佐賀県立唐津東中学校・高等学校

佐賀県立唐津東中学校・高等学校(さがけんりつからつひがしちゅうがっこう・こうとうがっこう, Saga Prefectural Karatsu-Higashi Junior High School and Senior High School)は、佐賀県唐津市鏡新開1番地に所在する県立中学校高等学校。併設型中高一貫校。略称は「東校」、「東高」、「東中」。「鶴城(かくじょう)」[2]の別名で呼ばれることもある。

佐賀県立唐津東中学校・高等学校
KARATSU HIGASHI 091007.jpg
過去の名称 佐賀縣尋常中學校唐津分校
佐賀縣立第三中學校
佐賀縣立唐津中學校
佐賀縣立唐津第一高等學校
佐賀県立唐津高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 佐賀県の旗 佐賀県
学区 北部学区
校訓 光 力 望
設立年月日 1899年明治32年)
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 41104D
所在地 847-0028
佐賀県唐津市鏡新開1番地[1]

北緯33度26分6.21秒 東経129度59分56秒 / 北緯33.4350583度 東経129.99889度 / 33.4350583; 129.99889座標: 北緯33度26分6.21秒 東経129度59分56秒 / 北緯33.4350583度 東経129.99889度 / 33.4350583; 129.99889
外部リンク 高校公式サイト
中学校公式サイト
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高等学校の設置学科編集

概要編集

旧制中学校が前身の県立普通科校。本校は、1871年、唐津藩知事であった小笠原長国が、新しい時代の人材を育成する為、唐津城内に「耐恒寮」として開かれた[3]。この後、英語教師として高橋是清が招かれ、辰野金吾[4]曽禰達造[5]などを輩出する。この高橋是清は、その後、第20代内閣総理大臣になる。当初、唐津市大名小路にあった耐恒寮は、何者かにより、放火され炎上、焼失した。そこで、唐津城の直ぐ下に移転することとなった。移転した耐恒寮の跡地には、現在、早稲田佐賀中学・高等学校がある。唐津東高等学校はこれに伴い、現在地である、佐賀県唐津市鏡新開に移転した。移転先の校舎内には移転前の城下に存在した本校の正門が展示してある。校地はかつて舞鶴公園に隣接する唐津城二の丸御殿跡地にあったが、2007年に現在地(松浦川東岸、東唐津駅付近)に移転している。

校歌は下村湖人(旧制唐津中学第六代校長)作詞、諸井三郎作曲。他に旧制中学時代の校歌が2つある。

制服は男子は一般的な黒色の詰襟学生服(中高でボタンが異なる)。女子は紺色のセーラー服(胸元に中学はリボン、高校はスカーフ。夏服は中学は白色、高校は水色)。


校訓

光 力 望

基本方針

人格の陶冶を目指し、国家及び社会に貢献するために必要な優れた知性と豊かな心に満ち、健康で夢や志の実現に向けて、何事にも自ら考え自ら行動できる生徒を育成する。


学校教育目標

校訓「光 力 望」のもと、「自主自律」の精神を培い知徳体の調和のとれた、地域や国際社会の発展に貢献する高い知性と志を備えた心身ともに逞しい生徒を育成する。


校章

2007年に現在地に移転するまで本校が麓に存在していた唐津城は別名舞鶴城とも呼ばれており、その名に準じて校章には鶴が描かれている。

沿革編集

 
唐津城内の旧校舎(2008年撮影)
 
敷地内に移築保存されている旧校門

地理院地図 Googleマップ 佐賀県立唐津東中学校・高等学校

前史編集

  • 1823年文政6年) - 唐津藩第16代藩主小笠原長昌が藩校志道館を設立。
  • 1870年明治3年) - 唐津藩が藩校英学校(耐恒寮)を設立。
  • 1872年(明治5年) - 学制制定に伴い、志道館および英学校が閉鎖。
  • 1874年(明治7年) - 大島小太郎等により「余課所」が設立され、漢学・地理・算術などが教授。後に城下に移転し、共立学校と改称。
  • 1876年(明治9年) - 大島小太郎らにより東松浦西松浦両郡組合立公立唐津準中学校設立。
  • 1878年(明治11年) - 長崎県[6]立唐津中学校が開校。
  • 1879年(明治12年) - 公立唐津中学校(4年制中学・8学級)と改称。
  • 1883年(明治16年) - 佐賀県再置のため、佐賀県立唐津中学校と改称。
  • 1884年(明治17年) - 県の財政難のため、佐賀県立唐津中学校が廃校。
  • 1887年(明治20年) - 学制の改正により公立唐津高等小学校と改称。農商学所を併置。
  • 1888年(明治21年) - 組合立唐津大成学校(5年制5学級(予科1年本科4年))が開校。
  • 1893年(明治26年) - 組合立唐津大成学校を大成校と改称。
  • 1895年(明治28年) - 佐賀県立東松浦実科中学校開校。

