東レ・アローズ (男子バレーボール)

東レアローズ(とうレ アローズ)は、静岡県三島市を本拠地とする東レ三島工場の男子バレーボール部である。2020-21シーズンはV.LEAGUE DIVISION1(V1リーグ)に所属。

東レアローズ
原語表記 東レアローズ
ホームタウン 静岡県三島市静岡市
クラブカラー 青、白
創設年 1947年
所属リーグ V.LEAGUE DIVISION1
チーム所在地 静岡県三島市
体育館所在地 静岡県三島市
代表者 山野春雄
監督 篠田歩
ホームページ 公式サイト
 表示 

概要編集

発足は、1947年に滋賀県大津市の東洋レーヨン(現・東レ)滋賀工場にて9人制のバレーボールチーム『東洋レーヨン九鱗会』としてである。後に6人制となり、静岡県三島市の三島工場に移り現在に至る。

チームネームの『アローズ』とは、社内公募して誕生したもので、矢のような鋭さという意味が込められている[1]。また、2000年に女子強豪のユニチカ・フェニックスからチームを引き継ぎ、元本拠地である大津市に本拠地を置く女子チームにも同じチームネームが採用されている。

練習場は東レ総合研修センター横の体育館であり、練習見学も一部可能である[2]

ホームゲームは主に、三島市の三島市民体育館と、サブホームタウンである静岡市草薙総合運動場体育館(このはなアリーナ)で開催される[3]

実業団リーグ[注釈 1]に第1回から参加している。

ファンクラブは、東レとは別のボランティア団体が運営している[2]

歴史編集

チームは1947年に滋賀県大津市の滋賀工場で設立された9人制のバレーボールチーム『東洋レーヨン九鱗会』としてスタート。『九鱗会』とは、9人制であることと、Vの形を取る陣形『鶴翼魚鱗の陣』に由来する[4]

1961年に全日本都市対抗大会(現・黒鷲旗大会)で優勝すると、6人制でも活躍し、全日本総合6・9人制のタイトルを獲得して全国大会のタイトルを独占する。1963年、再び都市対抗(1962年に6人制に移行)で優勝を果たした。[4]

1964年にチーム本拠地を三島工場に移した[4]

実業団リーグ[注釈 1]に第1回(1969/70シーズン)から参加[4]

1970年、社名変更により、チーム名も『東レ九鱗会』となる。

第3回実業団リーグ(1971/72シーズン)で優勝、第4回準優勝で入替戦に出るものの、日本リーグ[注釈 2]に昇格できずにいた。1975年、第6回実業団リーグで優勝して出場した入替戦で勝利し、ようやく日本リーグ昇格を果たした。

日本リーグでは下位に低迷し続け、4年後の1979年に実業団リーグ降格。その後しばらく実業団リーグ在籍が続き、1988年に10年ぶりの日本リーグ復帰を果たす。

復帰戦となった第22回(1988/89シーズン)以降、しばらくは下位に低迷しながらも日本リーグに残留し続ける。第24回は7位となり日本リーグ出場チーム決定戦(入替戦)出場となるものの、セット率でNKKナイツに勝ち残留した。

6人制に移行してからも長らく『東レ九鱗会』として活動を続けてきたが、1991年、社内公募により、チーム名が現在の『東レアローズ』となった[1]

泉川正幸がエースとしてデビューした第26回日本リーグ(1992/93シーズン)でチームが躍進し、自己最高の3位に入る。

1994年に日本リーグに替わってVリーグが開幕。第1回(1994/95シーズン)はレギュラーラウンドを1位突破するが、決勝トーナメントで連敗し4位で終わる。第2回は5位に低迷。

1996年、第3回Vリーグより菅野幸一郎が4シーズン監督を務め(1年目は選手兼)、優勝は出来なかったものの、第5回、第6回で準優勝し、上位で戦えるチームとなった。

第8回Vリーグ(2001/02シーズン)では、レギュラーラウンドを1位突破するが、決勝でサントリーサンバーズにフルセットで敗れ、惜しくも初優勝を逃す。しかし、同シーズンの黒鷲旗大会では39年ぶりとなる優勝を果たした。第9回Vリーグは1勝差でファイナルラウンド進出を逃して5位。

