安東弘樹

安東 弘樹(あんどう ひろき、1967年10月8日 - )は、日本フリーアナウンサー、元TBSアナウンサーキューブ所属。苗字の読み(あんどう)にちなんだ「アンディ」という愛称で知られる。血液型はB型。

あんどう ひろき
安東 弘樹
プロフィール
愛称 アンディ
出身地 日本の旗 日本 神奈川県横浜市
生年月日 (1967-10-08) 1967年10月8日(50歳)
最終学歴 成城大学法学部
所属事務所 キューブ
職歴 TBSアナウンサー
活動期間 1991年 -
ジャンル バラエティ・情報など
配偶者 川幡由佳
家族 安東茂樹(弟)
公式サイト キューブ公式
出演番組・活動
現在 ふるさとの夢
とにかく壁紙の話
過去 後述

妻はタレント川幡由佳で、息子が2人いる。弟の安東茂樹は、レンタルボート店に勤務しながら、介護福祉士や作家としても活動している[1][2][3]

目次

略歴編集

神奈川県横浜市で出生した後に、家庭の事情(詳細後述)で広島県内スペインに居住。スペインからの帰国後に、横浜市立桜丘高等学校を経て、成城大学法学部へ進学した。

大学卒業後の1991年4月1日付で、TBSにアナウンサー27期生として入社。同期入社組に、現在も同僚のアナウンサーである秋沢淳子[4][5]武田一顯TBSラジオ国会担当記者)、竹内明(報道局記者・キャスター)などがいる。ちなみにTBSは、安東たちが入社した1991年9月まで、およそ30年にわたって社名のロゴに筆記体を用いてきた。

安東自身は、TBSへの入社当初、スポーツ関連の中継や番組を担当。2004年アテネオリンピック開催期間中には、開催地のアテネへ派遣されると、TBSテレビが制作する競技中継やダイジェスト番組でキャスターを務めた。ただし、『王様のブランチ』の進行役へ起用された1996年頃からは、テレビのバラエティ番組アシスタントを担当することが多い。1998年10月から2014年9月までは、和田アキ子冠番組の1つである『アッコにおまかせ!』でも進行役を務めていた。

その一方で、2011年からは、TBSアナウンサーセンターアナウンス部の次長へ就任。アナウンサーとしての活動を続けながらの「プレーイングマネジャー」として、部下のアナウンサーの指導やスケジュール管理も担当していたことから、「どの業務も他人に迷惑を掛けないとこなせない」と述べるほど多忙を極めていた。このため、2017年の誕生日で50歳の節目を迎えたことを機に、「中途半端で終わることだけは避けたい」との思いから今後の進路を模索[6]2018年2月9日には、パーソナリティを務める『たまむすび』(TBSラジオ平日午後の生ワイド番組)の放送中に、同年3月31日付で27年間を務めたTBSを退社することを表明した。退社後は、「アナウンサーとして視野を広げたい」という意向から、キューブ (芸能プロダクション)所属のフリーアナウンサーとして活動する[7][8]

人物編集

カトリックの信者で、「グレゴリオ」という洗礼名を持つ[9]

横浜市立桜丘高校への在学中から人気が高く、学内のミスターコンテストで1位になったばかりか、別の高校にファンクラブが立ち上がるほどであった[10]

TBS以外にもNHKフジテレビの試験も受けたが、TBS入社の決め手となったのは、人事部の人がスーツ姿で好印象だったためという[11]

TBSのアナウンサーとして『はなまるマーケット』へレギュラーで出演した時期には、「後輩アナウンサーの安住紳一郎への対抗意識がある」という週刊誌での報道を機に、同番組で「対決シリーズ・アンディVSアズミン(安住の愛称)」という企画が放送されていた。

古田新太いきものがかりなど、多数の芸能人が所属するキューブにTBS退社後のマネジメントを委託する背景には、『ブジオ!』『ふるチン』(いずれもTBSラジオの番組)で古田とコンビを組んでいたことが挙げられる。安東は、TBSのアナウンサーとして活動するかたわら、キューブの設立7周年・10周年・20周年記念パーティーで司会を担当。また、TBSからの退社を決断するまでに、古田へ相談したこともあったとされる。ちなみに、キューブがマネジメントを手掛けるアナウンサーは、安東が初めてである[6]

