田中丸善威
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田中丸 善威(たなかまる よしたけ、YOSHITAKE TANAKAMARU、1972年1月13日 - )は、日本の実業家、元ミュージシャン(ベーシスト)。福岡県福岡市出身。中村学園三陽高等学校卒業。日本大学文理学部体育学科卒業。血液型O型。愛称は「MARU」。
田中丸 善威 | |
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出生名 | 田中丸 善威 |
別名 |
マル MARU |
出身地 | 日本・福岡県福岡市 |
学歴 | 日本大学文理学部体育学科 |
ジャンル |
ヘヴィメタル ハードロック |
職業 | ミュージシャン |
担当楽器 | ベース |
活動期間 | 1994年 - 2010年 |
レーベル |
徳間ジャパン(Cloud Nine) フォーライフ・レコード(No'where) |
人物・逸話
編集- 玉屋の創業家である田中丸家の一族である[1]。
- 高校時代は部員約70名率いるラグビー部キャプテン。ポジションは右ウイング。学生時代100m10秒9。
- 1992年大学在学時、樋口宗孝(レイジー, ラウドネス, スライ)と出逢う。1994年、樋口がスライ結成とともに師事、同バンドのベーシスト寺沢功一の傍でローディーとして学ぶ。1997年、樋口がソロアルバム“Free World”を発表。そのアルバム制作(プリプロ~※ガイドミュージシャンとして)に参加。同アルバムではビリー・シーンをはじめ、ジェフ・ピルソン、T.M.スティーブンス、スタンリー・クラーク等が参加。他にもスティーヴ・ヴァイ、スティーヴィー・サラス、テリー・ボジオ、ドン・ドッケン、ロニー・ジェイムス・ディオ、タイ・テイバー、マイケル・トンプソン等もこのアルバムに参加している。
- 1998年春に樋口の推薦もあり柏原崇、柏原収史兄弟とともにバンド"ノーウェア"を結成。1998年9月9日、フォーライフ・レコード(現フォーライフミュージックエンタテイメント)よりファーストシングル"アナザーワールド"でメジャーデビュー。ライヴ活動は国内では渋谷CLUB QUATTRO、下北沢シェルター 他。1999年8月14日、当時台湾でも柏原崇人気は絶大で、ノーウェア単独公演に約30,000人を動員。『No'Where(柏原崇) 台北市立體育場 演唱會』
- 2001年初頭、ラウドネス高崎晃のレーベルHEMP RECORDSより加藤剛志(Ds.)等と結成したミクスチャーバンド"アイオライト"でミニアルバムをリリース。高崎晃のソロプロジェクト"JI-ZO"メンバーとしても活動した。
- 2001年秋、クラウド・ナインのリーダーSHU(Gt.)よりバンドへの誘いを受け、幾度のセッションやライヴを経て2002年初頭正式メンバーとして参加。クラウド・ナインでのリリースは、フルアルバム2枚(徳間ジャパン・コミュニケーションズ)ミニアルバム3枚(ポリスター)等、ライヴDVD2枚他、バンドで コンピレーションアルバム等にも参加している。PV7本。2005年に発表したアルバム疾風迅雷ではミキサー&プロデュースとして元マシーン・ヘッド、元ソウルフライのギタリストローガン・メイダーを起用。翌2006年9月に発表された疾風迅雷外伝においても同氏を起用。2007年10月21日のライヴを最後に、渡米目的の為バンドを離脱。後任ベーシストとして第一期のメンバーでもある沢田泰司(元X, 元ラウドネス, D.T.R)が復帰。
- 2007年12月、18年ぶりとなるラウドネスボーカリスト二井原実ソロライヴのメンバーとして東名阪ツアー『Rock'n Roll GYPSY TOUR 07』に参加。
- 2008年1月28日、シャムシェイドのボーカリスト栄喜とSADSのギタリストK-A-Zとのユニットデトロックス渋谷C.C.Lemonホールでの公演に参加。
