スイフト)

全6戦でポイントは全戦有効。かつてはグループA・クラス6、スーパー1600と呼ばれる1.6L NAエンジンのFF車をベースに改造されたマシンたちのマルチメイクであったが、コスト削減の観点から2011年以降車両・タイヤともにワンメイクとなっている。参戦には28歳以下で、かつWRカーでマニュファクチャラーポイントを獲得したことが無いドライバーという制限が課されており、WRCへの登竜門的な存在となっている。セバスチャン・ローブセバスチャン・オジェダニ・ソルドフランソワ・デュバルパー・ガンナー・アンダーソンなど、最上位クラスのWRCで活躍するドライバーも少なくないが、WRカーの出場台数が絶対的に少ないため非常に狭き門という事もあり、近年では他のクラスへ移行するドライバーもいる。2017年現在のマシンはMスポーツの製作するフォード・フィエスタR2Tで、JWRCでタイトルを獲得したドライバーは翌年のWRC2にフィエスタのR5でフル参戦する権利を得る。

また車両規定がWRC3と合致するため、JWRCドライバーは同時にWRC3にもエントリー可能である。ただしJWRCは出走イベントを選べないので、現実的には両選手権でタイトルを獲得するのは簡単ではない。

ゼッケンナンバーは31番-60番までで、うち59・60番は地元枠として、地元のASN[注 43]が選出したドライバーが走ることが出来る。2009年の第2戦-第5戦は、同じ番号で走るPWRCと併催のため、ゼッケン・ナンバーが+100になることがあった。

2007年はヨーロッパ圏内のみでの開催となり“W”が取れて“JRC”となったが、2008年はメキシコでの開催が確定しており、1年ぶりに世界選手権に戻った。2011-2012年の名称は“WRC アカデミー”であったが、2013年はサポートカテゴリー再編と共に2年ぶりに“JWRC”に戻った。

2010年までの主な車種編集

ワンメイクに変更後の車両

過去に存在したカテゴリ編集

プロダクションカー世界ラリー選手権 (PWRC)編集

 
三菱・ランサーエボリューションX

安全装備など最低限の改造のみを施した、グループN規定の車両を中心に戦う。ベースとなる市販車の高い基本性能が要求され、スバル・インプレッサ三菱・ランサーエボリューションの寡占状態が長く続いた。そのため2007年からスーパー2000、2011年からR2、R3車両の参戦も認可された。2010年にスーパー2000車両はSWRCへ分離。2013年にグループNクラス4車両はWRC2へ、二輪駆動であるR2・R3クラスの車両はWRC3へと移行した。

日本人の活躍が多く、新井敏弘が2度のドライバーズタイトル、怒田原文雄がモンテカルロで優勝を飾る活躍を見せた。なお2005年頃までは「PCWRC」と表記されていたが、現在は「PWRC」と表記するのが通例である。

主な車種

スーパー2000世界ラリー選手権 (SWRC)編集

 
シュコダ・ファビア S2000

2010年より設定された。R5に比べて改造範囲の狭い、自然吸気2.0L NAエンジンを搭載したS2000がメインで、初年度は11名のドライバーが出場した[注 44]。3年開催したのち、2013年よりWRC2へ移行した。

主な車種

車両の変遷編集

WRC草創期編集

 
ランチア・ストラトス

1973年のWRC創設から1980年代初頭までは、グループ2やグループ4といった規定で競技が行われ、各メーカーは市販車を強化した特別仕様車であるホモロゲーションモデルを販売し、その車両をベースに競技用車両を開発していた。グループ4の当時の生産義務が「連続する24ヶ月間に400台」と少ないことを利用し、ランチアがラリーのためだけに開発したスペシャルモデル、ランチア・ストラトスは例外的存在である。当時のラリーカーはほとんどが2WDであったが、1981年にフルタイム4WDとターボエンジンを採用したアウディ・クワトロが登場してラリーを席巻し、その後のラリーカーの方向性を決定づけた。その後、それまでのグループ1-8規定を廃止し、1983年から新規定に移行することが発表される。1982年は新旧両規定に基づいた車両が使える移行期間であった。

グループB時代 (1973年 - 1986年)編集

 
アウディ・クワトロ A2

グループ1-8と複雑になっていた規定がグループN、A、B、C、D、E、F、Tに簡素化され、このうちラリーの世界選手権はグループBにかけられることとなった。グループBは、連続した12ヶ月間に20台の競技用車両を含む200台を生産すれば良いというもので、名目上はより幅広いメーカーの参戦を促すものだったが、実際はより高性能なラリー専用車両の製作が可能となった。グループB車両のほとんどは鋼管スペースフレームに市販車に似せたデザインのFRP若しくはCFRP・ケブラー製のカウルを被せ、400PS-600PSと言われた高出力の過給エンジンをミッドシップに搭載し、フルタイム4WDで駆動するといった物であり、メーカー各社は先鋭化した高性能車両を競って生み出していく。際限の無い競争の結果として開発コストが上昇したため、グループBよりも金銭的な負担が少なく、競争が激しくなるような新しいカテゴリーとしてグループS構想を発表する。

