キャロル・キング

キャロル・キング(Carole King, 1942年2月9日 - )は、アメリカ合衆国シンガーソングライター

キャロル・キング
Carole King
CaroleKingHWOFDec2012.jpg
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームのイベントにて (2012年12月)
基本情報
出生名 Carol Klein
生誕 (1942-02-09) 1942年2月9日(78歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク市ブルックリン
ジャンル ポップス
ブルー・アイド・ソウル
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ピアノキーボード
活動期間 1958年 - 現在
レーベル Ode Records
キャピトル・レコード
アトランティック・レコード
Rhythm Safari
Rockingale
公式サイト Official Website

1958年16歳でデビューし、1960年代初頭から夫ジェリー・ゴフィンとの夫婦共作で作家として大ヒット曲を連発した。30歳を過ぎた1970年代には演者として母国の代表的歌手に昇り詰めた。

1960年代の作家としての初期の曲は20曲以上をチャートインさせ、その多くがスタンダード曲として世界中の数多くの歌手に歌われている。キング自身がパフォーマーとして成功したのは1970年代になってからであり、ピアノを弾きながら一連のアルバムやコンサートで自作曲を歌った。デビューアルバム『ライター』で商業的な失望を経験した後、キングはアルバム『つづれおり』でブレークスルーを記録した。[1]

キングは25枚のソロアルバムを作成し、最も成功したのは『つづれおり』であり、20年以上にわたってほとんどの週で女性アーティストによる1位の記録を保持した。彼女のレコード販売数は世界中で7,500万枚を超えると推定されている。[2][3] キングはグラミー賞を4回受賞しており、ソングライターの殿堂入りおよびロックンロールの殿堂入りを果たした。キングは2013年度のアメリカ議会図書館によるポピュラーソングのためのガーシュウィン賞を受賞した。[4] また、2015年に『ケネディ・センター名誉賞』も受賞している。

概要編集

本名キャロル・ジョーン・クライン(Carol Joan Klein)。ニューヨーク市ブルックリン生まれ、1958年に歌手デビュー。1人目の夫、ジェリー・ゴフィンとの間に生まれた長女のルイーズ・ゴフィンも、シンガーソングライターとして活動している。2番目の夫はベーシストチャールズ・ラーキー1977年には3人目の夫となるリック・エヴァーズと結婚したが、翌年リックの麻薬禍により死別している。

ニール・セダカのヒット曲「おおキャロル」は、キャロル・キングのことを歌ったもので、お返しに彼女は、アンサーソング「おおニール」を発表したエピソードがある。

経歴編集

 
空母ハリー・S・トルーマン艦内でのライブ (2000年12月)
 
NY公演にてジェームス・テイラーと共演 (2010年6月)

生い立ちと教育編集

キングは、1942年2月9日、ニューヨーク市マンハッタンユダヤ人家庭にキャロル・ジョアン・クラインとして生まれた。[5][6][7][8] 彼女の母親、ユージニア(旧姓カマー)は教師であり、父親のシドニー・N.クラインはニューヨーク市消防局の消防士だった。[9][10] 化学を専攻したシドニーと英語と演劇を専攻したユージニアは、1936年にブルックリン・カレッジの学生時代にエレベーターで出会った。[11]:10

彼らは大恐慌の終盤の1937年に結婚した。[11]:10 ユージニアは大学を中退して世帯を切り盛りし、シドニーも大学を辞めてラジオアナウンサーとして短時間就職した。[11]:10 経済的に苦しい中、シドニーはより安定した職業としてニューヨークで消防士となった。[11]:10 キングが生まれた後も彼らはブルックリンに残り、最終的に彼らは収入のために二階を貸すことができる小さな二階建ての二世帯住宅を買うことができた。[12][13]

ユージニアは子供の頃にピアノを弾く方法を学び、ピアノを買ってから練習することもあった。キャロルは約3歳の頃から音楽に飽くなき好奇心を持っていたため、母親は非常に基本的なピアノの弾き方を教え始めたが、キャロルに実際的なレッスンは行わなかった。[11]:14 両親はキャロルが4歳のときに音を聞くだけで音符に正確に名前を付けることができる絶対音感の持ち主であることに気が付いた。[14][11]:14 シドニーは訪問してきた友人に娘の特技を披露して楽しんだ:「私の父の笑顔は非常に広く、顔の下半分を包み込んでいた。父を幸せにし、音を正しくあてて楽しんだ。」[11]:15

キャロルの母親は、キャロルが4歳のときに本格的な音楽レッスンを始めた。[11]:16 キャロルはスツールに登り、電話帳に座ってさらにい所に座った。[15] キャロルは母親と一緒に座って楽譜の読み方や適切な音符のタイミングの取り方など、音楽理論と初歩的なピアノ技術を教わった。キングはできるだけ多くを学びたかった:「母は私に練習を強要したことはありません。彼女はする必要はありませんでした。ラジオから流れ出た人気曲をマスターしたかったのです。」[11]:16

キャロルは4歳の時に幼稚園に通い始めたが、言葉と数字の並外れた資質を持っていたので、直接2年生に昇級した。[11]:16 1950年代、彼女はジェームズ・マディソン高校に通った。キングはCo-Sinesと呼ばれるバンドを結成し、Carol KleinからCarole Kingに改名し、1セッション25ドルで友人のポール・サイモンとデモレコードを作成した。[16][17] 彼女の最初の公式録音は、1958年にABCパラマウントからリリースされたプロモーションシングル"The Right Girl"で、自身が書いた曲をドン・コスタの編曲で歌った。[18] しかしながら、その後ABCやRCAなどに残した4作のシングルは何れも失敗に終わり、一旦歌手としてのキャリアは頓挫することとなった。

キングはクイーンズカレッジに通学し、そこでソングライターとしてのパートナーとなるジェリー・ゴフィンと出会った。二人はキングが最初の娘ルイーズを妊娠した後で、キングが17歳の時に1959年8月、ロングアイランドでのユダヤ教の式典に則って結婚した。[19][20] 二人は大学を辞め、昼間の仕事に就き、ゴフィンは化学助手、キングは秘書として働いていた。[21] 夜には二人で一緒に曲を書いた。[22]

高校時代にキングとデートしていたニール・セダカ[23]1959年に「おお!キャロル」でヒットを飛ばした。ゴフィンはこの曲の替え歌として遊び心のあるアンサーソング"Oh!Neil"を書いた。キングはその年にシングルとして録音してリリースした。B面には、ゴフィンーキング作の"A Very Special Boy"が収録されていた。[24][25] このシングルは成功しなかった。[26] 黒人のガールズ・グループによる初のナンバー1ヒットとなるシュレルズビルボード・ホット100でのナンバー1ヒット「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」を書いた後、[27]ゴフィンとキングは、日中の仕事を辞めて曲作りに専念した。[28][29] 「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」はスタンダードナンバーとなった。[30][31]

1960年代編集

60年代には、キングが作曲しゴフィンが作詞をする形で、2人はさまざまなアーティストのために後々まで歌い継がれている数々の作品を書いた。[32] キングとゴフィンは、ドン・キルシュナーのディメンション・レコードの作曲チームでもあり、「チェインズ」(後にビートルズが録音)、夫妻のベビーシッターであるリトル・エヴァの「ロコモーション」、キングの最初のヒットとなる自身が1962年にレコーディングした「イット・マイト・アズ・ウェル・レイン・アンティル・セプテンバー」などを含む曲を生み出した。[33]この曲は全米チャート22位[34][35]全英シングルチャート3位を記録している。「…セプテンバー」をきっかけに何曲かのフォローアップシングルをレコーディングしたが、どれもあまり売れず、すでに散発的なレコーディング・キャリアは1966年までに完全に放棄された。

キングの初期の時代(1967年まで)のその他の曲にとしては、"Half Way To Paradise"[トニー・オーランド、イギリスではビリー・フューリーによってレコーディングされた]、ボビー・ヴィーの「浮気なあの娘 (Take Good Care of My Baby)」、ドリフターズの「アップ・オン・ザ・ルーフ (Up on the Roof)」、アール=ジーンの"I'm into Something Good"(後にハーマンズ・ハーミッツが録音)、シフォンズの「ワン・ファイン・デイ」、モンキーズの「プレザント・バレー・サンディ」(ニュージャージー州ウェストオレンジ郊外への移転に触発された)[36] そして、アレサ・フランクリンの「ナチュラル・ウーマン[37]が含まれている。二人はダスティ・スプリングフィールドによってレコーディングされた「ゴーイン・バック」や「サム・オヴ・ユア・ラヴィン」なども書いている。1960年から1963年にかけての3年間で、2人は延べ20曲あまりの全米トップ40ヒットを世に送り出している。

