新旭川駅

北海道旭川市にある北海道旅客鉄道・日本貨物鉄道の駅

新旭川駅(しんあさひかわえき)は、北海道旭川市東8条6丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)・日本貨物鉄道(JR貨物)のである。事務管理コードは▲121801[2]駅番号A30所属線宗谷本線[1]、当駅を起点とする石北本線が乗り入れる[3]が、石北本線の列車に当駅始終着の列車はなく、全て旭川駅方面へ直通する。

新旭川駅
駅舎(2017年8月)
しんあさひかわ
Shin-Asahikawa
地図
所在地 北海道旭川市東8条6丁目
北緯43度46分47.5秒 東経142度23分4秒 / 北緯43.779861度 東経142.38444度 / 43.779861; 142.38444座標: 北緯43度46分47.5秒 東経142度23分4秒 / 北緯43.779861度 東経142.38444度 / 43.779861; 142.38444
駅番号 A30
所属事業者
電報略号 シサ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗降人員
-統計年度-
74人/日
-2014年-
開業年月日 1922年大正11年)11月4日[1]
乗入路線 2 路線
所属路線 宗谷本線
キロ程 3.7 km(旭川起点)
A29 旭川四条 (1.9 km)
(5.6 km) 永山[* 2]W31
所属路線 石北本線
キロ程 0.0 km(新旭川起点)
(旭川四条)[* 3] (- km)
(2.5 km) 南永山 A31
備考 無人駅
  1. ^ 貨物列車の発着はなく、休止状態。
  2. ^ この間に貨物駅として北旭川駅がある(当駅から2.9 km)。また、北旭川駅開業以前の1967年(昭和42年)まで、西永山駅を設置(当駅から3.5 km)。
  3. ^ 全列車が旭川駅まで乗り入れ。
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歴史

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石北本線の前身となる旭川・遠軽間鉄道計画(旭遠線とも)の建設が1917年(大正6年)に帝国議会で決定するのと前後して、既存の鉄道路線からの分岐点について、比布駅で分岐し愛別へ抜ける案、旭川駅で分岐して東旭川当麻経由で愛別へ抜ける案のそれぞれで地元の誘致合戦が行われていた[4]

1920年(大正9年)に入り、北海道建設事務所長が鉄道省の命で旭川と比布を比較し、その復命を鉄道省に提出したが、鉄道省首脳部はそのどちらでもない永山村(当時)牛朱別の地を選定し、同年11月に宗谷本線上に当駅を新設し、東旭川当麻経由で愛別へ抜ける案が採用されることが決定した[4]

 
1977年の新旭川駅と周囲約700m範囲。右上が名寄方面及び遠軽方面で、分岐は中央が宗谷本線、右が石北本線及び右に見える当時の山陽国策パルプ(現日本製紙)旭川工場への専用線。左は現在は公園になっている、かつての油槽所への専用線で、元は戦時中に軍需産業として操業していた日本タンニン工業の工場専用線だったものを工場敷地と共に再利用していた。国鉄型配線の2面3線と駅舎横に三角形状の貨物ホームと2本の引込み線。その他に多数の副本線と、駅の北外側に多数の貨物仕分線が見えるが、貨物取扱が下火になっていて、既にこの頃は閑散としている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

年表

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駅名の由来

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当地は、当駅開業10年後の1932年(昭和7年)11月1日に旭川市に編入されるまで永山村に属していたが[10][注釈 1]、「『旭川』の発展に伴い旅客、貨物取り扱いの必要上、新設された駅であるため[11]」、また「近い将来旭川市の発展に伴い市内に編入されるであろうことを考えて[12]」、この名称になったとされる。

駅構造

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西側より、駅舎に面した単式ホーム1面1線(4番線)と、島式ホーム1面2線(3・2番線)、合計2面3線のホームを有する地上駅。2つのホームは跨線橋で連絡している。のりばのない側線が数本あり、そのうち2番線の東隣にあるものが1番線となっている。旭川駅周辺再開発「北彩都あさひかわ」事業の影響で旭川運転所が移転し電車回送が行われるようになったため、ホームを持たない側線を除いて電化された。下り方向にある出発信号機は2番線と4番線が上位に宗谷本線・下位に石北本線と方向別に分かれているが、1番線は石北本線に固定されている。1番線と2番線は折り返しが可能である。木造駅舎を持つ。

のりば

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駅舎側より記載。

番線 路線 方向 行先
4 宗谷本線 下り 比布名寄方面[13]
石北本線 上川北見方面[13]
3・2 宗谷本線
石北本線
上り 旭川方面[13]

旭川駅管理の無人駅で、自動券売機などは設置されていない。駅舎内に男女別の水洗式便所がある。

当駅は日本最北端の分岐駅である[注釈 2]

