宗谷本線

日本の鉄道路線
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宗谷本線(そうやほんせん)は、北海道旭川市旭川駅から名寄市名寄駅を経て、稚内市稚内駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線地方交通線)である。

JR logo (hokkaido).svg 宗谷本線
宗谷本線の特急「スーパー宗谷」(2006年3月16日)2017年3月からは「宗谷」として運転
宗谷本線の特急スーパー宗谷」(2006年3月16日)
2017年3月からは「宗谷」として運転
基本情報
日本の旗 日本
所在地 北海道の旗 北海道
種類 普通鉄道在来線地方交通線
起点 旭川駅
終点 稚内駅
駅数 一般駅:2駅
旅客駅:51駅
貨物駅:1駅
信号場:0か所
路線記号 A(旭川 - 新旭川間)
W(永山 - 稚内間)
路線記号については当該記事も参照
開業 1898年8月12日(天塩線→宗谷線)
1922年11月8日(天塩線→天塩南線)
1924年6月25日(天塩北線)
全通 1926年9月25日
民営化 1987年4月1日
所有者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
運営者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
(全線 第一種鉄道事業者
JR logo (freight).svg 日本貨物鉄道(JR貨物)
(旭川 - 名寄間 第二種鉄道事業者
車両基地 旭川運転所
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線距離 259.4 km
軌間 1,067 mm狭軌
線路数 複線(旭川 - 北旭川間)
単線(北旭川 - 稚内間)
電化方式 交流20,000 V・50 Hz 架空電車線方式
(旭川 - 北旭川間)
非電化
(北旭川 - 稚内間)
最大勾配 20
最小曲線半径 200 m
閉塞方式 自動閉塞式CTCPRC付帯)
(旭川 - 北旭川間)
自動閉塞式(特殊)(CTC・PRC付帯)
(北旭川 - 永山間)
特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
(永山 - 南稚内間)
特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
(南稚内 - 稚内間)
保安装置 ATS-DN(旭川 - 名寄間)
ATS-SN
最高速度 120 km/h(旭川 - 名寄間)
95 km/h(名寄 - 稚内間)
路線図
JR Soya Main Line linemap.svg
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目次

概要編集

北方領土を含めない日本最北の地に至る鉄道で、地方交通線としては日本最長である[注釈 1]。ほぼ全区間で国道40号と平行し、士別市から幌延町にかけては、天塩川の右岸を走行する。

山間部や無人地帯を走行する区間が多く、野生動物との接触事故がしばしば発生する。また、名寄駅 - 稚内駅間は地質が脆弱な箇所があり、集中豪雨による災害が頻繁に発生している[報道 4]

樺太(サハリン)への連絡鉄道として、建設が進められ、終点の稚内からは、大泊コルサコフ)への鉄道連絡船稚泊航路)が太平洋戦争終戦時まで就航していた。また、沿線を流れる天塩川舟運に代わり、各支線と合わせ道北各地で産出される木材や石炭等の鉱物、水産物を輸送する重要な貨物輸送路線としての使命も担った。

このため、太平洋戦争当時にあって、全国的に列車本数の削減がたびたび行われるなか、北海道内で最後まで急行列車が運行されていた。終戦後は樺太連絡の使命を失い、合理化のため早くも1955年(昭和30年)から多くの普通列車の気動車化がなされたが、道北の主要幹線として1958年(昭和33年)10月1日の復活以降[3]以降一貫して優等列車が運転され続けている。2000年平成12年)3月11日には、旭川駅 - 名寄駅間の高速化改良工事が完成し、定期特急列車の運転が開始された[報道 5][新聞 1][新聞 2]。一方で、1995年(平成7年)9月4日までに天北線・深名線など接続する支線がすべて廃線となり、稚内に至る唯一の鉄道となっている。

存廃問題編集

2016年(平成28年)11月18日、JR北海道は厳しい経営状況を理由に「自社単独で維持することが困難な路線」として、10路線13区間を発表し、宗谷本線では名寄駅 - 稚内駅間が対象となった[報道 6]。なお、この発表の直前から「JR北海道が単独では維持困難な線区」に挙げられる可能性が高いとされ、沿線自治体による陳情などが行われている[新聞 3]

名寄駅 - 稚内駅間編集

自社単独では老朽土木構造物の更新を含め「安全な鉄道サービス」を持続的に維持するための費用を確保できない線区」とされた[報道 6]。維持する場合、運営赤字のほか、今後20年間の土木構造物の大規模修繕・更新に23億円(概算)、車両(21両)の更新に58億円(概算)がかかるとされている[報道 3][報道 7]

この指定を受けた線区については各種施策による経費節減や値上げなどの負担、利用促進、上下分離方式などをポイントに、地域と協議の上で輸送サービスを鉄道として維持するか検討を進めていくとしているが[報道 4][報道 2][報道 8]、沿線などの24市町村で構成する宗谷本線活性化推進協議会は、2017年(平成29年)3月30日の道との意見交換会で、名寄駅 - 稚内駅間の存続に向けて、対象路線では初めてJR北海道との協議の開始を決定し[新聞 4]、同年4月14日から協議に入った[新聞 5]。活性化推進協議会では、2017年度中に方向性を出すこととしている[新聞 4]

旭川駅 - 名寄駅間編集

この区間については、「北海道高速鉄道開発株式会社関連線区」として当面維持する一方で、単独では持続的な維持ができないとして、施設を保有する「北海道高速鉄道開発との関連で検討」とされている[報道 6]

