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田丸 一男(たまる かずお、1960年9月11日 - )は、毎日放送(MBS)所属の報道担当アナウンサー(役職はアナウンサー室マネジャー)、防災士

たまる かずお
田丸 一男
プロフィール
出身地 日本の旗 大阪府大阪市
生年月日 (1960-09-11) 1960年9月11日(58歳)
最終学歴 関西学院大学経済学部
勤務局 毎日放送
部署 アナウンサー室
職歴 NHK高知放送局大津放送局)(1984年 - 1991年)
毎日放送(1991年 - )
活動期間 1984年 - 現在
ジャンル ニュース報道番組バラエティ番組
配偶者 あり
家族 妻、長男、次男、長女
出演番組・活動
出演中
  • Newsミント!(ナレーター・ニュースリーダー)
  • ENT(月:芸術担当リポーター)
  • MBSドラマイズム(視覚障害者のための解説放送)
  • MBS Jump Over Cancer ~もっと知りたい がんのこと~
  • ものがたりの世界
  • コトノハ図鑑
  • テレビ・ラジオのニュース

元・NHKアナウンサーで、2019年4月にアナウンサー歴35年を迎えた。

目次

来歴・人物編集

大阪府大阪市出身で、現在は兵庫県川西市に在住。3人の子どもと、2人の孫がいる。

両親は阪急百貨店の社員だったが、実父は学生時代にNHKのアナウンサーを志していた。その志を果たせなかった実父から、10歳の時に「NHKアナウンス読本」(日本放送協会編)をプレゼントとして渡されたことをきっかけに、毎日放送のアナウンサーを目指すようになった。

兵庫県立川西緑台高等学校から関西学院大学経済学部へ進学。大学生時代には、生田教室でアナウンス技術の研鑽を積んだ。その後の就職活動では、第一志望の毎日放送が当時アナウンサーを採用していなかったことから、他局の採用試験を受験。同期のアナウンサー志望者からは、柄沢晃弘青山学院大学から後にTBSへ採用、現在はWOWOWのシニア・エグゼクティブ・アナウンサー)と共に一目置かれていて、受験した局の試験では必ず上位に残っていた。テレビ朝日の試験では、最終段階まで残ったところで、系列局の朝日放送(毎日放送と同じ在阪民放局)への入社を勧められている。結局、大学卒業後の1984年NHKへ入局[1]。田丸が後年述懐したところによれば、NHK大阪放送局でアナウンサーの採用試験を受けた後に、同局の人事担当者から電話を通じて「あなたと一緒に仕事をさせていただきたい」という言葉で採用の内定を告げられたことが決め手になったという。

NHKには大阪放送局で採用されたが、入局後にNHK高知放送局へ配属。1988年に大津放送局へ異動した。本人は大阪放送局での勤務を希望していたが、生田教室での先輩に当たる柏木宏之(毎日放送アナウンサー)からの紹介で、1990年に同局のアナウンサー中途採用試験を受験。後に採用が内定したことから、1991年3月31日付でNHKを退局した後に、翌4月1日からアナウンサーとして毎日放送へ移籍した。毎日放送の本社屋が現在の大阪市北区茶屋町へ移転してから最初に採用された局員(詳細後述)の1人で、2020年の誕生日で同局の定年(60歳)に達する予定。

