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京都の学区(きょうとのがっく)は、日本で最初に創設された64校の番組小学校を起源とし、明治期から戦中まで小学校運営・行政機能の一部を担う地域単位であった学区のことをいう。戦後、小学校の新設や統廃合が進み通学区域も変わってきているため、ここでの学区は通学区域を意味しない。

現在、学区は直接の行政機能を有していないが、自治連合会、体育振興会や社会福祉協議会自主防災組織など地域行政・住民自治の単位として用いられている。

学区の成立の経緯編集

学区は、明治時代の番組制度から派生している京都の住民自治組織。文化・文政年間の「町代改義一件」の後、上京・下京に置かれた上下京三役・町組・町の自治体制を基本としている。

この江戸時代の町組を、明治維新後に京都府が番組として上京・下京それぞれ33組に組み換えた。上京(下京)○番組または上大組(下大組)○番組のように呼ばれた。町組では、それぞれのがどの組に属しても良かったが、この組み換えにより地理的なまとまりを持つようになった。 番組は、地域行政や警察消防機能を持ち、1868年(明治元年)に町会所に併設する形で小学校の設立が決定された。この番組から、1869年(明治2年)に64の番組小学校が設立された。 この町組改正を経て、上・下京の総代を大年寄、各組は中年寄・添年寄、各町は町年寄と呼ぶことになった。

1871年(明治4年)に制定された戸籍法は、戸籍を扱う単位としての地方行政組織「戸籍区」を設置し、戸籍区にはそれぞれ戸長を置くことを定めた。 京都では、1872年(明治5年)に戸籍制度を導入するにあたり、町を単位として各町に戸長を置いた。このとき「番組」は「区」(上京(下京)○区)に改められ、その区には中年寄・添年寄を改め区長・副区長、上京・下京にはそれぞれ大年寄を改め総区長が置かれることになった。この頃行われた地租改正により、全国の土地に地番が振られたが、京都市の中心部では区ごとの付番となった[1]

1874年(明治7年)には、戸長の管轄範囲が200戸と見直されたのにともない、いくつかの町をまとめて1人の戸長を置くように改められた。それによって町の代表者は町総代と呼ばれるようになるが、その設置はあくまで町の任意によるものだった。

1879年(明治12年)に郡区町村編制法が制定されると、区を組(上京(下京)○組)と改称し、各組ごとに戸長を置くことになった。また同年から戸長役場が設置されたが、京都では小学校に戸長役場を併設し、組が行政と教育の両方の単位となる体制が取られることになった。(なお、このとき上京区・下京区の両区役所が設置されている。) 戸長役場の設置に伴い、役場の運営等の行政経費について、組内の町の代表者による連合町会が設置され、審議されるようになった。

しかし、1886年(明治19年)11月には各組に置かれていた戸長役場は、上京区・下京区それぞれ10ずつに統合され、1889年(明治22年)には市制施行とともに全廃され、行政機能は区役所にまとめられることになった。こうして、上京・下京区に置かれた区役所が、直接住民と接することになったが、区役所の管轄範囲は広く、ますます地域行政は町総代に依存することになった。

一方、多くの公務は府や市が行い、予算は府会、市会の審議事項となるなか、各組(連合町会)に残されたのは尋常小学校に関する教育費の決定権のみとなった。 1892年(明治25年)7月に「区会条例」が公布される。この区会は小学校の学区単位で設置されたものであり、「学区会」とも呼ばれた。学区会では、学区の財政の意志決定が行われた。学区の運営は、学区有財産を基本に、学区内から学区税も財源とした。また、校舎建て替えなどにおいては、起債も認められた。 このように学校運営に特化することになった連合町会は、学区会へと改組され、区会条例に基づき運営されることになった。