1968年までにゴフィンとキングは離婚し、接触しなくなっていた。[19]キングは2人の娘と一緒にロサンゼルスのローレル・キャニオンに移り、将来の夫であるベースのチャールズ・ラーキー、ギターとボーカルのダニー・コーチマー、およびピアノとボーカルのキングで構成される音楽トリオ"ザ・シティ"を結成してレコーディングキャリアを再開した。[32][38][39] ザ・シティは1968年に1枚のアルバム『夢語り』を1968年に製作したが、キングがライブ演奏を嫌がった影響で売り上げは伸びなかった。.[40] 配給業者が変わったことによりアルバムはすぐに廃盤となり、グループは1969年に解散した。[41] このアルバムは1980年代初頭にクラシック・ロックのラジオ局によって再発見され、シングルカットされた「スノークイーン」は数年間たまに放送された。クリーブランドのWMMSは、1981年から1985年まで数週間ごとに演奏し、絶版のLPは、音楽のエッジの効いたサウンドが好きなキャロル・キングのファンに求められた。

1970年代、つづれおり編集

1970年代に入ってからは、シンガー・ソングライターとしての活動に本腰を入れ、1970年にアルバム『ライター』で再びソロ・デビュー。翌1971年のソロ・アルバム『つづれおり( Tapestry )は、全米アルバムチャートで15週連続1位、その後も302週連続でトップ100に留まるロングセラーとなり、グラミー賞でも4部門制覇、現在まで約2200万枚を売り上げている。先行シングル「イッツ・トゥー・レイト」は、全米シングルチャートで5週連続1位、年間チャートでは第3位を記録。ジェームス・テイラーが、収録曲「きみの友だち」をカバーし、シングルチャート1位を獲得している。その後も、アルバム『ミュージック』『喜びにつつまれて』、シングル「ジャズマン」など、順調にヒットを連発。1970年代前半から中期を代表するヒットメーカーの一人となり、2つの年代に渡って天下を取った。

また、『つづれおり』が大ヒット中の1972年には、五輪真弓のデビュー・アルバム『少女』の制作をサポート。その後、1974年までの3年間、五輪真弓のアルバム3作品を手掛けたことでも知られている。

ローレル・キャニオンにいる間に、キングはジェームス・テイラージョニ・ミッチェル、そしてトニ・スターンと知り合った。[16] キングは1970年にルー・アドラーのオード・レーベル向けにテイラーのアコースティックギター演奏とバックボーカルを提供の受けた最初のソロアルバム『ライター』を製作した。[42] このアルバムはビルボードトップ200で84位に達した。同年、キングはB.B.キングのアルバム『インディアノーラ・ミシシッピ・シーズ』でキーボードを演奏した。

キングは『ライター』に続いて1971年に「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」と再解釈した「ナチュラル・ウーマン」、それに新曲を収録した『つづれおり』をリリースした。アルバムは、テイラーの『マッド・スライド・スリム』と同時期に録音され、キング、ダニー・コーチマージョニ・ミッチェルを含むミュージシャンのセットが重複していた。どちらのアルバムにも「君の友だち」が収録されており、これはテイラーにとってナンバーワンのヒットとなった。キングは1972年のインタビューで、「ジェームズや、特に誰かを思い浮かべて書いたわけではないの。だけど、ジェームズはこの曲を聞いて本当に気に入って、録音したがったの」と述べている。[43]

つづれおり』はあっという間に成功した。「イッツ・トゥー・レイト」のビルボード・ホット100の1位を含む多数のヒットシングルで、『つづれおり』は15週連続で1位の座を維持し、ほぼ6年間チャートに残り、世界中で2500万部以上を売り上げた。[44] このアルバムは、アルバム・オブ・ザ・イヤー、女性のベスト・ポップ・ボーカル・パフォーマンス、レコード・オブ・ザ・イヤー(トニ・スターンの作詞による「イッツ・トゥー・レイト」)、キングが初の女性受賞者となる「君の友だち」に対するソング・オブ・ザ・イヤーの4つのグラミー賞を獲得した。このアルバムは『ローリング・ストーン』の「史上最高の500アルバム」に36番で掲載された。[45] さらに、「イッツ・トゥー・レイト」は、ローリング・ストーンが選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500の469番となった。

1971年12月にアルバム『ミュージック』がリリースされ、1971年12月9日にゴールド認定された。初登場8位でトップ10に入り、『つづれおり』と『ミュージック』が同時にトップ10入りした最初の週となった。翌週には3位に上昇し、1972年1月1日に1位となり、三週間1位にとどまった。このアルバムはさらにトップ10ヒット「スウィート・シーズンズ」(米国9位とアダルト・コンテンポラリー2位2)を生み出した。『ミュージック』は44週間ビルボードのポップアルバムチャートに残り、最終的にプラチナに認定された。

喜びは悲しみの後に』(1972)と『ファンタジー』(1973)が後に続き、それぞれがゴールド認定を取得した。『喜びは悲しみの後に』はさらなるヒット「なつかしきカナン」(米国24位およびアダルト・コンテンポラリー1位)を生み出し、『ファンタジー』は2つのヒット「ビリーヴ・イン・ヒューマニティ」(米国28位)と「コラゾン」(米国37位、アダルト・コンテンポラリー5位)、ホット100でチャートインした別の曲「ユー・ライト・アップ・マイ・ライフ」(米国67位およびアダルト・コンテンポラリー6位)を生み出した。 1973年、キングはニューヨーク市のセントラル・パークで10万人が参加した無料コンサートを行った。[46]

1974年9月、キングはアルバム『喜びにつつまれて』をリリースした。このアルバムは1974年10月16日にゴールド認定され、1974年10月19日に7位でトップ10に入った。2週間後には1位となり、1週間だけその地位に留まった。『喜びにつつまれて』からは2曲のヒットが生まれた。シングル「ジャズマン」は11月9日に2位となったが、翌週にはトップ10から脱落した。12月17日のシングル「ナイチンゲール」は、1975年3月1日に9位となった。

1975年、キングはモーリス・センダックの『おしゃまなロージー』のアニメ化されたTV番組用のセンダックによる歌詞の曲を同名のアルバムとしてリリースした。

サラブレッド』(1976)は、オードレーベルの下で制作した最後のスタジオアルバムとなった。[47] デヴィッド・クロスビーグラハム・ナッシュジェームス・テイラーワディ・ワクテルなどの長年の友人を集めたことに加えて、キングはゲリー・ゴフィンと再会してアルバムの4曲を書いた。彼らのパートナーシップは断続的に続いた。キングは1976年にアルバムのプロモーションツアーも行った。

1977年、キングは別のソングライターであるリック・エヴァースと『シンプル・シングス』でコラボレーションした。このアルバムはキャピトル・レコードから配給された新しいレーベルの最初のリリースである。その後まもなく、キングとエバーズは結婚した。彼は1年後にコカインの過剰摂取で他界したが、その時キングと娘のシェリーはハワイにいた。『シンプル・シングス』はタペストリー以来ビルボードのトップ10に到達できなかった初のアルバムであり、翌年のコンピレーションアルバム『グレイテスト・ヒッツ』と2010年の『ライヴ・アット・ザ・トルバドール』を除くとRIAAによる彼女の最後のゴールド認定レコードだった。

ゴールド認定のレコードステータスにもかかわらず『シンプル・シングス』はローリング・ストーン誌によって「1977年最悪のアルバム」に選ばれた。[19]:394 アルバムの共同プロデューサーとしてデビューした『ウェルカム・ホーム』(1978)および『タッチ・ザ・スカイ』(1979)もトップ100に達しなかった。『パールズ (Pearls – The Songs of Goffin and King)』(1980)からははヒットシングル、「ワン・ファイン・デイ」のニュー・バージョンが生まれた。

1980年代編集

キングはアルバム『ワン・オン・ワン』(1982年)と、1983年に『つづれおり』時代のプロデューサーであるルー・アドラーと再び組んだ『スピーディング・タイム』のためにアトランティック・レコードに移った。1984年の好評を博したコンサートツアーの後、クリスチャン・サイエンス・モニターの記者キャサリン・フォスターは、キングを「ロックの女王」と名付けた。彼女はまた、キングのパフォーマンスを「すべての勇気と活気に満ちたもの」と呼んだ。[48]

1985年、キングは『ケア・ベアーズ・ムービー』のテーマである「ケア・ア・ロット」を書いて演奏した。また1985年にはマーティン・リット監督の映画『マーフィのロマンス』のサウンドトラックの総譜を作成し、デビッド・サンボーンと共に演奏した。サウンドトラックは再びアドラーがプロデュースし、"Running Lonely""Love For The Last Time(Theme from 'Murphy's Romance')"が含まれていたが、サウンドトラックアルバムは公式にはリリースされなかった。.[49]キングは映画の中で役場の従業員ティリーとしてカメオ出演した。[49]

