漁師



漁師(りょうし・ぎょし、英: fisherman)とは、漁業を職業としている人のこと。職漁師。漁夫(ぎょふ)とも。
漁師は生業(職業)として漁撈を行う人のことであるが、それに対して趣味や娯楽として漁をおこなう人は「遊漁者」と呼んで区別される。
なお、漁の字音は「ぎょ」(漢音)であり、本来は「ぎょし」と読むのが正しいのだが、漁業従事者は、獣を獲る猟師に対して、自分たちも魚介類を獲るりょうしであるとし「漁師」と書いて「りょうし」の読みを当てた。転じて「漁」に「りょう」の慣用音が伴うようになった(大漁など)。漁師という表現がつくられる前は、漁業を生業とする者は男女ともに「海人(あま)」と呼ばれていた。
概要編集
漁師という職業の歴史的起源はかなり古いと考えられ、その地理的分布は、全世界の海面(海)および内水面(河川・湖沼)の近辺に及んだと考えられる。 →#歴史
漁師に関係する世界の統計を見てみると、2016年には世界で(5,960万人が捕獲漁業と水産養殖の主要部門に従事し)、捕獲漁業に携わる人々の数はおよそ4030万人[1]。 なお捕獲漁業に従事する割合は、(水産業全体の中で)1990年には83%だったのだが、2016年には68%に減少(一方、養殖業に従事する漁業の割合は17%から32%に増加)[1]。
魚類を捕獲する漁師は、その生態に関する知識、漁場に関する知識、漁法などに関する知識や経験を必要とする。
船舶に乗って目的の魚群のいる場所まで出漁したり、一定の場所に魚類を追い込んで捕獲するなどの工夫が必要とされる。
漁師の就労パターンや生活パターンは、どのような地域で漁をするのか、どのような魚をとるのか、どんな漁法で漁を行うか、ということによって大きく異なる。例えば、日本の漁師の大半は近海漁業に従事しており、出漁した当日や1~2日で帰宅しているが、遠洋漁業に従事する漁師では地球規模で移動し、数ヶ月以上 漁船内で暮らし、自宅に戻らない生活を送ることになる。日本の昆布漁の漁師は、夏の収穫期に集中的に収穫の仕事をして働き、他の季節は、昆布の加工や出荷などを行って過ごす。
漁場は自然のただなかにあるので、漁師の仕事は気候や天候の影響を大きく受ける。(沿岸漁業の場合)荒天時には出漁をあきらめ、静養するか、網など漁労道具の補修・整備の仕事などを行う。地域や魚種によっては禁漁期間が設けられている場合があり、そのような期間も、静養したり補修・整備の仕事をすることになる。
分類編集
歴史編集
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1870年代ころから漁船に蒸気エンジンが用いられるようになった。 その後、徐々にエンジン付きの漁船が普及し、漁場が拡大し、漁師は生活圏の近辺だけでなく、より遠方の漁場にまで進出することが可能になった。
- 日本
日本は四方を海に囲まれた島国であり、その職業的起源の古さは貝塚や延喜式に見られるとおりである。
一生のほとんどを船上で過ごす家船(えぶね)と呼ばれる船上生活漁民の姿が、かつて九州や瀬戸内海に広く見られた。
日本編集
- 日本の漁業法上の定義
漁師という言葉は標準的な日本語であり、漁師自身も「漁師」という言葉を使うが、漁業法制上では「漁師」や「漁夫」という語は見られない。
漁業法では、「漁業者または漁業従事者たる個人」のことを漁民と定義している(14条11項)。この漁業者、漁業従事者について、同法は、「漁業を営む者」を「漁業者」と定義し、「漁業者のために水産動植物の採捕または養殖に従事する者」を「漁業従事者」と定義している(2条2項)。この定義にしたがえば、漁業者は漁業の経営者であり、漁業従事者は漁業者に雇用されている者を指すことになる。
沿岸漁業などでよくみられる家族規模でおこなう漁業では、家長以外の者は漁業従事者に類される。また、沖合漁業や遠洋漁業で顕著であるように、大型船舶を所有する水産会社に雇用されて出漁し、その会社から給与を得ている者もまた、漁業従事者である[2]。