趣味・特技編集

映画フリークで、最も印象に残った映画に、スティーヴン・スピルバーグ監督作品の『太陽の帝国』を挙げている。

弓道は三段の腕前で、成城大学時代には弓道部の主将も務めた[9]

かつてTBSが大株主であった横浜DeNAベイスターズ本拠地・横浜市の出身でありながら、プロ野球では、広島東洋カープの大ファンである。

日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員を務める[12]ほどの自動車マニアで、大学での就職活動期間中から2014年5月までに、40台近くの自動車を乗り継いでいた。19歳で最初の自動車を購入して以来、現在に至るまで、自動車ローンが途切れた事がないという[13]東京都から宮崎県までの間を、食事・給油・トイレでの中断時間を除いて、13時間にわたって不眠不休で自家用車の運転を続けたこともある[14]

車に加えてスキーも好きで、学生時代には納車のアルバイトを務めながら、休日のたびにスキー場へ通った[15]

家族編集

実父は上智大学のOBで、在学中には、学内オーケストラの設立へ携わった。就職や結婚を経ても音楽の道を捨てがたかったことから、弘樹を授かった後に、勤務先を退職したうえで広島県内の音楽大学へ入学[15]。奨学金を得ながら学生生活を再開させたことから、一家は県内でアパート暮らしを始めた。さらに、弘樹が5歳の時に音楽大学を卒業すると、スペインへ音楽留学。一家も留学へ同行した[15]が、現地では卵かけご飯カップラーメンに頼るほど貧しい生活を強いられたばかりか、両親の仲が悪くなった。弘樹はその影響で、幼いながらも「親以外に頼る人のいない異国の地で、兄弟2人だけになったら、弟をどう養おうか」などと真剣に考えるほど、非常に慎重な性格になったという[15][10]。結局、弘樹は2年後に、実母や実弟の茂樹と共にスペインから日本へ帰国。広島県内の公立小学校へ入学したが、両親は後に離婚している[15]。ちなみに、弘樹は幼少期に音羽ゆりかご会(コロムビアゆりかご会)へ所属。同会が製作に関与したレコードにも、複数の作品で収録に参加している[9]

実母も横浜市の出身で、弁護士で裕福だった祖父に育てられた。いわゆる「お嬢様育ち」で生活力に乏しく[10]、スペインからの帰国後も、弘樹・茂樹と共に苦しい生活を送っていたという。後に離婚すると、弘樹と茂樹を連れて実家へ移住[15]。弘樹は地元の市立桜丘高校へ進学すると、奨学金を3ヶ所から受けるとともに、肉体労働系のアルバイトを掛け持ちすることで家計を助けた[15]

TBS入社後の2005年9月19日に、『世界・ふしぎ発見!』(TBSテレビ)の「ミステリーハンター」(取材リポーター兼クイズ出題役)である川幡と結婚。川幡が翌2006年7月7日の15時9分に体重2,780gの第一子(男児)を出産すると、アナウンサーとして活動しながら育児にも携わった。2009年12月9日には、自身の育児体験を綴った手記「安東さんちの子育てちからこぶ」を、川幡との共著書として情報センター出版局から刊行(ISBN 978-4795840638)。刊行に際しては、安東が綴ったコラムへ、川幡によるイラストやマンガを添えた。

エピソード編集

2002年12月30日放送の『ザ・ベストテン2002』にて「追っかけマン」[注釈 1]として出演、松田聖子名古屋から中継で出演するため、松田に「おつな寿司[注釈 2]を届けるべく東京駅から東海道新幹線に乗車したが、その際に「おつな寿司」を東京駅のベンチに置き忘れてしまう大失態を犯した。この様子をスタジオからモニターで見ていた司会の黒柳徹子からはもちろん、黒柳とコンビで司会をしていた安住からも失笑を買った。この一件は安東のアナウンサー人生最大の失敗となった[11]

現在の出演番組編集

テレビ編集

  • ふるさとの夢(TBSテレビ、2017年1月23日未明(22日深夜) - )
  • エンジン オブ マイライフ(ABCテレビ、2018年5月31日・6月7日・6月14日・6月21日)[16]

