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株式会社エーデルワイス(EDELWEISS Co.Ltd)は、兵庫県神戸市中央区三宮に本社を置く日本洋菓子パンの製造・販売会社。

株式会社 エーデルワイス
EDELWEISS Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒650-0021
兵庫県神戸市中央区三宮町2-5-1
設立 1969年(創業は1966年3月)
業種 食料品
法人番号 9140001006387
事業内容 洋菓子・パン類の製造・販売
代表者 代表取締役会長 比屋根 毅
代表取締役社長 比屋根 祥行
資本金 1億円
売上高 143億円(連結、2013年3月期)
従業員数 2100名(うち正社員346名、連結)
決算期 3月
外部リンク http://www.edelweiss.co.jp/
特記事項:本部センター 〒661-0022 兵庫県尼崎市尾浜町1-3-22
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目次

概要編集

1966年に比屋根 毅が兵庫県尼崎市で創業。 1976年に本社移転後も、尼崎市には工場や研究所などを併設した「本部センター」などが現存する。

1971年から2003年までは、フランチャイズ方式で「エーデルワイス」ブランドの店舗を運営していた。 現在は、会社と工場直営店の名称にとどめ、「ヴィタメール」「アンテノール」「ル ビアン」「ノワ・ドゥ・ブール」「フェルツ」「ビスキュイテリエ ブルトンヌ」といったブランドで店舗を展開している。

社名の「エーデルワイス」は、修業時代からの比屋根のモットーである「忍耐と信用」とエーデルワイス(セイヨウウスユキソウ)の花言葉(忍耐)に由来。「忍耐と信用」は社是になっている[1]

歴史編集

  • 1966年 - 尼崎市の立花商店街付近に「純フランス菓子 エーデルワイス」として開店。
  • 1969年 - 「株式会社エーデルワイス」を設立するとともに、パンの製造・販売に着手。
  • 1970年 - 尼崎市塚口町に、レストラン・喫茶店を併設した「本店」を竣工。
  • 1972年 - 尼崎市尾浜町に「本部センター」を竣工。
  • 1976年 - 本社を神戸市に移転するとともに、社名を「株式会社 スイス菓子エーデルワイス」に変更。
  • 1978年 - 「株式会社アンテノール」を設立。1号店を神戸・北野町にオープン。
  • 1982年 - 「株式会社ル ビアン」を設立。本部センター内に「エーデルワイス中央研究所」を開設。
  • 1983年 - 東京都江東区に関東支社を新設するとともに、東京工場が完成。三越銀座店に「アンテノール」の首都圏1号店をオープン。
  • 1989年 - ベルギーの高級洋菓子店「ヴィタメール」との間で、日本国内における業務提携契約を締結。
  • 1990年 - 「株式会社ヴィタメール・ジャポン」を設立。
  • 1996年 - 「株式会社 スイス菓子エーデルワイス」という社名を、再び「株式会社エーデルワイス」に変更。
  • 1998年 - ドイツデュッセルドルフの老舗菓子店「ハイネマン」との間で、技術交流や技術者の派遣を開始。
  • 2001年 - 「株式会社名古屋アンテノール」を設立。
  • 2002年 - 創業者の比屋根毅が会長に、長男の比屋根祥行が社長に就任。
  • 2004年 - 関東本部を併設した新しい東京工場が竣工。
  • 2009年 - 「本部センター」内で新工場の稼働を開始するとともに、「エーデルワイス ミュージアム」を開設。
  • 2013年 - 「株式会社エーデルワイス」が、「株式会社アンテノール」「株式会社ルビアン」を吸収合併。ただし、合併後も「アンテノール」「ル ビアン」両ブランドの展開を継続。
  • 2014年 - 創業者で沖縄県出身の比屋根会長と食品製造・販売大手のオキコが共同出資し株式会社エーデルワイス沖縄を設立。
  • 2014年 - 那覇市久茂地にエーデルワイス沖縄をオープン。
  • 2015年 - 那覇市久茂地(デパートリウボウ内)にアンテノール オープン。

