口之島

鹿児島県、トカラ列島にある島

口之島(くちのしま)は、トカラ列島に所属する火山である。トカラ列島の最も北に位置しており、十島村の玄関口にある。

口之島
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島の全景。海上保安庁により2001年9月撮影
座標 北緯29度58分0秒
東経129度55分0秒
面積 13.33 km²
海岸線長 20.38 km
最高標高 628 m
最高峰 前岳
所属諸島 トカラ列島
所属国・地域 日本の旗 日本
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トカラ列島(薩南諸島、中部)

行政区画としての口之島は、鹿児島県鹿児島郡十島村大字である。郵便番号は891-5101。人口は128人、世帯数は74世帯(2015年12月31日現在)[1]

口之島の北部を北緯30度線が通っており[2]、日本では唯一陸地上にある。第二次世界大戦敗戦後の1946年2月2日連合国最高司令官によって出された覚書「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」(SCAPIN677)によって、北緯30度線を境界に口之島を含む北緯30度線以南がアメリカ合衆国の統治下となった。1952年2月4日に本土復帰し、口之島を含む北緯30度以南、北緯29度以北の区域から十島村が新たに設置された。

目次

概要編集

安山岩質溶岩ドームの集合した火山島で、島の中央部には前岳(628m)があり、前岳南東斜面には急な滑落崖が発達する。前岳山頂部には僅かな噴気活動を行っている割れ目火口(直径100m以下)が存在しているが有史以降の噴火記録は残っていない。しかし、火山研究者からは、最新の水蒸気噴火は18世紀以降の可能性が指摘されている[3]

過去1万年の噴火史

大部分が鬼界アカホヤ火山灰堆積以前の噴出物であることから約7,300年前よりも古く、横岳起源の降下軽石と火砕流中の炭化木からは、13000yBPと11000yBPの年代値が得られている。約7,900年前頃の横岳、南横岳、北横岳で起きた馬蹄形崩壊によって岩屋口岩屑なだれ堆積物が発生し、崩壊地形の内部に前岳火山が成長した。アカホヤ火山灰の堆積以降では、燃岳火山などの小規模な溶岩ドームが成長した。最も新しい溶岩ドームは燃岳火山で、山頂部には幾つかの爆発火口がある[3]

地勢編集

  • 人口 ― 128人
  • 面積 ― 13.33km2
  • 周囲 ― 20.38km

行政史編集

口之島という地名は江戸期より見え、薩摩国川辺郡のうちであった。薩摩藩直轄地で郷(外城)には属さず、薩摩藩の船奉行の支配下に置かれていた。中之島宝島と同様に津口番所、異国船番所、異国船遠見番所が併置されており、鹿児島城下より派遣された在番と横目が常駐しその他郡司、島民から推挙された2名が島政を行った。「薩藩政要録」及び「要用集」によると、所惣高110石余とある。

地域編集

施設編集

交通編集

鹿児島港南埠頭から十島村営フェリー「フェリーとしま」で連絡する。

火山編集

  • 島内の最高点は前岳の628mである。
  • 燃岳(もえだけ、標高425m)と前岳を中心とした火山島であり、両山の間には安山岩質の溶岩ドームも形成されている。
  • 有史以来、火山活動は記録されていないが、2001年以降からは島周辺で海域の変色域が見られるなど、僅かながら活動の萌芽が見受けられるようになった。

貴重種編集

口之島野生化牛

野生状態で生息する固有種の在来牛。起源は少なくとも約100年前とされている。1918年から1919年頃に諏訪之瀬島から移入された数頭の子孫である[5]

タモトユリ

タモトユリは口之島固有種で、非常に優美なユリとして知られ交配に使用され園芸品種のカサブランカなどが作出された、乱獲されて一旦は野生絶滅した。その後に自生地由来株の植え戻しが行われており、現在は絶滅危惧IA類に指定されるとともに、地域住民の手で保全活動がされている。

脚注編集

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  1. ^ 国勢調査でみる地区別人口・世帯数の推移 - 十島村HP 2016年01月13日閲覧。
  2. ^ 口之島パンフレット - 十島村
  3. ^ a b 下司信夫、中野俊、鹿児島県トカラ列島口之島火山の形成史と噴火活動履歴 地質調査研究報告 Vol.58 (2007) No.3-4 地質調査研究報告 p.105-116
  4. ^ 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.257 - 258
  5. ^ 印牧美佐生、口之島野生化牛 動物遺伝育種研究 Vol.42 (2014) No.1 p.39-47

外部リンク編集