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概要編集

初の鈴鹿サーキット開催編集

1980年代半ばにエンジンサプライヤーとしてF1に復帰したホンダが目覚しい活躍を見せ、日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟が誕生し、フジテレビがF1全戦中継を開始したこの年、ホンダおよび鈴鹿サーキットの強い要望が叶う形で10年振りに日本でF1が開催された。フジテレビが冠スポンサーとなったことで名称が「フジテレビジョン 日本グランプリ」となった。

初めてのF1レース開催に向けて鈴鹿サーキットは大幅な改修が行われ、コースのみならずピット、パドックエリアが新装され、またグランドスタンドをはじめ観客席が大幅に増やされることとなった。

主催編集

  • 鈴鹿サーキットランド
  • 鈴鹿モータースポーツクラブ

スケジュール編集

  • 10月28日(木曜日):車検、フリー走行
  • 10月29日(金曜日):フリー走行、予選1回目
  • 10月30日(土曜日):フリー走行、予選2回目
  • 11月1日(日曜日):フリー走行、決勝レース

レース編集

予選編集

マンセルのクラッシュ編集

 
このレースにおいてダブルタイトルを獲得したウィリアムズFW11B・ ホンダ(ナイジェル・マンセル車)

初めてのサーキットでのレース開催ということで、金曜のフリー走行と予選に先立ち木曜にはフリー走行が行われ、ウィリアムズ・ホンダのナイジェル・マンセルがトップタイムをたたき出した。

なお、このレースはウィリアムズ・ホンダのチームメイトで、ドライバーズタイトルの1位と2位のネルソン・ピケとマンセルのチャンピオン争いのかかる戦いであった。しかし、フリー走行に引き続いて行われた金曜の予選中にマンセルがS字コーナーでクラッシュにより負傷し、そのままヘリコプターで名古屋保健衛生病院へ運ばれ、翌日の予選とレースへの出場ができなくなった為、金曜の予選終了時点でピケの3回目のチャンピオンが決定した。また、マンセルの欠場により予選参加台数が26台となったことから、予選落ちするドライバーがいなくなった。

ホンダエンジン勢の不振編集

このレースはホンダエンジンにとっての「母国グランプリ」であるものの、ポールポジションはフェラーリゲルハルト・ベルガーに奪われ、2位もマクラーレンTAG ポルシェアラン・プロストとなるなど、これまで「指定席」であったスタートの最前列に1台も並べなかった。そればかりか、マンセルの欠場によりワールドチャンピオンが決まり、モチベーションを失ったウィリアムズ・ホンダのピケが5位、マシンバランスに問題を抱えるロータス・ホンダのアイルトン・セナが7位、同じチームの中嶋悟が11位と何れも振るわない結果となった。

決勝編集

スタート時の混乱編集

曇りながら完全なドライコンディションに恵まれた決勝レースは、51周で行われた。全車がグリッド上からスタートしたものの、予選4位につけたフェラーリのミケーレ・アルボレートがスタートミスをし失速したことの影響で、ラルースフォードフィリップ・アリオーリジェメガトロンルネ・アルヌーが追突した。追突されたアリオーはグランドスタンド前のコース上に部品をまき散らしリタイアを余儀なくされた。しかし、赤旗は出ずそのままレースが続行された。

プロストの失速編集

 
マクラーレンMP4/3・TAG
 
フェラーリF187
 
ロータス99T・ホンダ

1周目はポールポジションのベルガー、続いて2位スタートのマクラーレン・TAGのプロストが順位を維持してグランドスタンド前に戻ってきたが、プロストはアリオー車の破片を踏み、スローパンクチャーを起こし失速、その後バーストを起こし1周近くを低速で走行した。翌周タイヤ交換を行ったが、ピットアウトした時には最下位まで順位を落とした。

ベルガーの独走編集

その後ベルガーは2位を寄せ付けずトップの走行を続け、25周目のタイヤ交換時にセナとピケに先に行かれるものの、両者がタイヤ交換を行うと首位に復帰し独走態勢を築くかに思えた。しかし、燃費を気にしてレース途中でペースを落としたために、マクラーレンのステファン・ヨハンソンに直後に迫られた。

その後ペースを戻したベルガーは同じく燃費を気にしブーストを上げることのできないヨハンソンを突き放し再び独走態勢を築くことに成功し、それまで37レース勝利のなかったフェラーリに2年ぶりの勝利をもたらした。

セナの快走編集

なおその後方では、スタート時の混乱をうまく生かして好スタートを切ったセナが、混乱の結果順位を落とした同胞のライバルであるピケを終始ブロックし続けた。セナの直後を走り続けた末に、タイヤかすやゴミをラジエターに詰まらせてしまったピケは、オーバーヒートからエンジントラブルを起こして46周目にストップした。

その後セナはペースを上げ、ファイナルラップでガス欠を気にしてペースを上げられないままのヨハンソンをパスし2位に上がった。スタートに失敗したアルボレートは追い上げを見せ4位に入賞し、続く5位は中盤は燃費走行に徹し、後半にペースを上げて中嶋、チーヴァーらとのバトルを制したベネトン・フォードのティエリー・ブーツェンが手にした。

中嶋の好走編集

初の地元グランプリを迎えた中嶋は予選では11位に沈んだものの、まずまずのスタートを見せて、レース緒盤の第1コーナーでブラバムBMWリカルド・パトレーゼをアウトからかわす「中嶋刈り」を見せたほか、燃費を気にしながらではあるものの追い上げを続け、ブーツェンやアロウズ・メガトロンのエディ・チーバーと、レース全般を通じて5-6位の入賞圏内で抜きつ抜かれつのバトルを続けるなど、レースを通じて見どころの多い好走を見せた。

