リゴベール・ソング

カメルーンのサッカー選手

リゴベール・ソング・バアナグRigobert Song Bahanag, 1976年7月1日 - )は、カメルーンヌカンリコック出身の元同国代表サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック及び右サイドバック)。現在はU-23カメルーン代表の監督を務めている[2]

リゴベール・ソング Football pictogram.svg
Rigobert Song 2008.jpg
名前
本名 リゴベール・ソング・バアナグ
Rigobert Song Bahanag
ラテン文字 Rigobert SONG
基本情報
国籍 カメルーンの旗 カメルーン
フランスの旗 フランス
生年月日 (1976-07-01) 1976年7月1日(45歳)
出身地 ヌカンリコック英語版
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
ポジション DF (CB, RB)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1992-1994 カメルーンの旗 トネール
1994-1998 フランスの旗 メス 123 (3)
1998-1999 イタリアの旗 サレルニターナ 4 (1)
1999-2000 イングランドの旗 リヴァプール 34 (0)
2000-2002 イングランドの旗 ウェストハム 24 (0)
2001-2002 ドイツの旗 ケルン (loan) 16 (0)
2002-2004 フランスの旗 RCランス 63 (3)
2004-2008 トルコの旗 ガラタサライ 104 (4)
2008-2010 トルコの旗 トラブゾンスポル 46 (0)
1992-2010 通算 417 (11)
代表歴2
1993-2010[1] カメルーンの旗 カメルーン 137 (4)
監督歴
2012-2015 カメルーンの旗 カメルーン(アシスタント)
2016-2018 カメルーンの旗 カメルーン A'
2018 カメルーンの旗 カメルーン(暫定)
2018- カメルーンの旗 カメルーン U-23
1. 国内リーグ戦に限る。2020年8月29日現在。
2. 2010年6月25日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クラブ歴編集

初期編集

FCメスでは1996年のクープ・ドゥ・ラ・リーグ優勝に貢献。1998年には、セリエAに昇格したUSサレルニターナ1919へ移籍する。

リヴァプール編集

1999年1月、2.7百万ポンドの移籍金でプレミアリーグリヴァプールFCに加入[3]。クラブ初のカメルーン人選手として、アウェーのコヴェントリー・シティFC戦でリーグデビューとなった[4]1999-00シーズンアフリカネイションズカップ参加のため3か月間クラブから離脱するなど、ポジションを確立できなかった。2000年夏にはジェラール・ウリエ監督がシドニー・オリンピックへの派遣を拒否するなど、戦力として数えられていた[5]翌シーズンマルクス・バッベルクリスティアン・ツィーゲらの加入もあり[6]、開幕3か月で4試合の途中出場に止まる。2000年9月23日のサンダーランドAFC戦がレッズでの最後の出場となった。同クラブでは公式戦38試合に出場した。

ウェストハム編集

同年11月、ハリー・レドナップ率いるウェストハム・ユナイテッドFCに移籍。先に売却したリオ・ファーディナンドの後釜として、2.5百万ポンドの移籍金で加入した[5]。29日のリーグカップブーリン・グラウンドシェフィールド・ウェンズデイFCを迎えた一戦で移籍後初出場となった。2001-02シーズンよりグレン・ローダー英語版が新監督に就任すると不遇を託ち、11月に1.FCケルン期限付き移籍することとなった[7]。約1年間の在籍で27試合出場無得点。ハマーズでの最終戦は0-5と大敗したエヴァートンFCとのリーグ戦となった[8]

ケルン、RCランス編集

2011年11月、ブンデスリーガで下位に喘ぐ1.FCケルンにシーズン終了までのローンで加入[9]。加入後はアフリカネイションズカップ2002での離脱を除き全試合で先発したが、クラブは2部降格となった。2002-03シーズンよりRCランスへ移籍し、フランスへ舞い戻る[10]

トルコ時代編集

2004-05シーズンより、スュペル・リグガラタサライSKへ1.5百万米ドルの移籍金で加入する[11]クロアチア代表スティエパン・トマス英語版とセンターバックのコンビを組み強固な守備陣を形成[12]テュルキエ・クパス優勝や翌シーズンのリーグ制覇に貢献した。2007年2月18日に行われたガズィアンテプスポルとの試合中、エリック・ヘーレツ監督と口論となる[13]。後に謝罪したが[14]、出場機会は減少した[15]。2007-08シーズンよりカール=ハインツ・フェルトカンプ英語版が指揮官に就任するとポジションを奪還し、新たにキャプテンに任命される[16]アフリカネイションズカップ2008から戻ると、自身の負傷に加えエムレ・ギュンギョル英語版セルヴェト・チェティンらの台頭によりベンチを温めたが、クラブは16度目のリーグ優勝を達成した。