1989年にキングはキャピトルレコードに戻り、エリック・クラプトンが2曲、ブランフォード・マルサリスが一曲加わり、スラッシュが出演する『カラー・オブ・ユア・ドリームス』(1993)が続く『シティ・ストリーツ』をレコーディングした。キングの曲「Now and Forever」は、1992年の映画『プリティ・リーグ』のオープニングクレジットに含まれており、グラミー賞にノミネートされた。[25]

1988年、オフブロードウェイ・プロダクション『Aマイナー・インシデント』に出演し、1994年にブロードウェイでの『ブラッド・ブラザース』でジョンストン夫人を演じた。1996年、アイルランドでピーター・シェリダン演出の『ブライトン・ビーチの思い出』に出演した。

1990年代編集

1990年には初の来日公演が実現し、ジェリー・ゴフィンと連名でロックの殿堂入りも果たした。

1991年初頭、ディナ・キャロルが クォーツのアルバム"Perfect Timing"で「イッツ・トゥー・レイト」をレコーディングした。このカバーは世界中のダンスチャートで1位となり、1991年の全英シングル・チャートで8位に達した。キングもミュージック・ビデオの撮影に出演することが期待されていたが、その時の厳しいツアース・ケジュールを理由に辞退した。

1991年、キングはシンガー・ソングライターであるマライア・キャリーのセカンドアルバム『エモーションズ』で「イフ・イッツ・オーヴァー」を共同で書き、共同プロデュースした。キングはキャリーが最初のシングル「ヴィジョン・オブ・ラヴ」をライブで演奏するのを見て、キャリーと彼女の楽曲にに興味を持ち始めた。キングはキャリーに連絡し、アレサ・フランクリンのためにジェリー・ゴフィンとともに書いた曲「ナチュラル・ウーマン」のカバーに興味があるかどうか尋ねた。キングの音楽的影響の1つが完璧に実行された歌をカバーすることに不安を感じたので、キャリーは辞退した。それでもキャリーと仕事をしようと決意していたキングは、ある種のバラードを作詞作曲することを望んで、ニューヨークにむけて飛び立った。「イフ・イッツ・オーヴァー」の着想を得るまで、2人のソングライターは1日を通してピアノで音楽のアイデアとメロディを交換した。

1997年に、キングはソラヤの1997年のアルバムTorre De Marfilのためにソラヤと共に"Wall Of Smiles / Torre De Marfil"を書いた。同年、キングはセリーヌ・ディオンのアルバム『レッツ・トーク・アバウト・ラヴ』のために「ザ・リーズン」を書き、バッキング・ボーカルをレコーディングした。この曲はフランスでの100万枚を含む世界中で売り上げを伸ばした。 フランスでは1位、イギリスでは11位、アイルランドでは13位になった。このペアは、最初のVH1ディーヴァズ・ライヴ慈善コンサートでデュエットした。 キングはまた、アレサ・フランクリンマライア・キャリーなどと「ナチュラル・ウーマン」を歌ったように、セリーヌ・ディオン、グロリア・エステファンシャナイア・トゥエインと「君の友だち」を演奏した。1998年に、キングは"Anyone at All"を書き、トム・ハンクスメグ・ライアン主演の『ユー・ガット・メール』で演奏した。

1996年には自らの半生をモデルにした架空伝記映画「グレイス・オブ・マイ・ハート」が公開された。劇中曲をオファーされたが断っている。

2000年代編集

2000年に、キングは彼女のヒット曲"Where You Lead"のバージョンをテレビ番組『ギルモア・ガールズ』のテーマソングとしてレコーディングするように求められた。キングは母娘の話に合うようにいくつかの歌詞を書き直した。キングはこの歌を娘のルイーズ・ゴフィンとよく演奏している。この歌の歌詞の背後にある感情が盛り上がったウーマン・リブの台頭と好意から外れたため、オリジナルのリリース後に歌を演奏することはめったになかった。 キングは、「より関連性の高いもの」になるように曲を修正することに同意した。この曲は女性の友情や家族と強く結びついた。[50]

2001年、キングは娘のルイーズゴフィンとともに、GAPのテレビ広告に出演した。[51] キングは新曲「ラヴ・メイクス・ザ・ワールド」(Love Makes the World)を演奏し、2001年秋にコッホ・レコードが配給した自身のレーベル、Rockingaleでのスタジオ・アルバムのタイトル・トラックとなった。アルバムには、1990年代半ばにキングが他のアーティストのために書いた曲が含まれており、セリーヌディオン、スティーヴン・タイラーベイビーフェイスk.d.ラング らをフィーチャーしている。『ラヴ・メイクス・ザ・ワールド』は米国で158、英国で86位になり、ビルボードのトップ・インディペンデント・アルバム・チャートおよびトップ・インターネット・アルバム・チャートに20位で初登場した。[3][52][53] アルバムの拡張版は6年後に発行され、「Love Makes the World Deluxe Edition」と呼ばれた。トニ・スターンと共作した"Where You Lead(I Will Follow)"のリメイクを含む、5つの追加トラックを含むボーナスディスクが含まれている。[54]

同年、キングとスターンは、日本のバンド、JUDY AND MARYの元リードボーカリストであるYUKIがレコーディングした「サヨナラダンス」を翌年の初のソロアルバム『PRISMIC』のために書いた。また2001年、キングはセミソニック英語版のフロントマンであるダン・ウィルソンとアルバムAll About Chemistry英語版の曲を作曲した。

キングは、2004年7月にシカゴのオーディトリアム・シアターでリビング・ルーム・ツアーをスタートした。そのショーは、ロサンゼルスグリーク・シアター英語版とケープコッド・メロディテント(マサチューセッツ州ハイアニス)でのショーとともに、2005年7月にライブアルバム『リビング・ルーム・ツアー英語版』としてレコーディングされた。このアルバムは、米国での最初の週に44,000枚を売り上げ、ビルボード200に17位で登場した。1977年以来で最高のチャート順位のアルバムとなった。アルバムはオーストラリアでも51位となり、米国では330,000枚を売り上げた。[55][56][57] 2006年8月、アルバムは151位でビルボード200に再びチャートインした。[58] ツアーはカナダ、オーストラリア、ニュージーランドで終了した。ツアーのDVDは"Welcome to My Living Room"というタイトルで2007年10月にリリースされた。[59]

2007年11月、キングはキッコーマン北米進出50周年記念イベントの一環で、1990年以来17年振りにメアリー・J・ブライジおよびブラック・アイド・ピーズファーギーとともに日本でツアーを行った。13日の日本武道館公演が、2008年4月11日NHK-BShiにて放映された。日本のレコードレーベルのソニービクターは、以前はコンパクトディスクで入手できなかった1970年代後半の作品を含むキングのアルバムのほとんどを再発行した。キングは、アン・マレーの2007年のアルバム『アン・マレー・デュエット:フレンズ・アンド・レジェンズ英語版』で、アン・マレーとゴフィン/キング作の「タイム・ドント・ラン・アウト・オン・ミー」のデュエットを録音した。この歌は以前、マレーによって1984年のアルバム『ハート・オーヴァー・マインド英語版』のために録音されている。

 
ケネディ・センター名誉賞」授賞式にて小澤征爾らと (2015年12月)

2010年4月から、ジェイムス・テイラー、ザ・セクション(ダニー・コーチマー:G/ラン・カスケル:G/リー・スカラー:B)らによる「トルバドール・リユニオン」ツアーで来日を果たした。

2010年–現在編集

 
2010年のトルバドール・リユニオン・ツアーで演奏するキングとジェームス・テイラー

2010年、キングとジェームス・テイラーは、1970年にウェストハリウッドのトルバドール英語版で初めて共演したことを思い出して、トルバドール・リユニオン・ツアーを行った。二人は、2007年にクラブの創立50周年を記念して1970年に使ったバンドと再会した。これが非常に楽しめたので、彼らは2010年にこのバンドでツアーを行うことにした。ツアーバンドは、そのオリジナルバンドのプレーヤーであるラス・カンケルリーランド・スカラーダニー・コーチマーをフィーチャーした。また、キングのの義理の息子、ロビー・コンドールも参加した。お互いの曲でキングがピアノを弾きテイラーがギターを演奏し、彼らはお互いに関係のある何曲かを一緒に歌った。ツアーは3月にオーストラリアで始まり、5月に米国に戻った。キングは彼女のキャリアの最大クラスの聴衆の前で演奏し、大きな商業的成功を収めた。チケットの総売り上げは70万枚を超え、ツアーの売り上げは5900万ドルを超えて、年間で最も成功したツアーの1つとなっている。[60]