グループB規定により走行スピードは劇的に向上したが、安全面がその進化に追いつかず、多くの事故と犠牲者を生み出すこととなった。1985年ツール・ド・コルスでのランチアのアッティリオ・ベッテガの事故死、同年アルゼンチンラリーでのプジョーのアリ・バタネンの事故、1986年ポルトガルラリーでフォードからワークスエントリーしていたヨアキム・サントスが多数の観客を死傷させるなど、ワークスドライバーが絡む事故が多発。そして、1986年のツール・ド・コルスで発生したランチアのヘンリ・トイヴォネン / セルジオ・クレスト組の事故死を受けて、FIAは事故の翌日に以後のグループB車両のホモロゲーション申請を却下することを発表し、その後1986年を以てグループBの廃止を決定[注 45]、翌1987年からは世界選手権は下位クラスであったグループA規定で行われることを発表、同時にグループS構想も消滅した。

1973年 - 1986年の車種編集

グループA時代 (1987年 - 2001年)編集

 
ランチア・デルタ インテグラーレ

1987年の世界ラリー選手権グループA規定に移行し、ベース車両は継続した12ヶ月間に5,000台以上の生産が義務づけられたほか[注 47]、様々な改造規制が加えられて市販車に近いものとなった。しかしハンドリングの向上とタイヤの性能が進化したことにより車両性能は落ちるどころか年々向上し、3年後にはグループBのマシンを凌駕する速さを身に付けた。フルタイム4WDと2.0Lのターボエンジンは必須の装備となっていたが、その様な高性能なスポーツ車両を生産し販売出来るメーカーは少なく、参戦メーカー数は非常に減少した。

 
スバル・インプレッサ WRX

ランチアはデルタをベースとした車両を製作してグループA時代を牽引するが、日本のメーカーが勝負を挑む。日本の自動車市場は4WDスポーツ車が順調に売れる世界的に見て珍しい市場であり、日本車メーカーはこぞって高性能な4WDスポーツ車を販売し、1990年代中盤には、それまでWRCの中心を担ってきたヨーロッパの自動車メーカーに代わり、トヨタスバル三菱日産マツダといった日本のメーカーがWRCを席巻した。

トヨタはセリカでランチアの厚い壁に挑み続け、1990年、1992年 - 1994年にドライバーズ・タイトルを獲得、1992年を以てランチアがワークス活動を休止し競争力が次第に低下したこともあり、1993年 - 1994年には日本の自動車メーカーとしては初めてマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得した。また、スバルインプレッサの投入とともに1994年からフル参戦を開始し、1995年 - 1997年の3年連続でマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得、三菱自動車ランサーエボリューションが1996年 - 1999年まで4年連続ドライバーズ・タイトルを獲得した。

一方、グループAの2,500台という最低生産台数がネックとなり、参戦メーカー数は減少の一途を辿っていたため、より参戦の門戸を広げるため、新たにワールドラリーカー (WRカー) の規定が1997年より導入された。1997年は多くのメーカーがWRカーに移行する中、三菱のみグループAに留まり、1998年に初のマニュファクチュアラーズタイトルを獲得。1999年以降も引き続きグループA規定で参戦したものの、2001年三菱チームも同年中のWRカー移行を発表。14年弱の長きに渡るグループA時代は終わりを迎えた。

1987年 - 2001年の車種編集

WRカー時代 (1997年 - 2010年)編集

 
フォード・フォーカス WRC
(2004年 キプロス・ラリー)

グループAの特例として1997年から導入されたWRカーは、継続した12ヶ月間に25,000台以上生産された車種の派生モデルに限り、直接的なペースモデルの生産台数を2,500台とするもので、ワイドボディ化、4WDへの改造、リアサスペンション形状の変更、同一メーカー車に搭載されているエンジンへの換装やターボの付加など、大幅な改造を認められたものである。この規定により、グループAの生産台数2,500台に参戦を妨げられていたヨーロッパの自動車メーカーが相次いでWRCに参戦し、メーカー数が増加して一時的に活況を呈するが、世界的不況の影響による自動車会社の経営不振、度重なる仕様変更、WRカーの開発費用および車両価格の高騰、イベント数の増加などにより徐々に撤退するメーカーが増え[注 48]、2009年時点で正式に参戦したのはシトロエンフォードの2社のみとなった。

1999年、フォード・フォーカスWRCプジョー・206 WRCが登場、プジョーは2000年 - 2002年までマニュファクチャラーズタイトルを3連覇した。2003年には本格参戦1年目にしてシトロエンがマニュファクチャラーズタイトルを奪取し、その後2005年まで3連覇するなど一大勢力と化したフランス勢の時代が続いたが、WRCの開催スケジュール等を巡りFIAと対立したプジョーが2005年で撤退した。シトロエンも2005年で一時撤退するが、2006年にプライベートチームのクロノス・レーシングを事実上のワークスチームとしてサポートする形で参戦、その間、従来のWRカーであったクサラ WRCの後継となるC4 WRCの開発を平行して行っており、2007年に再びワークスチームとしてWRCへ復帰した。