- 2008年3月4日よりロサンゼルス在住。同年8月、ハリウッドで人気のバンドLOVECHILD(ラブチャイルド)に加入。
- 2009年10月30日、カリフォルニア州オレンジ郡でコーンをヘッドライナーに迎えて行われた"Halos N’ Horns Fest."にLOVECHILDで出演。
- 2010年5月、エレクトロニック・ポップメタル・バンド Otto's Daughter(オットーズ・ドウター)に加入したが1ヶ月で脱退。
- 2010年11月30日無期限で音楽活動を停止。
※ガイドミュージシャンとは、リズム録りの際に、一堂にミュージシャンが 集合できない時に仮で演奏をするミュージシャンのことを言う。そのミュージシャンの演奏で、曲の雰囲気を捉えるため とても重要になってくる。
プレイスタイル
編集- ラグビーで培った、バンドマンに似つかわしくない恵まれたボディーを最大限に生かしステージに立つその姿は、まさにアスリートでありファイター。 彼のライヴ・パフォーマンスを最初に見たインパクトとしては、普段の物腰柔らかい人柄や甘いマスクとは裏腹の激しいステージングに完全に度肝を抜かれる。 まるでAC/DCのリードギター、アンガス・ヤングのようなエナジーを感じる。表現力とグルーヴをとても大事にしている。ベースを打楽器のように叩いて弾いたりもする。
- ピックを使わないベーシスト。No'where時代にはレコーディングでのみピックで演奏した事がある。Cloud Nine時代にはツーフィンガーで弾く他、スラップ、タッピング、ハーモニクス、時には打楽器のように激しく叩いたりと幅広いアプローチで楽曲やライヴを盛り上げる個性的なベース・プレイはラウドネス高崎晃(Gt)や二井原実(Vo)をはじめ、アンセム柴田直人(Bs)や坂本英三(Vo)、元クリスタルキング田中雅之(Vo)、元シャムシェイド栄喜(Vo)、SOPHIA松岡充(Vo)や都啓一(Key)など多くの実力者派ミュージシャンにも支持されている特異な才能を持った類い稀なベーシストである。
サウンド
編集- 4弦ベース以外は殆ど使用しない。愛用のベースはG&L Guitars社 L-2000。多弦ベースを使用しない代わりにゲージの太い弦を張っている。Cloud Nineに在籍中、前期は全体半音下げの4弦のみ1音半下げ(C#)。後期は全体1音下げの4弦は2音下げ(C)。その際、使用弦はアーニー・ボール社のPower Slinky(55, 75, 90, 110)で4弦が2音下げ(C)の場合更に太い弦(130)を張っている。
- ケーブルはEx-pro社のFAシリーズを使用。以前はモンスター・ケーブルを使用していたがEx-pro近藤誠社長(2009年10月14日没)直々の推薦もあり、試奏してみたところ想像以上にクオリティーが高く、即エンドース契約をした。
- ライヴにおいて生音に拘るプレイヤーで、決してDIを使いたがらない。DIを通したアンプの痩せた音やハードなピッキングにDIが追いつかない事、スラップの際のサウンドの薄さ等、解消しきれない数多くの問題に不満を感じていた。どうにかしてアンプのスピーカーから出てる音をそのまま会場へ届けたい。そこで当時のゼンハイザー社の担当者に相談、マイクの持つ特性等を共同で研究。その結果、マイクのみでDIサウンド以上の迫力を会場に届ける方法を見い出し、以降愛用のマイクはゼンハイザー社のe-902とe-906。そこに以前から使用している世界で限定500台のみ生産されたアンペグ社のSVT 1987 LIMITED EDITION 149/500 (ホワイト) のビンテージ・アンプへ2本のマイクを立てることによって迫力のあるMARU独特のベースサウンドを会場まで届ける事が出来るようになった。アンプのスピーカーから出ている良質のサウンドを大切にしている。
- エフェクターはDOD社のコーラスを使用している。アンプ直のサウンドに拘りがあり、エフェクターは10年前から変わらずほぼこの一つのみを使用している。
略歴
編集- 1994年、アマチュアバンド”Replay”の一員としてバンド活動始動。
