フランス領ギアナ

フランスの県
フランス領ギアナ
(ギュイヤンヌ・フランセーズ)
Guyane française
フランス領ギアナの フランス領ギアナの
フランス領ギアナの旗 フランス領ギアナの紋章
フランス領ギアナの位置
公用語 フランス語
行政所在地 カイエンヌ
地域圏 Flag of French Guyana (Regional).svg ギュイヤンヌ
県番号 973
大統領 エマニュエル・マクロン
知事(プレフェ) マルク・デル・グランデ (Marc Del Grande)
レジオン議会議長 ロドルフ・アレクサンドル英語版
面積
 -  総面積 83,534 km²
32,253 mi²
 -  水面積率 (%)
人口
 -  推計(2020年1月) 290,691人
 -  人口密度 3.5/km²
9.0/mi²
GDP (PPP) (2017年)
 -  合計 46億ユーロ
 -  1人当り 16,200
通貨 ユーロ (EUR)
時間帯 UTC-3 
ISO 3166-1 GF / GUF
ccTLD .gf
Website
www.guyane.gouv.fr/
国際電話番号 +594

ギュイヤンヌ・フランセーズフランス語: Guyane française)は、南アメリカ北東部に位置するフランス海外県ならびに海外地域圏である。なおフランスの主要な海外領土は、本土のように数地域圏となるのではなく、1県で地域圏となり、同一の自治体が県と地域圏とを兼ねる。英語圏ではフレンチ・ギアナ (French Guiana)、日本ではフランス領ギアナあるいは仏領ギアナ(ふつりょうギアナ)と呼ばれる[1]。以下はフランス領ギアナの名称で記載する。

西にスリナム、南と東をブラジルアマパー州と接し、北は大西洋に面する。面積は北海道とほぼ等しい。県都はカイエンヌ

歴史編集

元々この地域には古くから、カリブ族アラワク族エメリロン族ガリビ族パリクール族ワヤンピ族(またはオヤンピ族)、ワヤナ族などの先住民族が居住していた。

1604年に、フランス王アンリ4世の命を受けたラ・ラヴァルディエールギアナ地方を建設し、アマゾンの調査を行った。その後、ギアナに少しずつフランスから入植者が入るようになり、1638年にカイエンヌの町を設立し、1664年から本格的な定住が始まった。1667年ブレダの和約により、ギアナをネーデルラント連邦共和国(現:オランダ)、イングランドと分割。その後も入植は続いたが、風土病で多くの死者を出した。

18世紀末に、フランス革命直後のフランス立法府は、ギアナでの流刑地の建設に着手した。19世紀から20世紀半ばまでに、政治犯を中心に囚人がギアナに送られ、「呪われた土地」あるいは「緑の地獄」などと呼ばれていた。特に沖合いにある、流刑島のデビルズ島(ディアブル島)は、その名の通り「悪魔の島」として知られる。1809年に一時ポルトガルに占領されるが、パリ条約 (1814年)により返還され、フランスがギアナの領有を保っている。1858年から1900年まで、ゴールドラッシュが起こり、2万人以上が黄金を求めてやって来たため、ギアナの人口は急増した。1946年3月19日に、フランスでの行政上の区分は、植民地から海外県に変更された。

1968年より稼働したフランス国立宇宙センターギアナ宇宙センターがあり、以降アリアン4アリアン5などの打ち上げに成功している。

政治編集

 
カイエンヌの街並み。

フランスの海外県(兼レジオン)であり、欧州連合(EU)圏内においてヨーロッパ大陸外に位置する最大の地域であり、アフリカ大陸にあるスペインセウタメリリャと並んで、EU圏内で島嶼を除いたヨーロッパ大陸外に位置する三地域の内の一つである。県都はカイエンヌ。元首はフランス大統領で、地方議会の議長が行政長官となっている。二つの地域に分かれ、19人からなる普通議会と34人からなる地方議会があり、議員は共に選挙によって選出される。22のコミューンがある。

フランス領ギアナは二人の議員国民議会下院)に送り、一人はカイエンヌとマコウリアの2コミューンを、もう一人は残りのフランス領ギアナの全体を代表している。後者の選挙区はフランス共和国の陸地の中では最も大きい。フランス領ギアナはまた、元老院上院)に一人の議員を派遣している。

フランス領ギアナが慢性的に抱える問題は不法移民ブラジルスリナムからの金の盗掘者の増加である。フランス領ギアナとスリナムの国境は熱帯雨林の間を流れるマロニ川で、国家憲兵隊フランス外人部隊によるパトロールが困難である。スリナムとの国境線は議論を呼んでいる。