- 日本で漁師になれる人
(世界では誰でも自由に漁ができるという国、つまり誰にでも漁業権が認められている国は多いが)日本では漁業権が代々漁業をしている人々にだけ与えられる仕組み(一般の人々が漁業を始める権利を奪う仕組み)が続いており、その結果、漁師の子に生まれて「家業」としてそれを継承でもしない限り漁協内で漁業権を得ることは非常に困難であり、漁師の子でないと基本的には漁師になることは非常に難しい[3]。日本では、「親は漁師でないが自分は漁師になってみよう」と思うような若者を拒むようなしくみが放置されてしまっている。
日本での漁師になるための最大のハードルは「親が漁師か / 親が漁師でないか」という違いである。つまり、人をその「生まれ」で差別するしくみである。漁師になるためには学歴はほとんど必要とされない[4]。本人がどれほど学んだか、とか、どれほど熱意があるか、ということは無視され、ともかく「生まれ」で差別し、漁師になることを断念させるしくみが日本では放置されている。
- 仕事内容
定置網漁(沿岸漁業)の場合、夜明け前(つまりまだ夜のうち)から出港し、網の設置や引き揚げ、魚の選別、網の修理、漁船の清掃などを行う。体力、集中力が要求されるが、午前中で仕事が終わることが多いので、午後はゆったりとくつろぐことができる。[5]
まき網漁(沿岸漁業)の場合、アジ、サバ、イワシなどの回遊する魚群を網で囲いこんで魚を獲る漁をし、数隻のチーム編成での漁が一般的で、魚群を探す「探索船」、魚群を集めるために光を灯す「灯船」、魚を獲る「網船」、魚を運ぶ「運搬船」のいずれかに乗り込むことになり、夕方から出港し、夜間に1時間半程度の漁獲作業を複数回繰り返す。帰港するのは朝方で、港での作業を経て、業務は終了[5]。
カツオ一本釣り漁の場合、船上から生きたイワシを餌として撒き、更に放水することでイワシの群れがいるように見せかけカツオをおびき寄せ、釣り竿一本で釣り上げる。一人前の技術が身に着くまでは数年はかかると言われている。カツオ一本釣りは、沖合漁業の場合も、遠洋漁業の場合もあるわけだが、沖合であれば数日間、遠洋であれば1~2ヶ月に及び漁を続ける[5]。
- 職業上の学習や訓練
漁業の世界(漁師の仕事)は実践あるのみ[5]。漁の技術も魚介類の習性も、現場で学びながら経験を積んでゆく[5]。なお、漁船の船長になることや、自分の漁船を持ち独立するといったキャリアを視野に入れるのであれば、船舶免許や無線従事者免許などの資格を取得する[5]。
- 日本での現状と課題
水産庁ホームページによると、日本国内の漁業就業者数は、1953年(昭和28年)の約80万人を頂点に減少傾向が続き、2017年(平成29年)には15.3万人にまで落ち込んでいる。また、漁業従事者の高齢化も進んでおり、就業者全体の約3分の1が65歳以上である一方、25歳未満の若年就業者は全体の約3.6%にとどまっている[6]。
平均漁撈所得は1994年(平成6年)を境に減少に転じ、2014年(平成26年)では199万円となっている。これは、収入があまり伸びない一方で、油費などの支出が増加傾向にあることによる[7]。こうした低所得を補うために、農業や民宿、食堂などを兼業している例も多い。
漁業が生業である以上、漁師もまたそれなりの経済的合理性と、従事者各人(およびその被扶養者)が生活を続けてゆける程度以上の利潤を(長期的視点において)もたらすことは要請される。 また、比較的大きな利潤を得られた(一部の)漁師の事例に惹かれて漁業を選択する者もいる。だが、陸上における生産生業とは異なり、漁業の場合、次のような諸点が経営リスクを高めている。
まず第1に、漁師は、豊漁・不漁による収益の不確実性にさらされている。移動性の高い魚類を漁撈対象とする場合や、回遊魚などを追いかける季節的漁業の場合に特にそのような不確実性は高いが、比較的経営が安定する養殖業の場合も、魚病の発生や、それを予防するための薬の投入によるリスク、漁場汚染の可能性などを考慮する必要がある[8]。
