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松本人志

日本のお笑いタレント、漫才師、司会者、映画監督、作家、コメンテーター

松本 人志(まつもと ひとし、1963年〈昭和38年〉9月8日 - )は、日本お笑いタレント漫才師司会者映画監督作家コメンテーター。お笑いコンビ・ダウンタウンボケ担当。相方浜田雅功。愛称は松っちゃん(まっちゃん)。妻は伊原凛吉本興業[東京本部]所属。

松本 人志
Hitoshi Matsumoto.jpg
「さや侍」のプレミア試写会にて
ニックネーム まっちゃん
生年月日 (1963-09-08) 1963年9月8日(55歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県尼崎市
血液型 B型
身長 172 cm[1]
言語 日本語
方言 関西弁
最終学歴 兵庫県立尼崎工業高等学校
出身 NSC大阪校1期
コンビ名 ダウンタウン
相方 浜田雅功
事務所 吉本興業
活動時期 1983年 -
同期 トミーズ
ハイヒール
ウッチャンナンチャン
出川哲朗
現在の代表番組 スペシャル番組
人志松本のすべらない話
IPPONグランプリ
M-1グランプリ
レギュラー番組
ワイドナショー
クレイジージャーニー
松本家の休日
過去の代表番組 一人ごっつ
松紳
新・一人ごっつ
働くおっさん劇場
放送室
作品 著書『遺書』『松本』
ビデオ『VISUALBUM
映画『大日本人』『さや侍
配偶者 伊原凛
親族 松本隆博(兄)
公式サイト プロフィール

目次

略歴編集

兵庫県尼崎市出身である[1]。小学校、中学校の同級生に浜田雅功高須光聖がいる。中学時代のあだ名は、まっつん、まつひと、手焼き煎餅である。浜田と共に吉本総合芸能学院の1期生として入学した。入学当初から浜田とコンビを結成した。コンビ名は何度か変わったが、最終的にはダウンタウンとして舞台やテレビ番組に出演することになった。1987年4月に開始した初の看板番組『4時ですよーだ』を皮切りに、翌年には深夜のコント番組『夢で逢えたら』で東京に進出した。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』等では出演の他番組の企画、構成も行う。1993年から1995年にかけて、『週刊朝日』に連載していた自身のエッセイ(「オフオフダウンタウン」)が『遺書』及び『松本』として単行本化された。それぞれ250万部、200万部を売り上げた。

2001年10月4日より、ラジオ番組『放送室』を高須と共に開始し、2009年3月28日の番組終了まで約7年半に渡り放送された。2007年、企画、脚本、監督、出演の四役を務めた映画『大日本人』を発表し映画監督としてデビューをした。日本での公開に先立ってカンヌ国際映画祭の「監督週間」に招待された。これに伴い、2008年の東京スポーツ新聞社主催・「第8回ビートたけしのエンターテインメント賞」で話題賞を受賞[2]

2004年から『人志松本のすべらない話』(通称:すべらない話)のホスト及び企画、2009年からは大喜利の祭典『IPPON グランプリ』の大会チェアマンとして出演し、あまり知名度の無いお笑い芸人の才能の発掘や若手芸人の育成にあたる役割も担っている[3]。『すべらない話』では、関西での活動を中心としていた小籔千豊や、矢野・兵動の兵動大樹がMVS[注 1]を受賞し全国区へとブレークするきっかけを作り[4]、『IPPON グランプリ』では、『R-1ぐらんぷり』『爆笑レッドカーペット』等をきっかけにブレイクしたバカリズムの大喜利能力の圧倒的な高さを発掘した[5]

2010年6月、左股関節に股関節唇損傷を患い、股関節の手術を受けるため1〜2カ月程度の休養を発表した。その後、8月18日収録の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で仕事復帰。同年10月15日にNHK総合でテレビでは実質的に9年振りとなるコント番組『松本人志のコント MHK』が放送、翌10月16日に同局のドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で「松本人志スペシャル」が放送された。