このとき、「組」は「学区」(上京(下京)第○学区)となった。小学校名は当初番組の番号がそのまま付けられていたが、やがて固有の名を持つようになった。名称は、論語にちなんだ「立誠」、豊臣秀吉の「梅屋」など、中国古典や地域の歴史に基づくものが多いのが特徴である。1929年(昭和4年)には学区を「成逸学区」のように学校名で呼ぶようになった。

1897年(明治30年)、京都市会[2]公同組合の設置を奨励することとした。町を単位として公同組合を設置し、各学区には各公同組合の代表者である公同組長により構成される連合公同組合が置かれた。 公同組合は、これまで町や学区が任意で行ってきたものについて公的な位置づけを明確に付与したということができた。

一方、学区により教育費を負担する制度は、学区間での経済的な豊かさによって、教育施設の充実等の面で差を生じることになり、その廃止を求める声が出てくることになる。これは周辺地域の合併の時にも問題となったが、学区という単位が公同組合など地域活動の単位となっていることもあり、市は教員給与を市から統一して支弁することや、学区への補助金制度などによって地域格差を是正しつつ学区を廃止せず残置した。

戦時色が深まるにつれ、公同組合連合会などが戦争遂行のために公同組合の強化を申し合わせるなど、公同組合は戦時体制下の協力を行った。しかし、長年の慣行をもち、徴収する経費の額なども各組合(町)で異なっているなどの性質を持っていた公同組合は、全国画一的な総動員体制をつくろうとする政府の方針とは相容れないものであった。 内務省は、1940年(昭和15年)9月11日に内務省は各府県に部落会・町内会の設置を命じた。京都市は11月23日に京都市町内会設置標準を定め、翌年1月15日には全市内で町内会が設置された。これらの町内会が、連合公同組合を改組した町内会連合会のもとに編成された。

また、小学校を運営する「学区」については、1941年(昭和16年)の国民学校令により存立の根拠を失うことになった。京都市では、実質的に翌年4月まで存続させたが、地域が学校を運営する「学区」の歴史はここで終わることになる。なお、この時の学区の地域区分が現在の学区の基になっている。

第二次世界大戦が終わると、いわゆるポツダム政令15号の公布により学区の基盤である町内会自体が廃止されるが、次第に再組織化されていった。戦後、一部の小学校が新制中学校に転用され、さらに人口の増減による小学校の新設や統廃合により、学区と小学校の通学区域は一致しなくなった。

学区は行政上の単位ではなく、行政とのつながりはないが、市政協力員などの形で、国勢調査や市民新聞配布、回覧板などといった行政からの伝達もこの順で行なわれることが多い。なお国勢調査[3]の統計区は学区に基づいて設置されたが、人口増加にともなって分割された地域もあり、現在では必ずしも一致しない。

なお、現在において、地域行政・住民自治の単位として学区というときに、戦後人口増加が著しく、小学校が新設された地域においては、新設された小学校区を新たな「学区」の単位として扱う場合がある。ただし、この場合でも市中心部では戦後の小学校統廃合以前の学区が「学区」の単位である。

毎年10月頃になると、区民体育祭や区民運動会などを町中で目にするが、ここでいう区とは学区のことである。学区民による運動会は、学区ごとに行われ、多くの学区では町内会対抗の形式を取っている。このことからも、学区における町内会の重要性がうかがえる。また、時代祭を運営する平安講社は各学区にあり、現在でも時代祭は各学区が交代に維持・運営等を行っている。