妻はNHK高知放送局時代の同僚(契約アナウンサー)で、『FMリクエストアワー』『夕べのひととき』やNHKラジオ第一の高知県内向け天気予報などを担当していた。

NHK高知放送局時代
  • 夏の全国高等学校野球選手権大会で、高知県大会はラジオ・テレビで実況中継、また阪神甲子園球場での本大会と春の選抜高校野球大会でアルプスリポート・ラジオ実況を担当。1990年の選抜高校野球大会は夜のスポーツニュースでNHK大阪局から選抜のニュースをキャスターとして連日伝えた。番組では、田丸の母校・川西緑台高校の放送部が取材する様子をリポートした。
  • プロ野球阪急ブレーブス(当時)や阪神タイガースが県内で春季キャンプを実施していた関係で、キャンプ地のオープン戦をテレビやラジオで中継する場合には、実況を任されていた。
  • 四国向け情報番組「今夜は四国が見えてくる」では「白羽の矢」のコーナーの高知担当リポーターとして高知県内を訪ねリポート。
  • 高知での全国高校総体(平成元年)開会式中継、柔道、バドミントン競技を中継。
  • 全国ネットのバラエティー情報番組『ひるのプレゼント 室戸~足摺 海の幸紀行』(1987年9月放送)では、高知県ゆかりのゲストとともに県内各地で海の幸を求めたロケ企画の進行役を務めた。
NHK大津放送局時代
  • NHK大阪放送局制作の夕方の報道番組内で、得意の経済分野の取材で、滋賀県の経済ニュースを定期的に企画ニュースとしてリポートした。
  • 国際花と緑の博覧会(1990年4月~9月 大阪・鶴見緑地公園)会期中、会場から中継で放送した情報番組にキャスターやリポーターとして出演。
MBSへの移籍 スポーツ担当アナウンサー

1991年3月にNHKを退局した後に、同年4月から、アナウンサーとして毎日放送へ移籍。同期の新卒入社組に、現在の同僚でもあるアナウンサーの亀井希生や、テレビプロデューサー渥美昌泰(現在はラジオ局制作センター長)・田渕伸一(現在は制作局副部長)などがいる。

  • 1991年から9年間はスポーツ実況を主に担当。テレビ・ラジオのプロ野球中継(阪神・オリックス・近鉄)を中心に、Jリーグサッカー(ガンバ・セレッソ)、選抜高校野球大会、大学ラグビー、高校ラグビー、高校女子サッカーなどで実況・リポーターを務めた。
  • スポーツ実況を中心に担当するかたわら、『あどりぶランド』(MBSテレビ)などにも出演。ウルトラマンシリーズに造詣が深く、1997年には同番組のアナウンサーの挑戦企画の一つとして、同じMBSテレビ制作の『ウルトラマンティガ』第49話"ウルトラの星"に出演を果たす。劇中の『ウルトラQ』撮影シーンでペギラ出現に驚く南極観測隊員役のエキストラ俳優を演じたが、共演した俳優の円谷浩へのインタビュー等も含めた撮影の舞台裏の模様が本編放送の直前に『あどりぶランド』内で放送された。
報道担当アナウンサーに転向
  • MBSが平日の夕方に報道番組『VOICE』を開始した2000年10月から、報道担当アナウンサーに転向。ニュースリーダーや特集・コーナー企画のナレーターを務めている。「憤懣本舗」「阪神の星☆」などのレギュラーコーナーにおけるナレーションは人気で、自身も企画やリポートを担当。主婦目線の取材には定評がある。2014年4月からは月曜日のみ担当。2015年4月からは月曜・火曜日、2017年4月から月曜~水曜日担当。
趣味:チェロ演奏とクラシック音楽鑑賞
  • チェロにについては、2006年5月からMIKIミュージックサロン梅田でレッスンを受けていて、2007年11月からは弦楽アンサンブル(チーム名:さくら☆あんぱん)でも演奏している。2017年3月5日に豊中市立文化芸術センターで開かれた「MBSアナウンサーコトノハ ものがたりの世界2017」(毎日放送アナウンサー室主催の朗読イベント)夜公演では、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」で朗読とチェロ演奏を披露した。
  • 美術鑑賞や古寺探訪も好きで、和洋を問わず美術館や博物館を巡ったり、奈良や京都にある神社仏閣を訪ね歩いたりしている。MBSテレビのエンターテインメント情報番組「ENT」では美術担当リポーターとして展覧会の紹介を担当。