第2に、漁船などの固定資産の投資比率が高いことが、漁師の漁業経営を圧迫する。経営規模の小さい沿岸漁業でよく使用されている5トン前後の高速小型イカ釣り漁船の場合、漁撈効率を高めるために集魚灯、超音響測深器、高性能魚群探知機、自動操縦装置などのハイテク漁業機器を装備すると、一隻3500 - 4000万円はかかる。そしてその償却に10年もかけられないため、高額のローンの返済に追われることになるという[9]。
第3に、漁業資源そのものの枯渇化があげられる。漁船の動力化や大型化、合成繊維網の開発など、漁業の近代化は漁獲量・漁撈効率をいちじるしく向上させたが、その一方で、自然の再生産を上回るほどの乱獲が危惧されるようになって久しい[10]。そうした傾向は、近年の日本以外の諸国における魚食ブームによって、さらに強められるのではと懸念されている。
漁師を扱ったドキュメンタリーや実話編集
- パーフェクト ストーム(2000年 アメリカ映画。実話に基づいて映画化。)
- ベーリング海の一攫千金
- 「イントイの海 ~フィリピン南部の漁師たち~」(原題:Tuna Hunters)、国際共同制作(NHK/KBS/PTS/MediaCorp/GONGZAKSO)2016年。日本では2016年8月3日初回放送。その後、数回再放送。[4]
漁師が主人公のフィクション編集
- 民話
- 小説
- 老人と海(1952年 アーネスト・ヘミングウェイ)
- 潮騒(1954年 三島由紀夫)
- 愛の疾走(1962年 三島由紀夫)
- 魚影の群れ(1973年 吉村昭) - 短編小説集『海の鼠』(1983年刊行の文庫版以降は『魚影の群れ』に改題)に収録。
- 漫画
- 映画
- 潮騒(1954年、1964年、1971年、1975年、1985年 日本映画) - 上記同名小説の映画化。5作品ある。
- 老人と海(1958年 アメリカ映画) - 上記同名小説の映画化。
- 土佐の一本釣り(1980年 日本映画) - 上記同名漫画の映画化。
- 魚影の群れ(1983年 日本映画) - 上記同名小説の映画化。
- 老人と海(1999年 ロシア・カナダ・日本合作映画) - 上記同名小説のアニメーション映画化。
- ドラマ
参考文献編集
- 桜田勝徳 『漁撈の伝統』、岩崎美術社<民俗民芸双書>、1977年
- 小島正美 『海と魚たちの警告』、北斗出版、1992年 ISBN 4-938427-58-3
- 地域漁業学会編 『漁業考現学 21世紀への発信』、農林統計協会、1999年 ISBN 4-541-02422-5
- 金田禎之『新編 漁業法のここが知りたい』、成山堂書店、1993年 ISBN 4-425-84046-1
- 斉藤邦明 『川漁師 神々しき奥義』、講談社<講談社+α新書>、2005年 ISBN 4-06-272325-5
- 井田徹治 『サバがトロより高くなる日 危機に立つ世界の漁業資源』、講談社<講談社現代新書1804>、2005年 ISBN 4-06-149804-5
脚注編集
- ^ a b THE STATE OF THE WORLD FISHERIES AND AQUACULTUREの ページ中ほど、「Fishers and fish farmers」の節。
- ^ 漁業法上の定義については、金田、1993年、17-18頁、を参照。
- ^ [1]
- ^ [2]
- ^ a b c d e f [3]
- ^ “平成29年 漁業就業動向調査”. 2018年5月23日閲覧。
- ^ “平成27年度 水産白書 第1部第Ⅰ章第2節 漁業を取り巻く状況の変化と漁業経営 (28-29頁) (PDF)”. 水産庁. 2016年12月22日閲覧。
- ^ 小島、1992年、62-77頁。
- ^ 地域漁業学会編、1998年、はじめに、より。
- ^ 井田、2005年、第1章を参照。