- 1998年、LOUDNESS Ds.樋口宗孝の推薦で柏原崇、柏原収史とのバンド"No'where"に加入。
- 1998年9月9日、フォーライフ・レコードよりシングルAnother Worldでメジャーデビュー、オリコンチャート最高位:29位
- 1999年8月14日、台湾の台北市立體育場にてNo'where単独公演に約30,000人を動員。
- 1999年11月5日、笑っていいとも!テレフォンショッキングにNo'whereのメンバーで出演。
- 2001年、ミクスチャーバンドIOLITE結成。LOUDNESS高崎晃のレーベルHEMP RECORDSよりデビュー、同時に高崎晃のソロプロジェクト“JI-ZO”においてもライヴ活動を行う。
- 2002年、ヘヴィメタルロックバンドCloud Nineに参加。
- 2004年7月15日発表された初のライヴDVD+CD『LOUD TRIANGLE』がタワーレコードウィークリーチャート最高位:2位。
- 2005年、セカンドアルバム"疾風迅雷"でミキサー&プロデュースとして 元マシーン・ヘッド、元ソウルフライのギタリスト"ローガン・メイダー"を起用。
- 2006年9月に発表されたミニアルバム"疾風迅雷外伝"においてもサウンドプロデュースに同氏を起用。
- 2007年10月21日、表参道FABでのライヴを最後に、渡米目的の為Cloud Nineを離脱。後任として第一期のメンバーでもあるベーシスト沢田泰司(元X, 元LOUDNESS, D.T.R)が復帰。
- 2008年3月4日、渡米(ロサンゼルス)
- 2009年10月30日、カリフォルニア州オレンジ郡でKORNをヘッドライナーに迎えて行われた"Halos N’ Horns Fest."にバンド"LOVECHILD"の一員として出演。
- 2010年11月30日、音楽活動を無期限で休止。
テレビ
編集
ドラマ
編集その他スタジオワーク等
編集- 樋口宗孝[LOUDNESS Ds.]プロデュース作品<Munetaka Higuchi with dream castle><COZY POWELL FOREVER >
- 高崎晃 [LOUDNESS Gt.]ソロプロジェクト・バンド
- 二井原実[LOUDNESS Vo.] ソロプロジェクト・バンド
- 田中雅之[元クリスタルキング Vo.]バンドCODE≠G
- はたけ[シャ乱Q Gt.]ソロアルバム、バンド<Q、Hyper Rock>
- 清水まなぶレコーデェング&ライヴサポート
- 都啓一[SOPHIA Key.]ソロ・プロジェクト
- 松岡充[SOPHIA Vo.]TAMAMIZUプロデュース レコーディング
- 赤松芳朋[SOPHIA Ds.]バンドS.R.O.D
- TAMAMIZU[CASCADE Vo.](みにくい反逆児)
- より子。(LIFE) レコーディング & ライヴサポート
- より子。(Break the Cocoon)[アルバムタイトル曲]
- V6"Coming Century" 映画 『COSMIC RESCUE』サウンドトラック & シングル曲 COSMIC RESCUE/強くなれ[2003年7月14日付 オリコンシングル週間ランキング第1位]
- 市井紗耶香 in CUBIC-CROSS アルバム曲
- DETROX(ex.SIAM SHADE Vo栄喜 & 現SADSのGt.K-A-Z とのユニット)レコーディング & ライヴサポート
- STEEL(Gt.柏原収史、現EXILEネスミスとのユニット)ライヴサポート・・他。
- ME-ライヴサポート
脚注
編集- ^ タナカマル商会 〜田中丸家の歴史〜、田中丸商会、2018年3月18日閲覧
外部リンク
編集- 田中丸善威 - Myspace
- CLOUDNINE公式サイト - archive.today(2013年1月4日アーカイブ分)
- No'where(FOR LIFE)
- タナカマル商会
- 田中丸善威 (@marubass) - X(旧Twitter)