年表編集

  • 慶応4年(1868年)閏4月:京都府成立
  • 慶応4年(1868年)8月:第一次町組改正。上京45番組、下京41番組となる。
  • 明治元年(1868年:9月 京都府、小学校の建設を各町に奨励(小学校設立仕方の示達)
  • 明治2年(1869年)1月:第二次町組改正。上京33番組、下京33番組となる。
  • 明治2年(1869年)5月:京都府、小学校の諸規則を制定。上京第27番組で小学校開業式を挙行。年内に64校が設立される。(上京28・29番組、下京22・32番組はそれぞれ2番組で1校を設立。)
  • 明治5年(1872年)5月:番組を区とする市区改正が実施され、上京33区、下京32区となる。
  • 明治5年(1872年)10月:京都府、学制を管内に布告する。
  • 明治12年(1879年)3月:郡区町村編制法に基づき、上京区・下京区を置き、従来の区を組と改め、上京区33組、下京区32組とする。
  • 明治19年(1886年)4月:小学校令公布
  • 明治21年(1888年)6月:鹿ヶ谷・浄土寺・岡崎・聖護院・吉田・粟田口・南禅寺村を上京区に、今熊野・清閑寺村を下京区に編入。
  • 明治22年(1889年)4月:京都市制施行
  • 明治25年(1892年)7月:京都市、学区制度を確立する。上京区28学区、下京区32学区となる。
  • 明治30年(1897年)10月:京都市上下京区長、公同組合設置を各町に布達する。
  • 明治35年(1902年)2月:葛野郡大内村塩小路・西九条両地区を京都市に編入。
  • 大正6年(1917年)12月:教員の給料を市費で統一支弁する議案を市会で可決。
  • 大正7年(1918年)4月:朱雀野村など16町村を京都市に編入。
  • 昭和4年(1929年)4月:学区の名称を「上京(下京)第○○学区」から小学校名を冠する名称に改称。このとき、上京区35学区、下京区38学区であった。東山・中京・左京の3区を増設。
  • 昭和5年(1930年)10月:公同組合の連合会が成立。
  • 昭和6年(1931年)4月:伏見市など27市町村を京都市に編入し、右京・伏見の2区を新設。この時、編入区域に以下の学区が設置された。
    • 修学院学区、松ヶ崎学区、上賀茂学区、大宮学区、鷹峯学区、花園学区、太秦学区、西院学区、高雄学区、嵯峨学区、梅津学区、西京極学区、桂学区、松尾学区、川岡学区、吉祥院学区、上鳥羽学区、竹田学区、深草学区、桃山学区、向島学区、納所学区、横大路学区、下鳥羽学区、山階学区、勧修学区、醍醐学区
  • 昭和15年(1940年)9月:内務省が町内会・部落会の設置を府県に布達
  • 昭和15年(1941年)11月:京都市町内会設置標準制定(連合公同組合を町内会連合会に改組)
  • 昭和16年(1941年)2月:国民学校令公布。(4月施行)
  • 昭和17年(1942年)4月:京都市の学区制度廃止。

学区の位置づけ編集

京都における自治の単位は以下のような構成となっている。

区 ― 学区 ― (ブロック) ― 町内会 ― 隣組

ただし、この中でコミュニティ上最も重要なのは町内会である。学区やブロック、隣組(班、組)などは便宜上存在しているにすぎない。

右京区のある地区の例:

右京区 ― 西院第一学区 ― 第六ブロック ― 東立倉町 ― 隣組(数軒単位)

なお、古い町名がそのまま残っている中京区や上京区などの市中心部と異なり、この地区では戦後すぐに行政町名の変更、整理が行なわれたため、「東立倉町」も現存しない。しかしながら、町内会の単位としての町名は現在でもこのように旧町名が使用されているケースも多い。また現在は、行政上の町によっては複数の学区にまたがっている場合もある。

一覧編集

以下に京都市の学区コード一覧[4]および住民基本台帳人口の町別・学区別集計[5]に基づく学区の一覧を掲げる。なお一部の学区には複数のコードが割り振られており、住民基本台帳人口の学区別集計では各地区が「修学院 1/4」のように表記される。ふりがなは国勢統計区名称一覧[6]より、学区と同名の統計区のふりがなを記した。

なお、この一覧に示されるものは、あくまで住民基本台帳上の区分に用いられるものであり、戦後人口が増加し小学校が新設された地域など、現在において自治連合会の単位など地域行政・住民自治の地域区分として用いられているものとは必ずしも一致するものではないことに注意されたい。