路線データ編集

全区間がJR北海道旭川支社の管轄である。

区間別の利用状況編集

輸送密度編集

区間ごとの輸送密度は以下の通り。2013年(平成25年)度に名寄駅 - 稚内駅間のみ輸送密度が公表され[報道 10][報道 11]、2016年(平成28年)以降全区間も毎年公表されている[報道 12][報道 13][報道 14][報道 15]。2017年(平成29年)12月8日には、名寄駅 - 稚内駅間について、より詳細なデータが発表されている[報道 3]

名寄駅 - 稚内駅間は、国鉄における特定地方交通線指定が行われた1980年(昭和55年)度時点で、区間単体では指定目安となる輸送密度4,000人を大きく下回っていた[注釈 5]。2016年(平成28年)度実績では、JR北海道が設定した区間で下から5番目、道内における特急列車運転区間としては最低の輸送密度であり、定期特急列車の運転がない、根室本線滝川駅 - 富良野駅間、釧路駅 - 根室駅間や釧網本線を下回っている[報道 16]

年度 輸送密度
(人/キロ/日)
備考 出典
旭川駅 -
名寄駅間
名寄駅 -
稚内駅間
1975年(昭和50年)度   1,878 [報道 3]
1980年(昭和55年)度   1,384
1985年(昭和60年)度   792
1987年(昭和62年)度   751 JR北海道発足。
1988年(昭和63年)度   723
1989年(平成元年)度   776 同年度中の5月1日に天北線廃止。
1990年(平成2年)度   814
1991年(平成3年)度   807 11月13日に宗谷北線運輸営業所が発足。
1992年(平成4年)度   780
1993年(平成5年)度   781
1994年(平成6年)度   802
1995年(平成7年)度   754
1996年(平成8年)度   733
1997年(平成9年)度   702
1998年(平成10年)度   727
1999年(平成11年)度   684
2000年(平成12年)度   764 同年度中の3月11日に名寄駅以南高速化工事竣工・特急列車運転開始
2001年(平成13年)度   723
2002年(平成14年)度   702
2003年(平成15年)度   653
2004年(平成16年)度   667
2005年(平成17年)度   640
2006年(平成18年)度   556
2007年(平成19年)度   542
2008年(平成20年)度   527
2009年(平成21年)度   506
2010年(平成22年)度   501
2011年(平成13年)度   477
2012年(平成24年)度   483
2013年(平成25年)度   419
2014年(平成26年)度 1,512 405
2015年(平成27年)度 1,571 403
2016年(平成28年)度 1,456 364 台風10号による影響を除くため、9 - 12月を除いた数値
1,477 362 9 - 12月を含む数値 [報道 15]

収支・営業係数編集

区間ごとの収支(営業収益、営業費用、営業損益)と営業係数は以下の通り。いずれも管理費を含めた金額である[報道 12]。▲はマイナスを意味する。

旭川駅 - 名寄駅間
年度 収支(百万円) 営業
係数
(円)
出典
営業
収益
営業
費用
営業
損益
2014年(平成26年)度 724 2,643 ▲1,919 365 [報道 12]
2015年(平成27年)度 742 2,851 ▲2,109 384 [報道 16]
2016年(平成28年)度 690 2,894 ▲2,204 419 [報道 17]
名寄駅 - 稚内駅間
年度 収支(百万円) 営業
係数
(円)
出典
営業
収益
営業
費用
営業
損益
2014年(平成26年)度 487 3,031 ▲2,544 622 [報道 12]
2015年(平成27年)度 490 3,032 ▲2,541 618 [報道 4][報道 16]
2016年(平成28年)度 449 3,121 ▲2,612 696 [報道 17]

歴史編集

1898年明治31年)8月12日の旭川 - 永山間が北海道官設鉄道によって開業したのに始まり[5]1903年(明治36年)9月3日には名寄に到達[5]。以降は官設鉄道によって建設が進められ、1922年(大正11年)11月1日に稚内まで、後に天北線となる浜頓別経由のルートで全通した[5][新聞 6]。現在の幌延経由のルートは1922年(大正11年)11月8日[5][6][7]から1926年(大正15年)9月25日[5][6][7]にかけて天塩線(てしおせん)[注釈 6]として建設されたもので、1930年(昭和5年)4月1日に宗谷線に編入され[5][6]、浜頓別経由のルートは北見線(後の天北線)として分離された[5][6]