テレビ・報道、バラエティ番組での活躍編集

  • 関西国際空港の開港記念特別番組(1994年9月4日 全国放送)ではリポーターとしてグアムから中継リポートを担当。関西国際空港の開港前日(9月4日)、大阪国際空港最後の国際線となった大阪(伊丹)発グアム行きの日本航空のチャーター便「伊丹空港さよならフライト」に搭乗。グアムから番組に中継リポート。直後に、グアムから関西国際空港の到着1番機で着陸の瞬間を実況した。
  • 1998年11月19日放送の『筑紫哲也NEWS23〜スペシャルクリントン大統領があなたと直接対話〜』では大阪での質問の進行役を務めた。
  • バラエティ番組の『三枝の興奮テレビ』では、番組最後の早口言葉コーナーに講師役で登場。その週のゲストに早口言葉の見本を示した。
  • 「新喜劇ご長寿クイズ」の司会 『朝までよしもと新喜劇』(吉本新喜劇の団員が勢揃いする年に1回の深夜番組)で、「新喜劇ご長寿クイズ」の司会を、2014年から2016年まで担当。TBSが(MBSを含めた)全国ネット向け制作する明石家さんま冠番組シリーズ(『さんまのからくりTV』など)での人気コーナー「ご長寿早押しクイズ」にちなんだ企画で、新喜劇のベテラン座員数名(井上竜夫桑原和男やなぎ浩二池乃めだか若井みどりなど)が解答者として出演した。

あどりぶランドでの活躍編集

シリーズ「なんでも実況」やドラマ「水戸黄門」、特撮「ウルトラマンティガ」への出演
  • 毎日放送アナウンサーの企画・出演によるバラエティー番組『あどりぶランド』では、軽妙なキャラクターを活かして活躍。NHKから同局への移籍を決めたのは、現役のアナウンサーとして同番組へ出演したかったことにもよる。
  • NHK大津放送局から移籍した直後の1992年5月には、当時スポーツアナウンサーだった井上光央、現在もスポーツアナウンサーとして活動する馬野雅行と共に、当時琵琶湖の畔に建っていた通称「幽霊ビル」(正式名:木の岡レイクサイド)の爆破による解体(日本初の事例)の模様を実況。この絶叫によって、同年12月31日にTBSで放送された『おもしろ人間大賞』で、アナウンサー部門の特別賞(C.C.ガールズ賞)に選ばれた。
  • テレビドラマ「水戸黄門第21部」に酔いどれ漁師役でエキストラ出演し、主演の水戸光圀(西村晃)の前で酔っ払った田丸が、かげろうお銀(由美かおる)に絡み、頬をぶたれて光圀に倒れこむ役を演じるまでの撮影舞台裏をドキュメント。
  • 毎日放送制作の『ウルトラマンティガ』第49話"ウルトラの星"に出演を果たす。劇中の「ウルトラQ」撮影シーンでペギラ出現に驚く南極観測隊員役のエキストラ俳優を演じたが、共演した俳優の円谷浩へのインタビュー等も含めた撮影の舞台裏の模様が本編放送の直前に『あどりぶランド』内で放送された。

JNN・JRNアノンシスト賞編集

TBSを始めとするJNN・JRN系列各局で、毎年優秀なアナウンサーに与えられるアノンシスト賞を、個人・チーム通算で8回受賞している。

  • 琵琶湖の幽霊ビル爆破実況では、「テレビ時代の新しいアナウンス」として高く評価され1992年度に井上・馬野と揃って「テレビ番組部門」の最優秀賞を受けた。また報道番組『VOICE』のナレーションで2000年度、2004年度に「テレビ 読み・ナレーション部門」の優秀賞、和歌山県観光連盟のCMで2011年度、日本盛のCMで2016年度に「CM部門」優秀賞を受賞した。
  • 毎日放送のアナウンサー室では、「チーム災害報道」というグループのリーダーとして、大地震などの災害報道における取材マニュアルやアナウンスコメントの作成などを担当。このチームでの活動に対して、2001年度・2005年度および、2018年度に「アナウンサー活動部門」で表彰された[2]

