メインメニューを開く

一宮電気株式会社(いちのみやでんき かぶしきがいしゃ)は、大正時代に存在した日本の電力会社である。中部電力管内にかつて存在した事業者の一つ。

一宮電気株式会社
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
愛知県中島郡一宮町(現・一宮市
設立 1912年(明治45年)2月21日
業種 電気
事業内容 電気供給事業
代表者 徳倉六兵衛(社長)
資本金 50万円(うち払込35万円)
株式数 1万株(額面50円)

現在の愛知県一宮市にあった電力会社で、同市とその周辺地域に電気を供給した。1912年(大正元年)に開業し、1920年(大正9年)に名古屋市名古屋電灯(後の東邦電力)に合併された。

目次

沿革編集

設立と開業編集

1889年(明治22年)、中部地方で最初の電気事業者として名古屋市名古屋電灯が開業した[2]。以後、同地方では主要都市に次々と電気事業が起業されていく[3]。また1907年(明治40年)に名古屋瓦斯東邦ガスの前身)も開業し、名古屋市では都市ガス供給も始まった[4]。この時代の都市ガスの用途はガス灯が主力であったことから、ガス事業は灯火供給という点で電気事業と競合関係にあった[4]

愛知県西部の中島郡一宮町(1921年9月市制施行し一宮市となる)において、電気事業の計画が出現したのは1903年(明治36年)12月のことである[5]。しかし電灯の点灯見込みが670灯に過ぎず採算が合わないとして時期尚早と判断され実現しなかった[5]。それから5年半後の1909年(明治42年)4月、一宮瓦斯(後の尾州電気)が設立され、ガス事業が始まった[6]。この一宮瓦斯は名古屋瓦斯と地元有力者が共同で計画したものであった[7]。それから遅れること3年、1912年(明治45年)2月21日に一宮電気は設立された[5]資本金は30万円[5]。社長は一宮銀行頭取の土川弥七郎、取締役は佐分慎一郎・豊島半七で[5]、この3名は一宮瓦斯の役員にも名を連ねている[6]

設立後、一宮電気は1912年(大正元年)9月26日より工事を開始した[5]。開業時期については、逓信省の資料では1912年12月16日開業とあり[8]、一宮市の『一宮市史』(1939年)では12月12日から年末まで試験点灯を行い翌1913年(大正2年)1月1日より営業開始したとある[5]。次いで1913年2月21日より奥町起町(現・一宮市)、5月1日より丹羽郡布袋町古知野町(現・江南市)でもそれぞれ供給を開始した[5]。同年5月末の時点で、取付電灯数は8,734灯(うち一宮町内は4,278灯)で、一宮町・起町では少量ながら動力用電力の供給もあった[5]

名古屋電灯との合併編集

一宮電気は自社の発電所を持たない配電専業の事業者であった。電源は先に開業した名古屋電灯からの受電であり、隣接する稲沢の電気事業者稲沢電気(後の稲沢電灯)とともに名古屋電灯小木変電所を通じて同社長良川発電所岐阜県)から供給を受けた[9]。一宮電気開業の前後の時期、名古屋電灯では大規模水力開発が完成したことから工場や電気事業者・電鉄会社などに対する供給を強化し、大口需要の開拓を積極化していた[10]

1916年(大正5年)8月、一宮電気は愛知電気工業株式会社を合併して50万円に増資した[5]。このころから織物業への電動力の導入が急激に増加して電力需要が伸長したが、一方で供給力が不足するという問題が生じた[11]。さらに1919年(大正8年)には電力料金の値上げに絡む需要家との対立や、一宮町と締結していた報償契約の改訂をめぐる紛争も発生した[11]。こうした中で、需要増加に対処できなくなった一宮電気は名古屋電灯との合併に踏み切った[12]。合併契約は1919年12月3日に締結[13]。その合併条件は、存続会社の名古屋電灯は75万円を増資してそれに伴う新株などを解散する一宮電気側へ交付する、というものであった[13]。なお締結時の一宮電気社長は八木平兵衛[13](名古屋市の人物[1])である。