フォードはMスポーツにワークス活動を委託し着実に成績を残していたが、フォードグループ全体の経営不振などにより年を追うごとに資金が先細りしていく状況にあった。2002年頃から毎年撤退が噂され、2004年には撤退寸前まで追い込まれるが、Mスポーツ監督のマルコム・ウィルソンが絶望的な状況の中でも諦めることなくフォード首脳陣に対して参戦継続へ向けた粘り強い交渉を行っていた。そして交渉期間中に開催されたカタルニア・ラリーとツール・ド・コルスでフォーカスWRCを駆るマルコ・マルティンが連続優勝を成し遂げた。この結果により状況が好転し、フォード本社がラリー活動の継続を決断する。2005年に3年間の参戦と資金が確約されると攻勢に転じ、モデルチェンジしたフォーカス STをベースに新型車両を作り上げ、2006年に1979年以来となるマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。

 
トヨタ・カローラ WRC

日本メーカーでは、1年間の活動自粛をしていたトヨタがカローラ[注 49]をベースにしたWRカーを投入、1999年のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。スバルはインプレッサ WRCを投入するが、頻発するトラブルや度重なるモデルチェンジによる仕様変更の影響もあって上位に絡めない展開が続く。2007年にようやくトップ争いが見える位置まで復活するが、上位のシトロエン、フォードとの差は開いており、2008年を以てマニュファクチャラーズ選手権から撤退した。

三菱はグループAに拘り続けたが、2001年にWRカーへと移行した。ベースモデルはランサーエボリューションからランサーへと変更されているが、WRカーへの移行時に多くのトラブルが発生、エースであったトミ・マキネンの離脱なども重なり成績は低迷した。体制変更、一時的な活動停止などの迷走期間を経て、2008年以降の本格的復帰を目標に限定的な参戦をしていたが、2007年末に英国の拠点を閉鎖、2010年にラリーアートが業務の一部停止を発表した[38]スズキは、当初2007年が夏季開幕となるウインターシーズン案が検討されていたため2007年からの全戦参戦を計画していたが、ウインターシーズン案が撤回されたため、2007年は3戦にスズキ・SX4 WRCでテスト参戦し、2008年から全戦に参戦した。シーズン前半は初期トラブルが多発し完走も難しかったが、後半へ向けて改良が行われ、2台完走することが増えていった。最高位は日本とイギリスの5位。2008年12月15日、スズキは2009年以降のWRC参戦休止を表明した。

日本車以外のアジア勢としては、ヒュンダイがイギリスのMSD (モータースポーツ・デベロップメント) と協力しヒュンダイ・アクセント WRCで参戦していたが、慢性的な資金難から競技車両の開発が大幅に遅延した結果、競争力が向上せず、2003年、ワークス活動を委託していたMSDが活動資金の不足を理由に残り4戦を残して撤退、そのままWRCの活動を休止した。この「シーズン途中のワークス撤退」が当時のルールである「WRカーは全戦出場義務がある」に抵触したため、FIAはヒュンダイに対しWRC史上最高額となる100万USドルの罰金を課したが、支払いを巡り法廷闘争に発展した[39]

1997年 - 2010年の車種編集

S2000 WRC時代 (2011年 - )編集

 
シトロエン・DS3 WRC

グループA車両をベースにしたWRカーは高コストで新規ワークスの参入はほぼ不可能であるため、コスト削減案としてWTCCで導入されていたスーパー2000 (S2000) 規定を導入しようという案が浮上した。これは2.0LのNAエンジンを使用し、ボディ補強など最低限の改造のみで競技車両を製作するという規定で、PWRC規定の車両と近い。実際にPWRCではS2000規定車両の出場も認められているほか、IRCでもS2000規定の車両が活躍していた。

WRカーという名称を引き継ぎ、新規格のWRカーをから導入することが検討され、2008年12月、FIAはS2000をベースにボルトオンキットで簡単にWRカーに出来る様にする“S2000プラス”を提案した[注 50]。その後、FIAの中で意見が二転三転し、S2000プラスを撤回して2011年以降はS2000をメインカテゴリーにするという話が浮上する[注 51]。新規定が確定しなければ開発出来ない上に残りの期間も少ないことから、2009年もWRカーでワークス参戦するシトロエンとフォードからは、結論の出ないFIAに対して不満の声が上がっていた。

最終的には、WTCCなど他のカテゴリーと共通の規定の元に製作される1.6L直噴ターボエンジンをS2000車両に搭載したS2000 WRCに変更することを決定し、シトロエンとフォードは、それぞれシトロエン・DS3 WRCフォード・フィエスタ RS WRCを制作し参戦[注 52]、また、2011年からは新たにBMWプロドライブに製作を委託しミニ カントリーマンをベースにした、ミニ・ジョン クーパー ワークス WRCで参戦[注 53]した。同年5月、フォルクスワーゲンポロ R WRCで参戦することを発表し[42]、初参戦の2013年からドライバーズ&マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。2014年も好成績を継続していることを受けて、フォルクスワーゲンは当初の2013年-2015年までの3年計画を延長、2019年まで参戦することを決定した[43]。2014年からはヒュンダイi20 WRCでフル参戦した[40]

2017年規定編集

WRC代表のカルロス・バルボサは近年失われつつある人気を取り戻すことを重視し、これまでの低コスト・規制強化路線とは打って変わった大規模な規制緩和を行うことを決めた[44]。そして2017年からエアリストリクター径は33mmから36mmに緩められ、エンジン出力が315馬力から380馬力へアップ。最低重量は1200kgから1175kgまで引き下げられ、電子制御デフ、アクティブセンターデフの解禁、リアディフューザーや車幅の拡大もなされた[45]

