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坂井 隆憲(さかい たかのり、1947年11月25日 - 2017年5月17日[1])は、日本政治家、元大蔵官僚。元自由民主党所属。

目次

人物編集

来歴編集

佐賀県出身。佐賀県立佐賀西高等学校を経て、1970年国家公務員採用上級甲種試験(行政)合格。1971年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年大蔵省入省、国際金融局短期資金課配属。

入省同期に藤井秀人(財務次官、京大法卒)、福田進国税庁長官)、高木祥吉金融庁長官)、吉田和男経済学者、京大経卒)、坂井建(名古屋国税局長、中大法卒)、志賀櫻弁護士、東京税関長、岐阜県警察本部長)、森田好則、窪野鎮治(両人共に財務省印刷局長)、田村義雄(環境次官)など。

1976年7月12日、潮来税務署長。1977年横浜市財政局に出向。1979年大蔵省主計局主計企画官補佐(財政計画係)。1982年大蔵省主計局主計官補佐(総理府第二係主査)。1983年6月23日、中国財務局理財部長。1985年5月16日、房大蔵省大臣官房企画官。1985年、退官。

1990年、第39回衆議院議員総選挙佐賀県全県区から立候補し、初当選。自由民主党安倍派に所属。以後4回当選。

同年1月、第1次橋本内閣にて労働政務次官に就任。2000年12月、第2次森改造内閣(中央省庁再編前)にて総理府総括政務次官経済企画総括政務次官就任(兼任)。2001年1月、中央省庁再編に伴い、第2次森改造内閣(中央省庁再編後)にて初代内閣府副大臣就任。

逮捕編集

2003年業際研事件が引き金となり、大手人材派遣会社から献金約1億6800万円を不正処理の政治資金規正法違反容疑と公設秘書給与約2400万円を国から騙し取った詐欺容疑で東京地検特捜部から捜査を受けた。その際に、議員会館で書類をシュレッダーにかけたり、自宅で書類が燃やされるなどしたため、証拠隠滅の恐れがあると判断されて逮捕許諾請求が行われ、衆議院本会議で逮捕許諾決議が可決され、東京地検特捜部に政策秘書であった塩野谷晶(現:太田あき)と共に逮捕され、自民党から除名処分となった。3月25日、衆議院本会議で議員辞職勧告決議が可決されたが辞職を拒否したため、同年10月10日衆議院解散までの約7ヶ月間、議員として在職した。12月18日に保釈金2,000万円で9ヶ月ぶりに保釈された[2]

裁判で坂井は「献金先は自分が代表を務めた政党支部で、資金管理団体の虚偽記載は成立しない」と主張したが、2004年10月、東京地裁は秘書給与詐取と政治資金規正法違反について直接指示を出すなど主導的役割を果たしたとして有罪を認定し、懲役2年8ヶ月の実刑判決が下った。判決では政治資金規正法違反について「支援企業の社会保険料未納などで口利きを行った見返りに多額の寄付を受けた」と闇献金が賄賂性を帯びたものと認定された。控訴するも後に自ら取り下げ、刑が確定した[3]

2017年5月17日、佐賀市内の自宅で死去。69歳没[4]

著書編集

  • 「日本版ビッグバン構想の視点」(研修社)
  • 「さよなら、「固定」資産―光り輝く個人の時代の「価値あるもの」の活かし方」(あさ出版)

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ “坂井隆憲氏が死去 元衆院議員”. 日本経済新聞. (2017年5月18日). https://r.nikkei.com/article/DGXLASJC18H4O_Y7A510C1000000 2017年5月18日閲覧。 
  2. ^ 共同通信, 2013年12月18日
  3. ^ 朝日新聞 2004年12月24日
  4. ^ 坂井隆憲氏死去(元衆院議員) - 時事ドットコム 2017年5月18日


議会
先代:
森英介
  衆議院厚生労働委員長
2002年 - 2003年
次代:
中山成彬
先代:
加藤卓二
  衆議院地方行政委員長
1998年 - 1999年
次代:
斉藤斗志二
公職
先代:
(創設)
  内閣府副大臣
仲村正治村井仁と共同
2001年
次代:
仲村正治
松下忠洋
村田吉隆