2008-09シーズンより、トラブゾンスポルと2年契約を締結[17]。28試合に出場しカードを一切受けなかったが、2009年4月にエルスン・ヤナル英語版が辞任するとポジションを失う[18]。12月に新監督として招聘されたシェノル・ギュネシュの下ではキャプテンを務め[19]、2009-10シーズンのリーグカップを獲得した。同クラブのサポーターからは「Büyük Şef」(偉大なキャプテン)と称された[18]

代表歴編集

 
ギニアとの親善試合(2006年)

1993年にメキシコとの親善試合でカメルーン代表デビュー。以後キープレーヤーとして18年に亘ってプレーし、アンリ・ミシェルにより1994年アメリカ大会に招集されて以降、1998年フランス大会2002年日韓大会2010年南アフリカ大会と、4度のワールドカップに出場した。

17歳当時にアメリカW杯で受けた退場処分は大会最年少記録であり、フランスW杯では大会史上初めて2大会連続でレッドカードを提示される。2つのワールドカップで退場となったのは、他にジネディーヌ・ジダンのみである[20]。また、アメリカW杯でキャプテンを務めたロジェ・ミラとの24年42日というチーム内年齢差は、大会における歴代最大記録である[21]

アフリカネイションズカップでは、キャプテンとして2000年大会から2連覇を達成。計8大会への参加や、5大会でのキャプテン就任、そして35試合連続の出場はいずれも大会歴代最多記録である。

 
モロッコ代表ナビル・バハ(右)と(2009年)

2008年5月31日のカーボベルデ戦で先制点となる代表初ゴールを挙げ、2-0での勝利に貢献した[22]

2009年にポール・ル・グエンが代表監督に就任すると、サミュエル・エトオにキャプテンの座を譲る。8月12日のオーストリアとの親善試合において、ここ10年間で初めてスタメンを外れた[23]

2010 FIFAワールドカップでは日本との開幕戦でベンチスタートとなり、チームは本田圭佑のゴールにより0-1で敗れる[24]。試合後、自身をはじめ年長の選手は若手主体でチームを構成するル・グエンにメンバーの再考を求めた[25]。しかし続くデンマーク戦でも起用されず1-2で敗戦し、グループリーグ敗退が決定。オランダとのGL最終戦で、ニコラ・ヌクルとの交代で73分からピッチに立ち、W杯4大会出場を達成した[26]。1-2で敗れ大会を終えると、8月1日に代表引退を表明した[27]。代表でのキャップ数は137を数え、カメルーン代表の最多試合出場選手となっている[28]

指導歴編集

2015年10月、チャド代表の監督に就任[29]。しかし11月のエジプト戦では不在で[30]、結局国際サッカー連盟に正式承認されることはなかった[31]

2018年にはカメルーン代表の暫定監督を務める[32]。同年10月18日、U-23カメルーン代表の監督に就任することが発表された[2]

人物編集

既婚であり、2女1男を儲けている[33]。同じくプロサッカー選手のアレクサンドル・ソングは甥。

2016年10月3日、ヤウンデの自宅で脳卒中に倒れ昏睡状態に陥った[34]。翌日には意識を回復すると、フランスの病院に移送される[35]。その後は快方に向かい、12月24日にはレキップのインタビューで経緯を語った[36]