新規則発表に前後して2015年1月、トヨタはかねてから噂されていたWRC復帰を発表[46]。一方2016年11月にはフォルクスワーゲンが撤退を表明したため、VWとトヨタが入れ替わる形となった[47]

2011年以降の主な車種編集

  • シトロエン・DS3 WRC
  • フォード・フィエスタ RS WRC
  • ミニ・ジョン クーパー ワークス WRC
  • フォルクスワーゲン・ポロ R WRC
  • ヒュンダイ・i20 WRC
  • トヨタ・ヤリス WRC

日本勢の活躍編集

古くからホンダを除く主要日本メーカーのほとんどが参戦、活躍を見せた。

日産編集

日産はWRCの始まるより以前からラリーに挑戦しており、サファリ・ラリーで圧倒的な強さを示し続けた。1973年のWRC開幕初年度にサファリでダットサン・スポーツ240Zが早くも日本のワークスチームとしてWRC初優勝を果たした(サファリでは3度目の総合優勝)。1979年~1983年にもA10系バイオレットでサファリ・ラリー史上初の4連覇を果たした。しかしグループB規定が導入されると得意のサファリでもトヨタ・セリカなどの後塵を拝するようになった。[48][49]1991・1992年のパルサーGTI-Rを最後に、業績の不振からシーズン途中で電撃撤退した。

トヨタ編集

トヨタもまたWRCの始まる前からラリー参戦を始めており、もともとドイツのプライベーターであったオベ・アンダーソン・モータースポーツ(後のTTE、TMG)をとともにWRCに参戦。カローラレビンセリカを運用して1975年の1000湖ラリーで初優勝を挙げた(トヨタ車としては1973年アメリカが初)。その後82年ニュージーランドの他、1984年から1986年までサファリ・ラリー3連覇を果たすなどの活躍を見せた。 黄金時代は90年代に始まり、1990年にセリカカルロス・サインツが日本車で初のドライバーズタイトルを挙げると、1993年には同じく日本車初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。しかし1995年に重大なリストリクター違反をしたとして1年間の出場停止を受け、重く受け止めたトヨタはもう一年活動を自粛した。1998年にWRカーのカローラで復帰するとすぐにタイトルを争い、1999年に3度目のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。有終の美を飾ってトヨタはF1へ転身していった。

それから18年後の2017年、ヴィッツでWRCに復帰。オペレーションはフィンランドを本拠とするトミ・マキネン・レーシング。デビュー年で2勝を挙げている。またWRC3にもTMGが製作したGT86のプライベーター供給を開始し、表彰台に上がる活躍を見せている。

マツダ編集

1981年にベルギーに設立されたマツダ・ラリー・チーム・ヨーロッパ(Mazda Rally Team-Europe,MRE-T)のもとにマツダのWRC活動の大半は行われた。1979年のRACラリーからグループ2規定のサバンナRX-7で参戦。グループB規定もRX-7で1986年まで戦い続け、最高3位の成績を収めた。グループAが導入されると、ワークス活動はそれまで下位クラスで活躍していたファミリア(323)に切り替えられた。ファミリアは1987・89年スウェディッシュ・ラリー、1989年ニュージーランド・ラリーで合計3度の総合優勝を記録。業績不振のため1992年をもって撤退した[50]

三菱編集

トヨタ、日産同様1973年から参戦を開始。1974年ギャランでサファリ・ラリーで初の優勝を記録した。排ガス規制対策で一時休止後、1981年にランサーで復帰。1984年にはラリーアートを創設し、拠点をヨーロッパに移した。その後長いグループA導入とともに開花、1989~1992年にギャランで計5勝を挙げた。1993年にはランサー・エボリューションがデビューすると、1996年から1999年までトミ・マキネンによって4年連続ドライバーズタイトル、1998年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得している。また篠塚建次郎が1991年のコートジポワールラリーで日本人初のWRC優勝を記録している。しかしWRカーへ移行する中で最後までグループAにこだわった結果苦戦が続き、また人材不足もあって2003、2004年と立て続けにシーズン途中で活動を休止。2004年に新設されたMMSPがラリーアートから運営を引き継いだものの[51]、本社の相次ぐリコール隠し問題から経営悪化したため2005年に三たび休止、これが事実上の撤退となる。

しかしその後もランサー・エボリューションはグループN規定車両としてPWRCで4度のドライバーズタイトルに貢献し、2017年現在も地元プライベーターによる下位クラスへのスポット参戦が見られる。

スバル編集

スバルは日本勢としてはやや後発で、1980年のサファリ・ラリーの下位クラスがWRC初挑戦となった。この時アウディより一年持ち込んだ4WDはFRが常識だった当時は画期的なもので、このレオーネは高い戦闘力を発揮しすぐにクラス優勝を挙げた。グループA規定導入後の1990年、レガシィでサファリ・ラリーから最高峰に挑戦を開始。[52]。1993年に初優勝、1995年に初のドライバーズ・マニュファクチャラーズタイトルを獲得。以降1997年までマニュファクチャラーズタイトルを3連覇した。また2001年にリチャード・バーンズ、2003年にペター・ソルベルグがドライバーズタイトルを獲得している。05年での優勝を最後に急速に戦闘力を失い、2008年に経済状況と「当初の目的を達成した」ことを理由として撤退した[53]