報道番組やバラエティー番組でのナレーション編集

  • 「VOICE」ナレーション・企画制作 
2000年10月から2019年3月まで放送されたニュース番組VOICE』では「憤懣本舗」などの特集コーナーや「阪神の星★」「ヴォイスポ」のナレーションを担当。「阪神の星」の独特かつ絶叫調のナレーションでは、元NHKアナウンサーとは思えない弾けぶりが評判を呼び、その後、同社のバラエティー番組から依頼が相次ぎ、ナレーターとして活躍の場を広げた。また同番組では、不定期ながら特集の企画制作も担当している。生活の話題、主婦層からの話題などを取り上げて取材・編集するのが得意。更には後輩アナウンサーに対するアナウンス教育も随時行っている。この際は、極めて正統的なナレーションの技術指導を行っている。ラジオで流れる関西ローカルのCMナレーションも多く担当している。
  • 「VOICE」のスポーツコーナー「阪神の星★」の特別番組でのナレーション
星野仙一の生きざまを少年時代から阪神リーグ優勝まで取材した「勇退~星野仙一・激闘の半生」(2003年11月)や「人間・星野仙一~もう一度ユニホームを!」(2004年3月)、仰木彬の追悼番組「人間・仰木彬~最期の120日間」(2005年12月)を担当。
  • 「ジャイケルマクソン」(2005年4月13日 - 2010年12月22日放送)ではレギュラーでハイテンションのナレーションを担当。「オーサカ業界辞典」は人気コーナー。
  • MBSアナウンサーによる朗読イベント「おはなし夢ひろば」(1995年~2010年)「ものがたりの世界2013」(2013年)「コトノハ ものがたりの世界」(2014年~)に毎年出演。軽妙なキャラクターを活かしたせりふ回しや、正統派朗読まで幅広いジャンルの「語り」で高い評価を受けている。

現在の担当番組編集

後述する地震災害報道訓練の運営を兼ねて、泊まり勤務に就く機会も多い。民放でレギュラー泊まり勤務は最高齢とされる。[要出典]

テレビ
  • Newsミント!(月 - 水曜日ニュースリーダー兼ナレーター) 
  • ENT(毎週月曜日深夜2:10 - 2:35に放送中のエンタテインメント情報番組)
「美術・芸術担当リポーター」という肩書で、2014年11月から美術展覧会などの紹介を不定期で担当。
2014年開始のMBS制作日曜深夜ドラマ (2014年4月―2016年4月)から視覚障害者向けの副音声による解説放送を行い番組内容を伝えるナレーションを担当。ドラマの出演者のセリフだけでは表現しきれないト書き的な情景描写を、補完的に解説
ラジオ
スマラジW』の金曜枠で放送されていた2016年度は全編のパートナー、『MBSヨル隊』の金曜枠に組み込まれた2017年度以降は、「ナジャじゃジャーナル」(18時台後半のコーナー)のキャスターとして随時出演。いずれも同僚のアナウンサーと週替わりで担当しているが、『MBSヨル隊』では、フリートークで新たな一面を披露している。

上記の番組に加えて、移籍の直後から、単独(または同僚アナウンサーとの共演)で多数のラジオCMに出演。後輩アナウンサーがパーソナリティを務める生放送のラジオ番組に向けてメッセージを投稿することや、投稿したメッセージが放送中に取り上げられることも多い。

災害報道への取り組み編集

地震災害初動コメント

NHK時代の経験を活かし、災害(大地震・台風など)時の初動アナウンスコメントや呼びかけコメントを作成。減災のためのアナウンスを研究。テレビ・ラジオの地震特番の訓練のまとめ役として、積極的に後進の指導にも当たっている。特に、報道局で毎晩行われている大規模地震の初動報道訓練の録画をチェックして担当アナウンサーへのアドバイスを行っているほか、週に一度、昼に行うアナウンサー室主催の地震特番訓練を運営している。

社内ホームページ 災害・放送用語

毎日放送社内のホームページでは災害や放送用語についての共用資料を作成し、全社的に公開している。「災害報道マニュアル」はJNN・JRNアノンシスト(活動部門)を受賞した。

災害報道ハンドブック「その時、あなたは!」作成

アナウンサー向けの災害時の取材ハンドブックを、2016年4月に改訂、「リポート」のポイントやノウハウを中心にした取材本としてMBSの全社員・番組スタッフに配布。社内の「新人研修」「3年目社員・リポート研修」などでの研修テキストとして活用。田丸は講師役を務めている。