2003年、矢島久徳が監督に就任。大混戦となった第10回Vリーグは、10勝11敗で終えるもの、セット率で7位となり久々の入替戦出場となる(警視庁に勝って残留)。

入替戦出場の悔しさから「総力結集」のスローガンで2004/05シーズンに臨んだ[5]。第11回Vリーグで、開幕20連勝のリーグ新記録を達成する快進撃を見せ、圧倒的な成績でレギュラーラウンド1位となる。ファイナルラウンドで決勝進出を果たし、優勝決定戦でNECブルーロケッツに連勝して、ついに悲願の初優勝を遂げた。同シーズンの黒鷲旗大会でも決勝でNECを降し優勝。2冠を達成した。第12回Vリーグは6位で終えるもの、同シーズンの黒鷲旗で連覇を果たした。2006/07V・プレミアリーグ(Vリーグより改称)で準優勝、2007/08シーズンも準優勝を果たす。

2008/09シーズンは、天皇杯で優勝。V・プレミアリーグでも決勝で堺ブレイザーズを破り2度目の優勝を果たした。女子も東レアローズが優勝し、2008/09V・プレミアリーグアベック優勝の快挙ともなった。2冠達成となり、史上初の3冠達成を目指して臨んだ黒鷲旗では、決勝でパナソニック・パンサーズに敗れ、惜しくも3冠はならなかった。当シーズンをもって矢島久徳監督が退任した。

2009年に秋山央が監督に就任。パナソニックの躍進もありV・プレミアリーグ制覇から離れるが、しばらくは連続して4強入りを果たし、安定した成績を残す。2011年黒鷲旗で優勝。2011/12V・プレミアリーグはレギュラーラウンドを圧倒的な成績で1位突破し、決勝進出も果たすが、決勝でパナソニックにフルセットの末惜敗し優勝を逃している。

2012年より小林敦が監督に就任。2012/13シーズンもセミファイナルラウンド最終戦でパナソニックに敗れたことで決勝進出を逃し、篠田歩は当シーズン限りで引退する宇佐美大輔との最後の勝負に勝てなかったことを悔やんだ[6]

2014年12月、東京体育館で開催されていた平成26年度天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会に出場中、所属選手が窃盗容疑で逮捕され同大会を出場辞退した[7]。東レは自らの処分として、(1)当該選手の無期限活動停止、(2)吉田晴彦部長・小林敦監督の今季活動停止(篠田歩が監督代行)を発表した[8]。12月26日、日本バレーボール協会は処分を発表し、当該選手を2年間のJVA登録抹消処分、チーム及び部長・監督を譴責処分とした[9]。その影響もあってか、2014/15シーズンは7位と低迷し11年ぶりのチャレンジマッチ(入替戦)出場となった。チャレンジマッチでは富士通カワサキレッドスピリッツに連勝して残留。

2015年からはマケドニア共和国ニコラ・ジョルジェフを主砲に迎えた。2016/17シーズンでは、レギュラーラウンド2位、ファイナル6では首位となり、ファイナルでは前年覇者の豊田合成トレフェルサを二連勝で下して8年ぶり3度目の優勝を飾った[10]

2018/19シーズンよりV・プレミアリーグに替わるV.LEAGUEが発足され、一部のDivision1に所属。2シーズンぶりの奪還を目指すも、ファイナル3でJTサンダーズに連敗し3位で終了。怪我人が多く出る苦しいシーズンだったが、小林敦監督は自身の力不足が優勝を逃した原因だと話し、監督を退任しゼネラルマネージャーに就任[11]。監督の後任は篠田歩となり、2019/20シーズンより監督を務める[12]

成績編集

主な成績編集

Vリーグ/プレミアリーグV.LEAGUE Division1
Vカップ
  • 優勝 1回(2001年)
全日本総合(6人制)
全日本総合(9人制)
  • 優勝 1回(1961年)
黒鷲旗全日本選抜
天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会
国民体育大会成年男子(6人制)
国民体育大会成年男子(9人制)
日韓Vリーグトップマッチ
  • 優勝 1回(2009年)