スバルは三菱同様PWRCでも猛威を奮い、2003年から2007年まで5年連続でドライバーズタイトルに貢献。この間に新井敏弘が2度のドライバーズタイトルを獲得している。

スズキ編集

スズキは日本メーカーでは最後発にあたる。2002年から下位クラスのJWRCに参戦し、2010年まででイグニススイフトで3度のドライバーズタイトルを獲得している。最高峰のWRCには2007年終盤から参戦を開始したが、リーマン・ショックの煽りを受け、2008年限りで表彰台に登ることの無いままスバルと共に撤退した。

ダイハツ編集

シャレードで1979年〜1981年にラリー・モンテカルロにスポット参戦、1981年にクラス優勝を勝ちとった。また最高峰に向けてデ・トマソ社とともに本格的なグループBカーである926Rを開発していたものの、突然のグループB廃止で市販化も含めて幻と消えた。 1984年からサファリ・ラリーに参戦し始め、85~88・90・91・93年にクラス優勝。特に1993年のサファリでは排気量が1L大きいライバルたちを相手に健闘、総合1〜4位を占めたトヨタ・セリカに継ぐ総合5~7位に食い込む活躍を見せ、[54]有終の美でWRC挑戦の幕を下ろした。

いすゞ編集

現在トラックメーカーとして知られるいすゞだが、乗用車製造から撤退する前にはRACラリー限定でWRCにスポット参戦していた。日本人で構成されたチームいすゞは1983年〜1985年にアスカ、1986・1987年はジェミニを運用。1984年にクラス優勝している。

メディア編集

海外での放送編集

開催国を中心として、ヨーロッパで絶大な人気を誇るWRCはテレビ放送も盛んに行われている。特にフィンランドは母国イベントの開催時に国民の10%が観戦するほどの人気があるという[1]。FIAとしてもテレビ放送から得られる収入は無視出来ないものとなり、スーパーSSなどテレビ放送向けにイベントを組んでいるが、より多くの視聴者を獲得するためにはテレビ放送より規模の大きいインターネット配信が有効という意見も出ている[55]。ラジオ放送も行われており、日本でもインターネット経由で聴くことが出来る。

日本での放送編集

2017年現在J SPORTSが各DAYの速報やイベントの総集編、ラリージャーナリストが取材したWRCの裏側リポート等を有料放送している。また2017年からトヨタのWRC復帰がきっかけでテレビ朝日において『地球の走り方~世界ラリー応援宣言』というダイジェスト番組が放映され始めている。また報道ステーションのスポーツコーナーにおいて各イベントの結果の放送がされるようになり、特集でもしばしば取り上げられるようになっている。

1990年代はNHKでWRCの報道がされていた[注 54]ほか、2003年以前は日本テレビでダイジェスト番組が放送されていた[注 55]。2005年のラリージャパンでは報道ステーション松岡修造が出演するコーナーにて特集され、2006年には前述の放送局に加えて、インターネット放送GyaO、CS放送AXN、地上波放送日本テレビ系列[注 56]及び福井放送[注 57]で行われたが、以降は地上波でWRCやラリージャパンに関する放送はされなくなった。

かつてはBS日テレでもダイジェストで放送していたが、スバルのWRC撤退によるスポンサー撤退で2008年12月25日で放送終了。地上波では近年テレビ東京系列でダイジェスト放送が行われており、2007年の第1回放送は7月16日に行われた[注 58]。2008年はテレビ東京系の番組『モヤモヤさまぁ〜ず2』とタイアップし、同年11月14日に21時から2時間特番を放送した[注 59]。その他の放送局はWRCの報道に消極的であり、日本で開催されるラリージャパンも例外でない。同ラリーの開催時期でも、地上波では過去にWRCの放送経験があるテレビ東京系列の他は日本テレビ系列やNHKで多少触れられる程度であった。

日本での雑誌報道編集

WRCの専門雑誌としては、1990年に創刊したWRC速報誌『RALLY・XPRESS』が草分け的な存在だが、2007年末の出版社の解散にともない廃刊。現在は、同誌の元スタッフが運営を引き継いだ携帯サイトラリーXモバイルとしてラリー情報を配信している。2017年現在、WRC専門誌『WRC PLUS』は廃刊、編集部が同誌を引き継ぐRALLY全般誌『RALLYPLUS』(三栄書房、編集: 株合同社サンク )として刊行されている。

漫画編集

新谷かおるの「ガッデム」が、ビッグコミックスペリオールで1988年-1990年まで連載され、OVAとしてアニメ化もされた。パリダカのようなモノだけをラリーと認識している人が多かった当時の日本に、WRCのルールを浸透させたエポックメイキングな作品。架空の日本車メーカー三沢自動車と日本人ドライバー轟源の活躍を描く。

なお新谷かおるは、同じくWRCを扱った作品として「NAVI」をヤングマガジンGTに2000年1号-2002年6号まで連載、単行本全1巻をヤングマガジンコミックスから発売している。こちらはドライバーではなくナビゲーターが主人公というのが珍しい。


しんむらけーいちろーの「FLAT OUT」が、別冊ヤングマガジンに2005年4月-2006年12月まで連載された。2004年のラリージャパンとラリー・オーストラリアを舞台に日本人ドライバー剣龍也の活躍を描いている。

