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常盤台 (板橋区)

東京都板橋区の町名

地理編集

板橋区の南部ほぼ中央に位置する。南東端で石神井川に接する。東西に長く、東側から一丁目・二丁目・三丁目・四丁目に分かれている。東側から時計回りに富士見町双葉町中板橋南常盤台東新町上板橋中台前野町に隣接する。町域の北辺を富士見街道、南辺を東武東上線、一丁目の南東部を東京都道318号環状七号線(環七通り)、三丁目を東京都道445号常盤台赤羽線(前野中央通り)が通じている。

常盤台一丁目および二丁目は東武東上線ときわ台駅北側一帯で、東武鉄道1936年昭和11年)から1938年(昭和13年)にかけて分譲した住宅地であり、商業施設・金融機関・区立文化施設も立地している。三丁目および四丁目は、旧川越街道上板橋宿郊外の畑地が昭和初期以降住宅地化された地域で、上板橋駅に近い四丁目西部は商業地域となっている。四丁目の板橋区立平和公園には、かつて東京教育大学宿舎が建てられていた。

常盤台住宅地編集

ときわ台駅北口はロータリーから放射状道路が伸びており、大田区田園調布の町並みと比較されることが多く、『板橋の田園調布』などと呼ばれる。これは常盤台住宅地分譲の際、東武鉄道が当時の内務省都市計画課職員小宮賢一の設計を採用したことに由来する[7][8][9]。小宮は海外の住宅地の例などを参考にして、地域を一周する並木道(プロムナード)、袋小路(クルドサック)、道路に沿った緑道(ロードベイ)を配置する設計を行い、日本では先駆的な事例となった。また、分譲時には住宅以外を建てないこと、敷地境は生垣にすることなどの建築協定が設けられた。なお、この住宅地の敷地はもともと、東武鉄道が東上鉄道との合併後、本線系統(伊勢崎線など)との接続をもくろんで西板線(現・東武大師線)敷設計画を立てた際、東上線からの分岐および貨物操車場の建設を予定していた土地であった。[8]1932年(昭和7年)に同線の起業が廃止されたことにより、住宅地開発に転用されたものである。

地形編集

武蔵野台地成増台の高台に属する。一丁目東部で石神井川に向けて下り勾配となっている他は、ほぼ平坦である。

河川編集

地価編集

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日公示地価によれば、常盤台2-24-5の地点で52万6000円/m2となっている。板橋区内で最も地価が高い[10]

