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アナスタシヤ・セバストワ

ラトビアのテニス選手

アナスタシヤ・セバストワAnastasija Sevastova, 1990年4月13日 - )は、ラトビアリエパーヤ出身の女子プロテニス選手。これまでにWTAツアーでシングルス3勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス11位、ダブルス57位。身長169cm、体重65kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。シングルスで当地最大の女子選手であるラリサ・ネーランド以来10数年ぶりにツアーレベルに到達した選手であり、ネーランドに続くラトビア史上二人目のシングルストップ100入りやツアーシングルス優勝を挙げた選手である。

アナスタシヤ・セバストワ
Anastasija Sevastova
Tennis pictogram.svg
Sevastova RG16 (28) (26795953073).jpg
アナスタシヤ・セバストワ
基本情報
国籍  ラトビア
出身地 同・リエパーヤ
居住地 オーストリア・ウィーン
生年月日 (1990-04-13) 1990年4月13日(29歳)
身長 169cm
体重 65kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2006年
ツアー通算 3勝
シングルス 3勝
ダブルス 0勝
生涯獲得賞金 6,424,993 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2011)
全仏 3回戦(2017)
全英 2回戦(2017)
全米 ベスト4(2018)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2017・18)
全仏 2回戦(2010)
全英 1回戦(2010・11・17・18)
全米 ベスト8(2018)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 11位(2018年10月22日)
ダブルス 57位(2018年10月8日)
2018年12月12日現在

目次

来歴編集

6歳から祖母の勧めでテニスを始める。15歳になるまではあくまで趣味としてテニスを楽しんでいたとのことで[1]、ジュニアツアーはITFジュニアサーキット最下位グレードの大会に3大会出場したのみ[2][3][4]であったが、2005年には15歳でラトビア代表に選出され、同年4月にトルコで開かれたフェドカップヨーロッパ/アフリカグループIIラウンドロビンの対グルジア戦、対アイルランド戦、準決勝の対ルーマニア戦の計3戦において、シングルスで起用されている。16歳の時にマルティン・ルスナーに師事するようになり、同年4月にプロ転向[1]

プロキャリア編集

プロ転向初年からサーキットシングルスで2優勝を挙げるなど順調にランクを伸ばしていき、2007年5月のイスタンブール・カップでは、当時世界ランク391位ながらシングルス予選を勝ち上がりツアー本戦初出場を果たすと、1回戦で当時世界ランク99位のアナスタシア・ヤキモワ英語版を 6-1, 6-3 のストレートで破り2回戦に進出。2回戦では第5シードのアリョーナ・ボンダレンコ相手にファイナルタイブレークまで持ち込む大接戦を演じたが、4-6, 6-3, 6-7(5) のスコアで惜敗した[5]

2008年ウィンブルドン選手権シングルス予選でグランドスラム大会に初挑戦したが、ここでは予選1回戦で第17シードのベスナ・マナシエワ英語版に敗れている。2009年は更なる躍進の年となり、シングルス予選を勝ち上がって出場した4月のファミリー・サークル・カップでは、1回戦でマルタ・ドマホフスカを 6-1, 1-6, 6-4 のストレートで破り2年ぶりのツアー勝利を挙げ、マリオン・バルトリとの2回戦に進出。続いて出場したヨハネスブルグサーキットシングルスでサーキット最高ランクの10万ドル大会初優勝を果たすと[6]、5月の全仏オープンではシングルス予選を勝ち上がりグランドスラム大会本戦初出場。1回戦ではメリンダ・ツィンクと対戦したが、ツィンクに 6-3, 4-6, 1-6 のフルセットで敗退。6月のウィンブルドン選手権でもシングルス予選を勝ち上がり本戦に出場したが、1回戦でカテリナ・ボンダレンコに 3-6, 6-7(5) のストレートで敗れている。本戦からの出場となった全米オープンでは、1回戦でタマリネ・タナスガーンを 6-3, 7-5 のストレートで下しグランドスラムシングルス初勝利を挙げると、2回戦では当時世界ランク6位、第6シードのスベトラーナ・クズネツォワに挑戦したが、4-6, 2-6 のストレートで敗退した。

9月の広州国際女子オープンシングルス2回戦では、当時世界ランク23位の第1シードアナベル・メディナ・ガリゲスを 3-6, 6-3, 6-1 のフルセットで破る活躍で[7]準々決勝に進出。準々決勝では第8シードのアルベルタ・ブリアンティ英語版と対戦し、4-6, 2-6 のストレートで敗退したが、自身初のツアーベスト8進出を果たした[8]。これらの活躍により、シングルス年度末ランクも前年の194位から[9]シーズン終了時には83位まで大幅に上昇[10]。ラトビア人としては1998年に73位でシーズンを終了したラリサ・ネーランド以来[11]、11年振り史上2人目の年間トップ100フィニッシュとなった。

2010年は2月のドバイ・テニス選手権シングルスで予選を勝ち上がり本戦に進出。1回戦でベラ・ドゥシェビナを 6-2, 5-7, 7-5 のフルセットで下し、当時世界ランク9位の第7シードアグニエシュカ・ラドワンスカとの2回戦まで進出。本戦から出場した3月のモンテレイ・オープンシングルスでは、1回戦で当時世界ランク9位の第1シードエレナ・ヤンコビッチを 5-7, 6-4, 6-4 のフルセットで下す番狂わせで勝利すると[12]、2回戦でイベタ・ベネソバを 6-1, 6-2 のストレートで、準々決勝でアリーゼ・コルネを 2-6, 7-5, 6-1 のフルセットでそれぞれ下し、第3シードのアナスタシア・パブリュチェンコワとの準決勝まで進出した。

