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栗田 伸一(くりた しんいち、1959年4月10日 - 2004年6月26日)は、日本中央競馬会 (JRA) の元騎手、元調教助手。実父は元騎手、元調教師栗田勝。母方の祖父は元調教師の武田文吾

来歴編集

滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身。

名伯楽武田文吾の孫、名騎手栗田勝の息子とあってデビュー時から注目を集め、1979年3月3日阪神競馬第1競走を、伊藤修司厩舎のミサキシンボルで初騎乗初勝利、続く2レース目も勝利して、いきなり2連勝というデビューを果たし、通算22勝でこの年の新人賞を獲得した。祖父武田文吾一門の名騎手・福永洋一の息子として鳴り物入りのデビューを果たした福永祐一も、やはり初騎乗から2連勝を飾っており、よく比較された。

しかし、初騎乗から1年も経たない翌1980年1月16日、父の勝が若くして病死した事で後ろ楯の大きな一角を失ってしまう。その後、祖父の武田文吾厩舎に移籍し、翌1981年には同厩舎のサンシードール産経大阪杯に優勝し、重賞初勝利を収めた。

しかし、重賞はこの1勝のみで成績は伸び悩み、1986年に祖父の死により叔父(母の弟)である武田博厩舎に移籍し、やがてフリーとなった。その後は、父同様体重の増加による減量にも苦しめられ、特別に軽量に作ったを使用するなど苦労していたが、成績不振は如何ともしがたく2001年を最後に引退した。

引退後は、橋本壽正厩舎で調教助手を務めていたが、2004年6月26日死去。45歳没。父・勝に続く早世だった。

騎手成績編集

3042戦216勝、重賞1勝

エピソード編集

武田文吾厩舎の名馬シンザンの名前の由来は諸説あるが、栗田伸一は初孫である伸一の「伸」を取って武田の妻、すなわち伸一の祖母が名づけたと語っていた(文春Numberビデオ「日本ダービー物語」より)。