正史編集

佐賀県立唐津中学校(旧制)
  • 1896年(明治29年) - 佐賀県尋常中学校[7]唐津分校が開校。
  • 1899年(明治32年) - 佐賀県尋常中学校から分離独立し、佐賀県立第三中学校として設立。これをもって創立年としている。
  • 1904年(明治37年) - 佐賀県立唐津中学校と改称。
  • 1924年大正13年) - 旧校歌「宇宙のみ生命」制定。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により、佐賀県立唐津第一高等学校(男子校)となる。全日制課程普通科を設置。
佐賀県立唐津高等学校
  • 1949年(昭和24年) - 佐賀県立唐津第一高等学校・佐賀県立唐津第二高等学校が統合し、佐賀県立唐津高等学校男女共学)となる。旧制中学の流れを汲む旧一高校舎は東校舎、女学校の流れを汲む旧二高校舎は西校舎と呼ばれる。全日制課程普通科通信制課程定時制課程を設置。
  • 1950年(昭和25年) - 校歌「天日かがやき」制定。校章、バッヂ制定。
  • 1951年(昭和26年) - 厳木分校設置。定時制普通科・商業科・家庭科。
  • 1952年(昭和27年) - 西校舎に家政科を設置。本校の定時制課程を募集停止。通信制課程を佐賀高校に移転。1年生の定員は全日制普通科520名、家政科80名、厳木分校定時制100名。
佐賀県立唐津東高等学校
  • 1956年(昭和31年) - 佐賀県立唐津高等学校を佐賀県立唐津東高等学校(現校名)と佐賀県立唐津西高等学校に分離。全日制普通科を設置。第1回鶴城祭を開催。
  • 1960年 (昭和35年) - 女子制服制定
  • 1976年(昭和51年) - 生徒会広報誌「鶴輪」創刊。
  • 1978年(昭和53年) - 耐寒訓練始まる。
  • 1999年平成11年) - 創立100周年。校訓を制定。
  • 2006年(平成18年) - 佐賀県立唐津東中学校を開校。現在の時制を導入。
  • 2007年(平成19年) - 現在地に移転。新校舎落成記念式典。
  • 2008年 (平成20年) - 併設型中高一貫教育 全6学年27学級完成 ・中学校  一年定員120名(3学級) ・高等学校 一年定員240名(6学級)
  • 2011年(平成23年) - 同窓会館が現在地に新築落成。
  • 2013年(平成25年)3月27日 - 東経130度子午線モニュメント除幕式。
  • 2019年 (令和元年) - 創立120周年記念式典

校歌編集

前身の佐賀県立唐津中学校の校歌である「宇宙のみ命」、そして、現在の校歌「天日かがやき」の作詞者は、佐賀県立唐津中学校・第6代(大正11~14年)校長 下村虎六郎、後年の「次郎物語」の著者、下村湖人である。


校歌「天日かがやき」

下村湖人 作詞  諸井三郎 作曲

1.

天日かがやき大地は匂い

潮風平和を奏づる郷に

息づくわれらは松浦の浜の

光の学徒

光、光、光の学徒

2.

はてなく広ごる真理の海に

抜手をきりつつ浪また浪を

こえゆくわれらは松浦の浜の

力の学徒

力、力、力の学徒

3.

平和と真理に生命をうけて

久遠の花咲く文化の園を

耕すわれらは松浦の浜の

希望の学徒

希望、希望、希望の学徒

4.

われらの理想は祖国の理想

祖国の理想は世界の理想

理想を見つめて日毎に進む

われらは学徒

光、力、希望の学徒

学校の特色編集

教育課程
高等学校は全日制普通科のみ設置。2年次から文系・理系でクラス編成され、3年次に習熟度別・志望校別のクラス編成となる。数学は展開授業を実施している。月に1・2回、土曜日に補習授業があるほか、長期休業中に特別課外授業の時間を豊富にとっており、スキルアップセミナーと称された夏課外が行われている。授業は50分7コマ制(週35コマ)。原則午前8時登校であり朝の20分間は朝読書や小テストなどに充てられる。定期考査は年5回実施され、そのほか模擬試験として県下一斉模試、進研模試全統模試駿台模試が実施される。
中学校の授業は50分6コマ制。授業内容は基本的に学習指導要領に沿っているが、数学と英語では発展的な内容を取り扱うこともある。なお、高等学校において、唐津東中学校からの内部進学者と、他の中学校からの外部進学者は、入学時から共通で学級編制が行われており、分けられることはない。
入学者選抜
高等学校の入学定員は240名(6学級)で、このうち唐津東中学校からの内部進学者を除いた120~130名程度を募集する。2012年度入試からは特色選抜A方式(2月)と一般選抜(3月)の2回に分けて選抜され、前者で20名、後者で100~110名程度が選抜される。志願倍率は特色選抜では7倍程度、一般選抜では1.0~1.2倍程度。
中学校の入学定員は120名(3学級)で、1月に行われる適性検査等の結果から男子60名・女子60名を選抜する[8]
施設
校舎は北棟(管理棟・特別教室棟、RC造2階建)、中棟(管理棟・特別教室棟、RC造3階建)、南棟(普通教室棟、RC造3階建)から成る。中学・高校の全ホームルーム教室と全多目的教室に冷暖房を設置している。
体育施設としては講堂も兼ねた高校体育館・中学校体育館、武道場、弓道場、テニスコート6面、プール(25m)、全面芝生の野球グラウンド(高校野球部専用)及び約150メートル四方のグラウンドがある。
また、校門から約100メートル離れたところに同窓会館があり(2012年平成24年)落成)、講演会や部活動合宿で利用できる。
東経130度子午線
学校敷地内の東側駐車場及び野球グラウンドを、東経130度子午線が通過しており、2013年3月27日に同窓会(「唐津鶴城同窓会」)がそのモニュメントを建立した[9][10]。モニュメントに記された経度緯度は、東経130度00分00.000秒、北緯33度26分09.424秒となっており、その不確かさは数ミリメートルの正確なものである[11]