歴史編集

廃藩置県実施前は、武蔵国豊島郡上板橋村。常盤台地域は字原(はら)、字向屋敷(むかいやしき)などであった。

沿革編集

  • 1871年明治4年)11月:浦和県(現埼玉県)から東京府に編入。大区小区制実施。
  • 1878年(明治11年):郡区町村編制法により北豊島郡が設置され、東京府北豊島郡上板橋村となる。
  • 1914年大正3年):東上鉄道開通。当地に駅は設置されなかった。
  • 1927年昭和2年)ごろ:東武鉄道が東武西板線車両基地建設用地として、現在の常盤台一丁目・二丁目地域の土地を購入する。
  • 1929年(昭和4年):前野飛行場開設。
  • 1932年(昭和7年)10月1日:東京府内市郡併合による板橋区発足に伴い、東京府東京市板橋区(旧)上板橋町二・四・五・六丁目となる(1943年8月1日 東京都制施行)。東武鉄道が西板線建設計画を撤回する。
  • 1930年代:板橋乗合自動車(後に東都乗合自動車を経て、戦後国際興業バスに統合)が、練馬横丁(現在の大和町停留所付近)[注釈 1] - 豊島園間の路線バスを運行する。前野飛行場前停留所も開設された。
  • 1935年(昭和10年)10月20日東武東上線武蔵常盤駅開業。
  • 1936年(昭和11年):東武鉄道が常盤台住宅地の分譲を始める。
  • 1937年(昭和12年):常盤台公園設置。
  • 1938年(昭和13年):常盤台住宅地分譲に伴う土地区画整理事業終了。東京府東京市板橋区常盤台一丁目および二丁目となる。
  • 1944年(昭和19年)12月および1945年(昭和20年)4月13日6月10日米軍B29爆撃機による空襲を受ける。
  • 1950年(昭和25年):(旧)上板橋町四 - 六丁目の一部地域が常盤台に編入され、東京都板橋区常盤台三丁目となる[11][注釈 2]
  • 1951年(昭和26年):板橋区立常盤台小学校開校。武蔵常盤駅がときわ台駅に改称される。
  • 1953年(昭和28年):水久保公園設置。
  • 1956年(昭和31年)4月1日:常盤台一丁目の一部地域が富士見町に編入される。
  • 1960年(昭和35年):ときわ台駅前(常盤台二丁目)に東武ストアときわ台店が開店する[11]
  • 1961年(昭和36年)5月1日:現在の東京都板橋区常盤台一丁目 - 四丁目の地域が確定する。
  • 1964年(昭和39年):東京都道318号環状七号線(環七通り)開通。
  • 1970年(昭和45年):板橋区立中央図書館開設。
  • 1971年(昭和46年):常盤台四丁目にイトーヨーカドー上板橋店が開店する[11]
  • 1986年(昭和61年):東京教育大学宿舎跡地を整備し、板橋区立平和公園開設。
  • 1988年(昭和63年):教育科学館開設。
  • 2003年平成15年):旧三井銀行常盤台支店跡地の高層マンション建設計画を機に、住民組織「ときわ台街づくり委員会」が発足する。
  • 2004年(平成16年):東京都により、常盤台一丁目・二丁目地区が「街並み景観重点地区」に指定される。[12]
  • 2007年(平成19年):「ときわ台景観ガイドライン」が東京都により告示される。翌2008年1月から運用開始。[12]

地名の由来編集

上板橋村の鎮守、天祖神社(南常盤台二丁目)の常盤の松(常磐松)に由来する[5]。天祖神社に伝わる祝詞に由来するとする説もある。

  • 「常盤台」の町名は、常盤台土地区画整理組合(1933年設立)が命名したもの。土地区画整理事業終了後に、行政上の町名となった。

世帯数と人口編集

2019年(令和元年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである。[13]

丁目 世帯数 人口
常盤台一丁目 2,595世帯 4,575人
常盤台二丁目 1,032世帯 1,949人
常盤台三丁目 1,831世帯 3,185人
常盤台四丁目 1,549世帯 2,610人
7,007世帯 12,319人

小・中学校の学区編集

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[14]

丁目 番地 小学校 中学校
常盤台一丁目 33~37番 板橋区立常盤台小学校 板橋区立志村第一中学校
1~32番
38~68番
板橋区立上板橋第一中学校
常盤台二丁目 全域
常盤台三丁目 1~23番 板橋区立上板橋第三中学校
24~32番 板橋区立中台小学校
常盤台四丁目 全域

交通編集

鉄道編集

 
ときわ台駅北口

バス編集

現行営業路線および停留所編集

2019年9月現在、以下の路線が町域にて営業を行っている。

町域には以下の停留場が設置されている。

  • 国際興業バス
    • ときわ台駅
    • 常盤台教会
    • 中央通り
    • 教育科学館
    • 上板橋駅前(降車専用):所在場所は常盤台四丁目。王子駅方面から練馬北町車庫への入庫便のみ停車。”王54-2系統"として運転され、上板橋駅ロータリーに入らない。
    • 常盤台四丁目
    • 常盤台三丁目
    • 前野町
    • 常盤台郵便局
    • 常盤台一丁目
    • 富士見台小学校(旧称・公園入口)
  • 国際興業バス関東バス(共同運行)
    • 中板橋駅入口
  • 都営バス
    • 中板橋駅入口
      • 赤31系統・王78系統の南常盤台停留所(南常盤台一丁目)は南常盤台参照。

過去の営業路線編集


1950年代から1970年代にかけて、都営バス志村営業所管轄の路線が国際興業バスと共同で、ときわ台駅(当時の表記は「常盤台駅」)停留所に乗り入れていた。常盤台二丁目、常盤台パブテスト教会向かいの「常盤台教会」停留所折り返し発着で、東武東上線線路に接してバス操車場が設置されていた。この操車場は1978年の都営バス撤退後も国際興業バスが引き続き1998年(平成10年)11月16日の王54系統上板橋駅延長時まで使用していた。[15][16]また、常盤台住宅地分譲当時(1930年代)に東武鉄道が制作したパンフレットには、大塚・巣鴨方面へのバス路線の存在が示されている。[8]