地方行政区分編集

 
フランス領ギアナの地方行政区画。

フランス領ギアナは、二つの地域、19のカントン、22のコミューンからなる。

Arrondissement of
Saint-Laurent-du-Maroni
Arrondissement of
Cayenne
  1. Awala-Yalimapo
  2. Mana
  3. サン=ローラン=デュ=マロニ
  4. Apatou
  5. Grand-Santi
  6. Papaïchton
  7. Saül
  8. Maripasoula
  1. Camopi
  2. Saint-Georges
  3. Ouanary
  4. Régina
  5. Roura
  6. Saint-Élie
  7. Iracoubo
  8. Sinnamary
  9. クールー
  10. Macouria
  11. Montsinéry-Tonnegrande
  12. Matoury
  13. カイエンヌ
  14. Remire-Montjoly

主要都市編集

地理編集

フランス領ギアナは沿岸部と内陸部の二つに区分される。沿岸部には人口の大多数が居住しており、内陸部には熱帯雨林のために近づきがたい。北緯4度より北は標高100m以下の低地が、それよりも南は丘陵地が広がる。最南部はギアナ高地となっている。中央部を南北に分水嶺が走り、行政区も2つに分かれている。最高峰は、ベルヴューデリーニニ山(851m)。スリナムとの国境にはマロニ川、ブラジルとの国境にはオヤポク川が流れる。また、沿岸部には幾つかの小さな島があり、デビルズ島などがある。

気候編集

フランス領ギアナの気候は、ケッペンの気候区分では、Am(熱帯モンスーン気候)である。降水量は北部ほど多く、4000mmに達する。

経済編集

 
ロケット発射場 (1992年)

フランス領ギアナの最大の産業は漁業(輸出の3/4を占める)であり、金、木材が続く。製造業はほとんど存在せず、農業もあまり盛んではないが、主にバナナコーヒーサトウキビなどを栽培している。ラム酒エビ木材などは有望である。また、観光においては近年特にエコツーリズム産業が発展している。

1968年より稼働したクールーに所在するギアナ宇宙センター(CSG)に関連する産業がフランス領ギアナの国内総生産(GDP)の25%を占めている。CSGで4,600人が雇用され、フランス領ギアナの全労働者の約15%が宇宙産業の仕事に従事しているとされる[2]

一方で失業率は約20%で、特に15歳から24歳の人口の約40%が失業している[2]。2017年4月にはCSGの前で労働者による賃上げと治安改善を要求するストライキとデモが行われた[3]

交通編集

カイエンヌにカイエンヌ・フェリックス・エブエ国際空港がある。フランス領ギアナにおいてインフラ整備は遅れており、上水道の整備や学校の整備といったプロジェクトの進捗は2019年時点で4割以下に留まっている[2]

住民編集

2008年時点のフランス領ギアナの人口は209,000人であり[4]、大多数が沿岸部に居住している。センサスによると住民の54.4%がフランス領ギアナ生まれであり、11.8%がフランス本土、5.2%がフランス領カリブ諸島のフランス海外県(グアドループマルティニーク)であり、28.6%が外国生まれである(特にブラジル、スリナム、ハイチ[5]

移民は約20,000人ほどだと推測される。

クレオール[要曖昧さ回避]人とアフリカ系黒人が66%、ヨーロッパ(特にフランス)からの入植者の子孫は12%で、インド人(印僑)が12%、先住民インディオが人口の3-4%、南アメリカの最多民族のマルーン(逃亡奴隷の黒人の子孫)の一族がおり、華人フランス領インドシナ時代のベトナムラオスなどからの移住者(ミャオ族)も少数だがいる。 宗教はカトリックが54%を占め、マルーンやインディオには独自宗教を信仰するグループもある。公用語はフランス語でフランス語のクレオール語なども話す。

マルーンは主にマロニ川沿いに居住している。パラマッカ、オカン(スリナムにも居住している)、ボニ(アリュク)などのグループがある。

先住民のインディオのグループとしてはアラワク族カリブ族、エメリジョン族、ガイビ族(現在はカリーニャ族と呼ばれる)、パリクル族、ワヤンピ族、ワヤナ族などが存在する。

歴史的人口
人口
1790年 推測 014,520人
1839年 推測 020,940人
1857年 推測 025,561人
1891年 推測 033,500人
1946年 センサス 025,499人
1954年 センサス 027,863人
1961年 センサス 033,505人
1967年 センサス 044,392人
1974年 センサス 055,125人
1982年 センサス 073,022人
1990年 センサス 114,678人
1999年 センサス 157,213人
2007年 推測 209,000人
2009年 センサス 221,500人
  • 過去のセンサスと INSEE の見積もりからの公式な数値である。

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フランス領ギアナ旗

フランス領ギアナの旗はフランス領ギアナの議会にて2010年1月29日に承認されたが、フランス政府は未承認であり、対外的な公式旗はフランスの国旗の三色旗である[1]

著名な出身者編集

脚注編集

[脚注の使い方]

参考文献編集

  • 増田義郎編『ラテンアメリカ史II』山川出版社〈新版世界各国史26〉、東京、2000年7月。ISBN 4-634-41560-7

関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯04度13分45秒 西経52度59分20秒 / 北緯4.22917度 西経52.98889度 / 4.22917; -52.98889