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日本 > 東北地方 > 秋田県 > 秋田市 > 中通 (秋田市)

中通(なかどおり)は、秋田市中心部の地区。中通一丁目から中通七丁目までのが設置されている。郵便番号は010-0001。住居表示実施済み地区。

中通
秋田市の中心街区をなす中通地区
秋田市の中心街区をなす中通地区
中通の位置(秋田県内)
中通
中通
中通の位置
北緯39度42分52.73秒 東経140度7分35.23秒 / 北緯39.7146472度 東経140.1264528度 / 39.7146472; 140.1264528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Akita Prefecture.svg 秋田県
市町村 Flag of Akita, Akita.svg 秋田市
人口
2016年(平成28年)10月1日現在)[1]
 • 合計 3,947人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
010-0001
市外局番 018[2]
ナンバープレート 秋田

目次

地理編集

秋田市の中央部に位置する。東をJR奥羽本線羽越本線、南を南大通り(秋田市道)、西を旭川、北を広小路秋田県道26号秋田停車場線)に囲まれた範囲だが、秋田駅付近は駅・線路用地を広く中通七丁目に含むため、概ね長方形の町域のうち北東部が北へ突き出した形になっている。

町内の区画は、戦後区画整理で作られた新しい道(中央通りなど)を除き藩政期からの古い町形がほぼそのまま残っており、隘路や屈曲が多い。特に南端付近は堀を埋め立てた跡地を跨いでいるため、複雑な道路線形になっている。

北東は手形新栄町・字山崎・字西谷地)、東は東通仲町、南は南通宮田築地みその町亀の町)、西は大町、北は千秋明徳町久保田町城下町)に隣接する。

河川編集

産業編集

秋田駅の西口に面し、かつては老舗から大型ショッピングセンターまで多くの店舗が立ち並ぶ秋田市最大の商業地であったが、郊外型の大規模商業施設が増加するにつれ衰退が著しい。2012年(平成24年)に中通一丁目地区再開発事業が完成した。

歴史編集

久保田藩佐竹氏の居城であった久保田城の南側正面に位置し、藩主一門や高禄の家臣が在した侍町に相当する。正式な町名としての「中通」は1966年(昭和41年)の住居表示実施に伴って作られた新しい地名だが、江戸時代の当地にあった廓が「中通廓」と呼ばれていた。絵図に中通と書かれた記録はないものの、『八丁夜話1809年文化6年)12月21日の条に「手形・楢山の町々岡本元長に属し、亀の丁・中通り・保戸野・中島は匹田定綱に属す」、『秋田町士商区別』に「魚類触売り三の丸山ノ手、中通ハ之ヲ禁ス」とあるなど、中通と呼ばれた事は確かとされている[3]

廓に含まれた町は、旧町名でいう長野町・土手谷地町・中谷地町・東根小屋町・西根小屋町・長町・土手長町・古川堀反町である。現在の中通と照らし合わせると、北側は千秋明徳町の西部を含み、東側は二丁目・四丁目・六丁目の各一部と七丁目の全域を除き(アゴラ広場付近まで。その東は長沼・手形)、南は五丁目・六丁目の各一部を除き(南大通りよりやや北側まで。その南は亀ノ丁・築地・長野下)、西は変わらない。幕末にはこの範囲に加えて、鷹匠町・台所町・北ノ丸新町(現在の千秋矢留町千秋北の丸西部)の小禄の侍町も廓に含めていたと考えられている[4]

なお、中通の町名成立より1年早く(1965年(昭和40年)4月1日)廃止された秋田市の旧町名に「中通町」(なかとおりまち)があるが、これは現在の大町一丁目及び保戸野通町にあたる外町(町人町)の一角であり、内町(侍町)の中通とは無関係である。