過去に設置されていた停留所編集

  • 前野町二丁目:前野町 - 常盤台郵便局間に設置されていたが、両停留所と至近距離のため2009年廃止。[17]

道路編集

施設編集

一丁目
二丁目
  • 朔望会常盤台外科病院
  • りそな銀行常盤台支店:旧埼玉銀行常盤台支店。数度にわたる他行との合併を経て現行名となった。
  • 常盤台パブテスト教会・めぐみ幼稚園
三丁目
  • 板橋常盤台三郵便局
  • 水久保公園
  • 板橋区常盤台区民事務所(旧称:常盤台出張所)・常盤台地域センター
四丁目
  • 板橋区立平和公園
  • 板橋区立教育科学館
  • イトーヨーカドー上板橋店
    • スーパーマーケットは南常盤台一丁目のよしや常盤台店、前野町六丁目の東武ストア前野町店、前野町二丁目の三徳ときわ台店も町域に隣接していて、利用可能である。

過去に存在した施設編集

  • 前野飛行場
1929年(昭和4年)、退役軍人の遠藤辰五郎・元陸軍軍曹が東武鉄道より東武西板線車両基地建設を目的として保有していた、現在の常盤台一丁目・二丁目地域の土地を借入することにより建設された飛行場。板橋飛行場、遠藤飛行場とも称された。東京市内および荒川上空遊覧飛行を業としていたが、東武鉄道が西板線計画を撤回し、常盤台住宅地分譲の方針を固めたことにより、1933年(昭和8年)ごろ廃止された。
ときわ台駅ロータリー西隣で「東武ストア常盤台店」として営業。2004年(平成16年)「フエンテ」に屋号変更。[18]
2019年(平成31年)3月31日限りで閉店。


脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 「練馬横丁」は現在の富士見街道が練馬方面に向かう道で、中山道からの分岐点であることを意味している。
  2. ^ 常盤台四丁目地域は1952年(昭和27年)7月に町会が設立されているため、遅くともこの時点までに(旧)上板橋町四-六丁目から常盤台に編入されている。

出典編集

  1. ^ 町丁目別世帯数・人口表”. 板橋区 (2017年12月1日). 2017年12月11日閲覧。
  2. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月11日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月11日閲覧。
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1991年再版、P795
  5. ^ a b 『いたばしの地名』板橋区教育委員会、1995年、P189-190
  6. ^ 常盤台の郵便番号”. 日本郵便. 2019年9月28日閲覧。
  7. ^ 越澤明『東京の都市計画』 岩波新書、1991年
  8. ^ a b c 板橋区教育委員会生涯学習課文化財係編『常盤台住宅物語』、1999年
  9. ^ 『常盤台住宅地物語』(電子書籍)中湖康太、GCS出版、2018年
  10. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  11. ^ a b c 常盤台三丁目町会編「常盤台三丁目町会創立四十周年記念誌 わがまち常三」、2000年
  12. ^ a b ときわ台しゃれ街協議会ホームページ”. NPO法人 ときわ台しゃれ街協議会. 2018年9月1日閲覧。
  13. ^ 町丁目別世帯数・人口表”. 板橋区. 2019年9月28日閲覧。
  14. ^ 板橋区立小中学校通学区域・小学校隣接校案内”. 板橋区 (2017年7月31日). 2017年12月11日閲覧。
  15. ^ 都営バスの系統は、たとえば昭和47年(1972年)3月1日現在の都営バス路線図に掲載されている[要出典]
  16. ^ 『国際興業バス路線案内 1998年11月16日』パンフレット[要出典]
  17. ^ a b 国際興業バス志村営業所運行系統図改訂履歴”. 国際興業株式会社. 2019年9月28日閲覧。
  18. ^ 東武ストアホームページ 会社概要 沿革

関連項目編集

外部リンク編集