ラジオ編集

  • とにかく壁紙の話(TBSラジオ、『金曜たまむすび』内、2016年9月30日 - )[17]

TBS時代の出演番組編集

テレビ編集

レギュラー出演
単発出演ほか

ラジオ編集

単発出演ほか

TBS退社後の出演番組編集

テレビ編集

出演映画編集

著作編集

  • 「安東さんちの子育てちからこぶ」(妻の川幡由佳との共著、情報センター出版局、2009年、ISBN 978-4-795-84063-8

ネット連載編集

注釈編集

  1. ^ 『ザ・ベストテン』における中継リポーターの呼称。
  2. ^ 東京・六本木に本店がある同名の老舗寿司店の稲荷寿司。
  3. ^ 生中継を予定していたプロ野球横浜DeNA×巨人」が雨天中止になったため雨傘番組として放送。
  4. ^ 森田の公務都合のため、臨時に代理出演することがある。

出典編集

  1. ^ 潮風の行方 ~ 介護実習生の青春ドラマ介護職員養成校 ALVIS
  2. ^ 福祉の仕事人インタビュー11赤まる福祉、株式会社ジェイシー教育研究所
  3. ^ 私たちがガイドしますD-Marina
  4. ^ 「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』 東京放送、東京放送、2002年1月、240頁。「1991.4<27期生> 2人入社(男1・女1)安東弘樹 秋沢淳子」
  5. ^ 「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF) 東京放送、東京放送、2002年1月、32頁。「91.4<27期生> 2人入社 安東弘樹 秋沢淳子」
  6. ^ a b 安東弘樹アナ、フリーに転身「もっと視野を広げたい」 TBS3月末退社し「キューブ」所属へ - スポーツ報知 20182月9日
  7. ^ “安東弘樹アナ 3月末でTBS退社 フリー転身「全部が中途半端」で決断”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2018年2月9日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/02/09/kiji/20180209s00041000178000c.html 2018年2月9日閲覧。 
  8. ^ 安東弘樹50歳の決断・・・TBS退社、フリーへ! 玉袋筋太郎も応援”. TBSラジオ(たまむすび) (2018年2月9日). 2018年2月10日閲覧。
  9. ^ a b c 月刊『ラジオライフ』2012年4月号内記事より。
  10. ^ a b c 『人間コク宝』吉田豪、コアマガジン (2014/2/19)
  11. ^ a b 日本テレビ『PON!』(2018年5月10日放送)より
  12. ^ 日本カー・オブ・ザ・イヤー 選考委員 - 2017年8月5日閲覧
  13. ^ 2014年5月3日、ラジオ「週末お悩み解消系ラジオ ジェーン・スー相談は踊る」に出演した際の本人談。
  14. ^ TBS安東弘樹アナウンサー クルマ好き有名人紹介第3回
  15. ^ a b c d e f g TBS安東弘樹アナウンサー クルマ好き有名人紹介 第1回トヨタ自動車、Gazoo.com, 2015年03月17日
  16. ^ 安東弘樹アナ フリー転身後関西で初MC トップジョッキーと“車愛”語る「エンジン オブ マイライフ」(『毎日新聞2018年5月29日付記事)
  17. ^ 2016年4月から2018年3月までは『金曜たまむすび』のパーソナリティも担当。降板後はこのコーナーのみ出演継続。
  18. ^ a b c d e f 「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』 東京放送、東京放送、2002年1月、240頁。「安東弘樹 R「ヤンアナジョッキー(1992)」「CUTE!(1992)」「週末大王(1997)」 TV「ニュースの森<スポーツ>」「王様のブランチ」「アッコにおまかせ」」
  19. ^ a b c d e f g 「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF) 東京放送、東京放送、2002年1月、32頁。「安東弘樹… R「ヤンアナジョッキー(92)」「CUTE!(92)」「週末大王(97)」 TV「ニュースの森<スポーツ>(92)」「ニュースコール(92)」「王様のブランチ(96)」「はなまるマーケット<リポーター>(97)」」

参考文献編集

  • 『TBS50年史』 東京放送、東京放送、2002年1月

関連項目編集

外部リンク編集