トルバドール・リユニオン・ツアーの期間中、キャロル・キングはジェームス・テイラーとの一枚を含む2枚のアルバムをリリースした。2010年4月27日にリリースされた最初のThe Essential Carole Kingは2枚組のコンピレーションアルバムである。二枚組の1枚目のディスクには、キャロル・キングが録音した多くの曲が収録されており、そのほとんどがヒットシングルだった。2枚目のディスクには、キングが書いた他のアーティストによるレコードが収録されており、そのほとんどがトップ40になり、その多くがNo.1に達していた。[61] 2つ目のアルバムは2010年5月4日にリリースされたキングとジェームス・テイラーのコラボレーションの『トルバドール・リユニオン英語版』で、米国で48,000枚の売り上げで4位でチャート初登場した。[62] その後、『トルバドール・リユニオン』は、米国での500,000枚を超える出荷についてRIAAからゴールドレコードを受け取り、34週間チャートに止まった。

2010年12月22日、キャロル・キングの母親、ユージニア・ギンゴールドは、94歳でフロリダ州デルレイビーチのデルレイ・メディカル・センターのホスピスケア・ユニットで亡くなった。キングは、死因はうっ血性心不全であると述べた。ギンゴールドの死去は、2011年1月1日にマイアミ・ヘラルドによって報じられた。[63]

2011年の秋に、キングはホリデーシーズンのスタンダード曲と、アルバムのプロデューサーでもある娘のルイーズ・ゴフィンが書いた新曲が含まれている『ホリデイ・キャロル (A Holiday Carole)』をリリースした。[64] アルバムは、ベスト・トラディショナル・ポップ・アルバムのグラミー賞にノミネートされた。

キングの自伝『ナチュラル・ウーマン』は、2012年4月10日に米国のグランド・セントラル出版から出版された(日本では河出書房から2013/2/23刊行、ISBN-10: 4309273823、ISBN-13: 978-4309273822)。この本はニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに登録された。[65][66]

2012年5月10日木曜日、キャロル・キングが音楽から引退し、音楽の日々が終わった可能性が最も高いと発表された。キング自身も新たに曲を作ることに疑問を抱き、ジェームス・テイラーとの2010年のトルバドール・レユニオン・ツアーはおそらく彼女の人生の最後のツアーであり、「出て行くのには良い方法だ」と言った。キングはまた、おそらく新しい楽曲を作ったりレコーディングしたりしないだろうとも述べた。[67][68] しかし、5月22日、キングはFacebookページで、実際に引退したとは決して言わず、「休憩中」だと主張した。 キングは2012年にアイダホのニコール・ルファヴォール英語版バラク・オバマの選挙活動に参加した。

2012年12月上旬、キングはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームで星を獲得した。[69] キングは2013年2月にオーストラリア・ツアーを実施した。[70] 2013年4月のボストンマラソン爆弾テロ事件の後、キングはボストンでジェームス・テイラーと共演し、テロの犠牲者を支援した。[71]

"キャロル・キングは私たちの時代で最も影響力のあるソングライターの一人です。50年以上にわたり、彼女は幅広い聴衆のために多くの異なるタイプのアーティストのために曲を作ってレコーディングし、美と尊厳で普遍的な人間の感情を伝えてきました。彼女の作品はガーシュウィン賞の精神を反映しており、その独創性、長寿、多様性に訴えています。"
ジェームズ・H・ビリントン
議会司書[72]

2012年後半、議会図書館は、キャロルキングが2013年のポピュラー・ソングでのガーシュウィン賞の受賞者に指名されたことを発表した。 – 一連の作品についてソングライターに与えられた区別を最初に受け取った女性。[73] 2013年2月、長年の音楽界の功績によりグラミー賞の功労賞を受けた。バラク・オバマ大統領と夫人は2013年5月22日にホワイトハウスで授賞コンサートを開催し、大統領が賞を授与し、引用を読み上げた。[74] 2013年5月、キングはバークリー音楽大学から名誉音楽博士号を授与された。[75] 2013年6月、マサチューセッツ州で、国務長官を辞任したジョン・ケリーの空席を埋めるアメリカ合衆国上院議員補欠選挙で、民主党の指名候補であるエド・マーキー議員の選挙運動を行った。

2013年には彼女の半生をその名曲とともに描いたミュージカル『ビューティフル』がサンフランシスコで上演、2014年にブロードウェイ公演を行うとトニー賞主演女優賞をはじめ、グラミー賞やローレンス・オリヴィエ賞を受賞するなど好評を博し、ロンドン公演や全米ツアーも行われ、各地でロングラン公演が続けられている。日本でも2017年7〜8月に帝国劇場で、キャロル役を水樹奈々平原綾香のダブルキャストで上演された。

2014年1月にキングはミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤーとして表彰された。[76] 2015年12月6日、キングはケネディ・センター名誉賞受賞者として表彰された。[77]

2016年、彼女は2016年7月3日にロンドンハイドパークで開催されたブリティッシュ・サマー・タイム・フェスティバルのヘッドパフォーマーであり、『つづれおり』の全曲を初めてライブで演奏した。[78] つづれ織りのライブレコーディングされたコンサートは、2016年10月にイギリスSkyArts TVで放送された。アルバムは2017年にリリースされている。

2018年10月に、キングは自身の曲“One”の新バージョンをリリースした。2011年以来の最初の新しい録音で、キングは“One”(オリジナルは1977年のアルバム『シンプル・シングス』)の歌詞を“One(2018)”として11月6日(米国の中間選挙)のために「愛が勝った」と書き直すべくインスパイアされた。[79]

俳優としての出演編集

キングは時々俳優としても出演している。キングの最も初期の出演は、モーリス・センダックの作品に基づいたアニメーションTVスペシャルである1975年の『おしゃまなロージー』の主役の吹き替え(歌も)だった。また1975年、当時の結婚名のキャロル・ラーキーとしてメアリー・タイラー・ムーア・ショーのエピソード「子供と犬が嫌いな人」に出演した。1984年、キングはフェアリーテール・シアターのエピソード「ゴルディロックスと3びきのくま」に、テイタム・オニールホイト・アクストンアレックス・カラス英語版ジョン・リスゴーと並んで出演した。キングは後に、テレビシリーズ『ギルモア・ガールズ』のゲストスターとして、スターズ・ホロー・ミュージック・ストアの所有者であるソフィーとして3回出演した。キングの曲"Where You Lead (I Will Follow)"の娘のルイーズと歌ったバージョンがシリーズのテーマソングとして使われている。[80] キングは、2016年のギルモア・ガールズNetflixでのリバイバル、『ギルモア・ガールズ:ア・イヤー・イン・ザ・ライフ』で同じ役で再出演した。キングはまた、オリジナル・ブロードウェイ・プロダクション『ブラッド・ブラザーズ』でジョンストン夫人役の代役として出演した。

私生活と家族編集

キングは、ジェリー・ゴフィン、チャールズ・ラーキー、リック・エバーズ、リック・ソレンソンと4回結婚している。2012年の自伝で、キングは3番目の夫であるリック・エヴァーズに定期的に身体的虐待を受けたと書いている[11]:282。エヴァーズは、2人が別れた後の1978年にコカインの過剰摂取で死亡している[11]:310–311

彼女の子供たちはミュージシャンのルイーズ・ゴフィン英語版とシェリー・ゴフィン・コンドール、アーティストのモリー・ラーキー英語版、リーヴァイ・ラーキーである[81]

2018年11月現在、キングはアイダホ州に住んでいる[82]

彼女の正式名はキャロル・キング・クライン (Carole King Klein) である[83]

政治および環境活動編集

1977年にアイダホに引っ越してからキングは環境問題に関与するようになった。1990年以来、キングは北部ロッキー生態系保護法(NREPA)の成立に向けて、野生のロッキーのための野生の連合およびその他のグループと協力してきた。キングはNREPAのためにキャピトル・ヒルで1994年、2007年、2009年の3回証言した。[84][85]

キングはまた、アメリカ合衆国民主党で政治的に活動している。2003年、ジョン・ケリーのための選挙運動を開始し、民主党の予備選挙中に党員集会代議員のために自宅で演奏した。2004年7月29日、ケリーが大統領への民主党の指名のための受け入れスピーチを行う約2時間前に、短いスピーチをして民主党全国大会で歌った。[86]キングは総選挙を通してケリーへの支援を続けた。ケリーが2013年に国務長官に指名されたとき、キングは補欠選挙でケリーの後を引き継がせるべく、民主党の候補者であるエド・マーキーと選挙運動を行った。

2008年、キングは『コルベア・レポー』の3月18日のエピソードに出演し、再び彼女の政治活動に言及した。キングはヒラリー・クリントンを支持していると発言し、その選択は性別とは関係ないと述べた。キングはまた、バラク・オバマが選挙に勝てば問題はないと述べた。ショーの結論の前に、彼女は舞台に戻り、「空が落ちてくる (I Fell the Earth Move)」を演奏した。[87]