JNNアナウンサー災害報道研修会

TBS系列のアナウンサー29人が集まる地震の初動報道の研修会(2018年9月21日~22日)を運営した。[3]

MBSがん検診啓発キャンペーン編集

JOC(Jump Over Cancer)~もっと知りたい がんのこと~プロジェクトメンバーとして活動

  • 2015年7月 MBSがん検診啓発DVD 肺がん編に出演 
  • 2015年11月14日(土)ちゃやまちキャンサーフォーラム 「がんと遺伝」進行担当
  • 2016年10月 WEB限定動画に出演 谷川俊太郎さんの「生きる」を6人のアナウンサーで群読
  • 2016年11月12日(土)、2017年10月28日(土) ちゃやまちキャンサーフォーラム 「前立腺がん」進行担当
  • 2017年6月10日(土)、2018年6月9日(土)、2019年6月8日(土)、がん患者の支援を目指して24時間歩き続けるチャリティーイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン神戸」の日没後のセレモニーで「エンプティーテーブル」の詩の朗読を担当。
  • 2018年10月27日(土) ちゃやまちキャンサーフォーラム「高齢者に抗がん剤は効果なし?」進行担当

過去の担当番組編集

テレビ
  • NHK高知放送局時代 報道番組「イブニングネットワークこうち」(月~金 午後6時10分~7時)キャスター・リポーター
  • スポーツ実況・中継リポーター(主に野球プロ野球選抜高校野球大会)、ラグビー全国高校ラグビー大会)、(サッカー ガンバ大阪、セレッソ大阪などのJ リーグ中継・リポート、高校女子サッカー、日本女子サッカーリーグ)
  • 関西大学ラグビーハイライト(ナレーション)
  • あどりぶランド(入社の1991年~1998年3月)
  • 三枝の興奮テレビ(早口言葉 講師役)(1994年~1995年)
  • VOICE(ニュースリーダー、ナレーター、特集の企画・取材リポーター)
    • 放送期間中の19年にわたって、特集のナレーションを担当(2015年4月から月・火曜担当。2017年4月から月 - 水曜担当)。後継番組の『ミント!』でも、「Newsミント!」の中で担当を続けている。
  • たかじんONE MAN(不定期・ナレーション)
  • ジャイケルマクソン(ナレーション)(2005年4月~2010年12月放送)
  • 「勇退〜星野仙一・激闘の半生」(ナレーション)(2003年11月放送)
  • 「人間・星野仙一〜もう一度ユニホームを!」(ナレーション)(2004年3月放送)
  • 追悼番組「人間・仰木彬〜最期の120日間」(ナレーション)(2005年12月放送)
  • 西日本8局特番「驚き いまどきすーぱーきっず!」(ナレーション)(2015年5月6日 9時55分~10時50分放送)
  • 報道特番「新幹線火災の記録~記者とカメラマンが伝える緊迫の2時間」(ナレーション)(2015年7月5日4時45分~5時15分放送)
  • 2016年11月3日にMBSテレビで放送された『MBS開局65周年特別番組 激撮!直撃!!スクープ 秘蔵映像全部見せます』では、3人が別々の地点から実況したVTRを再び放送。田丸自身も、琵琶湖上空からのヘリコプター中継を通じて、爆破現場の現状(公園・テニスコートおよびソーラーパネルの設置スペースに活用)を伝えた。
ラジオ

脚注編集

  1. ^ 同期に坂根基志佐藤直樹瀬戸秀夫箱守知己畑恵(NHKアナウンサー史編集委員会編『アナウンサーたちの70年』 講談社、1992年、24頁。)。
  2. ^ MBSアナブログ 千葉猛オフィシャルブログ2019年6月22日付記事「アノンシスト賞」
  3. ^ 参加した静岡放送アナウンサーである大槻有沙(前述の亀井希生と同じ愛知県名古屋市出身)のブログから [1]

外部リンク編集

MBSアナウンサーページ内に「ことばエッセイ」を執筆。放送で使われる言葉や、日本語の表現に関する疑問を自身で調べた結果を、エッセイに反映させている。