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丸山 圭子 (まるやま けいこ、1954年5月10日 - ) は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身のシンガーソングライター作曲家洗足学園音楽大学客員教授。

丸山圭子
生誕 (1954-05-10) 1954年5月10日(65歳)
出身地 日本の旗 日本埼玉県
ジャンル フォークソング
J-POP
職業 シンガーソングライター
担当楽器
ピアノ
活動期間 1972年 -
レーベル エレックレコード
キングレコード
共同作業者 ピピ&コット
公式サイト 丸山圭子公式サイト

目次

人物編集

1954年5月10日埼玉県浦和市岸町(現:さいたま市浦和区)出身。

1972年7月、ニッポン放送主催「VIVA唄の市」にオリジナル曲で出場し優勝。同年11月、エレックレコードよりLP「そっと私は」、EP「心の中の」を出す。その後、ピピ&コットに参加。解散後は、キングレコードに移籍、1976年3月に「ひとり寝のララバイ」をリリース。同年7月にリリースした「どうぞこのまま」が翌年にかけてロングヒットした。

2009年12月31日、『第42回年忘れにっぽんの歌』(テレビ東京)に生出演。

私生活では、永年にわたり仕事仲間でもあった佐藤準と結婚生活を共にしていたが、後年諸問題あり、離婚している。佐藤との間に2男がいる。

ディスコグラフィー編集

シングル編集

  • 心の中の(1972年)
  • ひとり寝のララバイ(1976年)
  • どうぞこのまま(1976年7月5日)
  • あなたにつつまれて(1977年)
  • ふたりの砂時計(1977年)
  • ハニー・デート(1977年)
  • 恋めぐり(1978年)
  • ザ・スーパー・マジシャン(1980年)
  • ミス・ロンリー(1980年)
  • 愛はメッセージ(1981年)
  • ガラスの森(1983年)
  • ラ・ムール(1983年)
  • 片想い(1984年)
  • ただひとりのあなたへ(2001年)

オリジナル・アルバム編集

  • そっと私は(1972年)
  • 黄昏めもりい(1976年)
  • 春しぐれ(1977年)
  • MY POINT OF VIEW(1977年)
  • 裸足で誘って(1978年)
  • やさしさの香り(1980年)
  • MISS LONELY(1980年)
  • MORE・愛(1981年)
  • LADY GOOD(1983年)
  • XANTHIPPE(1983年)
  • Inside My Love(2009年)

ベスト・アルバム編集

  • ベストアルバム(1978年)
  • ベストコレクション(1979年)
  • どうぞこのまま(1980年)
  • 花紋様 丸山圭子'73〜'74(1984年) 過去の未発売録音のLP化
  • ヴィンテージ・ワイン(1985年)
  • ベスト・アルバム(1986年)
  • どうぞこのまま(1987年)
  • カタログ・コレクション BEST(1989年)
  • for your Good Days(1992年)
  • SPECIAL 1800(1996年)
  • ベスト・アルバム(1999年)
  • コレクション(1999年)
  • ベスト撰集(2001年)
  • All For Your Love 〜Live Selection 1976-2006(2006年) ライブテイクベストアルバム

主な提供楽曲編集

著書編集

どうぞこのまま編集

どうぞこのまま
丸山圭子シングル
初出アルバム『黄昏めもりい』
リリース
作詞・作曲 丸山圭子
青木望(編曲)
テンプレートを表示

どうぞこのまま」は、丸山圭子の楽曲。1976年発売。作詞・作曲:丸山圭子、編曲:青木望

解説編集

ニック・デカロに影響を受けたボサノヴァ調のアレンジが特徴。編曲の出来が気に入らなかった丸山が、デカロのアルバム「イタリアン・グラフィティ」を持参してスタッフに聴かせ、似たようなアレンジに作り直させた[1]

歌詞は本人の当時の恋愛体験から生まれた[2]

同時代の歌手のみならず数多くの歌手にカバーされている。椎名林檎は、高校1年生の時に出場したホリプロタレントスカウトキャラバンのステージで歌唱しており、プロデビュー後のライブでも披露した[3]

脚注編集

  1. ^ 「フォークが聴きたい:青春のマイ・ソング210曲」富澤一誠著
  2. ^ 丸山圭子の名曲「どうぞこのまま」の誕生の裏には実は“許されない愛”があったのです!音楽評論家 富澤一誠氏の 「俺が言う!」 2014年4月1日
  3. ^ 「どうぞこのまま」のカバーです!丸山圭子 公式ブログ 2017年10月30日

関連項目編集

外部リンク編集