沿革編集

町名の変遷編集

以下はすべて住居表示実施に伴う変更。

実施後 実施年月日 実施前
中通一丁目 昭和41年4月1日 上長町
かみながまち
土手長町中丁(一部)
どてながまちなかちょう
西根小屋町上丁
にしねごやまちかみちょう
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通二丁目 昭和41年4月1日 土手谷地町(一部)
どてやちまち
長野町(一部)
ながのまち
中谷地町(一部)
なかやちまち
楢山字長沼(一部)
ならやま あざながぬま
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通三丁目 昭和41年4月1日 土手長町末丁(一部)
どてながまちすえちょう
土手長町中丁(一部)
どてながまちなかちょう
土手長町中横丁
どてながまちなかよこちょう
中長町
なかながまち
西根小屋町末丁(一部)
にしねごやまちすえちょう
西根小屋町中丁
にしねごやまちなかちょう
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通四丁目 昭和41年4月1日 土手谷地町(一部)
どてやちまち
長野町(一部)
ながのまち
中谷地町(一部)
なかやちまち
楢山字長沼(一部)
ならやま あざながぬま
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通五丁目 昭和41年4月1日 亀ノ丁西土手町(一部)
かめのちょうにしどてまち
亀ノ丁東土手町(一部)
かめのちょうひがしどてまち
亀ノ丁堀反町
かめのちょうほりばたまち
下長町
しもながまち
田町(一部)
たまち
土手長町末丁(一部)
どてながまちすえちょう
中亀ノ丁上丁(一部)
なかかめのちょうかみちょう
西根小屋町末丁(一部)
にしねごやまちすえちょう
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通六丁目 昭和41年4月1日 亀ノ丁新町(一部)
かめのちょうしんまち
田町(一部)
たまち
土手谷地町(一部)
どてやちまち
長野下新町(一部)
ながのしたしんまち
長野下堀反町
ながのしたほりばたまち
長野町(一部)
ながのまち
中谷地町(一部)
なかやちまち
楢山字長沼(一部)
ならやま あざながぬま
西根小屋町末丁(一部)
にしねごやまちすえちょう
東根小屋町(一部)
ひがしねごやまち
中通七丁目 昭和41年4月1日 手形堀反町(一部)
てがたほりばたまち
楢山字長沼(一部)
ならやま あざながぬま

世帯数と人口編集

2016年(平成28年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
中通一丁目 240世帯 463人
中通二丁目 63世帯 70人
中通三丁目 433世帯 680人
中通四丁目 179世帯 395人
中通五丁目 610世帯 988人
中通六丁目 513世帯 961人
中通七丁目 190世帯 390人
2,228世帯 3,947人

交通編集

鉄道編集

バス編集

広小路と中央通りは、秋田駅西口を発着する多数のバス路線の共通経路となっているが、いずれも一方通行であるためこれらを通る便は上り下りで異なる経路を通る。なお、概ね中通地区の外縁を反時計回りに走行する形で、中心市街地循環バス「ぐるる」(全区間運賃100円)が運行している。

  • 秋田中央交通
    • 《広小路》秋田駅西口 (→ 千秋久保田町方面) → 千秋公園入口 → 木内前
    • 《中央通り》中通一丁目 → 中通二丁目 → (千秋久保田町方面 →) 買物広場 → 秋田駅西口
    • 《通町方面》(広小路 →)(→ 中央警察署前方面) / (中央警察署前方面 →) 二丁目橋 (→ 中央通り)
    • 《大町方面》(広小路 →) 二丁目橋 (→ 交通公社前方面) / (交通公社前方面 →)(→ 中央通り)
    • 《楢山方面》(広小路 →) 二丁目橋 - 北都銀行前 (→ 有楽町方面) / (有楽町方面 →) 北都銀行前 (→ 中央通り)
    • 《東通・築地方面》(東通仲町方面、築地北丁方面 ←→) 明田地下道入口 - 秋田駅西口
    • 《駅東線の一部》(東通仲町方面 →) 中通七丁目 → 南大通り・中通病院前 → 中通六丁目郵便局前 → 五丁目橋 → 北都銀行前 (→ 交通公社前方面)

道路編集

施設編集

一丁目編集

二丁目編集

三丁目編集

四丁目編集

五丁目編集

六丁目編集

七丁目編集

脚注編集

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  1. ^ a b 秋田市年齢別・地区別人口(平成28年10月1日現在:平成27年国勢調査からの推計値)” (日本語). 秋田市 (2017年2月1日). 2017年7月7日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  3. ^ 「図説 久保田城下町の歴史」33頁。
  4. ^ 「図説 久保田城下町の歴史」59頁。
  5. ^ 「秋田市史 第四集」10頁。
  6. ^ a b 「秋田市史 第四巻」107頁。
  7. ^ 「秋田市史 第四巻」84頁。
  8. ^ a b 「秋田市史 第四巻」12頁。
  9. ^ 「秋田市史 第四巻」38頁。
  10. ^ a b 「秋田市史 第四巻」120頁。
  11. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「軌道運輸営業廃止実施」『官報』1940年1月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「写真帖 秋田の路面電車」p.9。
  14. ^ 秋田市 地名小辞典 住居表示新旧対照一覧 ナ(中通、楢山)
  15. ^ 広報あきたNo.0806 明田地下道四月一日に待望の開通 車の流れがスムーズになります
  16. ^ 広報あきたNo.0808 四月一日、喜びの開通
  17. ^ 秋田市 地名小辞典 住居表示旧新対照一覧 ナ

参考文献編集

外部リンク編集