瓜生 正義(うりゅう まさよし、1976年3月5日 - )は、福岡県飯塚市出身の競艇選手。

瓜生正義
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県飯塚市
生年月日 (1976-03-05) 1976年3月5日(45歳)
身長 159cm
体重 51kg
血液型 A型
競艇選手情報
所属 福岡支部
登録番号 3783
登録期 76期
級別 A1級
師匠 古賀武日児(2021)
特徴 自在
選手実績
デビュー日 1995年5月
SG優勝 10
GI/PGI優勝 20
GII優勝 2
GIII優勝 6
一般戦優勝 48
通算優勝 86
通算勝率 7.74
通算勝利 5967走2032勝
(2020/02/15時点)
主要獲得タイトル
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登録番号3783。76期生。身長159cm。血液型A型。福岡支部所属。師匠は古賀武日児[1]

選手経歴編集

1995年5月若松競艇場・一般戦にて76期生としてデビュー(デビュー戦は6コースから6着)。同期には原田幸哉魚谷智之横西奏恵などがいる。

1996年12月平和島競艇場・一般戦で4コースからのツケマイで初優勝(ST.24)レースタイム(1:45.3)優勝戦には後にナイターキングと呼ばれる今垣光太郎の父今垣武志がいた。

1997年11月に福岡G1 開設44周年記念競走でデビューから1年半でのG1初出場(5日目からの追加斡旋)。G1デビュー戦は3号艇で5コースから6着だった。

1998年1月に宮島G1 GI第12回新鋭王座決定戦でG1 5走目にして初勝利1号艇で4コースからの捲りで勝利。予選突破を果たした。しかし、準優勝戦はコンマ05のフライングに散った

1998年2月に若松G1 GI第44回九州地区選手権 で予選道中1着5本4着1本と好調で準優も1着、G1初の優出を果たした。優勝戦は1号艇で5コースから2着となり惜敗した。

1998年5月桐生 SG第25回笹川賞競走で、SGデビューを果たした。SGの洗礼を浴び節間未勝利で終わってしまった。


1998年7月には常滑45周年では6コースからのタッチスタートでのGI初優勝とデビュー前の評判通り順調なレーサー人生を歩み始めた。 その数日後、三国第3回オーシャンカップでは、予選期間中未勝利ながらも着をまとめ、(4.2.2.3.2着)で予選を突破した。惜しくも準優で敗退(準優6着)。最終日には、4コースからまくり差しを決めSG初勝利を決めた。

2003年賞金王決定戦で決定戦2着、2006年の総理大臣杯でも2着、暮れの賞金王決定戦も3着と惜敗が続いたこともあった。

2007年は3月の総理大臣杯で優出3着。そして2007年6月、住之江競艇場で行われた笹川賞で念願のSG初優勝。しかし11月浜名湖競艇場での競艇王CC準優勝戦(第11競走)でフライングし、2008年総理大臣杯〜グラチャンまで出場停止。年末地元福岡競艇場で行われた賞金王決定戦には出場するも、トライアル初日第11競走で転覆失格となった。

2008年は、復帰シリーズで自身初となるパーフェクトV(その後、2013年芦屋お盆レース、2014年芦屋一般戦と3回挑戦して3回達成していたが2016年住之江一般戦で4回目の挑戦にして初めて優勝戦2着になる)。その後、5月中旬までGIにも出られなかった。6月5日〜10日の多摩川ウェイキーカップで記念戦線に復帰するも準優勝戦3着。なお、同じ福岡支部の藤丸光一が制した。

2009年1月31日芦屋GI第55回九州地区選手権3日目第11競走で1000勝達成。その後、2連勝を決めて優勝戦2号艇に乗艇も、2周1マークで落水失格を喫した。

2010年4月25日びわこGII秩父宮妃記念杯 優勝戦で4艇のFで、GIIで初めてGI,GII 6ヶ月の除外を受けた。(GI,GII復帰は2011年3月以後)、GI,GII復帰1節目のGI蒲郡56周年記念で優勝、新賞金900万円の第1号になった。10月11日桐生競艇場で初めてナイターでの開催となったSG第57回全日本選手権にて優勝。

2014年5月31日ボートレース津で開催された一般戦(同年2月の、下関59周年でのフライングによる休み明け)である「第5回日本モーターボート選手会会長賞」で1500勝達成。なお奇しくも同日、地元の福岡では『日本モーターボート競走会会長杯』である笹川賞競走(ボートレースオールスター)が行われていた。

2015年1月、唐津61周年を制覇し九州すべての周年タイトルを獲得した。

2016年10月、地元福岡で開催された全日本選手権では初日から無敵の強さで得点トップになり優出そのまま優勝し、福岡SGV3・全日本選手権V3という前人未到の快挙を成し遂げた。そして2016年12月、14年前に初出場、通算12回目の出場、7回目の優出にして遂に賞金王決定戦初優勝。優勝戦の12月25日は、妻の誕生日だった。決定戦優勝の後、大晦日に初日を迎えた芦屋の正月レース2回走りを1着2回で締めくくり、2016年の獲得賞金を2億1373万4000円として、自身初の賞金王に君臨している。

2017年5月16日宮島63周年で17個目のG1を獲得。この優勝によって、生涯獲得賞金が20億円を突破している(ボート界史上7人目)。

2018年前期は出走回数(90走)が不足してしまい、初めてA1から転落した。

2018年9月27日ボートレース大村の「発祥地ナイターオープニングレース」で優勝。これによりナイター7場のうち5場制覇(後に下関を制覇したため2020年12月地点で残りは住之江のみ。ただしデイレースでの優勝経験はある)とした。

