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ティアゴ・モッタ

イタリアのサッカー選手
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  • チアゴ・モッタ

ティアゴ・モッタThiago Motta Santon Olivares, 1982年8月28日 - )は、ブラジルサンパウロ州サン・ベルナルド・ド・カンポ出身の元サッカー選手。元イタリア代表。現ジェノアCFC監督。ポジションはMF

ティアゴ・モッタ Football pictogram.svg
Thiago Motta, PSG.JPG
PSGでのモッタ
名前
本名 ティアゴ・モッタ・サントン・オリヴァレス
Thiago Motta Santon Olivares
ラテン文字 Thiago Motta
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1982-08-28) 1982年8月28日(37歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジル サン・ベルナルド・ド・カンポ
身長 187cm
体重 83kg
選手情報
ポジション MF(DMF)
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2007 スペインの旗 バルセロナ 96 (6)
2007-2008 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 6 (0)
2008-2009 イタリアの旗 ジェノア 26 (6)
2009-2012 イタリアの旗 インテル 55 (11)
2012-2018 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 166 (8)
通算 349 (31)
代表歴
1999 ブラジルの旗 ブラジル U-17 3 (1)
2003 ブラジルの旗 ブラジル U-23 8 (1)
2003 ブラジルの旗 ブラジル 2 (0)
2011-2016 イタリアの旗 イタリア 30 (1)
監督歴
2019- イタリアの旗 ジェノア
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

スペイン時代編集

バルセロナ

ブラジルで生まれ育ち、地元のCAジュベントスでプレーしていたが、17歳の時にスペインFCバルセロナと契約。同チームのカンテラで育成される。2001-02シーズンの途中よりトップチームに昇格。中盤の左サイドで起用され、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でもプレーした。

翌2002-03シーズンはリーグ戦で21試合に出場し3ゴールを決める活躍を見せ、最優秀新人選手に選ばれた。しかし、バルセロナ在籍時は度重なる怪我に悩まされ、特に2004年9月11日セビージャ戦で負った左十字靭帯の断裂は7ヵ月のリハビリ期間を要した。2005年4月17日ヘタフェ戦でデコに代わって途中出場し、歓声と拍手で迎えられた。

アトレティコ・マドリード

2007-08シーズンの開幕戦ではチームが多くの怪我人を抱えていたのにもかかわらずベンチ外になり、フランク・ライカールト監督の構想から外れたため、2007年8月31日に移籍金200万ユーロでアトレティコ・マドリードに移籍した。しかし、ここでも膝の怪我に悩まされ、わずか1年で退団。アメリカで怪我の治療を行う一方で、イングランドポーツマスFCのトライアルにも参加するが、どのチームにも所属しないまま2008-09シーズンの開幕を迎えた。

イタリア時代編集

ジェノア

2008年9月14日、イタリアに渡ったモッタはジェノアCFCと1年契約を結んだ[1]。この新天地において周囲の期待を上回る見事なパフォーマンスを披露し、ジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督の攻撃的サッカーを支える司令塔として攻守に活躍。チームの5位躍進、UEFAカップ出場権獲得に貢献した。

インテル

2009年7月1日インテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍[2]。2日前に移籍を決めていたジェノア時代のチームメイトであるディエゴ・ミリートとは再びチームメイトになった。2009-10シーズンは開幕戦から出場し、第2節のACミランとのミラノダービーでは先制点を決めてチームの勝利に貢献した。古巣バルセロナとの対戦となったUEFAチャンピオンズリーグの準決勝第2戦ではセルヒオ・ブスケツの顔面に手を当てたとして退場処分を受けた。この結果、決勝戦も出場停止となり、インテルが45年ぶりの優勝を決めた試合をピッチの外から見守ることとなった。

2010-11シーズンはケガで出遅れるも、11月に復帰してからは好調を見せ、復帰後7試合で4得点を挙げた[3]

フランス時代編集

パリ・サンジェルマン

2012年1月31日にインテル時代の恩師レオナルドがGMを務めるパリ・サンジェルマンへ1000万ユーロで移籍[4]。契約は1年半。背番号は28番だが、2013-14シーズンからインテル時代につけた8番に変わった。 2017-18シーズン限りでの現役引退を表明した。引退後はパリサンジェルマンU-19のコーチを務めることが発表されている。

監督暦編集

2019年10月22日、ジェノアCFCの監督に就任したことが発表された[5]

代表経歴編集

代表としてはU-23ブラジル代表として2003 CONCACAFゴールドカップに出場した経験があるが、モッタ本人はイタリア代表としてプレーすることを希望していた[6]。祖父がヴェネト州ロヴィーゴ出身の移民で、イタリア国籍も有しているためである。

2011年2月9日EURO2012目前の調整試合であるドイツとの国際親善試合にイタリア代表として初招集され、先発出場しイタリア代表デビューを果たした。2試合目の出場となった同年3月25日のEURO2012予選スロベニア戦で決勝点となる代表初得点を記録し、喜びとともに自身を受け入れてくれたチェーザレ・プランデッリ監督とチームメイトへ感謝を告げた[7]EURO2012本大会のメンバーにも選出され、ドイツ戦、スペイン戦でプレーした。

2014 FIFAワールドカップのメンバーに選出され、イングランド戦に出場[8]EURO2016では10番を背負った[9]スペイン戦の累積警告でドイツ戦には出場出来なかった。

獲得タイトル編集

クラブ編集

FCバルセロナ
インテルナツィオナーレ・ミラノ
パリ・サンジェルマンFC

個人編集

脚注編集

出典編集

  1. ^ モッタがジェノアに加入 - UEFA.com 2008年9月14日
  2. ^ モッタがジェノアからインテルへ - UEFA.com 2009年7月2日
  3. ^ コラム:T・モッタはインテルとアッズーリを復活させる - Goal.com 2011年2月9日
  4. ^ インテル、T・モッタ移籍でパロンボ獲得 - Goal.com 2012年2月1日
  5. ^ ジェノア、クラブOBのチアゴ・モッタ氏を新指揮官に招へい!”. 超ワールドサッカー (2019年10月23日). 2019年10月23日閲覧。
  6. ^ イタリア代表入りを夢見るT・モッタ - 2010年2月8日 Goal.com
  7. ^ イタリア人としてのゴールを喜ぶT・モッタ - Goal.com 2011年3月26日
  8. ^ “Italy secure slim win over England”. FIFA.com. (2014年6月15日). http://www.fifa.com/worldcup/matches/round=255931/match=300186513/match-report.html 2014年6月20日閲覧。 
  9. ^ OFFICIAL: Italy squad for Euro 2016”. Football Italia (2016年5月31日). 2016年5月31日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集