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ポール=アンリ・マチューPaul-Henri Mathieu, 1982年1月12日 - )は、フランスストラスブール出身の男子プロテニス選手。ランキング自己最高位はシングルス12位、ダブルス103位。ATPツアーでシングルス4勝、ダブルス1勝を挙げた。身長185cm、体重74kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。彼の姓“Mathieu”は「マチュー」と「マシュー」の表記揺れが多く、文献でもフランス語読みに近い「マチュー」と英語読みの「マシュー」が混在している。

ポール=アンリ・マチュー
Paul-Henri Mathieu
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ポール=アンリ・マチュー
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
出身地 同・ストラスブール
生年月日 (1982-01-12) 1982年1月12日(37歳)
身長 185m
体重 74kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
引退年 2017年
ツアー通算 5勝
シングルス 4勝
ダブルス 1勝
生涯通算成績 306勝394敗
シングルス 276勝306敗
ダブルス 30勝88敗
生涯獲得賞金 $6,299,093
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2006・08)
全仏 4回戦(2002・08)
全英 4回戦(2007・10)
全米 3回戦(2004・10)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2005・09)
全仏 2回戦(2002)
全英 1回戦(2003・07)
全米 1回戦(2004・07-09)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 12位(2008年4月7日)
ダブルス 103位(2008年9月15日)

来歴編集

マチューは歯医者の父と主婦の母の間に、3人兄姉の末っ子として生まれた。3歳半からテニスを始め、1997年からニック・ボロテリー・テニスアカデミーに入学のため渡米。在学中の1999年にプロ転向。

ジュニア時代の成績はシングルス42勝15敗、ダブルス34勝12敗。2000年全仏オープンジュニアシングルス決勝でトミー・ロブレドを破り優勝。ジュニア世界ランキング6位に輝いた。

彼が最初に注目を集めたのは、2002年全仏オープンの出来事であった。当時ランキング107位、主催者推薦での出場となったマチューは、1回戦でウェイン・フェレイラを 6-4, 6-7, 5-7, 6-2, 6-0の逆転で下すと、続く2回戦では同郷の第23シードファブリス・サントロを、3回戦では第15シードのイジー・ノバクをそれぞれ下し、当時世界ランク4位、1999年全仏オープン優勝者アンドレ・アガシとの4回戦に駒を進める。マチューはこの全仏王者から最初の2セットを先取したが、第3セットからのアガシの反撃を許し6-4, 6-3, 3-6, 3-6, 3-6の激戦の末敗れ去る。この大会をきっかけに世界ランキングトップ100入りを果たしたマチューは、同年9月のクレムリン・カップ決勝でチャン・シャルケンを下しATPツアー初優勝を遂げると、続いて出場した地元フランスでのリヨン・グランプリでも決勝でグスタボ・クエルテンを下し2大会連続優勝を果たす。

上記の活躍から、ランキングを年初の「142位」から年末には「36位」まで上昇させたマチューは年末の男子国別対抗戦デビスカップロシアとの決勝戦でデビスカップフランス代表に初選出され、その年のATPアワードにおいて「最優秀新人賞」を受賞するなど一躍若手の注目株として期待を集めるようになる。しかし翌年以降は目立った成績を挙げることができず、ランキングも一時は半年近くトップ100から落ちるなど、2002年のような活躍を見せることが出来ないでいた。

そんなマチューに2007年転機が訪れる。同年4月に行われたハサン2世グランプリ決勝でアルベルト・モンタニェスを下し、自身5年ぶり3度目のツアー優勝を果たすと、ウィンブルドンで自己最高の4回戦進出、翌週のスイス・オープン・グシュタードでも優勝するなど、2002年以来の好成績を残した。同年の北京五輪のシングルスで、ベスト8に進出。フェルナンド・ゴンサレスに4–6, 4–6で敗れた。

マチューは2010年のスイス・インドア2回戦で、ビクトル・トロイツキとの試合を棄権したのを最後に膝の怪我のため長期欠場を余儀なくされ、2011年シーズンを棒に振った。2012年1月からツアーに復帰している。

2012年全仏オープンでは2回戦でジョン・イスナーに6–7, 6–4, 6–4, 3–6, 18–16で勝利した。試合時間は5時間41分で大会史上2番目の長時間試合となった。(大会最長記録は2004年のファブリス・サントロアルノー・クレマンの6時間33分である。)

マチューは2017年パリ・マスターズを最後に現役を引退した[1]

ATPツアー決勝進出結果編集

シングルス: 10回 (4勝6敗)編集

大会グレード
グランドスラム (0-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (0-1)
ATPワールドツアー・250シリーズ (4-5)
サーフェス別タイトル
ハード (0-3)
クレー (2-3)
芝 (0-0)
カーペット (2-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2002年10月6日   モスクワ カーペット (室内)   チャン・シャルケン 4–6, 6–2, 6–0
優勝 2. 2002年10月13日   リヨン カーペット (室内)   グスタボ・クエルテン 4–6, 6–3, 6–1
準優勝 1. 2003年9月28日   パレルモ クレー   ニコラス・マスー 6–1, 2–6, 6–7(0)
優勝 3. 2007年4月29日   カサブランカ クレー   アルベルト・モンタニェス 6–1, 6–1
優勝 4. 2007年7月15日   グシュタード クレー   アンドレアス・セッピ 6–7(1), 6–4, 7–5
準優勝 2. 2007年10月14日   モスクワ ハード (室内)   ニコライ・ダビデンコ 5–7, 6–7(9)
準優勝 3. 2008年10月5日   メス ハード (室内)   ドミトリー・トゥルスノフ 6–7(6), 6–1, 4–6
準優勝 4. 2009年7月26日   ハンブルク クレー   ニコライ・ダビデンコ 4–6, 2–6
準優勝 5. 2015年8月9日   キッツビュール クレー   フィリップ・コールシュライバー 6-2, 2-6, 2-6
準優勝 6. 2016年2月7日   モンペリエ ハード (室内)   リシャール・ガスケ 5-7, 4-6

ダブルス: 2回 (1勝1敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年9月13日   ブカレスト クレー   ニコラ・ドビルデ   マリウシュ・フィルステンベルク
  マルチン・マトコフスキ
7–6(4), 6–7(9), [22–20]
準優勝 1. 2010年7月25日   ハンブルク クレー   ジェレミー・シャルディー   マルク・ロペス
  ダビド・マレーロ
3–6, 6–2, [8–10]

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 通算成績
全豪オープン A LQ 1R A A 1R 4R 1R 4R 2R A A A 1R LQ 1R 1R 1R 7–10
全仏オープン LQ 1R 4R 1R A 3R 3R 3R 4R 3R 1R A 3R 1R 1R 1R 2R 1R 17–15
ウィンブルドン A A 2R 1R A 1R 1R 4R 3R 2R 4R A 1R 2R 1R LQ 1R LQ 11–12
全米オープン LQ LQ 1R 1R 3R 1R 2R 1R 2R 1R 3R A 2R 1R 2R 1R 2R LQ 9–14

脚注編集

  1. ^ Frenchman Paul-Henri Mathieu Bids Adieu In Paris”. atpworldtour.com. ATP Tour, Inc. (2017年10月29日). 2017年10月29日閲覧。

外部リンク編集

受賞
先代:
  アンディ・ロディック
ATP年間最優秀新人賞
2002
次代:
  ラファエル・ナダル