市町村合併京都市に組み込まれた地域の学区も下記には含まれる。

北区編集

学区 備考
コード 名称 ふりがな
11 上賀茂 かみがも
12,28 大宮 おおみや
13 鷹峯 たかがみね
14 衣笠 きぬがさ
15 大将軍 たいしょうぐん
16 待鳳 たいほう
17 紫竹 しちく
18 鳳徳 ほうとく
19 元町 もとまち
20 楽只 らくし
21 柏野 かしわの
22 紫野 むらさきの
23 紫明 しめい 一部は1955年まで上京区室町学区[7]
24 出雲路 いずもじ
25 中川 なかがわ
26 小野郷 おのごう
27 雲ケ畑 くもがはた

上京区編集

学区 旧番組など[8] 備考
コード 名称 ふりがな 1869年 1872年 1879年 1892年
11 成逸 せいいつ 上京二番組 上京一区 上京一組 上京第一学区
12 室町 むろまち 上京六番組 上京五区 上京五組 上京第二学区 旧小学校名は木下校[9]
上京七番組 上京二区 上京二組 旧小学校名は竹園校[9]
上京十三番組 上京十区 上京十組 旧小学校名は玄武校[9]
13 乾隆 けんりゅう 上京一番組 上京三区 上京三組 上京第三学区
14 西陣 にしじん 上京五番組 上京四区 上京四組 上京第四学区
15 翔鸞 しょうらん 上京三番組 上京六区 上京六組 上京第五学区
16 嘉楽 からく 上京四番組 上京七区 上京七組 上京第六学区
17 桃薗 とうえん 上京十一番組 上京八区 上京八組 上京第七学区
18 小川 おがわ 上京十二番組 上京九区 上京九組 上京第八学区
19 京極 きょうごく 上京二十八番組 上京十一区 上京十一組 上京第九学区 小学校は創立時より共立[10]
上京二十九番組 上京十二区 上京十二組
20 仁和 にんな 上京八番組 上京十三区 上京十三組 上京第十学区 旧小学校名は殷富校[11]
上京九番組 上京十四区 上京十四組 旧小学校名は安嘉校[11]
21 正親 せいしん 上京十番組 上京十五区 上京十五組 上京第十一学区
22 聚楽 じゅらく 上京十五番組 上京十六区 上京十六組 上京第十二学区
23 中立 ちゅうりつ 上京十六番組 上京十七区 上京十七組 上京第十三学区
24 出水 でみず 上京十四番組 上京十八区 上京十八組 上京第十四学区
25 待賢 たいけん 上京十七番組 上京十九区 上京十九組 上京第十五学区
26 滋野 しげの 上京十八番組 上京二十区 上京二十組 上京第十六学区
上京十九番組 上京二十一区 上京二十一組
27 春日 かすが 上京三十番組 上京二十二区 上京二十二組 上京第十七学区

なお京都御苑は学区とは独立した地域として扱われることもある[12]が、住民基本台帳の学区別集計では滋野学区(15番地以外)および京極学区(15番地)に属する[5]

左京区編集

学区 旧番組など(空欄は区・市外)[13] 備考
コード 名称 ふりがな 1869年 1872年 1879年 1892年
11 新洞 しんとう 上京三十三番組 上京三十三区 上京三十三組 上京第二十八学区
12 川東 かわひがし 上京三十二番組 上京三十二区 上京三十二組 上京第二十七学区
(1893年合併)
1893年時点での小学校名は錦林校[14]
13 聖護院 しょうごいん 上京三十四組
(1883年編入)
14 岡崎 おかざき
15 錦林東山 きんりんひがしやま
16 吉田 よしだ
17 浄楽 じょうらく
18 北白川 きたしらかわ
19 養正 ようせい
20 養徳 ようとく
21 下鴨 しもがも
22 あおい
23 - 26 修学院 しゅうがくいん
27 松ヶ崎 まつがさき
28 岩倉 いわくら 第二次大戦後の編入
29 八瀬 やせ
30 大原 おおはら
31 静市 しずいち
32 鞍馬 くらま
33 花脊 はなせ
34 広河原 ひろがわら
35 久多 くた