北海道官設鉄道天塩線編集

国有化から天塩線編入まで編集

国有鉄道天塩線(初代)→宗谷線(初代)→宗谷本線(初代)→宗谷線(2代)→宗谷本線(2代)編集

国有鉄道天塩線(2代)→天塩南線・天塩北線→天塩線(3代)編集

  • 1922年(大正11年)11月8日:国有鉄道天塩線(2代)の音威子府駅 - 誉平駅間が開業[5][3][7][6][10][13][14][15]。同区間に筬島駅、神路駅、佐久駅、誉平駅(いずれも一般駅・直営駅)を開設[6][9][7]
  • 1923年(大正12年)11月10日:天塩線の誉平駅 - 問寒別駅間が延伸開業[5][6][3][7]。同区間に宇戸内駅、問寒別駅(いずれも一般駅・直営駅)を開設[6][9][7]
  • 1924年(大正13年)6月25日:国有鉄道天塩北線の兜沼駅 - 稚内駅(初代)間が開業[5][3][7][10]。同区間に兜沼駅、勇知駅、抜海駅(いずれも一般駅・直営駅)を開設[6][9][7][10]。これに伴い、音威子府駅 - 問寒別駅間を天塩線から天塩南線に線名改称[6][10]
  • 1925年(大正14年)7月20日:天塩南線の問寒別駅 - 幌延駅間が延伸開業[5][6][3][7]。同区間に雄信内駅、安牛駅、上幌延駅、幌延駅(いずれも一般駅・直営駅)を開設[6][9][7][9][10][13][14][15]
  • 1926年(大正15年)9月25日:幌延駅 - 兜沼駅間が延伸開業[5][6][3][7]し、音威子府駅 - 幌延駅 - 稚内駅(初代)間が全通。天塩南線と天塩北線が統合され、天塩線(3代)に改称[6][3][10][13][14][15]。新設区間に下沼駅、豊富駅、徳満駅、芦川駅(いずれも一般駅・直営駅)を開設[6][7][9][10][13][14][15][19]。それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更[3]。また、夏季は全区間を急行列車として運転[20]
  • 1928年(昭和3年)
    • 9月10日:急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始[20]
    • 12月26日:稚内駅(初代) - 稚内港駅間が延伸開業[5][3][13]。同区間に稚内港駅(一般駅・直営駅)を開設[9][13]