年別総合優勝記録編集

 
表彰台
(2006年 オーストラリア・ラリー)
ドライバー部門(車) マニファクチャラーズ部門
2016年   セバスチャン・オジェ(フォルクスワーゲン)   フォルクスワーゲン
2015年   セバスチャン・オジェ(フォルクスワーゲン)   フォルクスワーゲン
2014年   セバスチャン・オジェ(フォルクスワーゲン)   フォルクスワーゲン
2013年   セバスチャン・オジェ(フォルクスワーゲン)   フォルクスワーゲン
2012年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2011年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2010年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2009年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2008年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2007年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   フォード
2006年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   フォード
2005年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2004年   セバスチャン・ローブ(シトロエン)   シトロエン
2003年   ペター・ソルベルグ(スバル)   シトロエン
2002年   マーカス・グロンホルムプジョー   プジョー
2001年   リチャード・バーンズ(スバル)   プジョー
2000年   マーカス・グロンホルム(プジョー)   プジョー
1999年   トミ・マキネン(三菱)   トヨタ
1998年   トミ・マキネン(三菱)   三菱
1997年   トミ・マキネン(三菱)   スバル
1996年   トミ・マキネン(三菱)   スバル
1995年   コリン・マクレー(スバル)   スバル
1994年   ディディエ・オリオール(トヨタ)   トヨタ
1993年   ユハ・カンクネン(トヨタ)   トヨタ
1992年   カルロス・サインツ(トヨタ)   ランチア
1991年   ユハ・カンクネン(ランチア)   ランチア
1990年   カルロス・サインツ(トヨタ)   ランチア
1989年   ミキ・ビアシオン(ランチア)   ランチア
1988年   ミキ・ビアシオン(ランチア)   ランチア
1987年   ユハ・カンクネン(ランチア)   ランチア
1986年   ユハ・カンクネン(プジョー)   プジョー
1985年   ティモ・サロネン(プジョー)   プジョー
1984年   スティグ・ブロンクビストアウディ   アウディ
1983年   ハンヌ・ミッコラ(アウディ)   ランチア
1982年   ヴァルター・ロール(オペル   アウディ
1981年   アリ・バタネン(フォード)   タルボ
1980年   ヴァルター・ロール(フィアット   フィアット
1979年   ビヨン・ワルデガルド(フォード/メルセデス・ベンツ)   フォード
1978年   マルク・アレン[注 60]フィアット/ランチア)   フィアット
1977年   サンドロ・ムナーリ[注 60](ランチア)   フィアット
1976年   ランチア
1975年   ランチア
1974年   ランチア
1973年   アルピーヌ

通算タイトル数ランキング編集

ドライバー編集

ドライバー 合計 Seasons
  セバスチャン・ローブ 9 2004~2012
  ユハ・カンクネン 4 1986,1987,1991,1993
  トミ・マキネン 4 1996~1999
  セバスチャン・オジェ 4 2013~2016
  ヴァルター・ロール 2 1980,1982
  ミキ・ビアシオン 2 1988,1989
  カルロス・サインツ 2 1990,1992
 マーカス・グロンホルム 2 2000,2002
  サンドロ・ムナーリ 1 1977
  マルク・アレン 1 1978
  ビョルン・ワルデガルド 1 1979
  アリ・バタネン 1 1981
  ハンヌ・ミッコラ 1 1983
  スティグ・ブロンクビスト 1 1984
  ティモ・サロネン 1 1985
  ディディエ・オリオール 1 1994
  コリン・マクレー 1 1995
  リチャード・バーンズ 1 2001
  ペター・ソルベルグ 1 2003

マニュファクチャラー編集

マニュファクチャラー Total Seasons
  ランチア 10 1974~1976,1983,1987~1992
  シトロエン 8 2003,2004,2005,2008~2012
  プジョー 5 1985,1986,2000~2002
  フォルクスワーゲン 4 2013~2016
  フィアット 3 1977,1978,1980
  トヨタ 1993,1994,1999
  スバル 1995~1997
 /  フォード 1979,2006,2007
  アウディ 2 1982,1984
  アルピーヌ 1 1973
  タルボ 1981
  三菱 1998