2014年10月6日、キングはジョー・バイデン副大統領が出席した、カリフォルニア州ビバリーヒルズにあるビバリー・ウィルシャー・ホテルでの民主党の募金活動に参加した。[88]

2017年1月21日、キングはアイダホ州スタンリーで開催された2017年女性大会に参加し、「小さな声」と書かれた看板を掲げた。ハフィントン・ポストへの寄稿で「1つの小さな声と数百万の他の小さな声が、まさに私たちが世界を変える方法であると信じることを止めたことはなかった」ので、キングはそのメッセージを掲げたと書いた。[89]

トリビュートとカバー編集

 
2012年4月12日、マサチューセッツ州ボストンのジョン・F・ケネディ図書館でのインタビュー中のキング

アーティスト・オールスター名鑑は、1995年のアルバムTapestry Revisited:A Tribute to Carole Kingでキングに敬意を表した。アルバムから、ロッド・スチュワート・バージョンの「去りゆく恋人」とセリーヌ・ディオンの「ナチュラル・ウーマン」のレコーディングは、どちらもアダルト・コンテンポラリーチャート・ヒットした。アルバムに登場した他のアーティストには、エイミーグラント(「イッツ・トゥー・レイト」)、リチャード・マルクス(「ビューティフル」)、アレサ・フランクリン(「君の友だち」)、フェイス・ヒル(「地の果てまでも」)、ビージーズ(「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」)などが含まれている。

モンキーズミッキー・ドレンツは、2010年にキングが単独または共同で書いた曲で構成されるトリビュート・アルバム『キング・フォー・ア・デイ』をリリースした。[90]アルバムには、1967年にモンキーズによって最初に録音されたキング作の曲であるSometime in the Morningが含まれている。ドレンツは以前、彼の子守唄をテーマにしたCDMicky Dolenz Puts You to Sleepに、キング作の別のモンキーズの曲「ポルポワーズの歌」を録音していた。[91]

Kingの作品の他の多くのカバーバージョンは、長年にわたって登場している:

  • A-haは1989年に録音し、1990年にリリースしたアルバム『イースト・オブ・ザ・サン、ウェスト・オブ・ザ・ムーン』でCrying in the Rainをカバーした。
  • 君の友だち」は、1971年のジェームス・テイラーのナンバーワンヒットであり、同年のロバータ・フラックドニー・ハサウェイのトップ40ヒットだった。
  • アレサ・フランクリンは、「ナチュラル・ウーマン」と「君の友だち」をカバーした。
  • アイザック・ヘイズは、No.1 R&BライブアルバムLive at the Sahara Tahoeで「イッツ・トゥー・レイト」をレコーディングした。この曲は、1972年のビリー・ポールのベストセラーアルバム『360度ビリーポール (360 Degrees of Billy Paul)』にも収録されており、その年のアルバム『ブラザー、ブラザー』にアイリー・ブラザース英語版が収録したキャロル・キングの3曲のうちの1曲だった(残りは「ブラザー・ブラザー」と「スウィート・シーズンス」)。
  • 1972年、バーブラ・ストライサンドは「地の果てまでも (Where You Lead)」で2回、トップ40ヒットを記録した - それ自体で、また「Sweet Inspiration」でのライブメドレーの一部として。ストレイサンドは、1971年に"No Easy Way Down"、1972年に「ビューティフル」と「君の友だち」、そして1974年に「愛 (Being At War With Other Other)」についても取り上げている。
  • ヘレン・レディは2曲のキャロル・キング作をカバーしている。最初の曲は1971年の"No Sad Song"。 2曲目は1976年の"en:I Can't Hear You No More"。
  • カーペンターズは1972年にキングの「小さな愛の願い」を録音し、ビルボードチャートで12位に達した。
  • リチャード・カーペンターは、1989年に10代の歌手/俳優のスコット・グリムズと「君の友だち」のバージョンを制作した。マルティカは1989年に「空が落ちてくる」で25位のヒットを記録し、1995年のグロリア・エステファンによってアダルト・コンテンポラリー・チャートに「イッツ・トゥー・レイト」が再登場した。
  • リンダ・ロンシュタットは1993年に「オー!ノー・ノット・マイ・ベイビー」の新バージョンを録音した。セリーヌ・ディオンは、1997年のアルバム『レッツ・トーク・アバウト・ラヴ』でキングの曲「ザ・リーズン」をキングのバックアップボーカルと共にレコーディングした。このリメイクは、フランスでダイヤモンドの認定を受けた。キングの娘をとともに再録音された「地の果てまでも (Where You Lead)」(トニ・スターン作詞)は、テレビ番組ギルモア・ガールズのタイトル曲となった。
  • マンディ・ムーアは、2003年のアルバム『カヴァレッジ英語版』で「空が落ちてくる」を取り上げた。また、ザ・クルセイダーズは彼らの1971年のアルバム『クルセイダーズ1』から「去りゆく恋人 (So Far Away)」でインストゥルメンタル・ヒットを飛ばした。
  • ブライアン・フェリーは、1993年のアルバム"Taxi"で「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」を取り上げた。


伝記映画編集

1996年、キングの人生に非常に大まかに基づいた映画、『グレイス・オブ・マイ・ハート』が、アリソン・アンダースの脚本・監督によって製作された。この映画では、有名になりたい歌手が自分の歌手としてののキャリアを犠牲にして、他の歌手のキャリアをスタートさせるヒット曲を作る。 キングの人生を反映して、映画は彼女の最初のブレークに始まり、レコード業界からの拒絶と不幸な結婚の痛みを経て、自分自身のヒットアルバムをレコーディングするという彼女の夢を実現することで最終的な勝利に続いている。[92]

ストーリーには、キングの作詞作曲の仲間と、彼らが楽曲を書いた歌手、1958年から1964年にかけてのブリル・ビルディングと、1965年から1971年のカリフォルニアの音楽シーンに存在した、創造的な環境に関与したさまざまなプロデューサーに基づいた楽曲とキャラクターが含まれている。

ブロードウェイの伝記ミュージカル編集

キングの人生とキャリアのミュージカル・バージョンは、2013年9月にサンフランシスコで開催されたブロードウェイ前のトライアウトで、『ビューティフル』(Beautiful:The Carole King Musical)というタイトルで開幕した。主役はジェシー・ミューラーが務めた。[93]ブロードウェイのプレビューは、2013年11月21日にスティーヴン・ソンドハイム劇場でスタートし、2014年1月12日に正式に開幕した。脚本はダグラス・マクグラスによる。[94]レビューはまちまちだったが、おおむね好意的だった。[95]ジェシー・ミューラーは、キングの描写でミュージカル主演女優賞でトニー賞を受賞し、ブライアン・ロナンはミュージカル音響デザイン賞でトニー賞を受賞した。[96]

受賞歴編集

グラミー賞編集

ノミネート対象 結果
1972 つづれおり 最優秀アルバム賞 受賞
イッツ・トゥー・レイト 最優秀レコード賞 受賞
君の友だち 最優秀楽曲賞 受賞
『つづれおり』 最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞 受賞
1975 「ジャズマン」 ノミネート
1976 おしゃまなロージー 最優秀子供のためのアルバム賞 ノミネート
1993 "Now and Forever" 最優秀楽曲賞映画、テレビ、その他映像部門 ノミネート
1998 『つづれおり』 グラミー殿堂賞 殿堂入り
2002 「君の友だち」 殿堂入り
2002 「イッツ・トゥー・レイト」 殿堂入り
2004 Carole King 特別功労賞理事会賞 Honored
2013 Lifetime Achievement 特別功労賞生涯業績賞 Honored
A Holiday Carole 最優秀トラディショナル・ポップ・ヴォーカル・アルバム賞 ノミネート
2014 ビューティフル 最優秀ミュージカル・ショー・アルバム賞 受賞
Carole King ミュージケア賞 Honored