天塩線(3代)編入以後編集

  • 1930年(昭和5年)4月1日:天塩線(3代)が宗谷本線に編入され、旭川駅 - 幌延駅 - 稚内港駅間 (258.9km) が宗谷本線となる[5][6][8][3][10][13][14][15]。同時に、それまで宗谷本線だった音威子府駅 - 浜頓別駅 - 稚内駅(初代)間 (149.9km) が分離され、北見線(後の天北線)に改称[5][6][17][13]。なお、メートル法施行時に、稚内駅(初代) - 稚内港駅間の営業距離を1.5 Mから1.2 kmに修正。
  • 1938年(昭和13年)10月1日:稚内桟橋駅を開設(稚内港駅構内の仮乗降場扱い)[13]
  • 1939年(昭和14年)2月1日:稚内駅(初代)が南稚内駅[5][21][13]、稚内港駅を稚内駅(2代目 以下特記ない限り2代目駅を指す)[5][21][13]に改称。
  • 1945年(昭和20年)8月25日:稚泊航路が運航停止。これに伴い、稚内桟橋駅も休止(実質的に廃止)[13][14]
  • 1946年(昭和21年)10月10日:恩根内駅 - 咲来駅間に豊清水仮乗降場を開設[13]。旅客のみ取り扱い。
  • 1947年(昭和22年)12月(日不詳):永山駅 - 比布駅間に北永山仮乗降場(設定)を開設[13]。旅客のみ取り扱い。
  • 1948年(昭和23年)6月(日不詳):美深駅 - 紋穂内駅間に初野仮乗降場(局設定)を開設[13]。旅客のみ取り扱い。
  • 1949年(昭和24年)6月1日公共企業体日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1950年(昭和25年)1月15日:豊清水仮乗降場が一般駅に昇格し、豊清水駅(直営駅)となる[9]。同駅における貨物・荷物の取り扱いが開始。
  • 1951年(昭和26年)
    • 7月14日:美深駅の読みを「ぴうか」から「びふか」に変更。
    • 7月20日:誉平駅が天塩中川駅、宇戸内駅が歌内駅に改称[21][7]
  • 1952年(昭和27年)11月6日:南稚内駅、稚内駅が移転。これに伴い、抜海駅 - 南稚内駅 - 稚内駅間を改キロ (+0.5km) [13]
  • 1955年(昭和30年)
    • 12月1日:名寄駅 - 智恵文駅間に日進乗降場[22]を開設。
    • 12月2日:以下の仮乗降場を開設。西永山・琴平を除き局設定[7][10][13][14][15][16][19]
      • 西永山(新旭川駅 - 永山駅間)、南比布(北永山仮乗降場 - 比布駅間)、北比布(比布駅 - 蘭留駅間)、下士別(士別駅 - 多寄駅間)、琴平(佐久駅 - 天塩中川駅間)、下中川(天塩中川駅 - 歌内駅間)、糠南(問寒別駅 - 雄信内駅間)
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月:和寒駅 - 剣淵駅間に東六線仮乗降場(局設定)を開設[16]
    • 2月26日:旭川駅 - 名寄駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離[8]。同区間で気動車が運行開始[8]
    • 5月1日:糠南仮乗降場 - 雄信内駅間に上雄信内仮乗降場(局設定)を開設[19][23]
    • 7月1日:智恵文駅 - 美深駅間に南美深仮乗降場(局設定)[16]、豊清水駅 - 咲来駅間に南咲来仮乗降場を開設。いずれも旅客のみ取り扱い。
    • 9月1日:多寄駅 - 風連駅間に瑞穂仮乗降場(局設定)を開設[16]
    • 9月20日:風連駅 - 名寄駅間に東風連駅(旅客駅・簡易委託駅)を開設[8][9][10][13][14][15]
    • 11月19日:名寄駅 - 稚内駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離[3]。同区間で気動車が運行開始[3]
  • 1957年(昭和32年)2月1日:以下の仮乗降場を開設。いずれも局設定。
    • 旭川四条(あさひがわよじょう:旭川駅 - 新旭川駅間)、南下沼仮乗降場(幌延駅 - 下沼駅間)[7][13]
  • 1958年(昭和33年)10月1日:札幌駅 - 稚内駅間に夜行準急「利尻」が新設され、優等列車が復活[3]
  • 1959年(昭和34年)11月1日:以下のように変更。
    • 以下の駅(旅客駅・無人駅[24])を開設[6][3][9][7][16]
      • 北星(智東駅 - 智恵文駅間)、南幌延(安牛駅 - 上幌延駅間)
    • 以下の仮乗降場(局設定)を開設[16]
      • 北剣淵(剣淵駅 - 士別駅間)、智北(智恵文駅 - 南美深駅間)[16][7]
    • 以下の仮乗降場を駅(無人駅)に昇格[3][8][9][10][13][14][15][16][19][24]
      • 西永山、北永山、南比布[注釈 7]、北比布、東六線[注釈 8]、下士別、日進、南美深、初野、下中川
  • 1960年(昭和35年)7月1日:札幌駅 - 稚内駅間に準急「宗谷」が運行開始[27]
  • 1961年(昭和36年)
    • 1月26日:同日16時5分に上雄信内仮乗降場 - 雄信内駅間で2万立方メートルの雪崩。うち7500立方メートルが下平陸橋(桁15連)を直撃し倒壊(死傷者なし)。復旧後、気動車列車は2月22日、蒸気機関車列車は3月31日に運転再開[28][2][注釈 9]
    • 10月1日:準急「宗谷」を函館駅 - 稚内駅間の運転とし急行に格上げ[27]
  • 1962年(昭和37年)
    • 8月17日:同日11時30分ごろ、大雨により上雄信内仮乗降場 - 雄信内駅間の下平陸橋第8橋脚に土砂が押し寄せ折損。桁2連流失(死傷者なし)後日仮橋脚により復旧[2]
    • 9月30日:同日21時30分ごろ、上雄信内仮乗降場 - 雄信内駅間で3000立方メートルの地すべり。下平陸橋の仮橋脚2基・桁2連流失(死傷者なし)。その後、開通に15日、本復旧に1年[2]
  • 1963年(昭和38年)9月:上雄信内仮乗降場 - 雄信内駅間に下平陸橋を迂回する下平トンネル着工[2]
  • 1965年(昭和40年)7月15日:上雄信内仮乗降場 - 雄信内駅間に下平トンネル(全長1,356m)開通、経路変更[14][2][注釈 10]
  • 1967年(昭和42年)
  • 1968年(昭和43年)10月1日:新旭川駅 - 永山駅間(西永山駅跡地)に北旭川駅(貨物駅・直営駅)を開設[29][14]
  • 1973年(昭和48年)9月29日:旭川駅 - 新旭川駅間を複線化・高架化[8][30]。旭川四条仮乗降場が旅客駅に昇格し、旭川四条駅(簡易委託駅)となる[8][9]
  • 1974年(昭和49年)(昭和49年)10月1日:北旭川駅における小荷物の取り扱いを開始(一般駅となる)[29]。蘭留駅、塩狩駅、豊清水駅、神路駅[29]における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
  • 1975年(昭和50年)
  • 1977年(昭和52年)5月25日:以下のように変更[7][19][31]
    • 以下の駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
      • 紋穂内、筬島、歌内、安牛、上幌延、下沼、徳満、抜海
    • 神路駅を、神路信号場に降格(仮乗降場として旅客の取り扱いを継続[29])。
  • 1978年(昭和53年)12月1日:比布駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)[11]。新旭川駅における車扱貨物の取扱いを専用線発着のものに限定。永山駅における貨物の取り扱いを専用線発着の車扱貨物に限定。
  • 1981年(昭和56年)7月:南咲来仮乗降場を天塩川温泉仮乗降場に改称[14]
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月29日:雄信内駅、兜沼駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
    • 11月15日:以下の駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
      • 和寒、剣淵[12]、多寄、風連、美深、恩根内、咲来、佐久、天塩中川、問寒別、勇知
  • 1983年(昭和58年)
    • 1月10日:旭川駅 - 永山駅間に列車集中制御装置(CTC)を導入。
    • 4月1日:南稚内駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:以下のように変更。
      • 名寄駅 - 稚内駅間の貨物営業廃止[3]
      • 以下の駅のにおける貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)[10][13][14][15][10][13][14][15]
        • 永山、音威子府、幌延、豊富、稚内
      • 北旭川駅における小荷物の取り扱いが終了(貨物駅に戻る)[29]
      • 以下の駅での荷物の取り扱いが終了[10][11][12][13][14][15]
        • 新旭川、永山、比布、蘭留、塩狩、和寒、剣淵、多寄、風連、美深、紋穂内、恩根内、豊清水、咲来、音威子府、筬島、佐久、天塩中川、歌内、問寒別、雄信内、安牛、上幌延、幌延、下沼、豊富、徳満、兜沼、勇知、抜海
    • 11月10日:通票閉塞廃止に伴い、以下の通り変更。
      • 以下の駅で出札・改札業務を終了(無人駅となる)[32][14]。ただし、連査閉塞運転要員については配置を継続。
        • 蘭留、塩狩、多寄、紋穂内、恩根内、豊清水、咲来、筬島、佐久、天塩中川、歌内、問寒別、雄信内、安牛、上幌延、下沼、徳満、芦川、兜沼、勇知、抜海
      • 以下の駅を新たに簡易委託駅へ変更。
        • 新旭川、比布、和寒、剣淵、風連、天塩中川[33]、豊富
  • 1985年(昭和60年)3月14日:神路信号場を廃止[29][7][14]。同信号場の交換設備が廃止され、棒線化される。士別駅、南稚内駅における荷物の取り扱いが終了。
  • 1986年(昭和61年)11月1日
    • 永山駅 - 南稚内駅間に列車集中制御装置 (CTC) を導入し、電子閉塞化。
      • これに伴い、上記の駅がすべて駅員無配置となる[32]
    • 筬島駅[32]、上幌延駅、芦川駅の交換設備を廃止。旭川駅、士別駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
    • 旭川駅、名寄駅における荷物の取り扱いが終了。稚内駅における荷物の取り扱いを新聞紙に限定。
    • 名寄駅 - 稚内駅間で各駅停車が5往復に削減され、夜遅い時間の便を廃止。