中京区編集

学区 旧番組など(空欄は区・市外)[15] 備考
コード 名称 ふりがな 1869年 1872年 1879年 1892年
11 梅屋 うめや 上京二十番組 上京二十三区 上京二十三組 上京第十八学区
12 竹間 ちっかん 上京二十一番組 上京二十四区 上京二十四組 上京十九学区
13 富有 ふゆう 上京二十二番組 上京二十五区 上京二十五組 上京第二十学区
14 教業 きょうぎょう 上京二十三番組 上京二十六区 上京二十六組 上京第二十一学区
15 城巽 じょうそん 上京二十四番組 上京二十七区 上京二十七組 上京第二十二学区
16 龍池[注釈 1] たついけ 上京二十五番組 上京二十八区 上京二十八組 上京第二十三学区
17 初音 はつね 上京二十六番組 上京二十九区 上京二十九組 上京第二十四学区
18 柳池 りゅうち 上京二十七番組 上京三十区 上京三十組 上京第二十五学区
19 銅駝 どうだ 上京三十一番組 上京三十一区 上京三十一組 上京第二十六学区
20 いぬい 下京一番組 下京一区 下京一組 下京第一学区
21 本能 ほんのう 下京二番組 下京二区 下京二組 下京第二学区
22 明倫 めいりん 下京三番組 下京三区 下京三組 下京第三学区
23 日彰 にっしょう 下京四番組 下京四区 下京四組 下京第四学区
24 生祥 せいしょう 下京五番組 下京五区 下京五組 下京第五学区
25 立誠 りっせい 下京六番組 下京六区 下京六組 下京第六学区
26 朱雀第一 しゅじゃくだいいち[注釈 2]
27 朱雀第二 しゅじゃくだいに
28 朱雀第三 しゅじゃくだいさん
29 朱雀第四 しゅじゃくだいよん
30 朱雀第五 しゅじゃくだいご
31 朱雀第六 しゅじゃくだいろく
32 朱雀第七 しゅじゃくだいしち
33 朱雀第八 しゅじゃくだいはち
  1. ^ 1995年平成7年)廃校。敷地・建物は京都国際マンガミュージアムに改装
  2. ^ 「朱雀」は京都市告示では「しゅじゃく」とされているが、現代の小学校名などで用いられる読みは「すざく」である。

東山区編集

学区 旧番組など(空欄は区・市外)[16] 備考
コード 名称 ふりがな 1869年 1872年 1879年 1892年
11 有済 ゆうさい 下京二十四番組 下京七区 下京七組 下京第七学区
12 粟田 あわた 下京二十五番組 下京八区 下京八組 下京第八学区 1930年上京第二十七学区の一部(旧粟田口村の三条以南)を編入[17]
13 弥栄 やさか 下京二十四番組 下京十五区 下京十五組 下京第十五学区
14 新道 しんみち 下京二十六番組 下京二十区 下京二十組 下京第二十学区
15 六原 ろくはら 下京二十八番組 下京二十一区 下京二十一組 下京第二十一学区
16 清水 きよみず 下京二十七番組 下京二十二区 下京二十二組 下京第二十二学区 1933年までは安井学区[18]
17 貞教 ていきょう 下京二十九番組 下京二十七区 下京二十七組 下京第二十七学区
18 修道 しゅうどう 下京三十番組 下京二十八区 下京二十八組 下京第二十八学区
19 一橋 いっきょう 下京三十一番組 下京三十一区 下京三十一組 下京第三十一学区 1929年柳原村の一部を編入[19]
20 月輪 つきのわ 1918年深草村の一部を編入[20]
21 今熊野 いまぐまの 下京三十三組
(1888年編入)