2013年、『リンカーン』の『説教先生』で、Twitterを開始。2017年5月23日には、南原清隆とツーショットが話題になった。

2015年12月、第18回みうらじゅん賞を受賞[6]

人物編集

1998年より、髪型を左分けから坊主頭に変えた[7]。2014年の秋以降は白髪を隠す目的で髪の毛をグレーに染めていたが[8]、すぐ色が落ちてしまうという理由で冬頃からは金色に染めている[9]。 親友は放送作家のさだと三又又三、 結婚後に筋トレを始めたが、「バイオハザードシリーズ」などの登場人物の体型への劣等感がきっかけと語っている[10]

エピソード編集

「笑いと悲しみは紙一重・表裏一体」という考えを持っている[11]。『ごっつええ感じ』のコント「トカゲのおっさん」や、映画『大日本人』は笑いとペーソスを両立させた作品となっている。 貧乏だった少年時代の話を松本は心から面白いと思って披露しても、悲しい話として同情を受けてしまうことがあるという。『ごっつええ感じ』の頃は、ハードな下ネタやグロテスク・バイオレンスなネタなど狂気的なほどのブラックな笑いを度々見せていた。その後はそういった類の笑いへの興味は大分無くなっている。理由は「過去のコントを見返した際に『今観直してもやっぱり面白い』と思えたのはブラックな笑いではなかったから」と語っている。 また、単純に年齢・芸歴を重ねたことや、結婚し家庭を持ったこともきっかけではないかとも自己分析している。『松本人志のコント MHK』では図面に描いた通りにやる「良質」なコントを目指したという[11]

「面白いやつの条件」として「ネクラ・貧乏・女好き」を挙げている[12]。「面白い奴とは自分ひとりの世界を持っている奴のことであり、実はネクラな奴が多い。面白い奴とはどこか冷めた奴のことである」と論じている[12]。 その一方、明るい性格に関しては「明るい奴は社交的で楽しいが、笑いの内容が薄く飽きられやすい。身内を楽しませるだけで終わってしまう」とも論じている[12]。 「貧乏」は、松本自身があまり裕福な家庭で育ってなかったこともあり、「遊び道具のない子供は、自分でそれを作ろうとする。結局、想像力が豊かになり、頭を使って遊ぼうとするのだ」とコメントしている[12]。「女好き」については、「女好きの奴は口がうまい。そう、しゃべりが達者」であることを理由としている[12]

尊敬する芸人と公言している人物は藤山寛美桂枝雀(2代目)志村けん島田紳助。藤山寛美・2代目桂枝雀については、「芸人は寛美さんや枝雀さんのように常に作品を作っていかなければならない。僕はそういう人になりたいと思う」と語っている。また就寝前に携帯音楽プレイヤーで2代目桂枝雀の落語を聴きながら眠りに就く事が良くあるとも語っている。島田紳助は紳助・竜介時代に、ダウンタウンの芸風の方向性を松本に問いただすと、模索中ながらもある程度の確信がある旨を明かし、後に紳助は、ダウンタウンの漫才の方向性が正しかったことに衝撃を受け、これが紳助・竜介を解散するきっかけになった。また自身の著書『遺書』においても「もしこの世にテレビがなく、ラジオだけだったとしたら、このオッサンは間違いなく天下を取っているだろう」と紳助を評している[13]

家族編集

3人兄弟の末っ子。祖父(昇次郎)(1896年 - 1971年6月8日 74歳没 )は著書にもよく名が出てくる。家族構成は父(譲一)(1933年[14] - 2014年8月18日 81歳没)、母(秋子)(1933年[14] - )、兄(松本隆博)、姉(奈緒美)。2014年8月31日、8月18日に父が亡くなったことを『ワイドナショー』内で明らかにした[15]。番組では家族の話をすることが多く、特に母とはテレビで共演することも多い。2009年に伊原凛と結婚し[16]、娘がいる[17]。また、よく他の芸人から親バカぶりをいじられることがある。