プライムタイム・エミー賞編集

ノミネート対象 結果
2000 "Song of Freedom" 歌曲部門 ノミネート

サテライト賞編集

ノミネート対象 結果
1998 "Anyone At All" 主題歌賞 ノミネート

表彰編集

  • 1987年、ゴフィンとキングはソングライターの殿堂入りした。
  • 1988年、ゴフィンとキングは、全米ソングライターアカデミー生涯功労賞を受賞した。[97]
  • 1990年、キングはゴフィンとともに、彼女の作詞作曲の功績により、非演者部門のロックンロール殿堂入りをはたした。
  • 2002年、キングはソングライターの殿堂から「ジョニー・マーサー賞」を授与された。
  • 2004年、ゴフィンとキングはグラミー賞の特別功労賞理事会賞を受賞した。
  • キングは2007年にロングアイランド音楽の殿堂入りした。[98]
  • 2012年12月3日、キングはハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムで2,486番目の星を獲得した。[99]
  • 2013年2月9日に、キングはグラミー賞特別功労賞生涯業績賞を受賞した。[100]
  • 2013年5月21日火曜日、議会図書館はキャロル・キングに敬意を表して、クーリッジ音楽堂で招待制コンサートを開催した。オールスターのトリビュートには、サイーダ・ギャレットコルビー・キャレイヒアン・マルコシェルビー・リンパティ・オースティンアルトゥーロ・サンドヴァル、およびキングの娘であるルイーズ・ゴフィンによる公演が含まれていた。[101]
  • 翌晩の2013年5月22日にはホワイトハウスで、キングはジェームス・テイラー、グロリア・エステファンエミリー・サンデー、トリーシャ・イヤーウッド、ジェシー・マッカートニービリー・ジョエルを含む他のスターパフォーマーと共演した。[102] バラク・オバマ大統領はキャロル・キングに女性歌手に最初に授与された第5回ポピュラー・ソングの議会図書館ガーシュウィン賞を授与した。[103][104] ホワイトハウスのコンサートと授賞式は、キャロル・キングを祝うイベントの2日間を締めくくった。
  • 2014年、キングはアメリカン・アカデミー・オブ・アチーブメントのゴールデンプレート賞を受賞した。[105]
  • 2015年12月6日、キングは舞台芸術を通じてアメリカ文化に生涯貢献したことを称えてケネディ・センター名誉賞を贈られた。[106][107]

ディスコグラフィ編集

シングル編集

  • Right Girl / Goin' Wild (1958/ABC-Paramount 9921)
  • Under The Stars / Baby Sittin' (Dec.1958/ABC-Paramount 9986)
  • Short Mort / Queen Of The Beach (1959/RCA 47-7560)
  • Oh Neil / A Very Special Boy (1959/Alpine 57)
  • It Might As Well Rain Until September / Nobody's Perfect (Jun.1962/Companion 2000)
  • It Might As Well Rain Until September / Nobody's Perfect (1962/Dimension 2000)
  • School Bells Are Riging / I Didn't Have Any Summer Romance (1962/Dimension 1004)
  • He's A Bad Boy / We Grew Up Together (1963/Dimension 1009)
  • A Road To Nowhere / Some Of Your Lovin' (1966/Tomorrow 7502)

オリジナル・アルバム編集

  • 『ライター』 - Writer (1970)
  • つづれおり』 - Tapestry (1971)
  • ミュージック』 - Music (1971)
  • 喜びは悲しみの後に』 - Rhymes and Reasons (1972)
  • ファンタジー』 - Fantasy (1973)
  • 喜びにつつまれて』 - Wrap Around Joy (1974)
  • サラブレッド』 - Thoroughbred (1976)
  • 『シンプル・シングズ』 - Simple Things (1977)
  • 『ウェルカム・ホーム』 - Welcome Home (1978)
  • 『タッチ・ザ・スカイ』 - Touch the Sky (1979)
  • 『パールズ』 - Pearls (1980)
  • 『ワン・トゥ・ワン』 - One To One (1982)
  • 『スピーディング・タイム』 - Speeding Time (1983)
  • 『シティ・ストリーツ』 - City Streets (1989)
  • 『カラー・オヴ・ユア・ドリームス』 - Colour Of Your Dreams (1993)
  • 『ラヴ・メイクス・ザ・ワールド』 - Love Makes The World (2001)
  • 『ラヴ・メイクス・ザ・ワールド:デラックス・エディション』 - Love Makes the World: Deluxe Edition (2007)
  • 『ホリデイ・キャロル』 - A Holiday Carole (2011)
The City名義
  • 『夢語り』 - Now That Everything's Been Said (1968)

ライブ・アルバム編集

  • 『イン・コンサート』 - In Concert (1994)
  • 『カーネギーホール・コンサート』 - The Carnegie Hall Concert June 18,1971 (1996)
  • 『リビング・ルーム・ツアー』 - Living Room Tour (2005)
  • 『トルバドール・リユニオン』 - Live at the Troubadour (2010)

コンピレーション編集

  • Dimension Dolls (1963/Dimension LP 6001)
  • おしゃまなロージー』 - Really Rosie (1975) - サウンドトラック
  • 『グレイテスト・ヒッツ』 - Her Greatest Hits -Songs Of Long Ago (1978)
  • 『私花集』 - A Natural Woman -Ode Collection 1968-1976 (1994)
  • 『タイム・ゴーン・バイ』 - Time Gone By (1994)
  • 『ナチュラル・ウーマン~ヴェリー・ベスト・オブ』 - A Natural Woman -The Very Best Of- (1999)
  • 『ブリル・ビルディング・レジェンズ』 - Brill Building Legends - Complete Recordings 1958-1966 (1999)

主な作品編集

日本公演編集

3月7日,8日 NHKホール、9日 名古屋市民会館、10日 大阪厚生年金会館
  • 2007年 50 Years in the USA KIKKOMAN presents 「3 Great American Voices」
(共演:メアリー・J. ブライジファーギー
11月5日,6日 大阪城ホール、10日 さいたまスーパーアリーナ、12日,13日 日本武道館
  • 2008年 WELCOME TO MY LIVING ROOM TOUR JAPAN 2008 - HER BEST HITS LIVE
11月10日,11日 Bunkamuraオーチャードホール、14日,15日 大阪厚生年金会館大ホール、17日 名古屋国際会議場センチュリーホール、21日,22日 東京国際フォーラム・ホールA、24日 神戸国際会館こくさいホール
4月14日,16日 日本武道館、17日 パシフィコ横浜国立大ホール

フィルモグラフィー編集

映画
タイトル 役割 メモ
1975 Chicken Soup with Rice ロージー(声) ショートフィルム
1977 Bionic Boy
1985 マーフィーのロマンス ティリー
1987 ラスキーズ コヴァック夫人
1989 ザ・ハウス/屋根裏の悪魔 トムの母親(声)
テレビ
タイトル 役割 メモ
1975 おしゃまなロージー ロージー(声) テレビ映画
1975 メアリー・タイラー・ムーア・ショウ ヘレンおばさん 「子供と犬を嫌う人」(シーズン5エピソード24)
1984 フェアリーテール・シアター お母さん 「ゴルディロックスと3びきのくま」(シーズン3、エピソード1)
1989 トレイシー・ウルマン・ショー ジョアン、匿名の買い物中毒者のメンバー 「愛のホランドトンネル」(シーズン4、エピソード8)
1991 女弁護士ロージー・オニール トビー・カロウ "The Reunion" (Season 1, Episode 15)
1991 ABC Afterschool Specials Johanna Martin "It's Only Rock & Roll" (Season 19, Episode 5)
2002–05 ギルモア・ガールズ ソフィー・ブルーム 「有能な秘書求む!」(シーズン2、エピソード20)

「スターズ・ホロー博物館」(シーズン5、エピソード18) 「感謝祭に欲しいもの」 (シーズン6、エピソード10)

2016 Gilmore Girls: A Year in the Life ソフィー・ブルーム ゲスト

認定編集

与えられた年はアルバムとシングルがリリースされた年であり、必ずしもピークに達した年ではない

米国ビルボード・トップ10アルバム[3]

米国ビルボード・トップ10・ポップ・シングル[3]

アルバムとシングルの認定

曲のタイトル 認定
「イッツ・トゥー・レイト - It's Too Late」 ゴールド
アルバム・タイトル 認定
『つづれおり』 Tapestry' ダイヤモンド
『ミュージック』 Music プラチナ
『喜びは悲しみの後に』 Rhymes and Reasons ゴールド
『ファンタジー』 Fantasy ゴールド
『喜びにつつまれて』 Wrap Around Joy ゴールド
『サラブレッド』 Thoroughbred ゴールド
『シンプル・シングス』 Simple Things ゴールド
『グレイテスト・ヒッツ』 Her Greatest Hits プラチナ
『トルバドール・リユニオン』 Live at the Troubadour ゴールド