終盤では燃費に優れるベネトン・フォードのブーツェンには先に行かれたものの、中嶋とのバトルに熱中した揚句ガス欠になりスローダウンを余儀なくされたチーバーを計算通りにかわし6位に入賞した。自己最高順位の更新こそならなかったものの、この年にデビューした中嶋が優勝者と同一ラップでゴールしたのはこのレースが初めてだった。

入賞圏外編集

2周目に最下位に落ちたプロストは、その後ファステストラップを連発するなど怒涛の追い上げを見せたものの入賞圏内には届かず、周回遅れの7位に終わった。続く8位にはティレル・フォードのジョナサン・パーマーがつけ、自然吸気エンジン搭載車での最上位となった。

リジェ・メガトロンを駆るベテランのルネ・アルヌーは、ローラ・コスワースのフィリップ・アリオーと、マーチ・コスワースのイヴァン・カペリに相次いで接触し、2台をリタイアに追い込んだ。特に、この年より日本企業のメインスポンサーがつき、「準地元」とも言える日本GPで快走していたカペリはアルヌーの接触に激怒した。

結果編集

順位 No ドライバー コンストラクタ 周回 タイム/リタイヤ グリッド ポイント
1 28   ゲルハルト・ベルガー フェラーリ 51 1:32'58.072 1 9
2 12   アイルトン・セナ ロータスホンダ 51 + 17.384 7 6
3 2   ステファン・ヨハンソン マクラーレンTAG 51 + 17.694 9 4
4 27   ミケーレ・アルボレート フェラーリ 51 + 1'20.441 4 3
5 20   ティエリー・ブーツェン ベネトンフォード 51 + 1'25.576 3 2
6 11   中嶋悟 ロータスホンダ 51 + 1'36.479 11 1
7 1   アラン・プロスト マクラーレンTAG 50 +1 Lap 2  
8 (1) 3   ジョナサン・パーマー ティレルフォード 50 +1 Lap 19  
9 18   エディ・チーバー アロウズ・メガトロン 50 +1 Lap 12  
10 17   デレック・ワーウィック アロウズ・メガトロン 50 +1 Lap 13  
11 7   リカルド・パトレーゼ ブラバムBMW 49 +2 Laps 8  
12 (2) 4   フィリップ・ストレイフ ティレルコスワース 49 +2 Laps 25  
13 26   ピエルカルロ・ギンザーニ リジェ・メガトロン 48 +3 Laps 24  
14 (3) 29   ヤニック・ダルマス ローラフォード 47 +4 Laps 22  
15 6   ネルソン・ピケ ウィリアムズホンダ 46 +5 Laps 5  
リタイヤ 25   ルネ・アルヌー リジェ・メガトロン 44 燃料切れ 17  
リタイヤ 21   アレックス・カフィ オゼッラアルファロメオ 43 燃料切れ 23  
リタイヤ 14   ロベルト・モレノ AGSフォード 38 電気系統 26  
リタイヤ 24   アレッサンドロ・ナニーニ ミナルディモトーリ・モデルニ 35 エンジントラブル 14  
リタイヤ 9   マーティン・ブランドル ザクスピード 32 エンジントラブル 15  
リタイヤ 8   アンドレア・デ・チェザリス ブラバムBMW 26 エンジントラブル 10  
リタイヤ 19   テオ・ファビ ベネトンフォード 16 エンジントラブル 6  
リタイヤ 10   クリスチャン・ダナー ザクスピード 13 エンジントラブル 16  
リタイヤ 16   イヴァン・カペリ マーチフォード 13 アクシデント(アルヌーと接触) 20  
リタイヤ 23   エイドリアン・カンポス ミナルディモトーリ・モデルニ 2 エンジントラブル 21  
リタイヤ 30   フィリップ・アリオー ローラフォード 0 アクシデント(アルヌーと接触) 18  
DNS 5   ナイジェル・マンセル ウィリアムズホンダ 0 棄権(予選時の事故で負傷)    

順位欄の括弧はジム・クラーク・カップ(自然吸気エンジンのみの選手権)順位

記録編集

  • ラップリーダー:
    • ゲルハルト・ベルガー (1-24/26-51周目)
    • アイルトン・セナ (25周目)

エピソード編集

  • 決勝日には、鈴鹿サーキットにおける過去最高の112,000人の観客が詰めかけた。
  • 通常F1開催時には、ジュニアフォーミュラF3などのサポートレースが行われるが、初開催ということもありサポートレースは行われなかった。
  • 他のグランプリレースの場合、サーキット内の看板はFOCAと契約した企業のもののみが掲出されることとなっているが、特例として普段からサーキットに掲出されている看板の内、一部の掲出が許された。これは、長年に亘り看板を出してもらっているスポンサーへの配慮から、鈴鹿サーキットが粘り強く交渉した結果であった。
  • テレビ中継を行うフジテレビが冠スポンサーとなり、2009年まで冠スポンサーを務め、2013年現在テレビ中継を継続している。
  • 特別来賓として三笠宮宜仁親王が招かれ観戦した。
  • 初開催にもかかわらず、すべてのイベントが滞りなく行われたことから、レース終了後に当時FIAジャン=マリー・バレストル会長やFOCAのバーニー・エクレストンなどから称賛を受けることとなった。

関連項目編集