ブランド編集

  • アンテノール(ANTENOR)」- 名称は、「戦わずして市民に平和を導いた」とされるギリシャ神話の知将の名前に由来[2]。もっとも、ブランドの創設当初は、比屋根が「戦いに挑んで勝利を得る」という思いを込めて描いた絵(槍を手にした勇者が馬に乗っている姿)をマークを用いていた。「エーデルワイス」のフランチャイズ撤退完了を機に、マークのイラストを一新。現在のマークには、馬に乗った女神が勝利の旗を掲げる姿が描かれている。関西圏・首都圏および愛知県岡山県福岡県へ出店中。
  • ル ビアン(LE BIHAN)」- 名称は、フランスブルターニュ地方で3代続くフランスパン職人の名前および、現地で1913年から営業しているベーカリーの店名に由来[3]。3代目職人のル・ビアン・ミッチェルによる指揮の下で、兵庫県・大阪府東京都内の一部百貨店へ出店。
  • ヴィタメール(WITTAMER)」- ブリュッセル1910年に創業したベルギー王室御用達の菓子店「ヴィタメール」との業務提携によって、日本国内での販売権を獲得。
  • ノワ・ドゥ・ブール(noix de beurre)」 - 「おいしさを生み出す原点であり続けたい」という願いを込めながら、「小さなバターのかたまり」を意味するフランス語から命名[4]。「焼きたて」や「作りたて」にこだわったフランス風の焼き菓子専門店を、伊勢丹新宿店三越日本橋店で展開。
  • フェルツ(Felts)」 - 伝統の製法と素材にこだわったパンのブランドで、パン作りに必要なFarine(フランス語で「小麦粉」)・Eau(「」)・Levure(「酵母」)・Technique(「技術」)・Sal(「」)の頭文字を組み合わせる格好で命名[5]。東京都内にのみ出店。
  • ビスキュイテリエ ブルトンヌ(BISCUITERIE BRETONNE)」- ブルターニュ地方に伝わるレシピと、厳選した材料を用いた「ブルトンヌ(ブルターニュ風)」の焼き菓子専門店を、阪急百貨店うめだ本店で展開。
  • エーデルワイス」 - 工場直営の尼崎店のみ営業中。

洋菓子コンテストにおける主な受賞歴編集

  • 1986年 - ワールドケーキフェア(グランプリ・世界洋菓子連盟会長賞受賞、作品名「夢のしらべ」)
  • 1992年
    • 第5回全国洋菓子展示大品評会・東京(内閣総理大臣賞受賞、作品名「夢のファンタジー」)
    • 第1回世界の洋菓子コンクール出品(最優秀賞および優秀賞)
  • 2001年 - ジャパンケーキショー東京(味と技のピエスモンテ部門グランプリ・連合会会長賞)
  • 2007年 - 第6回全国洋菓子技術コンテスト(第1位・農林水産大臣賞受賞)
  • 2009年 - 世界パティスリー2009(当社から派遣された技術者を含む「日本チーム」が優勝)

広告活動編集

地元・関西のラジオ局であるABCラジオスポットCMを随時放送。平日早朝の生ワイド番組『おはようパーソナリティ道上洋三です』などで、定時ニュースのスポンサーに付くこともある。

「エーデルワイス」ブランドを展開していた時期のCMでは、社名およびブランド名にちなんでミュージカルサウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌「エーデルワイス」の一節を歌った女声コーラスをBGMに用いていた。「エーデルワイス」のフランチャイズ撤退後は、「アンテノール」や「ヴィタメール」のブランド名でCMを放送している。

エーデルワイス ミュージアム編集

2009年6月から本部センター内に開設している予約制の有料展示施設。ヨーロッパの製菓に関する道具や洋菓子文化を物語る資料などを、約3,000点公開している。

関連項目編集

ツマガリ - 代表取締役社長の津曲 孝(つまがり たかし)は「株式会社エーデルワイス」に1972年入社。同社で最初に海外へ派遣された後に、1980年から「株式会社アンテノール」の社長兼工場長に就任。1986年に尼崎市と隣接する西宮市内で「ケーキハウス ツマガリ」を独立開業した。[6]


脚注・出典編集

外部リンク編集