メインメニューを開く

新潟明訓中学校・高等学校

新潟明訓中学校・高等学校(にいがためいくんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、新潟県新潟市江南区北山に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校高等学校。高等学校においては、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した生徒との間では、3年間別クラスになる併設型中高一貫校

新潟明訓中学校・高等学校
Niigatameikun high school.JPG
過去の名称 新潟夜間中学講習会
私立新潟夜間中学校
新潟明訓中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人新潟明訓高等学校
校訓 好学・自治・質実・協力・奉仕
設立年月日 1921年(大正10年)
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型(外部混合無)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース Ⅰ類(旧Ⅰ・Ⅱコース)
Ⅱ類(旧Ⅳコース)
Ⅲ類(旧Ⅲコース)
学期 3学期制
高校コード 15501C
所在地 950-0116
北緯37度52分53.5秒 東経139度6分48.5秒 / 北緯37.881528度 東経139.113472度 / 37.881528; 139.113472座標: 北緯37度52分53.5秒 東経139度6分48.5秒 / 北緯37.881528度 東経139.113472度 / 37.881528; 139.113472
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
新潟明訓中学校・高等学校の位置(新潟県内)
新潟明訓中学校・高等学校

目次

概要編集

夜間中学校として勉学に励みたいと思った労働者たちが近隣の公立学校の教師に依頼し、学習生活が始まったことが起源。全国でも異例の、自治体や法人ではない有志により設置された私塾が起源となっている。通称は「明訓」で、これは廃止された地元の私学「明訓校」の名を引き継いだ事による。

2004年に旧校舎の老朽化により新潟市中央区川岸町から現在の新潟市江南区北山に新校舎が落成した。

2007年4月に中等部を設置し、中高一貫教育を開始した。

水島新司(新潟市出身)の野球漫画ドカベン」の明訓高校は、本校から名前が採られており、作中では姉妹校と設定されている。

設置形態編集

  • 新潟明訓中学校
    • 2007年4月より校舎に併設。当初は1学年80人(2クラス)であったが、2014年度入学者より1学年120人(3クラス)となっている。
  • 新潟明訓高等学校(全日制課程

教育目標編集

  • 自発的学力の向上
  • 自律自治の精神の涵養

類型編集

I類(旧Ⅰ・Ⅱコース)
高校からの入学者向けの類型である。難関大学や医学部医学科等への進学をはじめ、多様な進路に対応している。
II類(旧Ⅳコース)
中高一貫クラスであり、他類からは独立した6年間を通してのカリキュラムとなっている。高校範囲には中学3年次から取り組み、高校2年次までに概ね終了する。高校3年次は演習授業等による思考力・応用力向上に中心をおく。
III類(旧Ⅲコース)
スポーツ専願(野球・男子剣道・陸上競技・サッカー)による高校入学者のための類型であり、1学年1クラス設けられている[1]

各学年・コースとも50分授業を実施。土曜は原則奇数週に実施。

学校生活編集

曜日・コース型により異なるが、1限から7限までが展開されている。Ⅲ類はⅠ・Ⅱ類より早く授業が終わり部活動に邁進する。野球部は初出場以来春1回、夏7回の甲子園出場を果たしており、新潟県内では高校野球の強豪校として知られる。野球部以外の部活動も、2015年8月にダンス部が全国一位を獲得するなど盛んである[2]

近年では高校1年次にアメリカ合衆国オーストラリアなどを行き先とする選択制海外研修(一貫性は全員対象、高入生は希望制)が行われるなど、グローバル教育が盛んである[3][4]全日本高校模擬国連大会に多く出場していることも特筆される[5]

進路状況編集

国公立大学志望が強く、それらへの進学者が多い。特に新潟大学への進学が目立つほか、中高一貫の1期生が卒業した2013年以降、東京大学や国立大医学部医学科をはじめとする難関大学への進学も増加している[6][7]

沿革編集

  • 1921年 - 青年会の幹部達が新潟夜間中学講習会を組織、大畑小学校の校舎を一部借用し開校。
  • 1923年 - 私立新潟夜間中学校と改称。
  • 1926年 - 財団法人新潟夜間中学校に組織変更。
  • 1940年 - 文部省告示第595号、専門学校入学者検定規定により指定認可、校名を新潟夜間中学と改称。
  • 1942年 - 弥彦明訓校の名称を継承し、明訓中学を併置。
  • 1943年 - 新潟明訓中学校と改称。
  • 1944年 - 組織変更、第一本科(昼間部)と第二本科(夜間部)を設置。
  • 1945年 - 校舎強制疎開となり、官立新潟高等学校(現:新潟大学)の一部に移転、10月更に県立第二工業学校(現:新潟県立新潟商業高等学校)へ移転。
  • 1946年 - 元新潟連隊区司令部の建物に移転。
  • 1948年 - 学制改革により、新潟明訓高等学校となる。普通科、定時制を設置。
  • 1949年 - 学制改革に伴う移行措置として、併設中学校を設置。
  • 1950年 - 新潟市川岸町に新校舎竣工、移転。
  • 1951年 - 財団法人から学校法人に組織変更。
  • 1959年 - 併設中学校を閉校。
  • 1966年 - 定時制を閉課。
  • 1991年 - 野球部が甲子園に初出場。
  • 2004年 - 新潟市北山に新校舎竣工、移転。
  • 2007年 - 新潟明訓中学校開校(高等部校舎併設。1学年80人)。
  • 2014年 - 中学校の定員を1学年120人に拡大。

交通アクセス編集

著名な出身者編集

関連項目編集

脚注及び参照編集

外部リンク編集