民営化以後編集

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い以下のように変更。
    • 北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継[15]。日本貨物鉄道(JR貨物)が旭川駅 - 名寄駅間の第二種鉄道事業者となる[29][10][13][14][15]
    • 智東駅を臨時駅に変更(冬季は全列車通過)[3]
    • 北剣淵・瑞穂・智北・天塩川温泉・琴平・糠南・上雄信内・南下沼の各仮乗降場が旅客駅に昇格(いずれも無人駅・営業キロ設定なし)[24][16][7][3][9][10][13][14][15][32][23][34]
  • 1988年(昭和63年)3月13日:旭川駅・新旭川駅の読みをそれぞれ「あさひわ」「しんあさひわ」に変更。
  • 1990年平成2年)
    • 3月10日:分割民営化時に駅に昇格した元仮乗降場の各駅に営業キロを設定。
    • 4月7日:北永山駅を旭川方に移転。改キロ(0.6km)。
    • 7月1日以前[26]:南比布駅の簡易委託が終了し、無人駅となる。
    • 9月1日:琴平駅を廃止[3][19][10][13][14][15][7]
  • 1991年(平成3年)
  • 1992年(平成4年)
    • 4月1日:新旭川駅、和寒駅の簡易委託を終了し、完全な無人駅となる。和寒駅は士別駅派遣により出札業務を継続。
    • 10月1日:旭川駅 - 名寄駅間の普通・快速列車をワンマン運転化[15]
  • 1993年(平成5年)3月18日:名寄駅 - 稚内駅間の普通列車をワンマン運転化。これに伴い、急行を除くすべての列車がワンマン運転となる[15]
  • 1995年(平成7年)4月1日:和寒駅における士別駅派遣による出札業務が終了。
  • 1996年(平成8年)9月1日:北旭川駅 - 名寄駅間の貨物列車が前日限りで廃止[35]。JR貨物の名寄駅は自動車代行駅となり、同区間にトラック便が運行開始。
  • 1997年(平成9年)9月:新旭川駅における貨物列車の発着が終了。ただし、戸籍上はJR貨物の駅も存続。
  • 1998年(平成10年)2月25日:旭川駅 - 永山駅間に自動進路制御装置 (PRC) 導入[新聞 8]
  • 1999年(平成11年)
    • 同年頃:旭川四条駅の簡易委託が終了し、完全な無人駅となる。
    • 7月:多寄駅が旭川寄りに約20m移転(改キロなし)。
  • 2000年(平成12年)3月11日:旭川駅 - 名寄駅間の高速化工事が完成し、同区間の最高速度が130 km/hに向上。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」・「利尻」が運行開始。これに伴い、当路線初の定期特急列車が新設される[報道 5][新聞 1][新聞 2]
  • 2001年(平成13年)7月1日:下中川駅、上雄信内駅、芦川駅を廃止[3][19][10][13][14][15]
  • 2002年(平成14年)11月4日:新旭川駅 - 北旭川駅間を複線化[15]
  • 2003年(平成15年)
    • 5月10日:旭川駅 - 北旭川駅間を電化(交流20,000 V・50 Hz)[10][13][14][15]。ただし、旭川運転所への回送車両が使用するのみで、営業列車は使用しない。
    • 9月1日旭川運転所が旭川駅構内から北旭川駅構内へ移転[新聞 9]。これに伴い、旭川駅 - 塩狩駅間のダイヤを修正。乗務員交代のため、北旭川駅に一部の普通列車が運転停車するようになる[報道 18]
    • 11月1日:風連駅における乗車券販売(簡易委託)が終了(無人駅となる)。
  • 2004年(平成16年)
    • 3月13日:南稚内駅が稚内駅(2代目)の被管理駅となる。南稚内駅の運転部門を宗谷北線営業所に統合。
    • 3月17日:美深駅が名寄駅の被管理駅となり、駅長が廃止。
  • 2005年(平成17年)
    • 月日不詳:南稚内駅の駅長が廃止され、同駅が稚内駅長の管理となる。
    • 6月9日:天塩中川駅の駅業務(簡易委託)が終了。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月18日:智東駅、南下沼駅[7][16][報道 19]を廃止。特急「利尻」を臨時列車化[36](同年6月1日より臨時特急「はなたび利尻」として運行開始)。
    • 4月1日:名寄駅構内にJR貨物の名寄オフレールステーションを開設。
  • 2007年(平成19年)
  • 2010年(平成22年)
    • 1月31日:稚内駅が棒線駅となり、南稚内駅 - 稚内駅間が1閉塞となる。
    • 10月10日:旭川駅が高架化。
  • 2012年(平成24年)5月28日本輪西駅 - 北旭川駅間の石油輸送列車が廃止。
  • 2014年(平成26年)3月15日:「スーパー宗谷」の減速に伴い、旭川駅 - 名寄駅間の最高速度が120 km/hに変更[報道 9]
  • 2015年(平成27年)3月:天塩中川駅におけるJAでの簡易委託、保線基地での指定席の扱いが終了(完全な無人駅となる)。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月26日:同日のダイヤ改正で名寄駅 - 稚内駅間の普通列車を各区間で上下各5本から3 - 4本に削減[報道 21][新聞 10][新聞 11]
    • 5月1日:美深駅が簡易委託駅となる[38][報道 22][新聞 12]
    • 6月:省令による整備期限である同月末までに旭川駅 - 名寄駅間にATS-DNを整備完了[報道 23]
    • 9月6日台風13号接近に伴う降雨災害の影響で、抜海駅 - 南稚内駅間の路盤が流失し[新聞 13]、音威子府駅 - 稚内駅間が不通となる[報道 24][新聞 14]。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」についても全区間運休[新聞 14][新聞 13]
    • 9月9日:「スーパー宗谷」1往復(1・4号)が札幌駅 - 幌延駅間で運転再開。幌延駅 - 稚内駅間は代行バスで連絡。「スーパー宗谷」1往復(2・3号)と「サロベツ」、普通列車の音威子府駅 - 稚内駅間は引き続き運休[報道 24]
    • 9月13日:全区間復旧し、午後から運転再開[新聞 15][新聞 13]。14日から所定ダイヤでの運転[新聞 16]
    • 11月18日:JR北海道から「当社単独では維持することが困難な線区について」発表[報道 6]。名寄駅 - 稚内駅間が「輸送密度200人以上2000人未満の線区」、旭川駅 - 名寄駅間が「北海道高速鉄道開発株式会社関連線区」とされる。
  • 2017年(平成29年)
    • 3月4日:同日のダイヤ改正で宗谷本線の特急列車運転系統を「宗谷」(札幌駅 - 稚内駅間)1往復、「サロベツ」(旭川駅 - 稚内駅間)2往復(1 - 4号)に再編し、いずれもキハ261系を充当[報道 25]
    • 3月30日:宗谷本線活性化推進協議会が名寄市内で道との意見交換会を開催。JR北海道との協議開始を決定[新聞 4]
    • 4月1日:同日付で宗谷北線運輸営業所を廃止[39]
    • 4月14日:宗谷本線活性化推進協議会がJRを交えた実務者協議を開始[新聞 5]。JRの「当社単独では維持することが困難な線区について」発表以来初の協議開始。