タイトル編集

メス
ガラタサライ
トラブゾンスポル
  • テュルキエ・クパス : 2009-10
カメルーン代表

脚注編集

  1. ^ “Rigobert Song Bahanag - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/rsong-intl.html 
  2. ^ a b 2年前の脳卒中から完全復活! カメルーンの闘将リゴベール・ソング氏が東京五輪目指すU-23チームの監督に”. 超ワールドサッカー (2018年10月19日). 2020年8月29日閲覧。
  3. ^ Ged's £128m spending - in full!”. The Guardian (2004年5月24日). 2020年8月29日閲覧。
  4. ^ Cool Coventry wreck Reds”. BBC Sport (1999年1月30日). 2020年8月29日閲覧。
  5. ^ a b Song completes Hammers move”. BBC Sport (2000年11月28日). 2020年8月29日閲覧。
  6. ^ West Ham go for Anfield's Song at £2.5m”. The Guardian (2000年11月23日). 2020年8月29日閲覧。
  7. ^ Song set for Cologne loan”. Sky Sports. 2020年8月29日閲覧。
  8. ^ Everton thrash West Ham”. BBC Sport (2001年9月29日). 2020年8月29日閲覧。
  9. ^ Kein Beton und keine Power”. taz.ze (2001年11月26日). 2020年8月29日閲覧。
  10. ^ Song goes to Lens”. BBC Sport (2002年6月27日). 2020年8月29日閲覧。
  11. ^ Galatasaray grab Song”. BBC Sport (2004年7月12日). 2020年8月29日閲覧。
  12. ^ ÖZEL RÖPORTAJ”. Goal.com (2019年1月15日). 2020年8月29日閲覧。
  13. ^ Gerets-Song kapıştı”. Milliyet (2007年2月18日). 2020年8月29日閲覧。
  14. ^ Song, Gerets'ten özür diledi”. Hürriyet (2007年2月20日). 2020年8月29日閲覧。
  15. ^ Song:"Gerets'e rağmen yılmadım"”. BeIN Sports (2007年7月21日). 2020年8月29日閲覧。
  16. ^ Şaş'ın pabucu dama atıldı”. Yeni Mesaj (2007年10月15日). 2020年8月29日閲覧。
  17. ^ Song Trabzonspor'da”. İhlas Haber Ajansı (2008年6月24日). 2020年8月29日閲覧。
  18. ^ a b Song gözden düştü”. Hürriyet (2017年5月9日). 2020年8月29日閲覧。
  19. ^ Trabzonspor'un kaptanı Song oldu”. Hürriyet (2009年12月2日). 2020年8月29日閲覧。
  20. ^ WATCH: Rigobert Song makes history in France”. AfricanFootball.com (2020年7月1日). 2020年8月25日閲覧。
  21. ^ Roger Milla: Indomitable Lionheart”. ESPN (2010年3月9日). 2020年8月29日閲覧。
  22. ^ Cameroon take Group 1 lead”. BBC Sport (2008年5月31日). 2020年8月29日閲覧。
  23. ^ Song left out of Cameroon team”. BBC Sport (2009年8月12日). 2020年8月29日閲覧。
  24. ^ World Cup 2010: Japan v Cameroon - as it happened”. The Guardian (2010年7月14日). 2020年8月29日閲覧。
  25. ^ Pressure builds on Paul Le Guen as Cameroon prepare for Denmark”. The Guardian (2010年7月19日). 2020年8月29日閲覧。
  26. ^ World Cup 2010: Cameroon v Holland - as it happened!”. The Guardian (2010年7月24日). 2020年8月29日閲覧。
  27. ^ Cameroon great Rigobert Song quits internationals”. BBC Sport (2010年8月1日). 2020年8月29日閲覧。
  28. ^ Cameroon legend Rigobert Song reveals proudest achievement of his career”. Goal.com (2020年8月15日). 2020年8月29日閲覧。
  29. ^ カメルーンの英雄、リゴベール・ソング氏がチャド代表監督に就任”. 超ワールドサッカー (2015年10月27日). 2020年8月29日閲覧。
  30. ^ Chad stun Egypt in N'Djamena”. AfricanFootball.com (2015年11月14日). 2020年8月29日閲覧。
  31. ^ Warrior Chadians keep clawing”. FIFA.com (2015年12月24日). 2020年8月29日閲覧。
  32. ^ Sven-Goran Eriksson holds talks with Cameroon over coach's job”. AS.com (2018年8月1日). 2020年8月29日閲覧。
  33. ^ Rigobert Song: «L'heure est venue de passer le témoin à une autre génération≫”. Journal du Cameroun.com (2010年8月2日). 2020年8月29日閲覧。
  34. ^ 元カメルーン代表ソング氏、意識不明の重体と仏紙”. 日刊スポーツ (2016年10月3日). 2020年8月29日閲覧。
  35. ^ 元カメルーン代表のソング氏が意識回復、今後はフランスの病院へ”. AFPBB.com (2016年10月5日). 2020年8月29日閲覧。
  36. ^ 「死の淵から戻った」、回復したソング氏が仏紙のインタビューに応じる”. AFPBB.com (2016年12月25日). 2020年8月29日閲覧。

外部リンク編集