レギュラー (お笑いコンビ)

レギュラー (お笑い)から転送)

レギュラーは、吉本興業東京本部に所属する日本のお笑いコンビ。「あるある探検隊」の持ちネタでブレイクした。baseよしもとのトップ組として活躍していたが2006年10月いっぱいでbaseを卒業、本格的に東京進出を果たした。2人とも京都府出身。

レギュラー
REGULAR
メンバー 西川晃啓
松本康太
結成年 1998年
事務所 吉本興業
活動時期 1998年 -
出身 NSC大阪校21期
出会い NSC
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才あるあるネタ
ネタ作成者 松本康太
過去の代表番組 紳助社長のプロデュース大作戦!
同期 天津
村田秀亮(とろサーモン
毛利大亮(ギャロップ
千鳥
ロバートなど
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2000年 第30回NHK上方漫才コンテスト優秀賞
2002年 第23回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞
2005年 第35回NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
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コンビ名の由来編集

メンバー編集

西川 晃啓(にしかわ あきひろ、1979年8月11日 - )(42歳)
ツッコミ担当、立ち位置は向かって右。ネタでは気絶するのが定番。
松本 康太(まつもと こうた、1979年5月16日 - )(42歳)
ボケ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって左。坊主頭が特徴。

来歴編集

  • 1998年4月、コンビ結成。
  • 1998年、新野新プロデュースによる「オール新人漫才ライブ」優秀賞。
  • 2000年3月、第30回NHK上方漫才コンテスト優秀賞、2005年(第35回)最優秀賞。
  • 2002年1月、第23回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞。
  • 2004年、『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系列)のコーナー「笑わず嫌い王決定戦」へ、磯野貴理子のリクエストとして出演。東京では全くの無名だったが、代表的なネタ「あるある探検隊」が大ブレイク。その後、多数のテレビ番組・ラジオ番組に出演し続け一躍人気者となる。
    • 「あるある探検隊」を持ちネタにしているため、彼らのコンビ名も『あるある探検隊』に間違われることも多い。
  • 2005年、初の単行本・「あるある探検隊」を出版。第35回NHK上方漫才コンテストで優勝。
  • 2005年10月、所属する劇場・baseよしもとの芸人ランク分けの最高位である「トップ組」に昇進。
  • 2006年3月28日、単行本・「あるある探検隊2」を出版(特典として、西川の脇の臭いつきトレーディングカードを封入)。
  • 2006年7月21日真島茂樹とグループを組み「ニューシングル『愛キラキラ』」をリリース。
  • 2006年10月いっぱいでbaseよしもとを卒業。
  • 2007年9月28日発売の写真週刊誌「フライデー」において、松本の未成年淫行疑惑が報道される。しかし吉本はこれを完全否定すると共に、「名誉毀損等のため法的手段を講ずる予定」としていた(実際には行われなかった)。
  • 2009年2月19日、西川が木曜2部NON STYLEのよしもとオンラインにて肺炎で入院していたことを明らかにした。2月8日に40度の熱があり検査入院という形で入院、2月16日には退院した。
  • 2009年8月9日放送回『マルコポロリ!』で、事務所の先輩である東野幸治がレギュラーの近状を明かした。東野によるとレギュラーは芸人としての仕事が激減して重度の生活苦に陥っており、西川はクーラー取り付けのアルバイト、松本は釣りで獲った魚を食べて生活している[2]。2006年の人気絶頂時に『ジャイケルマクソン』へ出演し、3年後の自分を語った時の発言が元ネタの冗談と思われる。別の番組では「月収が全盛期の100分の1になった事がある」と話していた。
  • 2010年4月スタートの番組『紳助社長のプロデュース大作戦!』の宮古島を盛り上げるという企画によって、MCの島田紳助による命令で宮古島へ2年間の予定で移住。最終的に約1年間に渡って民宿『夢来人』を運営した。
  • 河本準一次長課長)のボランティア活動に同行し、介護施設を慰問したことをきっかけに、2014年に介護職員初任者研修の資格を取得。2017年頃より介護施設での活動を本格化させている[3]
  • 近年ではM-1グランプリ東京予選でのMCを務めており、M-1開幕を西川の気絶顔で宣言するのが恒例となっている[4]。近年では決勝戦でも番組開始前の前説として出演している。