通算優勝数ランキング編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ a b マニュファクチャラーチーム
  2. ^ スポーツカー世界選手権は1953年創設だが1992年に一旦消滅し、2012年にFIA 世界耐久選手権として復活した。
  3. ^ トヨタ・ヤリスWRCの場合、WRカーと市販車の共通性は38%ほどであるという[1]
  4. ^ リエゾン走行時とは異なるSS用のセッティングモード。パワーの増大と共にアンチラグシステムの効きを強くすることでスロットルレスポンスは向上するが、燃料を濃くするため、より多くの燃料を消費する。仮に、負荷の低いリエゾンでステージモードを使用してしまうと不燃焼ガスが多く発生する[2]
  5. ^ 2004年に日本で初めて行われたラリージャパンには、全国から多数のプライベーターが参戦した。
  6. ^ 2004年のメキシコ・ラリーにおいて第一レグの最終SS終了後、ロードセクションのゴール間際でスバルペター・ソルベルグインプレッサがエンストした際、周りにいたメディアや観客がペターと一緒に車を押してしまい、これを受けてペターはペナルティを課せられた。
  7. ^ 自動車メーカー側からはイベント数が多過ぎるとの声が上がり、主催者側はWRCを自国で開催したいという思惑があるため、双方の意向を汲む形で導入された[5]。そのため2009年は伝統のモンテカルロからの開催とならず、ラリージャパンも2010年に回っている。映画の題材となるなど、日本でよく知られているケニアサファリラリーは、イベント自体の特殊性や開催地の遠さが敬遠され、2002年の開催を最後にWRCからは外されている。
  8. ^ 2006年最終戦は10月21日のブラジルグランプリで、2007年の開幕戦であるオーストラリアグランプリは3月18日と5ヶ月ある。
  9. ^ 例として、2006年最終戦のグレートブリテンラリーが12月3日に最終日を迎えたのに対し、2007年開幕戦であるモンテカルロ・ラリーは1月19日と1ヶ月強程度しかオフシーズンがない。
  10. ^ 一部のステージはWRC初のリトアニアで行われる[6]
  11. ^ 例として、モンテカルロは舗装路が積雪や凍結状態となるためターマック、スウェーデンは未舗装路に積雪しているためグラベルとなる[7]
  12. ^ 特に1月に開催されるモンテカルロは、ドライ、ウェット、スノー、アイスと路面状況が変化するためタイヤ選択が重要なイベントとなっている。公式サプライヤーの1社で、2014年に全てのワークスチームに供給するミシュランでは、低い路面温度に対応するコンパウンドが柔らかいソフトとスーパーソフトの2種類、モンテカルロ専用となるスタッド付きとスタッド無しのスノータイヤを用意したが、装着分4本とスペアタイヤの搭載は2本に限られるため、選択によっては大きくタイムを失うドライバーが続出する結果となった[9]
  13. ^ 2008年〜2010年
  14. ^ 少々のパンクに対応できる様、2007年まではムースと呼ばれる発泡剤をタイヤ内部に充填していたが、2008年のレギュレーション変更で禁止された。
  15. ^ 1994年を以て純粋なスリックタイヤの使用は禁止された[11]
  16. ^ 同じ冬期のイベントでも、モンテカルロとスウェーデンでのスタッドタイヤは仕様が異なる。2013年のスタッドの高さと数は、モンテカルロが約2mm/180本、スウェーデンが6mm/360本となっている[7]
  17. ^ タイヤの接地面に使用されるゴムの種類。一般的に、ソフトはグリップ力は高いが性能保持時間が短く、ハードはソフトに比べるとグリップ力は劣るものの性能保持時間は長い傾向がある。
  18. ^ 環境負荷の低減とコスト削減のため、2011年までは6本まで、2012年には5本まで、2013年からは4本までと年々削減されているため、タイヤメーカーは耐久性と性能の両立を更に求められることになった[13]
  19. ^ WRC開催初年度の1973年から2005年まで供給、その後は傘下のBFグッドリッチブランドとしてIRCに供給するなどの形で一時休止していたが2011年に復帰した[16][17]。2014年は全てのワークスチームが使用する[13]
  20. ^ ミシュランと同じく開催初年度の1973年から供給を開始し、2008年から2010年までは独占契約によりワンメイク供給を行った[18]。2011年からF1に集中するため2010年を以て休止したが、2014年に復帰した[19]
  21. ^ 2014年からの新規定では、木曜日にスタート前のイベントとなるセレモニアルスタート、金曜日から日曜日を競技とし、最終日は12時頃に終了することとされた[21]
  22. ^ 2007年までは「DAY (デイ)」という表現を用いず「LEG (レグ)」と表記していた。現在でも「レグ」と表記している媒体も有る[22]
  23. ^ WRC 2011 第12戦 スペイン DAY1のグラベルでは、先頭走者のローブが本来であれば掃除役として不利を被る筈が、早朝かつ無風の状況で走行により巻き上げたダストが2分経過後もコース上に漂い、後続のマシンが視界を遮られて全開走行が出来ず、コースアウト寸前になるマシンも出るなど、ローブ以外は大幅にタイムを落としてしまう。この状況を受けてDAY1後半からはスタート間隔が4分に延長され、ようやく視界がクリアとなった[23][24]
  24. ^ この際はシェイクダウン専用のコースを使用する。
  25. ^ 優勝を争うような選手でもコマ図を読み違え、道に迷いガス欠で棄権するということが起こる。
  26. ^ 交通渋滞などで遅くなった若しくは早く着いてしまったなど、リエゾンで生じた誤差を正すのが目的。
  27. ^ 日本の場合は道路運送車両法
  28. ^ 通常のSSでは観客は競技車両が走り去るまでの短時間しか観戦出来ないが、スーパーSSでは観客席を設けて同じコースを2台の車両が同時にスタートするため、タイムを争う様子を観戦出来る。厳密には同じコースではないが比較的距離が短いため、タイム差は僅かである。
