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2015年のサマーソニックにて

サッシャ(Sascha 1976年9月22日 - )は、ラジオDJナレータードイツヘッセン州生まれ。本名はSascha Boeckle(ザッシャ・ベックレ)、血液型はB型

来歴・人物編集

ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、ドイツで過ごす少年時代は流行していた『スター・ウォーズ』やBMXにハマり、テレビは国営放送よりバラエティ豊かだった米軍放送で『マッハGoGoGo』『宇宙戦艦ヤマト』の英語版を見て育つ[1]。小学4年の10歳で日本に移住[2]。東京都府中市立府中第三小学校卒業。小さい頃にドイツのフランクフルト空港で英語で鑑賞できる映画館で映画の予告編ナレーションを格好いいと思ったことや中学になってラジオでよく洋楽を聞くようになり、DJに憧れる[2]。高校卒業後の第一志望はドイツの大学へ行くことだったが日本は小中高12年なのに対してドイツは13年の義務教育で日本の高校を出ただけでは入学する資格がなく、ドイツの大学へ入るためにもドイツ語能力を向上させようと獨協大学外国語学部ドイツ語学科に進学[1]、声の仕事がしたくラジオを聴くのが好きで大学2年生で本格的にDJを目指そうとするもどうすればなれるかわからず、各放送局にDJになりたいとEメールを送るもほとんど返事は来なかった[1][2][3]。難しい世界だなと打ちひしがれていた大学3年時の1月、VIBEを見ていると募集告知が流れてそれに応募[3]、面接を受けるが連絡がなかなか来ず8か月経った頃、大学4年生になりドイツ行きのため願書を出そうとしていたところに合格の連絡が来る[4]

1999年に音楽専門チャンネルVIBEのVJとしてデビュー、だが2年でVIBEは閉局、自分の番組も終わることになり遂にドイツへ行くのかと考えているとそのことを取材で知り合ったラジオ制作者に話すともったいないとその伝でFM802のオーディションを受ける[4]。だが不合格で今度こそドイツ留学かと思ったが面接を受けさせてもらった人の紹介でWOWOWの番組に出演、その最中にJ-WAVEの番組で代わりのDJが必要だからやらないかと誘われて[4]、2001年にJ-WAVEナビゲーター、FM FUJIDJでラジオDJのキャリアをスタートさせた。

2010年5月8日に放送されたDJ TAROとのUstreamでの番組「BEST HIT UST」にゲスト出演した向谷実中西圭三のプロジェクト、「向谷倶楽部」のレコーディングとライブにゲスト参加。個人的に鉄道の趣味もあり、向谷の鉄道企画に参加したり、自身のラジオ番組のゲストのピンチヒッターとして向谷が電話出演したりと交流がある。

2012年ツール・ド・フランス第4ステージで新城幸也が敢闘賞を獲得し、日本人で初めて表彰台に上がった際も実況を担当した。

2017年9月、友人の有村昆福永活也らと共に、株式会社キングダムエンターテインメントを設立し、VR人狼渋谷を運営している。

自転車も好きで、J SPORTSサイクルロードレース中継の実況も担当している。他には自動車レースのFIA 世界耐久選手権SUPER GTの実況も担当している。

日本語英語ドイツ語トライリンガルであり、NHK教育ドイツ語会話』に出演していた事もある。実況を務めるスポーツ中継では、現地映像による選手インタビューの翻訳等も行っている。TV出演としては、来日後、小学生時代にテレビ朝日系で放送されていた『パオパオチャンネル』に素人参加者として2回ほど出演していた。

安定感のあるナビゲートに定評があり、ラジオのみならずナレーション、イベントMC、スポーツ実況等幅広く活躍中である。

出演編集

テレビ番組編集

ラジオ番組編集

インターネット番組編集

映画編集

参加CD編集

舞台・ライブ編集

CM編集

出典編集

  1. ^ a b c 【前編】「第一志望は叶わなかった」・サッシャ | マネたま
  2. ^ a b c 仕事を選ぶ 先輩が語る働く現場64 160ページ 朝日ウイークリー編集部 朝日学生新聞社 2014年
  3. ^ a b 仕事を選ぶ 先輩が語る働く現場64 161ページ
  4. ^ a b c 【前編】「第一志望は叶わなかった」・サッシャ | ページ 2 / 2 | マネたま
  5. ^ 風立ちぬ”. サッシャ -Sascha-. サイバーエージェント (2013年6月8日). 2013年7月5日閲覧。

外部リンク編集