出演編集

ダウンタウンとしての出演番組・作品はダウンタウンの出演項目を参照。

レギュラー番組編集

過去のレギュラー番組編集

スペシャル番組編集

過去のスペシャル番組編集

テレビドラマ編集

CM編集

演じた俳優編集

作品編集

テレビアニメ編集

  • きょうふのキョーちゃん※フジテレビ系の番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』内で放送された松本原作によるアニメ作品。過激な内容のため7回で打ち切り。未商品化

インターネット配信編集

ビデオ編集

  • ダウンタウン松本人志の流 頭頭(とうず)(1993年7月9日)※オリジナルビデオ作品。松本が企画・構成・主演を担当
  • 寸止め海峡(仮題)(1995年1月20日)※同名の松本人志1万円ライブを収録したビデオ。一番客の反応が良かった『写真で一言』のコーナーは、「入場料を払って観た客だけの特典」として意図的にカットされている
  • 松本人志のひとりごっつ 其ノ一〜其ノ九(1997年)
  • HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.りんご「約束」(1998年)
  • HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ「親切」(1998年)
  • HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう「安心」(1999年)
  • わらいのじかん(2000年)
  • わらいのじかん2(2000年)

ショート・ムービー編集

  • サスケ(2001年)※日本テレビ系のバラエティ番組『進ぬ!電波少年』の企画で制作された。未商品化。

DVD編集

  • 松本人志自選集「スーパー一人ごっつ」Vol.1〜5(2002年 - 2003年)
  • HITOSI MATUMOTO VISUALBUM 「完成」(2003年)
  • 働くおっさん人形(2003年)
  • 人志松本のすべらない話(2006年6月28日)
  • HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル シーズン1 (2018年1月31日)

音楽編集

食玩編集

  • 松本人志 世界の珍獣(2003年)

スマートフォンアプリ編集

  • 松本人志の眠くなるアプリ(2014年)
  • 松本人志の俺の覚えたい外国語100〜英語編〜(2015年)[20]
  • 松本人志が教える大胸筋上部の鍛え方

映画編集

  • サスケ(2001年) – 主演・佐助 役
  • 明日があるさ THE MOVIE(2002年) – 耳鼻科の先生 役
  • 大日本人(2007年) – 主演・大佐藤大 / 6代目大日本人 役 ※監督、脚本兼任
  • しんぼる(2009年) – 主演・男 役 ※監督、脚本兼任
  • さや侍(2011年) – 監督、脚本兼任
  • R100(2013年) – 総務課の警察官 役 ※監督、脚本兼任

舞台編集

  • 寸止め海峡(仮題)(1994年) - 入場料1万円の「演者が客を選ぶ」ライブ[要出典]
  • 松風'95 (1995年) - スライド写真にコメントを付ける形式の単独ライブ。入場料を観客の評価に委ね、見終わった後に出口で払ってもらう「料金後払い制」をとった[要出典]

劇場アニメ編集

ラジオ編集

イラスト編集

書籍編集

著書編集

  • 『遺書』朝日新聞社、1994年9月。ISBN 978-4022568090
  • 『松本』朝日新聞社、1995年9月。ISBN 978-4022568984
  • 『松風'95 HITOSHI MATSUMOTO 4D-EXPO』(1996年6月、朝日出版社ISBN 978-4255960098
  • 『「松本」の「遺書」』(1997年7月、朝日新聞社ISBN 978-4022611918
上記2作を1冊にまとめた文庫。

関連書籍編集

吉本興業・松本人志非公認

連載編集

  • オフオフ・ダウンタウン(週刊朝日、朝日新聞社)1993年7月16日号 - 1995年7月14日号
のちに『遺書』・『松本』とタイトルをつけて単行本化。
『シネマ坊主』として3冊の単行本が出版されている。
『プレイ坊主』・『松本人志の怒り』はこの連載からの単行本。

