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田中丸善威(たなかまる よしたけ、YOSHITAKE TANAKAMARU、1972年1月13日 - )は、日本の実業家、元ミュージシャンベーシスト)。福岡県福岡市出身。中村学園三陽高等学校卒業。日本大学文理学部体育学科卒業。血液型O型。愛称は「MARU」。

田中丸善威日本の旗
出生名 田中丸善威
別名 マル
MARU
出身地 日本の旗 日本福岡県福岡市
学歴 日本大学文理学部体育学科
ジャンル ヘヴィメタル
ハードロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ベース
活動期間 1994年2010年
レーベル 徳間ジャパン(Cloud Nine)
フォーライフ・レコード(No'where)

目次

人物・逸話編集

  • 玉屋の創業家である田中丸家の一族である[1]
  • 高校時代は部員約70名率いるラグビー部キャプテン。ポジションは右ウイング。学生時代100m10秒9。
  • 2001年初頭、ラウドネス高崎晃のレーベルHEMP RECORDSより加藤剛志(Ds.)等と結成したミクスチャーバンド"アイオライト"でミニアルバムをリリース。高崎晃のソロプロジェクト"JI-ZO"メンバーとしても活動した。
  • 2007年12月、18年ぶりとなるラウドネスボーカリスト二井原実ソロライヴのメンバーとして東名阪ツアー『Rock'n Roll GYPSY TOUR 07』に参加。
  • 2010年5月、エレクトロニック・ポップメタル・バンド Otto's Daughter(オットーズ・ドウター)に加入したが1ヶ月で脱退。

ガイドミュージシャンとは、リズム録りの際に、一堂にミュージシャンが 集合できない時に仮で演奏をするミュージシャンのことを言う。そのミュージシャンの演奏で、曲の雰囲気を捉えるため とても重要になってくる。

プレイスタイル編集

  • ラグビーで培った、バンドマンに似つかわしくない恵まれたボディーを最大限に生かしステージに立つその姿は、まさにアスリートでありファイター。 彼のライヴ・パフォーマンスを最初に見たインパクトとしては、普段の物腰柔らかい人柄や甘いマスクとは裏腹の激しいステージングに完全に度肝を抜かれる。 まるでAC/DCのリードギター、アンガス・ヤングのようなエナジーを感じる。表現力とグルーヴをとても大事にしている。ベースを打楽器のように叩いて弾いたりもする。

サウンド編集

  • 4弦ベース以外は殆ど使用しない。愛用のベースG&L Guitars社 L-2000。多弦ベースを使用しない代わりにゲージの太い弦を張っている。Cloud Nineに在籍中、前期は全体半音下げの4弦のみ1音半下げ(C#)。後期は全体1音下げの4弦は2音下げ(C)。その際、使用弦はアーニー・ボール社のPower Slinky(55, 75, 90, 110)で4弦が2音下げ(C)の場合更に太い弦(130)を張っている。
  • ケーブルはEx-pro社のFAシリーズを使用。以前はモンスター・ケーブルを使用していたがEx-pro近藤誠社長(2009年10月14日没)直々の推薦もあり、試奏してみたところ想像以上にクオリティーが高く、即エンドース契約をした。
  • ライヴにおいて生音に拘るプレイヤーで、決してDIを使いたがらない。DIを通したアンプの痩せた音やハードなピッキングにDIが追いつかない事、スラップの際のサウンドの薄さ等、解消しきれない数多くの問題に不満を感じていた。どうにかしてアンプのスピーカーから出てる音をそのまま会場へ届けたい。そこで当時のゼンハイザー社の担当者に相談、マイクの持つ特性等を共同で研究。その結果、マイクのみでDIサウンド以上の迫力を会場に届ける方法を見い出し、以降愛用のマイクはゼンハイザー社のe-902とe-906。そこに以前から使用している世界で限定500台のみ生産されたアンペグ社のSVT 1987 LIMITED EDITION 149/500 (ホワイト) のビンテージ・アンプへ2本のマイクを立てることによって迫力のあるMARU独特のベースサウンドを会場まで届ける事が出来るようになった。アンプのスピーカーから出ている良質のサウンドを大切にしている。
  • エフェクターはDOD社のコーラスを使用している。アンプ直のサウンドに拘りがあり、エフェクターは10年前から変わらずほぼこの一つのみを使用している。

略歴編集

テレビ編集

 

ドラマ編集

その他スタジオワーク等編集

SUPER ROCK SUMMIT>< LUPIN THE THIRD TRIBUTE ALBUMYou's Explosion”>
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  1. ^ タナカマル商会 〜田中丸家の歴史〜、田中丸商会、2018年3月18日閲覧

外部リンク編集