  29. ^ 規定により最長距離は80km程度とされている[14]
  30. ^ ロードセクションなどの距離はこれ以上あるため、全ての競技の総走行距離はこの限りではない。
  31. ^ F1監督やWRCでコ・ドライバーを務めていた現FIA会長のジャン・トッドが推進するWRC長距離化政策や元WRCドライバーで現FIA役員であるミシェル・ムートンの影響により、近年は長距離化が進んでいる[26]
  32. ^ 最終日の最終SSの1位-3位に、それぞれ3ポイント、2ポイント、1ポイントのドライバーズポイントが与えられる[13]。2013年までは設定SSや距離も様々で、規定は無かったものの殆どが最終日の最終SSに設定されていた。2013年のフランスではDAY1のSS1に設定される例もみられたが、2014年からは最終日の最終SSで距離は10km以上と規定された[27]
  33. ^ 通常は60分だが、ミックスサーフェイスのイベントであるスペインでは75分に設定されている。これは、DAY2がターマックでDAY3がグラベルのため、通常の整備作業に加えて仕様変更も行う必要があるため特別に設定されている[8]
  34. ^ スーパーラリー制度を適用
  35. ^ 以前はサービスパークという制度は存在せず、競技中はほぼ時間や場所に関わらず整備が可能であった。
  36. ^ 15分間のため、整備は必要最低限となる[28]
  37. ^ そのためWRC2やJWRCのドライバーでもWRCのポイントを獲得することができる
  38. ^ WRCにおいて「マニュファクチャラー」とは「WRCクラスのワークスチーム」という意味に近い。
  39. ^ 2016年までは1チーム2台までであったが、マニュファクチャラーズポイントは2チーム目にも個別に与えられていた[13]
  40. ^ 2012年まで、WRC以外のJWRCやPWRCなどは、WRCと併設されたイベントでWRCのみしか行われないイベント、一部サポートカテゴリーを行われないイベント、全カテゴリーを同時開催するイベントが存在した。
  41. ^ フォードは、フィエスタ RS WRCと比較して半分程度の価格を目標としている[34]
  42. ^ 2017年のラリー・ドイチェランドのSS1ではWRカーには狭すぎる超低速ステージであったこともあり、シュコダ・フォビアR5のヤン・コペッキーが総合首位に立った[37]
  43. ^ 日本ではJAF
  44. ^ JWRC経験者のマルティン・プロコップ、ミカル・コシューツコ、パトリック・サンデル、パー・ガンナー・アンダーソンやPWRC経験者のナサール・アルアティヤ、エイビンド・ブリニルドセン、ベルナルド・スーザ、ヤリ・ケトマー、そしてWRCワークス経験者のヤンネ・トゥオヒノ、チェビー・ポンスといった豪華な面々が出場し初年度はチェビー・ポンスが初代チャンピオンに輝いた。
  45. ^ グループB車両の全てが出場不可となった訳ではなく、300PS以下のB車両は1987年以降も出走は可能だった。実際、小排気量のグループB車両はポイント対象外ながら、ホモロゲーションの切れる1990年代までプライベートチームが走らせる姿を見ることが出来た。ポルシェ・959などもグループB参加車両として開発されていたが、ベース車の生産・販売の問題や莫大な競技参加費用が掛かるなどの様々な事情があり、更にグループBの廃止の煽りを受けてこれらの車が実際の競技に参加することは無かった。
  46. ^ 参戦はプロトタイプクラスのみ。
  47. ^ 1993年より2,500台に変更。
  48. ^ フォルクスワーゲン傘下のセアトは2000年に、フォードと並ぶ古参メーカーとして知られたシュコダも資金難などにより2005年をもってマニュファクチャラーズ選手権から撤退した。
  49. ^ ヨーロッパで販売されていたモデルをベースとしていたため、日本のカローラとは別物である。
  50. ^ 競技車両のコストダウンを図ると共に、既に多く出回っているS2000車両をほぼそのままWRカーとしてエントリーを可能とする狙いであったが、S2000車両を持たないスバルや三菱にとってはFIAに見捨てられた形となった。グループNとS2000車両では性能が異なり、仮にグループN車両で参戦出来たとしてもS2000プラス規定の車両に対する競争力は目に見えて劣る。特に2008年まで参戦していたスバルはベースモデルとなり得る車両をラインナップに持たないため、2010年以降の参戦は非現実的であった
  51. ^ WRカーに替わるS2000はエンジンの回転数を8,500rpmに、純粋なS2000は8,000rpmに制限する2種類のS2000が存在することになるというものであった。
  52. ^ ワークス活動は2012年で終了したが、現場での活動を担ってきたMスポーツを支援する形の、実質的なセミワークス体制で活動を継続する[40]
  53. ^ ワークス活動は2012年に撤退[41]
  54. ^ オープニング曲は増崎孝司のCHANCE IT。スポーツキャスターは小平桂子アネット。その後、2001年にCS放送のWRC番組でキャスターとして復帰するが2004年に降板している
  55. ^ ナビゲーターはケイ・グラント国沢光宏が担当。国沢はテレビ東京での放送になってからも、暫く解説を担当していた。
  56. ^ テレビ東京系列局の無い地域、且つラリージャパンのみ。
  57. ^ 日本テレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット局、ラリージャパンのみ。
  58. ^ 番組ナビゲーターは2006年は倉野麻里アナウンサー、2007年からは松丸友紀アナウンサーが担当した。
  59. ^ PR的な内容で、選手やレース関係者へのインタビュー、番組プロデューサーの伊藤隆行によるラリーカー同乗レポート、各種イベントの紹介などが行われた。
  60. ^ a b FIA Cup for Drivers

出典編集

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関連項目編集

外部リンク編集