脚注・出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 'Tapestry' Jumps from number 15 to number 7 on Billboard's Top Pop Catalog Chart”. Carole King (2001年10月12日). 2015年8月25日閲覧。
  2. ^ "Carole King and James Taylor Troubadour Reunion Comes to an End" July 20, 2010, Anit Music.com
  3. ^ a b c d King Bio at Allmusic.com
  4. ^ "Librarian of Congress Names Carole King Next Recipient of the Library of Congress Gershwin Prize for Popular Song" December 12, 2012, www.loc.gov
  5. ^ Schrieber, Zachary (2014年11月5日). “Carole King and Alan Dershowitz Explore Their Jewish Roots”. Tablet Magazine. 2018年6月5日閲覧。
  6. ^ Gluck, Robert (2012年11月24日). “Carole King: Famous, yet ‘haimische’”. The Jerusalem Post. https://www.jpost.com/Arts-and-Culture/Music/Carole-King-Famous-yet-haimische 2018年6月5日閲覧。 
  7. ^ Heller, Karen (2015年12月1日). “Carole King’s musical odyssey”. The Washington Post. https://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/carole-kings-musical-odyssey/2015/12/01/ef1721a8-79b5-11e5-b9c1-f03c48c96ac2_story.html 2018年6月5日閲覧。 
  8. ^ Thomson, Liz (2012年4月19日). “A Natural Woman: A Memoir, By Carole King”. The Independent. https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/a-natural-woman-a-memoir-by-carole-king-7661007.html 2018年6月5日閲覧。 
  9. ^ Gurock, Jeffrey S. (2012). Jews In Gotham (City of Promises). New York University Press. p. 121. OCLC 811132966. https://books.google.com/books?id=ASU7V5MywecC&pg=PA121 2013年3月22日閲覧。 
  10. ^ Weller, Sheila (2008年4月27日). “Girls Like Us”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2008/04/27/books/chapters/first-chapter-girls-like-us.html 2019年10月5日閲覧。 
  11. ^ a b c d e f g h i j k l Carole King (April 10, 2012). A Natural Woman. Grand Central Publishing. https://books.google.com/books?id=14ydMfF202oC&pg=PT16#v=onepage 2013年3月22日閲覧。 
  12. ^ Legendary singer/songwriter Carole King looks back – books”. Today | MSNBC (2012年1月13日). 2012年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月14日閲覧。
  13. ^ Photo of Carol King as a child with her parents”. Tc.pbs.org. 2018年11月9日閲覧。
  14. ^ Carole King Biography and Interview”. www.achievement.org. American Academy of Achievement. 20200309閲覧。
  15. ^ Photo of Carol King at the piano at age four”. Caroleking.com. 2018年11月9日閲覧。
  16. ^ a b Carole King Biography – Facts, Birthday, Life Story – Biography.com”. biography.com. 2013年3月17日閲覧。
  17. ^ Perone, James E. (2006). The Words and Music of Carole King. Greenwood Publishing Group. p. 3. https://books.google.com/books?id=e5lgPm5eq40C&pg=PA2 2013年3月17日閲覧。 
  18. ^ Carole King – The Right Girl / Goin' Wild (Vinyl) at Discogs”. discogs.com. 2013年3月18日閲覧。
  19. ^ a b c Weller, Sheila. Girls Like Us: Carole King, Joni Mitchell, Carly Simon-and the Journey of a Generation New York, Washington Square Press, 2008. 978-0-7434-9147-1
  20. ^ Brown, Helen (2009年4月22日). “Carole King interview”. The Daily Telegraph (London: TMG). ISSN 0307-1235. OCLC 49632006. https://www.telegraph.co.uk/journalists/helen-brown/5201808/Carole-King-interview.html 2013年3月17日閲覧。 
  21. ^ Photo of King and Gerry Goffin with their baby daughter”. Girlslikeusthemusic.com. 2018年11月9日閲覧。
  22. ^ Songwriters Hall of Fame – Gerry Goffin”. songwritershalloffame.org. 2013年3月18日閲覧。
  23. ^ Curt Schleier (2012年6月7日). “Q&A: Neil Sedaka on Adele and Carole King – The Arty Semite – Forward.com”. The Jewish Daily Forward. http://blogs.forward.com/the-arty-semite/156973/q-and-a-neil-sedaka-on-adele-and-carole-king/ 2013年3月19日閲覧。 
  24. ^ Carole King – Oh, Neil / A Very Special Boy (Vinyl) at Discogs”. discogs.com. 2013年3月18日閲覧。
  25. ^ a b Perone, James E. (2006). The Words and Music of Carole King. Greenwood Publishing Group. ISBN 978-0-275-99027-5 
  26. ^ Billig, Michael (June 1, 2001). Rock 'n' Roll Jews. Syracuse University Press. p. 95. https://books.google.com/books?id=yQHJC4F6zeUC&pg=PA95#v=onepage 2013年3月18日閲覧。 
  27. ^ Turner, Alwyn W. (2003). The Rough Guide to Rock. Rough Guides. p. 426. https://books.google.com/books?id=Fie47qSuTsoC&pg=RA1-PA1979#v=onepage 2013年3月19日閲覧。 
  28. ^ Photo of King writing songs with Gerry Goffin”. Girlslikeusthemusic.com. 2018年11月9日閲覧。
  29. ^ Snyder, Rachel Louise (1999年6月19日). “Will you still love me tomorrow?”. Salon. 2013年3月18日閲覧。
  30. ^ Perone, James E. (2006). The Words and Music of Carole King. Greenwood Publishing Group. p. 131. https://books.google.com/books?id=e5lgPm5eq40C&pg=PA131#v=onepage 2013年3月18日閲覧。 
  31. ^ Photo of King and Gerry Goffin”. D3rm69wky8vagu.cloudfront.net. 2018年11月9日閲覧。
  32. ^ a b Bio | Carole King. http://www.caroleking.com/bio 2013年3月19日閲覧。 
  33. ^ Dimension Album Discography”. Both Sides Now Publications. 2013年11月24日閲覧。
  34. ^ Music: Top 100 Songs | Billboard Hot 100 Chart | THE WEEK OF OCTOBER 6, 1962
  35. ^ Music: Top 100 Songs | Billboard Hot 100 Chart | THE WEEK OF OCTOBER 13, 1962
  36. ^ La Gorce, Tammy. New Jersey's Magic Moments, The New York Times, October 30, 2005. Accessed November 25, 2007.
  37. ^ Gerry Goffin and Carole King Biography | The Rock and Roll Hall of Fame and Museum”. rockhall.com. 2013年3月19日閲覧。
  38. ^ Alex Ogg (November 1, 2003). The Rough Guide to Rock. Rough Guides. p. 556. https://books.google.com/books?id=7ctjc6UWCm4C&pg=PT563#v=onepage 2013年3月19日閲覧。 
  39. ^ The City”. Allmusic. 2011年2月6日閲覧。
  40. ^ James E. Perone (2006). The Words and Music of Carole King. Greenwood Publishing Group. p. 22. https://books.google.com/books?id=e5lgPm5eq40C&pg=PA22 2011年2月6日閲覧。 
  41. ^ Now That Everything's Been Said – The City”. Allmusic. 2011年2月6日閲覧。
  42. ^ Photo of King with Lou Adler”. Blog.lightintheattic.net. 2018年11月9日閲覧。
  43. ^ Troubadours - Carole King’s Monumental Tapestry Album | American Masters | PBS” (2015年2月20日). 2018年4月3日閲覧。
  44. ^ James Rosen (2012年4月19日). “‘A Natural Woman’ by Carole King – Books”. The Boston Globe. 2013年3月20日閲覧。
  45. ^ Jason Ankeny. “Carole King Biography”. AllMusic. 2020年3月9日閲覧。
  46. ^ Carole King Artistfacts”. Artistfacts.com (1942年2月9日). 2014年4月19日閲覧。
  47. ^ Carole King – Thoroughbred 1976 Album and Tour”. Waddywachtelinfo.com. 2014年4月19日閲覧。
  48. ^ Foster, Catherine. “Carole King – still a Queen of Rock”. CSMonitor.com. 2014年4月19日閲覧。
  49. ^ a b Soundtracks for Murphy's Romance”. IMDb.com. 2014年4月18日閲覧。
  50. ^ Yandoli, Krystie Lee. “The Full Story Behind How The "Gilmore Girls" Theme Song Came To Be”. BuzzFeed. 2017年10月5日閲覧。
  51. ^ Carole King Gap Commercial”. YouTube.com. 2014年8月13日閲覧。
  52. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  53. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  54. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  55. ^ Yahoo Music – Exclusive New Music and Music Videos”. New.music.yahoo.com (2011年4月20日). 2014年4月19日閲覧。
  56. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  57. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  58. ^ Official Website of Carole King – Songwriter, Performer, Author”. Carole King (2014年1月24日). 2014年4月19日閲覧。
  59. ^ Rockingdale Records Releases Carole King's 'Welcome to My Living Room' DVD”. Carole King (2007年12月1日). 2015年12月30日閲覧。