貨物取扱

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現在、JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取扱駅となっている。定期貨物列車の発着はなく、貨物設備や接続する専用線もない。

かつては、日本製紙旭川工場(現:北海道工場旭川事業所)へ続く専用線が駅から分岐していた。この専用線は、コンテナによる製品の発送や、工場で使用する液体塩素石油の輸送に使用されていたが、1997年9月に廃止された。なお、コンテナ輸送は1988年3月から行われ、1994年10月に有蓋車輸送を完全に置き換えた。

1980年代までは、周辺の製材業者や、出光興産共同石油(現:ENEOS)などの油槽所へ続く専用線も存在していた。

利用状況

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乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
2016年(平成28年) 94.8 [JR北 1]
2017年(平成29年) 92.6 [JR北 2][JR北 3]
2018年(平成30年) 88.4 [JR北 4]
2019年(令和元年) 89.4 [JR北 5][JR北 6]
2020年(令和02年) 89.2 [JR北 7]
2021年(令和03年) 83.2 [JR北 8]
2022年(令和04年) 78.0 [JR北 9]

駅周辺

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周囲は市街地である。

隣の駅

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北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
快速「なよろ」
通過
普通
旭川四条駅 (A29) - 新旭川駅 (A30) - (北旭川駅 - *西永山駅 - 永山駅 (W31)
*打消線は廃駅
石北本線(旭川駅 - 当駅間は宗谷本線)
特別快速「きたみ」(下りのみ停車)・普通
旭川四条駅 (A29) - 新旭川駅 (A30) - 南永山駅 (A31)

脚注

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注釈

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  1. ^ 1961年(昭和36年)に永山町(←永山村)自体も旭川市に編入合併。
  2. ^ 1989年4月30日までは南稚内駅が、1995年9月3日までは名寄駅が最北端であった。なお最北端の路線境界駅は網走駅である。

出典

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  1. ^ a b c d e 石野 1998, p. 896.
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、238頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ 石野 1998, p. 916.
  4. ^ a b 比布町史刊行委員会 編『比布町史』比布町、1964年、865-867頁。doi:10.11501/3018824https://doi.org/10.11501/30188242023年1月7日閲覧 
  5. ^ 鉄道省告示第149号」『官報』第3077号、内閣印刷局、1922年11月2日、doi:10.11501/29551952023年1月7日閲覧 
  6. ^ 鉄道省告示第150号」『官報』第3077号、内閣印刷局、1922年11月2日、doi:10.11501/29551952023年1月7日閲覧 
  7. ^ a b c 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 28号・釧網本線/石北本線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年1月31日、22-23頁。 
  8. ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日) 
  9. ^ a b 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、14-17頁。 
  10. ^ 旭川市永山町史編集委員会 編『永山町史旭川市、1981年12月、388-394頁。doi:10.11501/9538693https://doi.org/10.11501/95386932023年1月7日閲覧 
  11. ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、172頁。ASIN B000J9RBUY 
  12. ^ 旭川市永山町史編集委員会 編『永山町史旭川市、1981年12月、926頁。doi:10.11501/9538693https://doi.org/10.11501/95386932023年1月7日閲覧 
  13. ^ a b c 新旭川|駅の情報検索(時刻表・バリアフリー)|駅・鉄道・旅行|JR北海道 - Hokkaido Railway Company”. 北海道旅客鉄道. 2019年12月18日閲覧。

JR北海道

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  1. ^ 石北線(新旭川・網走間)」(PDF)『線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)』、北海道旅客鉄道、2017年12月8日。 オリジナルの2017年12月9日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20171209102701/http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/senku/pdf/senku/10.pdf2017年12月10日閲覧 
  2. ^ 石北線(新旭川・網走間)」(PDF)『線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために)』、北海道旅客鉄道株式会社、3頁、2018年7月2日。 オリジナルの2018年8月19日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20180818171718/http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/region/pdf/senku/10.pdf2018年8月19日閲覧 
  3. ^ 駅別乗車人員(【別添資料】(2)宗谷本線(旭川・稚内間)の状況)” (PDF). 宗谷線(旭川~稚内間)事業計画(アクションプラン). 北海道旅客鉄道. pp. 11-12 (2019年4月). 2019年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月18日閲覧。
  4. ^ 石北線(新旭川・網走間)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  5. ^ 石北線(新旭川・網走間)” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3・4 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月2日閲覧。
  6. ^ 駅別乗車人員(【別添資料】(2)宗谷本線(旭川・稚内間)の状況)” (PDF). 宗谷線(旭川~稚内間)第2期事業計画(アクションプラン). p. 10 (2021年4月16日). 2021年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  7. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月14日閲覧。
  8. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月3日閲覧。
  9. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2023年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。

参考文献

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  • 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日。ISBN 978-4-533-02980-6 

関連項目

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外部リンク

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