特集・対談など編集

2007年6月頃、大日本人公開に合わせてインタビューのラッシュがあった。全リストは脚注参照[22]

ナンシー関との対談。
ビートたけしとの対談。のち文庫化 ISBN 978-4101225500
茂木健一郎との対談など。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 最優秀賞にあたる賞。「Most Valuable すべらない話」の略[4]

出典編集

  1. ^ a b 松本人志 プロフィール|吉本興業株式会社”. 吉本興業. 2018年11月12日閲覧。
  2. ^ ついに夢の2ショット実現 たけし、松ちゃんに「映画作りを続けて」”. ORICON NEWS (2008年3月3日). 2017年9月26日閲覧。
  3. ^ お笑い不況下の「IPPON」の役割「若手発掘」「日本を元気に」”. スポニチ Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社 (2015年5月23日). 2015年9月17日閲覧。
  4. ^ a b 11年目突入「すべらない話」進化への課題「新しい人材の発掘」”. スポニチ Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社 (2015年7月11日). 2015年9月17日閲覧。
  5. ^ 競技化&一般化で加速する大喜利ブーム 『IPPONグランプリ』竹内プロデューサーに聞く”. ORICON STYLE. オリコン株式会社 (2012年11月17日). 2015年9月17日閲覧。
  6. ^ 松ちゃんが「みうらじゅん賞」を受賞 デイリースポーツ online 2015年12月9日閲覧
  7. ^ ラリー遠田 (2018年9月2日). “松本人志が失敗重ねて達した唯一無二の境地”. 東洋経済オンライン. 2019年4月18日閲覧。
  8. ^ 松本人志 [@matsu_bouzu] (2014年11月27日). "白髪 腹立つからこんなんしたった。" (ツイート). Retrieved 2019年4月18日 – via Twitter.
  9. ^ 松ちゃん、銀髪から金髪にした理由は「グレーすぐ落ちる」”. オリコンニュース (2014年12月7日). 2019年4月18日閲覧。
  10. ^ 松本人志 筋トレ始めた本当の理由「情けなくなった 俺は何なんだって」”. スポニチアネックス (2018年2月18日). 2019年4月18日閲覧。
  11. ^ a b 『松本人志 仕事の流儀』ISBN 9784781680002
  12. ^ a b c d e 『遺書』 p,54 - 56 「おもしろいやつの三大条件 ネクラ・貧乏・女好き」
  13. ^ 『遺書』 p,67 「オレだって人をほめるゾ お笑い界のいい男、4人だ」
  14. ^ a b 『ガキの使いやあらへんで!!』2002年8月4日放送 [出典無効]
  15. ^ 松本人志さんの父、譲一さんが死去 「結構きやがるな」と惜別2014年9月1日閲覧。
  16. ^ 松本のお相手は元お天気お姉さんの伊原凛さん Sponichi Annex 2009年05月18日
  17. ^ 松本人志 父娘の“お家騒動”明かす…「すべらない話」in沖縄 Sponichi Annex 2015年3月28日
  18. ^ ダウンタウン松ちゃん「M-1」審査員辞退?紳助暴行事件余波 - スポニチアネックスOSAKA、2004年12月14日
  19. ^ 「ピクミン3 Direct 2013.6.26」配信 松本人志&宮本茂が「ピクミン3」お茶の間でプレイ 2013年6月26日閲覧
  20. ^ ボケて×「松本人志の俺の覚えたい外国語100〜英語編〜」コラボ企画を本日より開催!2015年4月8日閲覧
  21. ^ キャスト&スタッフ”. 映画『バイオレンス・ボイジャー』公式サイト. 2019年3月27日閲覧。
  22. ^ 大日本人公式サイト - 特集メディア一覧

外部リンク編集