山科区編集

学区
コード 名称 ふりがな
11 山階 さんかい
12 鏡山 かがみやま
13 音羽 おとわ
14, 15 勧修 かんしゅう
百々 どど

下京区編集

学区 旧番組など(空欄は区・市外)[21] 備考
コード 名称 ふりがな 1869年 1872年 1879年 1892年
11 郁文 いくぶん 下京七番組 下京九区 下京九組 下京第九学区
12 格致 かくち 下京八番組 下京十区 下京十組 下京第十学区
13 成徳 せいとく 下京九番組 下京十一区 下京十一組 下京第十一学区
14 豊園 ほうえん 下京十番組 下京十二区 下京十二組 下京第十二学区
15 開智 かいち 下京十一番組 下京十三区 下京十三組 下京第十三学区
16 永松 ながまつ 下京十二番組 下京十四区 下京十四組 下京第十四学区
17 淳風 じゅんぷう 下京二十二番組 下京十六区 下京十六組 下京第十六学区 小学校は創立時より共立[22]
下京三十二番組
18 醒泉 せいせん 下京十三番組 下京十七区 下京十七組 下京第十七学区
19 修徳 しゅうとく 下京十四番組 下京十八区 下京十八組 下京第十八学区
20 有隣 ゆうりん 下京十五番組 下京十九区 下京十九組 下京第十九学区
21 植柳 しょくりゅう 下京十九番組 下京二十三区 下京二十三組 下京第二十三学区
22 尚徳 しょうとく 下京十六番組 下京二十四区 下京二十四組 下京第二十四学区
23 稚松 わかまつ 下京十七番組 下京二十五区 下京二十五組 下京第二十五学区
24 菊浜 きくはま 下京十八番組 下京二十六区 下京二十六組 下京第二十六学区
25 安寧 あんねい 下京二十一番組 下京二十九区 下京二十九組 下京第二十九学区
26 皆山 かいざん 下京二十番組 下京三十区 下京三十組 下京第三十学区 1877年 塩小路村の一部を編入。
1905年 大内村の一部を編入[23]
27 梅逕 ばいけい 下京二十三番組 下京三十二区 下京三十二組 下京第三十二学区
28 大内 おおうち
29 光徳 こうとく
30 七条 しちじょう
31 七条第三 しちじょうだいさん
32 崇仁 すうじん
33 西大路 にしおおじ

南区編集

学区 備考
コード 名称 ふりがな
11 梅逕 ばいけい
12 九条 くじょう
13 弘道 こうどう
14 塔南 とうなん
15 南大内 みなみおおうち
16 唐橋 からはし
17 陶化 とうか
18 東和 とうわ
19 山王 さんのう
20, 23 吉祥院 きっしょういん
21 上鳥羽 かみとば
22 久世 くぜ 第二次大戦後の編入

右京区編集

旧京北町域以外編集

学区 備考
コード 名称 ふりがな
11 太秦 うずまさ
12 安井 やすい
13 嵯峨野 さがの
14 山ノ内 やまのうち
15 西院 さいいん
16 西院第二 さいいんだいに
17 西京極 にしきょうごく
18 葛野 かどの
21 梅津 うめづ
22, 23 嵯峨 さが
24 水尾 みずお
25 宕陰 とういん
26 花園 はなぞの
27 御室 おむろ
28 高雄 たかお