運行形態編集

以下、特記ない限り2017年(平成29年)3月4日現在のものである。

広域輸送編集

特急列車札幌駅 - 稚内駅間を直通する「宗谷」1往復、旭川駅 - 稚内駅間で「サロベツ」2往復が運転されている[報道 25][40]。「サロベツ」については、札幌駅 - 旭川駅間の特急「ライラック」と対面乗り換えで接続するダイヤを組んでおり、旭川駅で改札を出ない場合に限り特急料金を通しで計算する特例が設けられている[報道 25]

このほか、旭川駅 - 新旭川駅間には石北本線の特急「オホーツク」「大雪」および特別快速きたみ」も運転されているが、宗谷本線内の停車駅は旭川駅のみである[報道 25][41]

地域輸送編集

名寄駅を境に南北に運転系統が分かれており[40]、直通する場合でも必ず列車番号が変わる。

快速・普通列車はすべてワンマン運転であり、ドアは基本的に前側のみ(前乗り前降り)開く。有人駅のうち、終日改札を行う旭川駅・稚内駅は最終列車まですべてのドアが開き、終日改札を実施しないそのほかの有人駅はみどりの窓口の営業時間内のみすべてのドアが開く。

旭川駅 - 名寄駅間編集

特急を補完する列車として主要駅のみに停車する、快速「なよろ」が1日4往復(うち1往復は名寄以北を普通列車として音威子府駅へ直通)運転される。

普通列車は、旭川 - 名寄間で1日8往復(うち1往復は音威子府駅へ、下り1本は稚内駅へ直通)、旭川駅 - 比布駅間4往復、旭川駅 - 永山駅間2往復[注釈 11]が運行されている。一部は北永山駅南比布駅北比布駅東六線駅北剣淵駅下士別駅瑞穂駅東風連駅のすべて、またはいずれかを通過する。また、旭川駅 - 新旭川駅間は前述の列車に加えて石北本線の普通列車(平日の定期列車で下り11本、上り10本)も運転される。

車両はキハ40形を中心にキハ54形気動車も用いられる。通常は1-2両編成で運転されるが、名寄発旭川行きの上り一番列車については3両編成で運転される。

名寄駅 - 稚内駅編集

この区間の普通列車は2016年(平成28年)3月26日改正による減便で、現在の本数となった。なお、音威子府駅・幌延駅での停車中に列車番号が変わる列車が存在するが、本節では1本の列車として扱う。

運転本数は、名寄駅 - 稚内駅間を通しで運転する列車が1日に下り2本・上り3本(うち下り1本は旭川駅から普通列車として直通)、名寄駅 - 音威子府駅間の列車が2往復(いずれも旭川駅から快速・普通列車として直通)、音威子府駅 - 稚内駅間の列車が下り1本、稚内駅 - 幌延駅間の列車が上り1本である。区間別にみると、名寄駅 - 音威子府駅間が下り4本・上り5本、音威子府駅 - 幌延駅間が上下各3本、幌延駅 - 稚内駅間が下り3本、上り4本となっている。うち、夜間の上り1本は、天塩川温泉駅紋穂内駅初野駅南美深駅智北駅北星駅を通過する[注釈 12]

車両は(旭川駅 - )名寄駅 - 音威子府駅間の2往復がキハ40形であるほかはすべてキハ54形で、終日1両編成で運転される。

貨物輸送編集

旭川駅 - 北旭川駅(貨物駅)間は、函館本線および室蘭本線に直通する形で高速貨物列車および専用貨物列車が運行されている。いずれもDF200形ディーゼル機関車が牽引する。高速貨物列車のうち上り2本は札幌貨物ターミナル駅を経由せず、岩見沢駅 - 苫小牧駅間を室蘭本線経由で運行する本州への直行便で、残りは函館本線札幌貨物ターミナル駅行き。さらに毎年秋から翌年春にかけては石北本線の臨時貨物列車(通称・タマネギ列車)が北旭川駅(貨物駅) - 北見駅間に3往復[報道 6]運行されている。この列車については、運行経路上、新旭川駅と遠軽駅で方向転換するため、先頭と最後尾に機関車が連結されるプッシュプル運転が行われている。

