恵比寿 (渋谷区)
恵比寿(えびす)は、東京都渋谷区の地名である。現行行政地名は恵比寿一丁目から恵比寿四丁目。郵便番号は150-0013[2]。
恵比寿 | |
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![]() 恵比寿の街並み | |
北緯35度38分48.67秒 東経139度43分6.89秒 / 北緯35.6468528度 東経139.7185806度 | |
国 |
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都道府県 |
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特別区 |
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人口 | |
• 合計 | 15,058人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
150-0013[2] |
市外局番 | 03[3] |
ナンバープレート | 品川 |
概要 編集
住所が「恵比寿」である町域はJR恵比寿駅東部周辺の区域に限られるが、一般には恵比寿駅西部周辺の「恵比寿西」町域、「恵比寿南」町域、さらには目黒区三田の一部まで含めた地域が「恵比寿」として呼び示される。
恵比寿の地名は「ヱビスビール」に由来する[4]。サッポロビールの本拠地として、ビール広場・ビール坂・ビール橋[注釈 1]などの名称が残っている。ローマ字表記の場合にも、「Ebisu」のほか、「ヱビスビール」の商標と同じく「Yebisu」と表記されることもある。[注釈 2]
1994年(平成6年)、ビール工場跡地の再開発事業として「恵比寿ガーデンプレイス」が開業、街は大きな変貌を遂げた。現在メディアでは、お洒落な街、住みたい街としても取り上げられることがある。
地理 編集
渋谷区・渋谷地域の最東・最南部に位置し、港区(白金・白金台・南麻布)・品川区(上大崎)・目黒区(三田)との区境に当たる。
地価 編集
住宅地の地価は、2017年(平成29年)の公示地価によれば、恵比寿3-21-2の地点で107万円/m2となっている[5]。
歴史 編集
江戸時代 編集
この周辺は江戸時代には、下渋谷村・三田村と呼ばれており、渋谷川と三田用水に挟まれる農村で、大名の下屋敷が点在していた。
明治以降 編集
1887年(明治20年)、日本麦酒醸造会社(サッポロビールの前身)がこの地に工場建設用地を取得し[4]、2年後の1890年(明治23年)に発売されたビールは、「ゑびすビール」と名づけられて人気を博した[6][4]。翌1891年(明治24年)には、ビールの運搬のために日本鉄道品川線(現在の山手線)に貨物駅が開設され、「恵比寿停留所」と命名された[4]。
1906年(明治39年)には、貨物駅のそばに同名の旅客駅が開始された[4]。その頃から駅周辺地域が「恵比寿」と呼ばれ始め、それが定着していたこともあり、駅の東側から白金に向う現在のバス通りに沿って、「恵比寿通り1・2丁目」という町名がつけられたのが1928年(昭和3年)のことである[6][4]。その後幾度かの地名改正を受け、他に隣接する町などを統合して現在の恵比寿という地名に至る。
戦後 編集
1959年(昭和34年)、ヱビスビールの名にあやかって西宮神社(兵庫県)の恵比寿様の分霊を勧請され、恵比寿神社が作られた。恵比寿の地名の起源となったビール工場は1988年(昭和63年)、千葉県に移転、跡地は再開発されて恵比寿ガーデンプレイスとなった[注釈 3]。
地名の変遷 編集
1966年(昭和41年)7月1日に住居表示が実施された[7]。
実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ各字名ともその一部) |
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恵比寿一丁目 | 1966年7月1日 | 恵比寿通二丁目、新橋町、山下町、下通二丁目、下通三丁目、恵比寿東一丁目、恵比寿東二丁目 |
恵比寿二丁目 | 豊沢町(全域)、恵比寿通一丁目、恵比寿通二丁目、新橋町、下通一丁目、下通二丁目 | |
恵比寿三丁目 | 伊達町(全域)、景丘町、恵比寿通一丁目、恵比寿通二丁目 | |
恵比寿四丁目 | 景丘町、恵比寿通二丁目、山下町、恵比寿東一丁目、恵比寿東二丁目 |
現在の恵比寿一丁目は山下町、恵比寿二丁目は新橋町および豊沢(とよさわ)町、恵比寿三丁目が伊達(だて)町、恵比寿四丁目が景丘(かげおか)町であった[8][9]。
伊達町の名称は宇和島藩伊達家の下屋敷があったことに由来する[10]。景丘は、近代以前は欠塚(かけづか)と呼ばれていた地域で、現在は同地域にある加計塚(かけづか)小学校にその名残がある。その他にも旧地名は町会名として残っており(豊沢町会、伊達町会)、また、恵比寿二丁目交差点を頂上とする坂を「伊達坂」と呼び、恵比寿二丁目交差点の別称は「伊達坂上」である。また、現在でも、児童遊園名、マンション名やビル名などに伊達町、豊沢町の名を散見することができる。
世帯数と人口 編集
2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
丁目 | 世帯数 | 人口 |
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恵比寿一丁目 | 2,251世帯 | 3,478人 |
恵比寿二丁目 | 2,758世帯 | 4,280人 |
恵比寿三丁目 | 2,898世帯 | 4,714人 |
恵比寿四丁目 | 1,631世帯 | 2,586人 |
計 | 9,538世帯 | 15,058人 |
小・中学校の学区 編集
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11]。
丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 | 調整区域による変更可能校 |
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恵比寿一丁目 | 1〜10番 13〜19番 27〜28番 |
渋谷区立広尾小学校 | 渋谷区立広尾中学校 | |
29〜31番 | 渋谷区立臨川小学校 | |||
その他 | 渋谷区立加計塚小学校 | |||
恵比寿二丁目 | 9〜10番 | |||
その他 | 渋谷区立臨川小学校 | |||
恵比寿三丁目 | 2〜3番 43番、45番 |
渋谷区立臨川小学校 | 渋谷区立加計塚小学校 | |
その他 | 渋谷区立加計塚小学校 | |||
恵比寿四丁目 | 全域 |
観光 編集
地域 編集
- 恵比寿東公園 - タコの滑り台が設置されている(かつては現在よりも大きな「タコの山」が設置)。園内のトイレは「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの対象となり槇文彦がデザインした。
- 恵比寿南一公園
- アメリカ橋公園
- 景丘公園
- 豊沢児童公園
交通 編集
- 東京都道305号芝新宿王子線
- 東京都道416号古川橋二子玉川線(駒沢通り)
- 東京都道418号北品川四谷線(外苑西通り)
- 首都高速道路・出入口
ゆかりある人物 編集
出身者 編集
居住者 編集
- 竹久夢二 - 文学者
脚注 編集
注釈 編集
出典 編集
- ^ a b “住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
- ^ a b c d e f 端田晶「第三講義 慶応元年のビール王子」『もっと美味しくビールが飲みたい! - 酒と酒場の耳学問』(第1刷)講談社〈講談社文庫〉、2008年7月15日、130-134頁。ISBN 978-4062761130。
- ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
- ^ a b 地名の由来 渋谷区ウェブサイト、平成23年4月16日閲覧
- ^ 1966年(昭和41年)11月30日自治省告示第176号「住居表示が実施された件」
- ^ 時代統合情報システム - 渋谷区詳細図
- ^ 東京都区分図渋谷区詳細図 - Stroly
- ^ 恵比寿3丁目、旧「伊達町」と宇和島藩の関わり 恵比寿新聞、2012.8.1
- ^ “通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。
関連項目 編集
- ヱビスビール
- 私立恵比寿中学 - 由来は所属事務所スターダストプロモーションの所在地「恵比寿」から。渋谷区観光協会から「恵比寿観光大使 ガールズアンバサダー」に任命されている。