学校行事編集

5月には開校記念登山として鏡山[12]に登山し、本校の特徴ともいえる歴代の校歌3つを聞くことが恒例行事となっている。また、「鶴城祭」と称された体育祭も開催され、伝統行事である応援合戦では工事現場用足場で組み立てられたひな壇に各団[13]の団員が座り、パネルと呼ばれる合わせ絵を披露しながら、団の代表が舞と呼ばれる本校の伝統的な踊りを披露する。

1学期
  • 4月 - 始業式、入学式、新入生合宿、開校記念式典、開校記念登山(鏡山
  • 5月 - 中間考査
  • 6月 - 県高校総体、期末考査
  • 7月 - 夏季クラスマッチ、県中学総体、三者面談、夏季特課(前期)
  • 8月 - 夏季休業、夏季特課(後期)
2学期
鶴城祭では、第1,2日目に文化祭、第3日目に体育大会が開催される。体育大会では、生徒は出身小学校によって一区、二区、三区及び四区のいずれかに振り分けられ、それぞれ応援団を結成し対抗する。
  • 10月 - 県総合文化祭、中間考査
  • 11月 - 期末考査
  • 12月 - 冬季クラスマッチ、冬季特課
3学期

部活動編集

部や季節によってやや変動するが、平日に活動できる時間は概して16時半~19時である(授業終了は16時10分だが終礼があるため)。体育部の活動が盛んで、文化系の部活動は数が少ない。陸上競技部は1970年(昭和45年)の和歌山総体で全国2位に入賞したことがある。 また、科学部は「缶サット甲子園」[14]で、2011年、2013年に全国優勝を果たし、、米国で開かれた世界大会に出場した。[15]

(※下記一覧において、中高両方に存在する部には★印を付記。その他は高校のみに存在。)

文化部

出身者編集

政財界
学術
軍人
文化人
スポーツ選手
音楽

アクセス編集

参考文献編集

・鶴城 創立90周年誌 唐津東高等学校

・鶴城 創立100周年誌 唐津東高等学校

・朝日新聞 佐賀全県版(2011年08月18日号)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 新東唐津駅土地区画整理事業の換地処分公告があった翌日(2010年1月22日)に施行された。施行前の所在地は鏡字新開3164番地1。
  2. ^ 唐津城の別名に由来する。佐賀県内には他にも「栄城」(佐賀県立佐賀西高等学校)、「鹿城」(佐賀県立鹿島高等学校)、「黄城」(佐賀県立小城高等学校)がある。
  3. ^ 耐恒寮は当時としては異例で、女子にも門戸をひらいていた。
  4. ^ 建築家。東京駅や日本銀行を設計する。
  5. ^ 建築家。慶応義塾図書館、鹿児島県庁舎本館、明治屋京橋ビルなどを設計。
  6. ^ 現佐賀県が過去に長崎県であったことに関しては、佐賀県#歴史を参照。
  7. ^ 後の旧制佐賀県立佐賀中学校。佐賀県立佐賀西高等学校佐賀県立佐賀東高等学校佐賀県立佐賀北高等学校の源流。
  8. ^ 2010年度の入学者(5期生)から男女毎に定員が設けられた。
  9. ^ 学校通信「鶴翼」 平成25年度5月号 p.2
  10. ^ [1] 唐津東中・高校に東経130度記念碑を計画 佐賀新聞 2012年11月07日更新
  11. ^ [2] 唐津東校に「東経130度」碑、佐賀新聞、2013年03月30日
  12. ^ 鏡山は本校近くの山であり、佐用姫伝説の地となっている。
  13. ^ 団は、壱から肆までの4団で構成されている。
  14. ^ 高校生が自分で作った缶サットとよばれる「人工衛星」の技術力や独創性を競う全国大会。缶サットとは、空き缶に小型無線機やセンサー、カメラを搭載した模擬人工衛星。主催者が用意した小型ロケットで打ち上げた後、切り離された後にパラシュートで落下するまでの20~30秒間で温度や高度などのデータを集める。データ収集以外にも、いかに斬新なアイデアで缶サットを作ったかが審査される。
  15. ^ 朝日新聞 佐賀全県版(2011年08月18日号)

関連項目編集

外部リンク編集