1920年(大正9年)5月、名古屋電灯と一宮電気の合併が成立した[12]。一宮電気の合併以降、名古屋電灯は周辺事業者の合併を積極化し翌年には岐阜電気豊橋電気板取川電気ほか2社を相次ぎ合併[12]、さらには奈良県関西水力電気と合併し、1922年(大正11年)には先に挙げた尾州電気(旧一宮瓦斯)や九州九州電灯鉄道などを合併して、中京関西・九州にまたがる大電力会社東邦電力となった[14]。一宮の電気事業も同社の所管となり、一宮市には東邦電力一宮営業所、後の一宮支店(1936年10月1日付で昇格)が置かれた[5]

供給区域編集

名古屋電灯との合併直前、1919年(大正8年)末時点における供給区域は以下の通り。いずれも愛知県内である[15]

需要動向編集

1913年(大正2年)から1919年(大正8年)までの期間における、各年末ごとの電灯および電力需要(需要家数、取付個数、および取付キロワット (KW) 数)は下表の通り。

電灯 電力
電動機 その他電力装置
需要家数 灯数 取付kW数 需要家数 個数 取付kW数 需要家数 装置数 取付kW数
1913年[16] 2,941 9,136 230 57 57 97 - - -
1914年[17] 3,863 12,331 219 100 104 193 - - -
1915年[18] 5,040 14,710 246 132 132 236 1 1 11
1916年[19] 7,786 18,875 301 223 223 494 1 1 11
1917年[20] 8,891 22,477 358.3 300 300 787.8 1 1 11.1
1918年[21] 11,756 27,552 470.1 361 361 889.2 1 1 11.2
1919年[22] 16,520 37,473 527.9 397 397 872.8 1 1 11.0

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ a b 『日本全国諸会社役員録』第27回、商業興信所、1919年、下編110頁。NDLJP:936467/526
  2. ^ 中部電力電気事業史編纂委員会(編)『中部地方電気事業史』上巻、中部電力、1995年、17-19頁
  3. ^ 『中部地方電気事業史』上巻、22-23頁
  4. ^ a b 『中部地方電気事業史』上巻、64-67頁
  5. ^ a b c d e f g h i j k 一宮市役所 『一宮市史』下巻、一宮市役所、1939年、181-183頁。NDLJP:1261432/181
  6. ^ a b 『一宮市史』下巻、178-180頁。NDLJP:1261432/122
  7. ^ 『社史 東邦瓦斯株式会社』、東邦瓦斯、1957年、61-63頁
  8. ^ 逓信省電気局(編)『電気事業要覧』大正元年版、逓信協会、1914年、36-37頁。NDLJP:974999/44
  9. ^ 稲沢市新修稲沢市史編纂会(編) 『新修稲沢市史』本文編 下、新修稲沢市史編纂会事務局、1991年、191頁
  10. ^ 『中部地方電気事業史』上巻、22-23頁
  11. ^ a b 一宮市 『新編一宮市史』本文編下、一宮市、1977年、483-484頁
  12. ^ a b c 東邦電力史編纂委員会(編)『東邦電力史』、東邦電力史刊行会、1961年、39-42頁
  13. ^ a b c 名古屋市会事務局(編)『名古屋市会史』第4巻、名古屋市会事務局、1941年、435-436頁。NDLJP:1451189/238
  14. ^ 『東邦電力史』、82-111頁
  15. ^ 『電気事業要覧』第12回、1920年、56-57頁。NDLJP:975005/53
  16. ^ 『電気事業要覧』第7回、1915年、350-351・376-377頁。NDLJP:975000/206NDLJP:975000/222
  17. ^ 『電気事業要覧』第8回、1916年、388-389・422-423頁。NDLJP:975001/226NDLJP:975001/243
  18. ^ 『電気事業要覧』第9回、1917年、352-353・390-391頁。NDLJP:975002/196NDLJP:975002/215
  19. ^ 『電気事業要覧』第10回、1918年、362-363・400-401頁。NDLJP:975003/209NDLJP:975003/228
  20. ^ 『電気事業要覧』第11回、1919年、352-353・386-387頁。NDLJP:975004/202NDLJP:975004/219
  21. ^ 『電気事業要覧』第12回、392-393・424-425頁。NDLJP:975005/221NDLJP:975005/237
  22. ^ 『電気事業要覧』第13回、1922年、254-255・280-281頁。NDLJP:975006/157NDLJP:975006/170