年度別成績編集

日本リーグ / 実業団リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
実業団リーグ 第1回 (1969/70) 3位 6チーム 10 4 6 0.400
第2回 (1970/71) 4位 6チーム 10 5 5 0.500
第3回 (1971/72) 優勝 6チーム 10 8 2 0.800
第4回 (1972/73) 準優勝 6チーム 10 7 3 0.700
第5回 (1973/74) 3位 6チーム 10 7 3 0.700
第6回 (1974/75) 優勝 6チーム 10 10 0 1.000
日本リーグ 第9回 (1975/76) 5位 6チーム 10 3 7 0.300
第10回 (1976/77) 5位 6チーム 10 2 8 0.200
第11回 (1977/78) 6位 6チーム 10 1 9 0.100
第12回 (1978/79) 6位 6チーム 10 0 10 0.000
実業団リーグ 第11回 (1979/80) 5位 6チーム 10 1 9 0.100
第12回 (1980/81) 4位 6チーム 10 3 7 0.300
第13回 (1981/82) 4位 6チーム 10 5 5 0.500
第14回 (1982/83) 準優勝 6チーム 10 6 4 0.600
第15回 (1983/84) 準優勝 8チーム 14 11 3 0.786
第16回 (1984/85) 準優勝 8チーム 14 11 3 0.786
第17回 (1985/86) 4位 8チーム 14 8 6 0.571
第18回 (1986/87) 3位 8チーム 14 11 3 0.786
第19回 (1987/88) 優勝 8チーム 14 14 0 1.000
日本リーグ 第22回 (1988/89) 6位 8チーム 14 5 9 0.357
第23回 (1989/90) 6位 8チーム 14 3 11 0.214
第24回 (1990/91) 7位 8チーム 14 4 10 0.286
第25回 (1991/92) 5位 8チーム 14 8 6 0.571
第26回 (1992/93) 3位 8チーム 20 11 9 0.550
第27回 (1993/94) 5位 8チーム 14 7 7 0.500

Vリーグ / 実業団リーグ・V1リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
Vリーグ 第1回 (1994/95) 4位 8チーム 21 15 6 0.714
第2回 (1995/96) 5位 8チーム 21 11 10 0.524
第3回 (1996/97) 6位 8チーム 21 10 11 0.476
第4回 (1997/98) 7位 8チーム 21 5 16 0.238
第5回 (1998/99) 準優勝 10チーム 18 13 5 0.722
第6回 (1999/00) 準優勝 10チーム 18 12 6 0.667
第7回 (2000/01) 3位 10チーム 18 13 5 0.722
第8回 (2001/02) 準優勝 10チーム 18 14 4 0.778
第9回 (2002/03) 5位 8チーム 21 12 9 0.571
第10回 (2003/04) 7位 8チーム 21 10 11 0.476
第11回 (2004/05) 優勝 8チーム 28 25 3 0.893
第12回 (2005/06) 6位 8チーム 28 15 13 0.536

V・プレミアリーグ / V・チャレンジリーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位 試合 試合
プレミア 2006/07 準優勝 8チーム 2位 28 22 6 4 2 2
2007/08 準優勝 8チーム 3位 28 17 11 4 2 2
2008/09 優勝 8チーム 2位 28 20 8 4 3 1
2009/10 3位 8チーム 2位 28 19 9 4 2 2
2010/11 3位 8チーム 3位 24 15 9 中止
2011/12 準優勝 8チーム 1位 21 19 2 4 2 2
2012/13 3位 8チーム 4位 28 17 11 4 3 1
2013/14 5位 8チーム 5位 28 15 13 -
2014/15 7位 8チーム 7位 21 8 13 -
2015/16 3位 8チーム 2位 21 13 8 6 5 1
2016/17 優勝 8チーム 2位 21 15 6 7 6 1
2017/18 4位 8チーム 3位 21 14 7 5 4 1

V.LEAGUE編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位 試合 試合
DIVISION1 2018-19 3位 10チーム 5位 27 16 11 7 4 3
2019-20 6位 10チーム 6位 27 12 15 -
2020-21 10チーム

選手・スタッフ(2020-21)編集

選手編集

背番号 名前 シャツネーム 国籍 P 備考
1 富松崇彰 TOMIMATSU   日本 MB
2 高橋健太郎 TAKAHASHI   日本 MB
3 山口拓海 YAMAGUCHI   日本 L 新人[13]
4 クリスティアン・パダルイタリア語版 PADAR   ハンガリー OP   ファケルロシア語版から移籍[14]
5 米山裕太 YONEYAMA   日本 OH コーチ兼選手
6 落合一貴 OCHIAI   日本 OP
7 峯村雄大 MINEMURA   日本 OH
8 真子康佑 MANAGO   日本 S 内定選手[15]、2020年10月26日登録有効[16]
9 富田将馬 TOMITA   日本 OH 新人[13]
10 星野秀知 HOSHINO   日本 OH 主将[17]
11 難波尭弘 NAMBA   日本 MB 内定選手[15]、2020年10月26日登録有効[16]
12 西本圭吾 NISHIMOTO   日本 MB 内定選手[15]、2020年10月26日登録有効[16]
14 酒井啓輔 SAKAI   日本 S
15 李博 LEE   日本 MB
17 小澤宙輝 OZAWA   日本 OH 新人[13]
18 鈴木悠二 SUZUKI   日本 MB
19 梅野聡 UMENO   日本 S コーチ兼選手
20 アウン・トゥ A.THU   ミャンマー OH
21 藤井直伸 FUJII   日本 S 副将[17]
出典:チーム公式サイト[18] Vリーグ公式サイト[19]
更新:2020年9月17日