  60. ^ “James Taylor and Carole King Craft Season's Hottest Tour”. Billboard. http://www.billboard.com/articles/news/957335/james-taylor-and-carole-king-craft-seasons-hottest-tour 2014年4月19日閲覧。. 
  61. ^ The Essential Carole King: Music”. Amazon.com. 2014年4月19日閲覧。
  62. ^ “Godsmack Grabs Third No. 1 Album; Eminem Wows Digitally”. Billboard. http://www.billboard.com/articles/news/958279/godsmack-grabs-third-no-1-album-eminem-wows-digitally 2013年12月2日閲覧。. 
  63. ^ Dolen, Christine. (July 31, 1916) Eugenia Gingold, Carole King's mother, dies at 94. MiamiHerald. Retrieved on July 8, 2011.
  64. ^ Rockingdale Records HRM-33267-02 UPC 8-88072-33267-6
  65. ^ A Natural Woman”. Carole King. 2012年3月28日閲覧。
  66. ^ Carole King: A Natural Woman – A Memoir on-sale April 10”. The Troubadour Tribune (2012年3月12日). 2012年3月28日閲覧。
  67. ^ “Carole King: 'It Would be Lovely to Retire'”. Billboard. (September 14, 2009). http://www.billboard.com/articles/news/488698/carole-king-it-would-be-lovely-to-retire 2012年11月11日閲覧。. 
  68. ^ VVN Music (2012年5月11日). “Carole King Retires”. Noise11. 2012年11月11日閲覧。
  69. ^ Carole King receives Hollywood Walk of Fame star; ABC”. ABClocal.com (2012年12月4日). 2019年10月31日閲覧。
  70. ^ Carole King Australian Tour, February 2013; MUsic Feeds”. musicfeeds (Australia) (2012年11月12日). 2020年3月16日閲覧。
  71. ^ Boston Strong – Carole King & James Taylor - "Up on the Roof" - LIVE”. YouTube (2013年6月1日). 2014年4月19日閲覧。
  72. ^ "Carole King Is Winner of Gershwin Prize for Popular Song", Playbill, Dec. 13, 2012
  73. ^ Desta, Yohana (2013年5月21日). “Carole King on Gershwin Prize: 'Do not make me cry'”. USA Today. https://www.usatoday.com/story/life/music/2013/05/21/carole-king-gershwin-prize-library-of-congress-concert/2349441/ 2015年7月24日閲覧。 
  74. ^ The President and First Lady Host Concert Honoring Carole King: Recipient of the 2013 Library of Congress Gershwin Prize for Popular Song”. Carole King (2013年5月23日). 2014年4月19日閲覧。
  75. ^ Berklee College of Music Honorary Doctorate Degree 2013”. Carole King. 2017年3月3日閲覧。
  76. ^ Carole King Named 2014 MusiCares Person Of The Year”. GRAMMY.com. 2014年4月19日閲覧。
  77. ^ オバマ大統領、小澤さんを称賛 日本人初のケネディ賞 - 日本経済新聞
  78. ^ Carole King makes UK stage return playing Tapestry in full”. bbc.co.uk. 2016年7月4日閲覧。
  79. ^ Carole King’s Midterm Dream Is “One (2018)” New Video From Tapestry Studio - Music News Net”. Musicnewsnet.com. 2018年11月9日閲覧。
  80. ^ “Carole-King-Welcome-to-My-Living-Room – Cast, Crew, Director and Awards”. Movies.nytimes.com. https://movies.nytimes.com/movie/416298/Carole-King-Welcome-to-My-Living-Room/cast 2014年4月19日閲覧。 
  81. ^ Horsburgh, Susan. “Harmonic Emergence”. People.com. 2013年12月2日閲覧。
  82. ^ The Last Word with Lawrence O'Donnell, August 11, 2018, MSNBC, Interview
  83. ^ "Our People Our Traditions". Finding Your Roots. PBS. 7回,シーズン2. ""Actually I am still 'Klein', I've incorporated that my legal name now is 'Carole King Klein'. You know, I went through four marriages and changed my name every single time, and then I finally came back to 'no, I'm Klein!'.""
  84. ^ Soldevere, Joe (2007年4月20日). “Carole King Joins Reps. Maloney and Shays in Support of the Northern Rockies Ecosystem Protection Act”. Press Releases. Washington, D.C. U.S.A.: Official Website of the United States House of Representatives. 2010年2月16日閲覧。
  85. ^ Houston, Jon (2009年2月11日). “Carole King Joins Rep. Carolyn Maloney in Supporting the Northern Rockies Ecosystem Protection Act”. Press Releases. Washington, D.C.: Official website of the Unisted States House of Representatives. 2010年2月16日閲覧。
  86. ^ Vaziri, Aidin (2004年8月15日). “Pop Quiz: Carole King”. SF Gate. http://www.sfgate.com/music/popquiz/article/POP-QUIZ-CAROLE-KING-2701676.php 2015年12月30日閲覧。 
  87. ^ Daly, Sean. “Carole King: Her music, her life, her daughter”. KSFR. 2015年12月30日閲覧。
  88. ^ Victoria Talbot, VP Joe Biden to Snarl Traffic with Fundraiser at Beverly Wilshire Hotel Archived October 12, 2014, at the Wayback Machine., The Beverly Hills Hotel, October 6, 2014
  89. ^ King, Carole (2017年1月26日). “Why I’m Just Now Re-Releasing A Song I First Wrote In 1982”. Huffington Post. http://www.huffingtonpost.com/entry/one-small-voice_us_588a2830e4b0024605fe459f 2017年1月26日閲覧。 
  90. ^ Graff, Gary (2010年6月3日). “Monkee Micky Dolenz Pays Tribute to Carole King”. Billboard. 2019年10月5日閲覧。
  91. ^ Micky Dolenz Puts You to Sleep”. AllMusic. 2011年7月21日閲覧。
  92. ^ Travers, Peter (September 13, 1996). “Grace of My Heart”. Rolling Stone. https://www.rollingstone.com/movies/reviews/grace-of-my-heart-20001208 2015年12月30日閲覧。. 
  93. ^ Hetrick, Adam (2013年10月20日). “Broadway-Bound Beautiful: The Carole King Musical Ends San Francisco Engagement Oct. 20”. playbill.com. 2013年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月17日閲覧。
  94. ^ Hetrick, Adam (2013年11月21日). “Beautiful: The Carole King Musical, Starring Jessie Mueller, Arrives on Broadway Nov. 21”. playbill.com. 2013年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月17日閲覧。
  95. ^ The Verdict: Critics Review Beautiful: The Carole King Musical”. playbill.com (2014年1月12日). 2014年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月17日閲覧。
  96. ^ The Tony Award Winners”. TonyAwards.com. 2019年1月21日閲覧。
  97. ^ Weller, Sheila.Girls Like Us: Carole King, Joni Mitchell, Carly Simon-and the Journey of a Generation New York, Washington Square Press, 2008. 978-0-7434-9147-1
  98. ^ Long Island Music Hall of Fame | Preserving & Celebrating the Long Island musical heritage”. Limusichalloffame.org. 2014年4月19日閲覧。
  99. ^ Carole King Gets Star on Walk of Fame” (英語). Hollywood, CA Patch. Patch Media (2012年12月4日). 2019年10月4日閲覧。
  100. ^ “Carole King Fast Facts”. CNN. (2019年6月14日). https://www.cnn.com/2016/05/25/us/carole-king-fast-facts/index.html 2019年10月4日閲覧。 
  101. ^ Desta, Yohana (2013年5月21日). “Carole King on Gershwin Prize: 'Do not make me cry'”. USA Today. https://www.usatoday.com/story/life/music/2013/05/21/carole-king-gershwin-prize-library-of-congress-concert/2349441/ 2013年5月23日閲覧。 
  102. ^ Hetrick, Adam (May 28, 2013). “'Carole King White House Concert, With Billy Joel and James Taylor, Broadcast on PBS May 28'”. Playbill. オリジナルのJune 8, 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130608060131/http://www.playbill.com/news/article/178331-Carole-King-White-House-Concert-With-Billy-Joel-and-James-Taylor-Broadcast-on-PBS-May-28 2012年5月28日閲覧。. 
  103. ^ Carole King: The Library Of Congress Gershwin Prize In Performance At The White House”. KPBS Public Media (2013年5月23日). 2019年10月5日閲覧。
  104. ^ President and First Lady to Host Concert Honoring Carole King in the East Room”. The White House.gov. 2013年5月23日閲覧。
  105. ^ Golden Plate Awardees of the American Academy of Achievement”. www.achievement.org. American Academy of Achievement. 2020年3月18日閲覧。
  106. ^ Leeds, Sarene (2015年12月30日). “Aretha Franklin Steals the Show With Carole King Tribute at Kennedy Center Honors”. WSJ. https://blogs.wsj.com/speakeasy/2015/12/30/aretha-franklin-steals-the-show-with-carole-king-tribute-at-kennedy-center-honors/ 
  107. ^ “Music legend Carole King reveals her "one area of vulnerability"”. CBS News. (2015年12月10日). https://www.cbsnews.com/news/kennedy-center-honors-carole-king-talks-career-as-songwriter-performer/ 2019年10月5日閲覧。 

外部リンク編集