旧京北町域編集

京北町域では、京北町成立前の6か村をさらに細分した元行政区が学区に準ずるものとして扱われている。

旧村 元行政区(数字はコード)[4][5]
黒田 31 芹生 32 灰屋 33 片波 34 上黒田 35 宮 36 下黒田
山国 37 小塩 38 初川 39 井戸 40 大野 41 長池 42 比賀江 43 中江 44 塔
45 辻 46 鳥居 47 下
弓削 48 上中 49 下中 50 鳥谷 51 下弓削 52 金屋 53 塩田 54 井崎 55 赤石
56 田貫 57 室谷 58 上川 59 下川 60 十一 61 沢尻 62 筒江
周山 63 宇野 64 浅江 65 西 66 矢代中 67 漆谷 68 熊田 69 下熊田 70 五本松
71 稲谷 72 宮坂 73 八津良 74 仲 75 神明 76 橋北 77 橋南 78 橋向
79 城山 80 栗尾 81 魚ケ渕
細野 82 余野 83 滝 84 上 85 中 86 下 87 長野
宇津 88 柏原 89 弓槻 90 栃本 91 中地 92 明石 93 粟生谷 94 上浮井 95 下浮井

西京区編集

学区 備考
コード 名称 ふりがな
本所 13 かつら
14, 15 川岡 かわおか
16 松尾 まつお
洛西 17 大枝 おおえ 第二次大戦後の編入
18 大原野 おおはらの

伏見区編集

学区 備考
コード 名称 ふりがな
本所 11 住吉 すみよし
12 板橋 いたばし
13 南浜 みなみはま
14 竹田 たけだ
15 桃山 ももやま
16 下鳥羽 しもとば
17 横大路 よこおおじ
18 納所 のうそ
19 向島 むかいじま
22 久我 こが 第二次大戦後の編入
23 羽束師 はづかし
24 よど
深草 11 稲荷 いなり
12 砂川 すながわ
13 深草 ふかくさ
14 藤森 ふじのもり
醍醐 20, 21 醍醐 だいご 第二次大戦後の編入

関連項目編集

参考文献編集

脚注編集

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  1. ^ 今尾恵介 『住所と地名の大研究』 新潮社新潮選書〉、2004年、88-90頁。ISBN 4-10-603535-9 
  2. ^ 現在の市議会のこと。横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市の旧5大都市では、現在も市議会のことを市会と称している。
  3. ^ 京都市統計局のサイトからは、平成2年以降の国勢調査データがダウンロードできる。また、総務省統計局からはGISデータがダウンロードできる。
  4. ^ a b 元学区コード一覧
  5. ^ a b c 住民基本台帳人口 より「町別人口」
  6. ^ 国勢統計区名称一覧 - 京都市
  7. ^ 「鞍馬口村」『史料 京都の歴史 第6巻 北区』
  8. ^ 『史料 京都の歴史 第7巻 上京区』各項
  9. ^ a b c 「室町学区」『史料 京都の歴史 第7巻 上京区』
  10. ^ 「京極学区」『史料 京都の歴史 第7巻 上京区』
  11. ^ a b 「仁和学区」『史料 京都の歴史 第7巻 上京区』
  12. ^ 「京都市行政区別地区割一覧」『史料 京都の歴史 第1巻 概説』 pp.655 - 669
  13. ^ 『史料 京都の歴史 第8巻 左京区』各項
  14. ^ 「聖護院村・錦織」『史料 京都の歴史 第8巻 左京区』
  15. ^ 『史料 京都の歴史 第9巻 中京区』各項
  16. ^ 『史料 京都の歴史 第10巻 東山区』各項
  17. ^ 「粟田学区」『史料 京都の歴史 第10巻 東山区』
  18. ^ 「清水学区」『史料 京都の歴史 第10巻 東山区』
  19. ^ 「崇仁学区」『史料 京都の歴史 第12巻 下京区』
  20. ^ 「月輪学区」『史料 京都の歴史 第10巻 東山区』
  21. ^ 『史料 京都の歴史 第12巻 下京区』各項
  22. ^ 「淳風学区」『史料 京都の歴史 第12巻 下京区』
  23. ^ 「皆山学区」『史料 京都の歴史 第12巻 下京区』

外部リンク編集