ノーシードで出場した5月のエストリル・オープンシングルスでは、1回戦で第1シードのアグネシュ・サバイを 3-6, 6-3, 6-3 のフルセットで下し勢い乗ると[13]、2回戦でクルム伊達公子を 6-1, 4-2 とした所でクルム伊達の途中棄権で、準々決勝のアナスタシア・ロデイオノワを 7-6(6), 6-2 のストレートで、準決勝で第7シードの彭帥を 6-7(6), 6-1, 6-3 のフルセットでそれぞれ下し決勝に進出。決勝ではノーシードのアランチャ・パラ・サントンハ英語版と対戦、パラ・サントンハを 6-2, 7-5 のストレートで下し、ラトビア人選手としては1993年8月のアメリカスケネクタディ大会で優勝したラリサ・ネーランド以来、17年ぶり史上2人目のツアーシングルス優勝を果たした[14][15]

2011年全豪オープンでは1回戦でポロナ・ヘルツォグを 6-4, 7-6(5)、2回戦でヤニナ・ウィックマイヤーを 6-4, 6-2 、3回戦でベスナ・マナシエワ英語版を 6-1, 6-3 で破り4回戦に進出した。4回戦では第1シードのキャロライン・ウォズニアッキに 3-6, 4-6 で敗れた。大会終了後のランキングで自己最高位の36位を記録した。しかしその後は病気や怪我に悩まされるようになりランキングも下降した。2013年3月マイアミ大会の予選で敗退した試合が最後の出場になり、2013年5月に23歳で現役引退を発表した[16]

2015年にセバストワは2年ぶりに現役復帰をした。2016年全豪オープンでは予選を勝ち上がり4年ぶりに4大大会に出場した。

2016年全米オープン2017年全米オープンでベスト8に進出した。

2018年全米オープンでは4回戦でエリナ・スビトリナ、準々決勝でスローン・スティーブンスを破り4大大会自己最高のベスト4に進出した。準決勝でセリーナ・ウィリアムズに 3-6, 0-6 で敗れた。2018年10月22日付のランキングで自己最高の11位を記録している。

WTAツアー決勝進出結果編集

シングルス: 7回 (3勝4敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2010年5月8日   エストリル クレー   アランチャ・パラ・サントンハ 6–2, 7–5
準優勝 1. 2016年6月19日   マヨルカ   キャロリン・ガルシア 3–6, 4–6
準優勝 2. 2016年7月17日   ブカレスト クレー   シモナ・ハレプ 0–6, 0–6
優勝 2. 2017年6月25日   マヨルカ   ユリア・ゲルゲス 6–4, 3–6, 6–3
準優勝 3. 2018年6月24日   マヨルカ   タチアナ・マリア 4–6, 5–7
優勝 3. 2018年7月22日   ブカレスト クレー   ペトラ・マルティッチ 7–6(4), 6–2
準優勝 4. 2018年10月6日   北京 ハード   キャロライン・ウォズニアッキ 3–6, 3–6

ダブルス: 1回 (0勝1敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2017年6月25日   マヨルカ   エレナ・ヤンコビッチ   マルチナ・ヒンギス
  詹詠然
不戦敗

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 通算成績
全豪オープン A A LQ A 1R 4R A LQ A A 2R 3R 2R 7–5
全仏オープン LQ A LQ 1R 1R 1R A A A A 2R 3R 1R 3–6
ウィンブルドン A LQ A 1R 1R 1R A A A A 1R 2R 1R 1–6
全米オープン LQ A A 2R 2R 1R LQ A A LQ QF QF SF 15–6

脚注編集

  1. ^ a b Anastasija Sevastova” (英語). WTA. 2010年10月27日閲覧。
  2. ^ Jurmala Cup 2004” (英語). ITF. 2010年10月27日閲覧。
  3. ^ TK "Riga 800" 2005” (英語). ITF. 2010年10月27日閲覧。
  4. ^ Leuggern Junior Trophy 2006” (英語). ITF. 2010年10月27日閲覧。
  5. ^ UPI NewsTrack Sports” (英語). UPI通信社 (2007年5月23日). 2010年10月27日閲覧。
  6. ^ $100,000+H Johannesburg 2009” (英語). ITF. 2010年10月27日閲覧。
  7. ^ Agência Estado (2009年9月17日). “Anabel Medina Garrigues é eliminada na China” (ポルトガル語). Grupo Paulo Pimentel. 2010年10月27日閲覧。
  8. ^ Jānis Freimanis (2009年9月18日). “Sevastova ceturtdaļfinālā zaudē Briantei” (ラトビア語). Apollo portāls. 2010年10月27日閲覧。
  9. ^ Year-End Singles Rankings - 2008” (英語). WTA (2009年11月10日). 2010年10月27日閲覧。
  10. ^ Year-End Singles Rankings - 2009” (英語). WTA (2009年11月9日). 2010年10月27日閲覧。
  11. ^ Year-End Singles Rankings - 1998” (英語). WTA (2009年11月23日). 2010年10月27日閲覧。
  12. ^ 第1シードのヤンコビッチが初戦敗退◇モンテレイ・オープン” (日本語). tennis365.net (2010年3月3日). 2010年10月28日閲覧。
  13. ^ Sevastova Eštorilas WTA 'International' turnīra pirmajā kārtā pieveic galveno favorīti Šavaju” (ラトビア語). Delfi (2010年5月3日). 2010年10月28日閲覧。
  14. ^ セバストワがツアー初優勝、エストリル・オープン” (日本語). フランス通信社 (2010年5月9日). 2010年10月28日閲覧。
  15. ^ Sevastova Does Latvia Proud” (英語). WTA (2010年5月8日). 2010年10月28日閲覧。
  16. ^ Sevastova Announces Retirement” (英語). WTA (2013年5月11日). 2013年5月11日閲覧。

外部リンク編集