使用車両編集

現在の使用車両編集

旅客列車はすべて気動車で運転されている。このほか、旭川運転所関連の回送列車が旭川 - 北旭川間を走行する。

過去の使用車両編集

駅一覧編集

  • 駅名 … (貨):貨物専用駅、◇・■:貨物取扱駅(貨物専用駅を除く。◇は定期貨物列車の発着なし、■はオフレールステーション
  • 停車駅
    • 普通・快速「なよろ」…●印の駅は全列車停車、▲印の駅は一部の列車が通過、|印の駅は全列車通過
    • 特急「宗谷」「サロベツ」…「宗谷 (列車)」参照
  • 線路 … ∥:複線区間、∨:ここより下は単線、◇・|:単線区間(◇は列車交換可能)
  • 全駅北海道内に所在
電化/
非電化
駅番号 駅名 駅間
営業キロ
累計
営業キロ
普通 快速
なよろ
接続路線 線路 所在地
交流電化 A28 旭川駅 - 0.0 北海道旅客鉄道函館本線富良野線 上川管内 旭川市
A29 旭川四条駅 1.8 1.8  
A30 新旭川駅 1.9 3.7 北海道旅客鉄道:石北本線[* 1]
  (貨)北旭川駅 2.9 6.6  
非電化 W31 永山駅 2.7 9.3  
W32 北永山駅 2.1 11.4  
W33 南比布駅 3.3 14.7   上川郡
[注釈 14]
比布町
W34 比布駅 2.4 17.1  
W35 北比布駅 3.1 20.2  
W36 蘭留駅 2.6 22.8  
W37 塩狩駅 5.6 28.4   上川郡
[注釈 14]
和寒町
W38 和寒駅 7.9 36.3  
W39 東六線駅 5.1 41.4   剣淵町
W40 剣淵駅 3.8 45.2  
W41 北剣淵駅 5.0 50.2  
W42 士別駅 3.7 53.9   士別市
W43 下士別駅 4.4 58.3  
W44 多寄駅 3.4 61.7  
W45 瑞穂駅 2.8 64.5  
W46 風連駅 3.6 68.1   名寄市
W47 東風連駅 4.5 72.6  
W48 名寄駅 3.6 76.2  
W49 日進駅 4.0 80.2    
W50 北星駅 9.1 89.3    
W51 智恵文駅 1.9 91.2    
W52 智北駅 2.1 93.3    
W53 南美深駅 2.3 95.6     中川郡 美深町
W54 美深駅 2.7 98.3    
W55 初野駅 3.6 101.9    
W56 紋穂内駅 3.1 105.0    
W57 恩根内駅 7.1 112.1    
W58 豊清水駅 5.8 117.9    
W59 天塩川温泉駅 3.6 121.5     音威子府村
W60 咲来駅 3.2 124.7    
W61 音威子府駅 4.6 129.3    
W62 筬島駅 6.3 135.6    
W63 佐久駅 18.0 153.6     中川町
W64 天塩中川駅 8.3 161.9    
W65 歌内駅 8.4 170.3    
W66 問寒別駅 5.5 175.8     宗谷管内 天塩郡 幌延町
W67 糠南駅 2.2 178.0    
W68 雄信内駅 5.7 183.7    
W69 安牛駅 6.0 189.7    
W70 南幌延駅 1.9 191.6    
W71 上幌延駅 3.0 194.6    
W72 幌延駅 4.8 199.4    
W73 下沼駅 7.8 207.2    
W74 豊富駅 8.7 215.9     豊富町
W75 徳満駅 5.0 220.9    
W76 兜沼駅 10.0 230.9    
W77 勇知駅 5.8 236.7     稚内市
W78 抜海駅 8.3 245.0    
W79 南稚内駅 11.7 256.7    
W80 稚内駅 2.7 259.4    
  1. ^ 石北本線の旅客列車はすべて旭川駅へ乗り入れる。
  • 北永山 - 南比布間で上川郡[注釈 14]当麻町を経由するが、同町内に宗谷本線の駅は存在しない。

廃駅・信号場編集

括弧内は旭川駅からの営業キロ。(臨)は臨時駅を表す。

  • 西永山駅:1967年11月1日廃止[19]。北旭川駅 - 永山駅間 (7.2km)
  • (臨)智東駅:1987年4月1日臨時駅化[3]、2006年3月18日廃止[報道 19]。日進駅 - 北星駅間 (84.9km)
  • 神路信号場(旧・神路駅):1977年5月25日信号場・仮乗降場化[19]、1985年3月14日廃止。筬島駅 - 佐久駅間 (143.1km)
  • 琴平駅:1990年9月1日廃止[3][19]。佐久駅 - 天塩中川駅間 (158.2km)
  • 下中川駅:2001年7月1日廃止[3][19]。天塩中川駅 - 歌内駅間 (165.8km)
  • 上雄信内駅:2001年7月1日廃止[3][19]。糠南駅 - 雄信内駅間 (181.5km)
  • 南下沼駅:2006年3月18日廃止[報道 19]。幌延駅 - 下沼駅間 (205.6km)
  • 芦川駅:2001年7月1日廃止[3][19]。徳満駅 - 兜沼駅間 (226.6km)

