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天満橋

大阪市、大川に架かる橋
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天満橋(てんまばし)は、大阪市大川に架けられた。また同市北区町名。天満橋南詰周辺の地域名。現行行政地名は天満橋一丁目から三丁目まで。

天満橋
天満橋を東から望む
基本情報
日本の旗 日本
所在地

大阪市北区天満)-大阪市中央区天満橋京町)間

交差物件 大川
建設 1935年昭和10年)12月25日
構造諸元
形式 カンチレバー式プレートガーダー
全長 151.0m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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天満橋
大阪アメニティパーク
天満橋の位置(大阪市内)
天満橋
天満橋
天満橋の位置
天満橋の位置(大阪府内)
天満橋
天満橋
天満橋の位置
北緯34度42分0.43秒 東経135度31分11.69秒 / 北緯34.7001194度 東経135.5199139度 / 34.7001194; 135.5199139
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Osaka Prefecture.svg 大阪府
市町村 Flag of Osaka, Osaka.svg 大阪市
北区
面積
 • 合計 0.297901631km2
人口
2019年(平成31年)3月31日現在)[2]
 • 合計 3,831人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
530-0042[3]
市外局番 06(大阪MA[4]
ナンバープレート なにわ

天満橋(橋梁)編集

天満橋(てんまばし)は、大川に架かる天満橋筋大阪府道30号大阪和泉泉南線)の橋。難波橋天神橋と共に浪華三大橋と称され、最も東(上流)に位置する。大阪市北区天満中央区天満橋京町の間を結んでいる。

上下階式構造の橋で、上層は「天満重ね橋」とも呼ばれ、土佐堀通をまたぐ跨道橋になっている。天満橋南詰には天満橋交差点があり、ここより北を天満橋筋、南を谷町筋という。Osaka Metro谷町線が天満橋の地下を通過している。

歴史編集

江戸時代には公儀橋に指定され、幕府により直轄管理されていた。

江戸時代を通じて架橋地点は現在地より一筋東であり、その北詰の筋が天満橋筋と呼ばれていた。1771年明和8年)に寝屋川・鯰江川との合流地点の逆流を防止するために将棊島(しょうぎじま)と呼ばれる堤防が築かれ、以降の天満橋は将棊島を跨ぐ橋となった。

1878年明治11年)に新しい木橋が谷町筋と空心町筋(現在天満橋筋と呼ばれる筋)を結ぶ位置に架け替えられた。しかし、木橋は1885年(明治18年)の淀川大洪水により流失。復旧に際してトラス構造の鉄橋に架け替えられた。当時の主要材料にはドイツから輸入されたものが用いられたが、装飾品等には日本製のものが用いられた。

1911年(明治44年)からは大阪市電曽根崎天満橋筋線も走るようになり、鉄橋は50年近く続いたが、1935年昭和10年)に現在の橋に架け替えられた。この間、寝屋川改修工事によって将棊島が分断され、さらに旧河道が埋め立てられたため、将棊島が上町側と地続きになっている。

1970年(昭和45年)に天満橋交差点(土佐堀通)の渋滞緩和のために跨道橋が建設されたが、北側はそのまま大川を越えて北岸で地上に下りる構造となった。大川上は在来の天満橋の橋脚上に柱を立てて橋桁を重ねる構造をとった。1989年平成元年)に旧橋(下層)部が改装された。

現橋の要目編集

地図編集

地名としての天満橋編集

大阪市北区の町名編集

1978年(昭和53年)、大阪市北区の住居表示実施に伴い誕生した町名。旧町名の空心町、新川崎町、天満橋筋がそれぞれ分割され、その一部が天満橋一丁目 - 三丁目となる。同時に1872年(明治5年)から続いた天満橋筋の町名が姿を消した。

天満橋(橋梁)からは相当離れており、源八橋西詰周辺にあたる。大阪アメニティパーク(OAP)があり、天満橋筋に面している。

天満橋南詰周辺の地域名編集

 
京阪天満橋駅と駅ビルの京阪シティモール (2014年9月撮影)

明治末期、大阪市電天満橋停留場、京阪電鉄天満橋駅が天満橋南詰に開業して以来、一般的に天満橋と言えば天満橋南詰周辺を指すようになった。

天満橋駅は長らく京阪本線の大阪側の起点であったが、1963年(昭和38年)に淀屋橋駅まで延伸された際に途中駅となり、同時に地下駅となって天満橋筋の西側へと移動した。地上駅の跡地は大阪マーチャンダイズ・マートビル(OMMビル)になっている。その後、大阪環状線との乗換駅として急速に発展した京橋駅にも押され、ターミナルとしての地位低下が顕著であった時期が長らく続いた。しかし、京阪中之島線の開通によって分岐駅となり、それに合わせた京阪シティモールの開業や大阪市営バス天満橋バスターミナルの拡充、『川の駅』はちけんやなど駅周辺の再開発事業によって、かつての賑わいを取り戻しつつある。

天満橋交差点西側は土佐堀通に沿って天満橋京町という町名になっているが、もとは京橋という町名であった。江戸時代から京橋という町名で、京街道沿いの町であったことに由来する。1989年(平成元年)に東区と南区とが合併して中央区が成立した際に、京橋一丁目が大手前一丁目に編入され、同二丁目が天満橋京町、同三丁目が北浜東に改称された。

世帯数と人口編集

2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
天満橋一丁目 1,264世帯 1,978人
天満橋二丁目 843世帯 1,611人
天満橋三丁目 202世帯 242人
2,309世帯 3,831人
人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

1995年(平成7年) 1,529人 [5]
2000年(平成12年) 1,942人 [6]
2005年(平成17年) 3,006人 [7]
2010年(平成22年) 2,961人 [8]
2015年(平成27年) 3,607人 [9]
世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

1995年(平成7年) 848世帯 [5]
2000年(平成12年) 1,212世帯 [6]
2005年(平成17年) 1,716世帯 [7]
2010年(平成22年) 1,746世帯 [8]
2015年(平成27年) 2,108世帯 [9]

学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]。北区内の全ての市立中学校と、大阪市内の小中一貫校が対象で学校選択が可能(抽選を実施)。

丁目 小学校 中学校
天満橋一丁目 1番1~30号・45~78号
2番1〜10号・25〜36号
8 番1~23号・32〜35号
8番98 ~128号
大阪市立滝川小学校 大阪市立北稜中学校
1番31〜44号
2番11〜24号
3~7番
8番24〜31号・36〜97号
大阪市立堀川小学校
天満橋二丁目 全域
天満橋三丁目 全域

その他編集

日本郵便

関連項目編集

脚注編集

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  1. ^ 大阪府大阪市北区の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2019年10月4日閲覧。
  2. ^ a b 住民基本台帳人口・外国人人口” (日本語). 大阪市 (2019年7月26日). 2019年10月4日閲覧。
  3. ^ a b 天満橋の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  6. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  7. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ 北区内の通学区域一覧”. 大阪市 (2018年12月6日). 2019年10月4日閲覧。 “(ファイル元のページ)
  11. ^ 郵便番号簿 2018年度版 (PDF)” (日本語). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。

外部リンク編集