2018年は2006年以来のGI以上優勝経験がない1年であったが2019年、2月から3月にかけて開催された津66周年で1年10ヶ月ぶりのGI優勝。なおこの優勝戦が行われるまで福岡支部は11ヶ月間記念優勝から遠ざかっていた。

2019年7月15日常滑で行われた第24回オーシャンカップ競走では初日ドリームで峰竜太を沈め,予選では6コースからの勝利もあり得点トップに。予選最終日からイン逃げを3連続で決め優勝。史上6人目のSGV10を達成した。



2020年11月現在、全国24場制覇まであと3場である(戸田浜名湖びわこ。このうち浜名湖は直近優出が2020年 琵琶湖は2019年である。戸田に関しては1997年12月を最後に優出出来てない)。

2020年、2年ぶり3回目のファン感謝3days ボートレースバトルトーナメントに出場。初日トーナメントで2着、2日目一般戦2着、セミファイナル2着となり同条件(初日トーナメント2着→2日目セミファイナル2着)となった興津藍選手との抽選の結果、ファイナル5号艇を獲得する(同大会初優出)。そしてファイナルでは5コースからまくり差しを決め、2020年初優勝を飾る。

2020年3月、尼崎周年優勝戦で5着となったことで24枚目のBOATRACE振興会会長賞メダルを獲得し、史上6人目となる「ゴールデンレーサー賞」受賞の条件を満たした[2]。その次節のBOATRACE下関のGI66周年記念では稲田浩二峰竜太らを沈めて優勝し、下関記念初優勝(残り8場…通算優勝のない3場+江戸川、三国、尼崎、鳴門、丸亀)と同時に前述のナイター7場完全制覇まで残り1場(住之江)を残すのみとなった。

2020年7月31日ボートレース琵琶湖の「開設66周年記念 G1琵琶湖大賞」の2日目12Rで1号艇守田俊介をスタートで圧倒し2コースから捲りを決めて自身通算2000勝達成。

2020年10月10日ボートレース平和島の「開設66周年記念トーキョー・ベイ・カップ」でトップスタートを決め優勝(4コースカド捲り)。この優勝により通算記念優勝回数が30回に到達した。

人物編集

  • 2012年のキャッチフレーズ募集キャンペーンでは「正義のヒーロー」というキャッチフレーズが選ばれた[3]
  • 本栖研修所在籍当時、本栖リーグ6戦中優出6回優勝6回 第76期修了記念競走・王座決定戦は2着(優勝は横西)。当時史上最高となる勝率8.65、2連帯率84%という前代未聞の数字をたたき出した[要出典]
  • 現在の家族構成は息子が4人の6人家族である(加えて「銀河」というトイプードルも飼っている)[要出典]
  • 趣味はテレビゲーム。

SGタイトル編集

SG編集

回数 開催年 優勝戦日 開催名 開催場 枠番 進入コース スタート 決まり手 節間成績
2007年 6月3日 第34回 笹川賞 住之江競艇場 1枠 1コース .11 抜き 314112①1
V2 2009年 5月31日 第36回 笹川賞 福岡競艇場 2枠 2コース .19 差し 331411①1
V3 2010年 10月11日 第57回 全日本選手権 桐生競艇場 4枠 4コース .14 差し 14222②1
V4 2011年 6月26日 第21回 グランドチャンピオン決定戦 児島競艇場 2枠 2コース .12 まくり 111633①1
V5 2011年 8月28日 第57回 モーターボート記念競走 福岡競艇場 4枠 4コース .00 捲り 211311②1
V6 2012年 8月26日 第58回 モーターボート記念競走 桐生競艇場 1枠 1コース .14 逃げ 121123①1
V7 2013年 10月21日 第60回 ボートレースダービー 平和島競艇場 1枠 1コース .15 逃げ 111214①1
V8 2016年 10月30日 第63回 ボートレースダービー 福岡競艇場 1枠 1コース .10 逃げ 211213①1
V9 2016年 12月25日 第31回 グランプリ 住之江競艇場 1枠 1コース .08 逃げ 1311
V10 2019年 7月15日 第24回 オーシャンカップ 常滑競艇場 1枠 1コース .11 逃げ 112421①1

SGでの優勝回数10回は史上6人目(前述)であるが、SG初優勝からの日数は瓜生が最速である。

SG初優勝 SGV10 日数
瓜生正義 2007年笹川賞 2007年6月3日 2019年オーシャンカップ 2019年7月15日 4425日
植木通彦 1993年総理杯 1993年3月23日 2005年笹川賞 2005年5月29日 4450日
松井繁 1996年笹川賞 1996年5月27日 2009年賞金王決定戦 2009年12月23日 4958日
野中和夫 1974年笹川賞 1974年5月7日 1990年笹川賞 1990年5月8日 5845日
彦坂郁雄 1970年全国地区対抗 1970年6月2日 1988年総理杯 1988年3月29日 6510日
山崎智也 1997年全日本選手権 1997年10月12日 2015年賞金王決定戦 2015年12月23日 6646日

GIタイトル編集

GIIタイトル編集

受賞歴編集

出典編集

  1. ^ グランプリ覇者・瓜生が師匠とトークショー「今年もマイペース」”. www.sponichi.co.jp (2017年4月3日). 2020年6月14日閲覧。
  2. ^ 登録第3783号 瓜生正義選手が「ゴールデンレーサー賞」を受賞!! | BOAT RACE オフィシャルウェブサイト”. www.boatrace.jp (2020年3月31日). 2020年6月14日閲覧。
  3. ^ 峰竜太は「泣き虫王子」 – 東京スポーツ新聞社” (日本語). 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社. 東京スポーツ (2012年12月19日). 2020年6月14日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集