スタッフ編集

役職 名前 国籍 備考
部長 山野春雄   日本
副部長 濵野今日子   日本
ゼネラルマネージャー 小林敦   日本
監督 篠田歩   日本
コーチ 阿部裕太   日本
コーチ兼選手 米山裕太   日本
コーチ兼選手 梅野聡   日本
アナリスト 渡辺拓人   日本
メディカルトレーナー 足立清   日本
アスレティックトレーナー兼通訳 加藤翔   日本
シニアマネージャー 山本太二   日本
マネージャー 渡辺慎太郎   日本
広報 渡辺久美   日本
総務 林有紀奈   日本
ドクター 向山俊輔   日本
出典:チーム公式サイト[20] Vリーグ公式サイト[19]
更新:2020年6月1日

在籍していた主な選手編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ a b 現在のV.LEAGUE Division2(V2)に相当。
  2. ^ 現在のV.LEAGUE Division1(V1)に相当。

出典編集

  1. ^ a b チーム紹介”. 東レ・アローズ. 2013年10月19日閲覧。
  2. ^ a b 応援ガイド”. 東レ・アローズ. 2019年11月4日閲覧。
  3. ^ 試合当日の観戦について”. 東レ・アローズ. 2019年11月4日閲覧。
  4. ^ a b c d チームについて”. 東レアローズ. 2013年10月19日閲覧。
  5. ^ チーム沿革”. Vリーグ機構. 2013年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月19日閲覧。
  6. ^ 東レの悲願達成を阻止 改めて見せた宇佐美大輔の存在感”. バボChannet (2013年4月3日). 2013年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月19日閲覧。
  7. ^ 日本バレーボール協会. “男子・東レアローズの「平成26年度 天皇杯・皇后杯 全日本選手権大会」への出場辞退について”. 2014年12月12日閲覧。
  8. ^ 東レアローズ男子バレーボール部選手の不祥事について”. 東レ・アローズ (2014年12月16日). 2019年11月4日閲覧。
  9. ^ 本会登録チーム所属選手の窃盗事件に関する処分について”. 日本バレーボール協会. 2014年12月27日閲覧。
  10. ^ 【レポート】東レが2連勝で8年ぶり3度目の戴冠!!~V・ファイナルステージ 男子グランドファイナル(3/19)~”. Vリーグ機構. 2017年4月1日閲覧。
  11. ^ 小林監督勇退コメントについて”. 東レ・アローズ (2019年5月9日). 2019年11月4日閲覧。
  12. ^ 2019年度 新体制について”. 東レ・アローズ (2019年6月10日). 2019年11月4日閲覧。
  13. ^ a b c 内定選手加入について”. 東レ・アローズ (2019年10月15日). 2019年11月27日閲覧。
  14. ^ “東レアローズ(男子)への新外国人選手加入について” (プレスリリース), 東レアローズ(男子), (2020年9月16日), https://www.toray-arrows.jp/men/schedule/topics/detail.html?key=ACDD35E1EFCF05D7492585E0002223BB 2020年9月17日閲覧。 
  15. ^ a b c “内定選手加入について” (プレスリリース), 東レアローズ, (2020年10月5日), https://www.toray-arrows.jp/men/schedule/topics/detail.html?key=C30F17DF1728E4AB492585E00024DD2D 2020年10月17日閲覧。 
  16. ^ a b c 追加登録選手・スタッフ(男子)リスト (PDF)”. Vリーグ機構. 2020年10月17日閲覧。
  17. ^ a b “2020年度 体制について” (プレスリリース), 東レ・アローズ, (2020年5月25日), https://www.toray-arrows.jp/men/schedule/topics/detail.html?key=D9EEADE5DBC4723749258573000F3BA7 2020年6月1日閲覧。 
  18. ^ 選手紹介”. 東レ・アローズ. 2020年6月1日閲覧。
  19. ^ a b 東レアローズ”. Vリーグ機構. 2020年9月17日閲覧。
  20. ^ スタッフ紹介”. 東レ・アローズ. 2020年6月1日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集