エピソード編集

1999年から2003年にかけてTBS系列で放送されていた『ガチンコ!』の1コーナー「ガチンコ漫才道」という芸人養成企画に出演していた。後に知名度を得た者としては他に山里亮太南海キャンディーズ、当時足軽エンペラー)、同期の天津などが出演していた。

M-1グランプリには2001年から出場、5度準決勝まで進出している。レギュラーといえば「あるある探検隊」のネタが有名だが、敗者復活戦では正統派のしゃべくり漫才を披露していた。なお、2006年から2008年は出場していない。

漫画『NARUTO -ナルト-』に登場したことがある。『スーパーマリオくん』にも一時的にパロディが多く存在していた。

千原兄弟主催のトークイベント「チハラトーク」ゲスト出演時に、「『ネプリーグ』の収録で西川きよしと共演した時、同じ名字のよしみから成り行きで西川からコラボネタに付き合わされた」というエピソードを披露してそれに興味を持った千原ジュニアが同番組へ出演した際、同番組スタッフと共に未公開シーンを確認するも実際に西川とレギュラーが共演していた回はあったが、レギュラーが話したエピソードに該当するシーンが一切なくこれを不審に思った千原兄弟が後日レギュラーを問い質したところ、特に人前で話せるような面白いエピソードがなくて困った末にでっちあげたものだったことが発覚した。この事件の一部始終は、『人志松本の○○な話』内の「ゾッとする話」にてジュニアによって話されている。それを聞いて松本人志ダウンタウン)は「何か、頭を抱える話やな」とコメントした。

2人共同い年かつ同じ京都出身のため学生時代からの友人と思われがちだが、初めて出会ったのはNSCである。

ツカミ編集

登場時に西川が普通に自己紹介して、松本は「哺乳類の気持ちならある程度わかる、レギュラーです」「基本的に歯が黄色いレギュラーです」「大好物は着色料、レギュラーです」「ハリウッド女優はたいがい孤独、レギュラーです」「好きな飲み物は、お湯。レギュラーです」など多少意味不明の自己紹介を行う。また「僕たちKinKi Kidsと同じ年なんです」など客席を騒然とさせる自己紹介も行う。