過去の接続路線編集

宗谷トンネル計画編集

稚内から先の宗谷海峡にトンネルを掘り、サハリンの鉄道と連絡させる計画があるが、推進しているのはほとんどロシア側のみであり、日本政府やJR北海道などでこの計画をまともに取り上げた前例がない。

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 幹線を含めると山陰本線が日本最長の鉄道路線。
  2. ^ 貨物列車の運行は旭川駅 - 北旭川駅間のみで、北旭川駅 - 名寄駅間はすべてトラック自動車による代行輸送となっている。
  3. ^ 宗谷本線所属の駅・信号場に限定した場合、起点の旭川駅(函館本線所属[4])が除外され、一般駅が1駅、旅客駅が51駅、貨物駅が1駅、信号場が0か所となる。
  4. ^ 本線上での電化架線・複線区間は北旭川駅・旭川運転所の分岐点までだが、実際には旭川運転所構内まで架線が続いている(向かい側の北旭川駅構内は非電化)。この区間はJR最北端かつ最東端の電化区間である。2003年(平成15年)9月1日、旭川駅周辺の高架化事業により、旭川運転所が北旭川駅隣接地に移転したのに伴う出入庫列車の運転のためのもので、通常、営業運転には使用されない。ただし、2009年(平成21年)10月3日には、711系電車を使用した団体臨時列車が旭川駅 - 北旭川駅間に乗り入れており、電車としては初めて旭川四条駅に停車した。
  5. ^ 宗谷本線全体でも、第3次廃止対象路線に当たる輸送密度ではあったが、ピーク時の乗客が一方向1時間あたり1,000人を超すことから除外された経緯がある。
  6. ^ なお、天塩線の名称は数度にわたり用いられている。詳細は年表および天塩線を参照。 また、のちに羽幌線の一部となる幌延駅 - 遠別駅間の旧称(1935年 - 1958年)でもあるが、これとは無関係である。
  7. ^ 正確な期間は不明だが、南比布駅は簡易委託駅だった時期がある。少なくとも1962年(昭和37年)6月発行の軟券の常備券が確認されており[25]、1990年(平成2年)7月1日時点では完全な無人駅となっている[26]
  8. ^ 正確な期間は不明だが、東六線駅は簡易委託駅だった時期がある[25]
  9. ^ なお、福山(1961)では応急復旧を2月23日16時30分としている。
  10. ^ 現存する日本の鉄道トンネルとしては最北に位置する。トンネルの延長は出典により若干の違いがあるが、太田(2011)記載のものとした。
  11. ^ うち下り1本休日運休、上り1本土休日運休。
  12. ^ このほか、2016年(平成28年)の減便直前の時点では、筬島駅歌内駅糠南駅安牛駅南幌延駅上幌延駅下沼駅徳満駅に1日1本 - 3往復(6本)の通過列車があった。
  13. ^ 当線の音威子府駅は、キハ40系気動車系列のキハ400・480形気動車で運転されていた急行「宗谷」・「サロベツ」・「利尻」の特急格上げによる使用車両変更に伴い、現在定期列車でキハ40系気動車が運転される北限の駅となっている。
  14. ^ a b c 比布町・当麻町の属する上川郡と和寒町・剣淵町が属する上川郡、十勝地方の上川郡は境界を接しているが、由来が異なり、全く同名の別の郡である。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 藤井 郁夫. “f01北海道 (PDF)”. PDF版 橋の情報と資料. 中日本コンサルタント. 2017年10月14日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 『北の保線』pp.149-152
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 90-91頁
  4. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 I』
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah 宗谷線の線路敷設の歩み” (日本語). 北海道高速鉄道開発 (1998年2月1日). 1998年2月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年9月5日閲覧。
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  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 88-89頁
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 314頁
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 14頁
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  12. ^ a b c d 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』 898頁
  13. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 15頁
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 16頁
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  17. ^ a b c d e f g h i 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 266-267頁
  18. ^ a b c d e f 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 318頁
  19. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 315頁
  20. ^ a b 大久保邦彦・三宅俊彦編『鉄道運輸年表』(『時刻表復刻版<戦後編>』付録)日本交通公社、1977年。
  21. ^ a b c 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 319頁
  22. ^ 『新名寄市史』 第2巻 2000年11月発行、434-435頁。
  23. ^ a b 『北海道鉄道駅大図鑑』 219頁
  24. ^ a b c 『無人駅探訪』 148頁
  25. ^ a b 『無人駅探訪』 20頁
  26. ^ a b 小冊子『HANDBOOK 1990』「駅は旅の出発点」(発行:北海道旅客鉄道、1990年発行)
  27. ^ a b 『日本鉄道旅行歴史地図帳―全線・全駅・全優等列車―』 1号・北海道 51頁
  28. ^ 福山 幹基 (1961). “下平陸橋の雪崩事故について”. 雪氷 (日本雪氷学会) Vol. 23 (No.2): pp.30-31. https://www.jstage.jst.go.jp/article/seppyo1941/23/2/23_2_70/_pdf.  なお、同論文では応急復旧を2月23日16時30分としている。
  29. ^ a b c d e f g 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』
  30. ^ 『鉄道ピクトリアル』 通巻287号 87頁
  31. ^ 『北海道鉄道百年史』 下巻 第5編資料/1年表
  32. ^ a b c d 『無人駅探訪』 149頁
  33. ^ 『北海道鉄道駅大図鑑』 218頁
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新聞記事編集

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参考文献編集

書籍編集

雑誌編集

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