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月影 瞳(つきかげ ひとみ、1970年5月30日 - )は、日本女優。元宝塚歌劇団星組雪組トップ娘役。

つきかげ ひとみ
月影 瞳
本名 田中 智美たなか ともみ[1]
生年月日 (1970-05-30) 1970年5月30日(49歳)
出生地 日本の旗 長野県上田市
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 舞台・ミュージカル
活動期間 1990年 -
活動内容 1990年宝塚歌劇団入団
1991年花組に配属
1994年星組に異動
1997年:星組トップ娘役就任
1998年雪組トップ娘役就任
2002年:宝塚歌劇団退団
2003年:芸能活動開始
配偶者 あり
事務所 株式会社キョードーファクトリー
公式サイト 月影瞳 公式プロフィール
主な作品
宝塚歌劇
エリザベート
風と共に去りぬ
凱旋門
舞台
ラ・マンチャの男
黒部の太陽
備考
宝塚歌劇団卒業生
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長野県上田市出身。身長160cm。愛称は「とんみ」[注釈 1]、「ぐん」[注釈 2]など。

所属事務所は株式会社キョードーファクトリー[2]

目次

来歴編集

1988年宝塚音楽学校入学[3]第76期生。同期に純名里沙風花舞星奈優里彩輝なお樹里咲穂寿つかさ鈴奈沙也高翔みず希らがいる。

1990年、宝塚歌劇団入団。花組『ベルサイユのばら』で初舞台[1][3]

研1(入団1年目)の組回りで出演した星組公演『ジーザス・ディアマンテ』で役が付く。翌1991年花組に配属。配属された最初の公演『春の風を君に』東京公演の新人公演で、玉鳳(本役:華陽子)役に抜擢される。1992年スパルタカス』で新人公演初ヒロイン。また同年『ドニエブルの赤い罌粟』でバウホール公演初ヒロイン。

以後、新人公演で6回のヒロインを経験した。また1993年からは池田銀行のイメージガールを務め、歴代最長の8年7ヶ月の間務めた(トップ娘役経験者としては3人目となった)。

1994年、ロンドン公演出演メンバーに選抜され、同期の風花舞とともにダブルヒロインを務める。うち芝居の『扉のこちら』では安寿ミラの相手役だった。11月7日付で星組に組替え。

1997年、『誠の群像魅惑II』で麻路さきの相手役として星組トップ娘役に就任[1][3]

直後に10月1日付けで雪組に組替え(星奈優里・花總まりとともにスライド異動)。轟悠の相手役として雪組トップ娘役となる。花組出身者のトップ娘役は1985年就任の神奈美帆以来、13年ぶりだった。

1998年公文式のCMに出演。「やっててよかった公文式」と、将棋の羽生善治名人と共演した。

2002年2月11日愛 燃える/Rose Garden』東京宝塚劇場公演千秋楽を最後に退団[1]、同月末に池田銀行イメージガールも退任。約1年間の休養を経て2003年に女優活動を再開。

2009年5月30日(=自身の誕生日)、6歳年下の男性と結婚したことをブログで公表した[3]

宝塚歌劇団時代の主な舞台出演編集

花組時代編集

星組時代編集

星組トップ娘役時代編集

雪組トップ娘役時代編集

宝塚歌劇団退団後の主な活動編集

舞台編集

テレビドラマ編集

CM編集

写真集編集

  • femme[fam] (2001年12月7日発売)ISBN 4-89485-073-7 *宝塚退団の記念写真集

脚注編集

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  1. ^ a b c d “雪組・月影瞳退団発表、蘭寿とむ初主演〜花組新人公演”. スポニチアネックス. (2001年7月29日). オリジナルの2016年8月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160807092938/http://www.sponichi.co.jp/osaka/ente/takarazuka/backnumber/010729/takarazuka.html 2016年7月21日閲覧。 
  2. ^ ご報告 月影瞳オフィシャルブログ
  3. ^ a b c d “元宝塚月影瞳6歳年下サラリーマンと結婚”. 日刊スポーツ. (2009年5月31日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20090531-500999.html 2016年7月21日閲覧。 
  1. ^ 自身の本名から
  2. ^ 軍隊のようにテキパキした性格から

外部リンク編集