あるある探検隊編集

  1. まず最初に西川が、「緊張してきた」などと口走りつつ、目を半開きにした顔をして左手を斜め前方にあげ、「フグゥー」と唸って「気絶」を表すポーズをとる。
  2. すると相方の松本は、この気絶状態から西川を解放するために「あるある探検隊」を始める。松本が言う「あるあるさんとこの、探検隊を呼ばなあかん」が恒例となっている。
  3. 松本は腰と両腕を前後に大きく振りながら「デュデュビデュバデュビ」と掛け声をかけ、続いて「ハィ! ハィ! ハイ、ハイ、ハイ!」 というかけ声に合わせて横にいる西川に手を順次に置き(手の置き方は『左手→右手』)、松本が「ワオ!」と叫び、足を踏み出して(足の踏み出し順は『左足→右足』)松本の顔芸(顔の向き順は『左側(お客と反対側)→右側(お客側)』)をはさみ、行進をするように大きく腕を振って「あるある探検隊! あるある探検隊!」と言ってからネタにつながる。
    これはかなりインパクトのあるネタの間のクッションと言える(代表例としてオリエンタルラジオの「武勇伝 武勇伝 武勇デンデンデデンデン」などがあげられる。アレックス・ラミレスもクッションの部分をヒーローインタビュー時にお立ち台でしていた)。
  4. ネタの内容は、語呂のよい一定のリズムに乗せて短い「あるあるネタ」(代表的なものは高齢者をネタにしたあるあるネタなど)を言う事で観客の共感を得て笑いを獲る。かと思いきや、全然あるあるネタになっていないことで笑いを獲るパターンもある(西川はこれを「ないないネタ」と呼んでいる)。両者を判別するには西川のセリフが「これあるな」か「ないって!」かで見分けられる。『エンタの神様』ではないないネタは全く出てこない。
  • 新人の頃は『オールザッツ漫才』でなかなかウケず、表情・ニュアンス・歌・テンポなどしゃべくり漫才では反則と言われている事柄を、全部取り入れてネタを作ってしまおうという事をキッカケにして生まれた。
  • 昔はオール巨人オール阪神・巨人)に「それは芸ではない」と怒られたため、baseよしもとでは長い間「あるある探検隊」を封印していた。従って、「笑わず嫌い王決定戦」に出演した時も「大阪では封印の幻のネタ」と紹介された。同様に『痛快!エブリデイ 金曜日』へ出演した際、「あるある探検隊」を披露したが喜味こいしからも怒られた。
  • オールザッツ漫才2001の、トーナメント形式の若手ネタバトルにおいてベスト4までを全てあるある探検隊で勝ち抜いた。ベスト8の結果発表の際、審査員のオール阪神から明らかに厳しい顔つきで「あるある探検隊もいいけど、次、ネタある?(あるある探検隊以外の漫才の本ネタが)ないなら点、入れ直すし」と、あるある探検隊はあくまで飛び道具であるからそれはそれでいいのだがやはり漫才での実力をつけてほしいという旨の苦言を呈され、会場に緊張が走った。だが司会のFUJIWARAが「怖~っ!」と発言し場を和ませると共に、オール巨人が「俺は(あるある探検隊)好きやけどね」とフォローに回った。結局レギュラーはベスト4で麒麟に敗退した(麒麟は準優勝で優勝はケンドーコバヤシ。ベスト4のもう1組は森三中)。その後レギュラーはあるある探検隊で全国区までブレイクするが、数年でブームは去りテレビでの露出は0にまで陥ることとなる。
  • 2005年、NHK上方漫才コンテストではこのネタを完全封印して正統派漫才で挑み、グランプリを獲得した。
  • 東京では拍手のテンポが元々早く、しかもどんどん早くなるため2人ともついていくのに必死になってしまう。
  • 日本テレビ『エンタの神様』では同じようにリズミカルなネタを披露するオリエンタルラジオに対して、同様のことでリズムが崩れるのを防ぐべくあらかじめ観客に拍手でリズムを合わせることを禁じていた。
  • 発掘!あるある大事典Ⅱ』(関西テレビ)がやらせ・捏造問題を起こして打ち切られた2007年上期当時は、フレーズが当番組を連想させる事からテレビでこのネタは実質上「封印」されていた。
  • 2010年以降は「あるある探検隊」披露時、あるあるネタを言った後の「ハィ! ハィ! ハイ、ハイ、ハイ!」を言わずにあるある探検隊のフレーズを発するパターンが多い。

受賞歴編集

  • 2000年 第30回 NHK上方漫才コンテスト優秀賞
  • 2001年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2002年 第23回 ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞
  • 2002年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2003年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2004年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2005年 第35回 NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
  • 2005年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2008年 M-1グランプリ 3回戦進出

出演編集

テレビ編集

過去

映画編集

  • タッチ(再放送:日本テレビ、2005年夏のみ)本編スタート前の映画PRコーナー「タッチ探検隊」のみ

テレビドラマ編集

特番編集

アニメ編集

ラジオ編集

過去

CM編集

インターネット編集

  • よしもと芸人レギュラーのただいまレギュラー1本目!!(2012年12月-、北参道放送局)

リリース作品編集

CD編集

2006年7月ジェネオンエンタテインメント

著書(参考文献)編集

参考DVD編集

  • レギュラーのあるある探険隊(2005年4月発売、 R and C

単独ライブ編集

  • 2004年9月11日 - 人と人(baseよしもと/大阪)

脚注・出典編集

[脚注の使い方]

外部リンク編集